せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
人通りの増えてきた夕暮れの商店街、やまぶきベーカリーから少し離れた場所に在る児童公園のベンチに沙綾と並んで座っています。
遠くから薄っすらと聞こえてくる雑踏の音とは無縁に公園の中は不思議と静かで、まるで再び沙綾の精神世界に来てしまったのかと錯覚してしまいそうです。
「だからもうバンドはしない、ドラムは叩かないと決めたんだ」
沙綾から聞かされた話は精神世界の時と相違は無くて苦しくなってしまう内容なのに、わたしを信頼して話をしてくれた事が不謹慎にも少し嬉しいと感じてしまっていた。
「沙綾は優し過ぎるよ。本当は今でもドラムを、バンドをしたいって思っている筈だよ、顔にそう書いてあるもの」
「もう迷惑を掛けたくないよ、きっと楽しめないと思うし」
俯いた沙綾が膝の上で拳を強く握り身体を小刻みに震わせています。
その姿が痛々しくて思わず抱きしめて慰めたくなる、彼女の意思を認めたくなってしまいそうです。
「迷惑なんて誰も思わないよ、沙綾がまたバンドを始めるならわたしは何があっても応援するよ」
「やっぱり香澄達とバンドをやらせたいみたいだね」
「それはね、やっぱり沙綾が入ってくれたら嬉しいし幸せだなって……」
「だったら、だったらゆりがやったら良いじゃない!」
此方に振り向きながら驚く程の声量で叫んだ彼女の瞳からは何粒もの涙が流れ、頬を照らすように濡らし始めていた。
「そうすればゆりが大好きな香澄といつも一緒に居られるし香澄だってきっと喜ぶよ、私を巻き込まなくたってみんなが幸せになれるじゃない!」
「わたしじゃないんだ、沙綾が良いの」
「何でよ、我儘だよそんなの」
本当に仰る通り我儘で最低だよね。わたしは自分の願望を口にする事しか出来ていない、そんな人間が誰かの心を動かすなんて背中を押すだなんて身勝手な話でしかない。
結末を知っているからと言ったって、過程で傷付けても構わないという免罪符になりはしない。
避けて通れるなら幸せだけれど目を逸らしていても沙綾はきっと前へ進めない。ならば汚れ役はわたしが演じましょう、せめて願望に忠実な道化師として前を向いて笑って頂けるように。
「わたしは我儘を言っているんだよ。あのバンドでドラムを叩くのは沙綾なの、沙綾じゃないと嫌なの」
「どうして……どうして私なの? 香澄の為なんでしょ、香澄の為なら誰だって良いんじゃないの」
「もちろん香澄の為だよ。でもそれ以上にわたしの願望なの、沙綾があのバンドでドラムを叩く姿を見ていたいのですよ」
頬を伝う涙を指で拭ってあげると、潤んで宝石のように光っていた瞳をわたしに向けてくれました。震える頭を優しく撫でてあげながら多分ぎこちないであろう精一杯の微笑みを大切な友達に贈ります。
「わたしは大好きで大切な人がドラム担当じゃなきゃ嫌なんだよね」
「そんな事を言っても今はまだ無理だよ、前のバンドの娘達にも悪い」
沙綾が首に腕を廻して身体を預けるように優しく抱き付いて来ました。
濡れた頬の感触が接着剤のようにわたし達の心を繋ぐ、もう何回も触れ合っている身体の温もりは緊張よりも溶ろけるような安心感を与えてくれます。
「わたしが我儘を言っているだけなので沙綾が気にする事ではありませんよ。でも覚悟して、沙綾にはこれからも我儘を言い続けると決めましたから」
「酷いな、でも嫌じゃないけれど何でだろう」
「それは沙綾もわたしの事が大好きだからじゃないですかね」
「自惚れ者だねぇ、ゆりは私の事が好き?」
「大好きに決まっていますよ」
「今はそれで良いや、私が特別って伝わってきたしね」
頬に唇の柔らかな感触が押し付けられた。それは以前のように一瞬ではなく確かな熱さを与えさせる程に長く、心の強さを感じさせる程の圧力でわたしの時間を止めてしまった。
不意を突かれ動く事が出来なかった身体を離れ、沙綾はベンチからゆっくりと立ち上がってわたしと向かい合いました。
腰を曲げて近付いてきた顔に新たな涙の筋は見えない、潤んでしまった瞳で無理矢理に笑う彼女の姿が、何故だか今はとても綺麗に思えてしまいますよ。
「バンドは出来ないけれど、私の事は嫌いにならないでね」
「もう、なる訳が無いじゃん。でも諦めないよ」
「うん、ずっと私を追い掛けていて欲しいな」
わたしの鼻頭を指で軽く弾いた沙綾が、今度は素直な微笑みを見せてくれました。
「沙綾はもっと欲張りなくらいが良いんですよ」
「我慢した方が丸く収まるからね、でも諦めがつかない事も有るんだなって知ったかな」
「やっぱりバンドがしたいとか?」
「んー、秘密だね」
可愛らしいウィンクをしてくれましたが、結局は再びバンドを始めるという言質は頂けず仕舞いですか。
やはり所詮わたしは物語のモブキャラでしかなく、香澄のように自分で壁を打ち崩して行くような力を持ってはいないという事なのでしょうかね、悲しいですがこれも現実です。
「ゆりが居てくれて良かった、ちょっと心が軽くなったよ」
落ち込んで俯きそうになった顔を上げると沙綾の明るい笑顔があります。
そうですよ、この笑顔をずっと見る為に諦めないと宣言をしたばかりではありませんか。この程度で挫けるなど情け無いですよわたし、輝ける百合百合の光景への道程はまだ始まってすらいないのですから。
「諦めないよ、沙綾」
「私も諦めないよ、いつか言わせてみせるからね」
「えっ、何を?」
「ふふっ大好きだよ、ゆり」
女の子の大好きは挨拶みたいなものですが、それでも言われればやはり嬉しいものです。
沙綾に手を引かれて立ち上がり、わたし達は何も言わずどちらからともなくハグをした。
抱きしめたかったし、抱きしめられたかった。沙綾にわたしの温もりを感じて欲しくて身体に廻した腕に少しだけ思いを込める。
何だかこれって女子化が更に進んでいるような気もしますが、今はこれでも良いような気分です。
「そういえば私、一昨日誕生日だったんだよね」
「なんですと、何故に教えてくれなかったのですか、みんなでお祝いをしたかったのに」
「言うタイミングが無くてさ」
「遠慮し過ぎですよ、やっぱり沙綾はもっと欲張りになってくださいな」
じゃあと言いながら沙綾が自分の頬にトントンと指を差しています。
その指し示す意味は理解が出来るのですが流石に恥ずかしいです、でもこれはお祝いの為ですからと自らに言い聞かせながら、辺りに人気が無いのを入念に確認して少しだけ背伸びをして顔を近付けます。
「おめでとう沙綾、来年は一緒にね」
思いを込めてゆっくりと唇を付けると返ってくる柔らかな弾力と瑞々しい感触が心地良くて、暫く離れる事を忘れてしまう程に沙綾の服にしがみ付いてしまいました。
背伸びを止めて唇を離したら、途端に短距離走を終えた直後のような身体の熱さと跳ねるように打ち鳴らされる鼓動の感覚で恥ずかしさを自覚してしまいます。
冷静になってみれば勢いとはいえ何をやっているのですかわたしは、そろそろ恥を知った方がよろしくてよ、その内に暴行で捕まってしまいますわよ。
「これって本気でされると凄く恥ずかしいね。でも嬉しかった、特別だよって言われている気がしちゃった」
閉じていた瞳を再び開けた沙綾はとても素直なはにかんだ笑顔を見せてくれました。お互いの服の袖を引き合うわたし達の距離は限りなくゼロで、心の距離も珈琲カップの中に落としたミルクのようにぐるぐると螺旋を描きながらゆっくりと溶け合い混ざり合っていくような気がした。
「私もゆりを大切に想っても良いかな?」
「おっとそれは親友にという事ですね、願ったり叶ったりですよ」
「えっ、それは嫌」
「なんやて、沙綾」
悪戯っぽく微笑んだ沙綾が頬に優しく手を添えてくる。ドラムと家業の手伝いで鍛えられた指はとても華奢とは言えないけれど、わたしはこの温かい感触が割と気に入っていた。その指が耳たぶを遊ぶように撫でてくるので擽ったくて思わず首をすくめてしまいます。
「親友以上の存在になりたいんだよね、幼馴染みに負けないくらいの」
「親友以上の関係ですか。何と呼ぶのかは知りませんが沙綾とならきっとなれそうな気がしますね」
「頑張ってね、ゆり」
「わたしが頑張るの?」
わたしの身体から離れ後ろ手に指を組んだ沙綾が、ふわりとポニーテールにした髪を踊らせながら背中を向けてしまいました。
「私は直ぐに逃げちゃうから、しっかり捕まえておかないと消えちゃうかもよ」
「逃しませんよ、バンドをして貰うのを諦めないと言いましたからね」
沙綾の腕に自分の腕を巻き付けてそっと引き寄せると、頭を預けるようにして身体を寄せてくれました。ですが本当にもう少しだけ身長が欲しかったものです、これでは残念ながら沙綾に頭突きをされているようにしか見えませんからね。
「今日も泊まっていく?」
「明日は学校ですよ」
「一昨日が誕生日でさ」
「それは先程に使っていましたよ、また今度です」
不満気な声を上げながらも顔がにやけていますよ、沙綾。
緩やかに吹く向かい風は髪を揺らすばかりで、寄り添い合うわたし達の間を通り抜ける事は一向に出来ないでいた。夕暮れに染まる静かな公園という舞台の上に伸びている影はひとつしかなく、その形が示す通り重なり溶け合うようにわたし達の絆もひとつになってくれたらと心から願うのでした。
「そろそろ帰ろうか」
「そうだね、沙綾のお家も忙しくなる時間帯だろうし」
「それで替えの下着は私のでも大丈夫?」
「沙綾、先程までの会話をもう忘れてしまったのですかね」
声を上げて笑い合った後に組んでいた腕を解いて手を繋ぎ直し、二人で同時に足を踏み出します。
今はまだ別々の未来を見ているわたし達だけれど、いつかはこんな風にみんなで笑いながら一緒な道を歩んで行けたら嬉しいなって、絡み合う指と混じり合う視線に少しばかりの熱を込めた。
「話を聞いてくれてありがとうね。誕生日プレゼントも想像以上に嬉しかったよ」
「わたしは死ぬ程に恥ずかしかったですがね」
「なら慣れる為に毎日しようか」
「プレゼントの特別感が秒速で失われていますよ。まったく、わたし以外の人にこんな事をさせたら駄目ですからね」
「自分なら良いんだ、それは独占欲なのかな? 沙綾は私のだって言いたいのかな?」
「そういう意味じゃ……もう、からかい過ぎですよ」
わたしをからかって楽しそうな沙綾。クラスではお姉さんキャラとして優しく微笑みを浮かべるばかりだけれど、本当はこんなに子供っぽく笑う女の子なんですよね。
この先にpoppin'partyのメンバーになってしまえば香澄達はいつでも見る事が出来るのですから、今だけはこの素敵な笑顔を見続けせてくださいな。
本当に笑えませんよね、沙綾の言った事が意外や図星みたいですよ。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
自宅に帰り夕食も済ませてから自室のベッドに身を投げ出し枕に顔を押し付けます。
帰宅途中でふと気付いた事実が今も胸の中にもやもやとした黒い影を落としたままで、一向にそれから目を逸らす事が出来なくなっています。
沙綾ってどのタイミングでバンドに加入した?
五人揃ったpoppin'partyはその後どうなった?
知っていた筈の原作知識が記憶の海から蒸発したかのように欠落してしまっていた。
優位性を失い只の女の子になってしまったわたしに、いったいどれ程の価値があるというのだろう。本当に香澄達を支え、沙綾の背中を押す事が出来るのでしょうか。
思考は混沌として纏まらずに不安ばかりが時間と共に積み重なっていきます。
そんな焦燥感に身を悶えさせていたところで携帯電話が一件のメール着信を知らせてきた。
『ねえねえ、文化祭ってバンドとかてれるのかな⁉︎』
ふむふむ香澄さんや、文面は理解が出来るのですが『ねえねえのえ』は小文字が、最後のマークは
確か初夏の時季に催される花咲川女子学園の文化祭は自由な校風とも相まってお祭り騒ぎのように賑やかだとか。だとすれば生徒によるバンド演奏があったとしても不思議ではありませんね。
もしもわたしが物語を作る神様だとすれば大きなイベントに何らかのエピソードを盛り込む事は当然です。だとすればこの機会を利用しない手はありませんね、少しばかり主体的に動いてみるとしますか。
失いかけていた活力がみるみる蘇ってくるのがわかる。支えると言っておきながらも走り出す切っ掛けをくれるのはいつも香澄だよね、やはりわたしの相棒は大した女の子ですよ。
『良き良き、わたしも香澄達のステージを見たいな。本当に演奏が出来るのか色々と聞いてみるね』
『ありがと、だいしきだよ』
いやわざとでしょ、その誤字は絶対にわざとでしょ、いくら何でもあざとさが爆発して可愛さが限界突破ですよコンチクショー!