せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
いつだって出会いは衝撃です。
物にしろ趣味にしろ人にしろ、新しい事柄との出会いは自分の可能性という視野を広げてくれると思っています。
映画館で照明が落ちて物語が始まり出す直前のドキドキとした期待感のような、そんな高揚と緊張の入り混じった感覚が掌に少しばかりの湿り気を覚えさせてしまうのです。
まぁ簡潔に言ってしまえば、只今わたしは呼び出した人を校舎裏で待ち構えているだけなのですがね。
若草を踏みしめる音に気付き身体を向けると、前髪を上げて露出された額が明るくて活発的な印象を与える女の子が警戒したような強張った表情をこちらに向けて立ち止まっていました。
「お待ちしていましたよ
「市ヶ谷さんに言われて来たけど話って何かな。先に言っておくけれど私、そっちの趣味は無いからね」
確かに校舎裏に呼び出すなど告白か決闘と相場は決まっていますが今回は違うのですよ。
「単刀直入に言うと生徒会のほうで文化祭を使ってライブを企画したいのですが、いかんせんバンドが足りていないのでチスパにも出演をして頂きたい、そのお願いです」
「そんな話なら校舎裏まで呼び出さなくても教室の廊下でも良いでしょ」
「確かにそうですね、実はですがもうひとつ重要なお話があるのですよ」
わたしのまわりくどい物言いに海野さんの表情が一段と険しさを増した……って大丈夫ですかね、何だか凄く悪役っぽくないですかわたし。
「わざわざ校舎裏まで呼び出したのは他でもない、山吹沙綾について訊きたい事が有ったのでふ」
「沙綾? 市ヶ谷さんから何か聞いたの」
どうにも緊張に耐え切れず舌を噛みましたが聞き流してくれてどうも有難うでございますよ。
しかしこのタイミングで有咲の名前が出るのは不自然ですね、わたしは単に有咲が海野さんのクラスメイトという事で呼び出しをお願いしただけなのですが。
「わたしは沙綾から事情を聞いているけれど、もしかして有咲も知っているの?」
「お昼休みにギターを持っている子達と沙綾が一緒に居るのを見たからまたバンドを始めてくれたんだと思って舞い上がっちゃってさ、その輪の中に市ヶ谷さんも居たから話を訊いてみたらどういう事だって言われてね」
バツが悪そうに頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる海野さん。
その姿からはバンドを抜けた沙綾に悪感情を抱く事も無く、今でもその身を心配して気にかけている様子が容易に伝わってきます。
なんですか無茶苦茶に良い人ではないですか。もっと厳しい言葉が飛び出すものと待ち構えていたのが馬鹿みたいに思えますが、それだけにそんな良い人を裏切る形になってしまった沙綾の罪悪感は余程に大きいのかも知れませんね。
先日に階段の踊り場で有咲がふと見せた何かを含んだような物言いはそういう事だったのですね。それでも沙綾を問い詰めたりしない辺りは有咲なりに気持ちを汲んでの事でしょうか、普段の言葉使いとは違って心根が優しい女の子ですよ本当に。
「聞いてください夏希さん。わたしは沙綾に再びバンドを始めて欲しい、もし同じ気持ちだと言うのなら一緒に協力をして頂きたいのです」
「でも協力って言っても最近は避けられているみたいだし、もう私達の事なんて……」
彼女の瞳からは警戒の色が失せていき、段々と哀愁を漂わす潤みの入った輝きが増していった。
「沙綾は悩んでも抱え込むばかりで私達が何を言っても心を開いてはくれなかった。そんな沙綾があなた達には自分の事を話しているなんてね」
海野さんの両手を取り、その潤んだ瞳をしっかりと見据えます。
自分の欲望の為に他人を利用していくわたしは間違いなく悪役です。ならば正義の味方に斃されるその時までは精々暴れてみせましょう、悪役が居なくなった後は平和な世界となる事を心に願いながら。
「沙綾の願いが沈められた部屋をノックする事はわたしにも出来ます。でもその扉に掛けられた鍵を壊す事はチスパの人にしか成し得ないのですよ」
「そんな事を言われてもどうしたら……」
一度だけ深呼吸をしてから意思を込めた瞳を向けます。
「わたしは夏希さんと沙綾、お二人の過去達にサヨナラをして頂こうと思っているのです」
会話が途切れた静寂の狭間で、ざざぁ、ざぁ、ざざぁ、と校舎裏の木々が風に哭いた。
わたしの決意を試すように一陣の風が二人の間を吹き抜けて行く。試練の風に髪の毛を巻き上げられようがスカートが捲れそうになろうが、決して彼女の瞳から目を離す事は無かったのでした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「話は終わったのか」
海野さんが立ち去った後もひとりその場に残っていたわたしの背後から、遠慮がちながらも聴き馴染みのある声が耳に届きました。
「知っていたんだね、有咲」
「お互い様だろ、簡単に言える話でもないしな」
「わたしって冷たい人だよね」
草を踏みしめる音が徐々に大きくなってくる。
嫌だな、きっと今のわたしは酷い顔をしているから見られたくはないよ。
「こっちを向けって、優璃」
「今日はお化粧のノリが悪いから見られるのは恥ずかしいかな」
「いつも素っぴんだろ、いいから私を見ろ」
肩を掴まれて無理矢理に振り向かせられると目の前には真剣な表情の有咲が睨んでいた。
仕方がないけれどやっぱり怒っているよね、こんなに勝手ばかりする娘なんて呆れちゃうよね。
「お前も沙綾と同じだ。自分だけで何とかしようとして自分自身を傷付けていくだけ。どうして周りを頼らない、どうして友達を信じられないんだよ」
「わたしは……」
わたしはみんなが知らない未来知識という特典を持っていた。だから上手くやらなくちゃって、他の人を傷付けずに誰もが幸せになれるようにって。
「私達は仲間だろ、沙綾と同じ間違いをしない為にも私達をもっと見ろ。私や香澄、りみにおたえ、仲間を信じれないで未来が切り拓かれる訳がねえだろうが!」
有咲の言葉が夕暮れの雨のように心にじんわりと染み渡っていく。
わたしはダークヒーローでも望んでいたのだろうか、暗躍してみんなが幸せな笑顔になる姿を陰で見て喜ぶ。そんな歪な英雄の姿を夢見ていたのだろうか。
あの人付き合いが苦手な有咲が仲間だと思ってくれている、それだけでも星のように煌めく価値がそこにあるという事を見過ごしているなんてね。
「信じるよみんなを、大切な仲間だものね」
「信じろ、友達と『
その言葉に驚いて顔を上げると久々に見る有咲の強烈なドヤ顔がそこにありました。
「どうよ新しく考えたバンド名、可愛くね?」
「最高だよ、有咲もpoppin'partyも!」
飛びかかるように首元に腕を廻して抱きしめた。ぷにっとした頬の感触が少し熱さを感じさせるけれど、有咲の思いで心が暖かく満たされていくのがとても幸せな気分です。
しかし抱きしめるにしては有咲のツインテールは少し邪魔ですね、あとぷよっとした胸部装甲の大き過ぎ問題はわたしの中で深刻さを増してしまったようです。
「お前も香澄も、いちいち抱き付くその癖は何とかしろよなぁ!」
えー仲間じゃん、それくらいは甘えても良いと思いますがね。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
有咲に叱られてから数日後、本日は放課後のアルバイトという名の丁稚奉公に勤しんでおります。
「ひとつ積んではまりなの為、ふたつ積んではオーナーの為」
「おーい優璃ちゃん、此処は賽の河原じゃないよライブハウスだよ」
香澄は沙綾の家に泊まり込みで文化祭の打ち合わせと言っていましたが、実際のところはポピパのオリジナル曲の作詞が行き詰まり、どうやら人の良い沙綾に助言を求める腹積もりのようですね。
因みに香澄達のバンド名も無事にpoppin'partyと決まりホッと胸を撫でおろした次第ですが、まだまだこの先も色々と試練は続くのかと思うと胃がしくしくと痛んできそうですよ。
「おやっ、あたし達のライブに全く顔を出さない冷たい店員さんだ」
「久しぶりに顔を合わせたのに酷い挨拶ですな」
「事実じゃん、違う?」
「文化祭の実行委員にもなりましたしこれでも色々と忙しいのです。でも会えて嬉しいですよ、蘭」
カウンターの前に立ち意地悪な笑顔を見せる蘭は今日も可愛いです。
いつも思うのですが、蘭はこういった普段の会話の時でも背筋の伸びた綺麗な姿勢を崩す事がありません。きっと育ちが良いのだろうとは思いますが、わたしとしてはもう少し気が抜けて油断をした姿も見てみたいのですがね。
「今日は予約が入って無いみたいだけれど、どうしたの?」
「たまたま寄っただけ」
「またまたぁ、蘭ちゃん時々シフト表をチラッと覗き見していたのをお姉さんは知っているんだよ。友達に会う為とはいえ可愛いよねぇ」
「ちょっ! まりなさん」
「そうなの? だったら嬉しいな、わたしも蘭に会いたかったし」
恥ずかしいのか顔を背けていた蘭が横目で伺うような視線を向けてきました。きっと天然だろうとはいえこの娘はデレの破壊力が凄まじくて眩し過ぎです、わたしを殺す気ですか貴女は。
「本当に可愛いなぁ蘭は、ギュッとしたくなっちゃう」
「別に可愛くは無いから。それは置いておいて優璃に話が有るんだけど」
まりなさんに付けられた猫耳を蘭に向けて傾けます。もちろん本物ではなく猫耳カチューシャなのですがまったく冗談が過ぎますよね、まりな許すまじでございますよ。
「ひまりがさ、他校の子にカラオケを誘われているらしいんだけどあたしにも行こうって誘ってくるから困っているんだよね。そんな話は興味が無い事くらい知っているだろうに」
「まぁ良いではないですか。蘭だって他校のわたしと交流が有るのですからね」
「いや他校の男子とか何を話したらいいか解らないし」
「うん断ろう、直ぐに断って忘れてしまおう、何ならひまりちゃんも行くの止めさせよう」
「さっきと言っている事が真逆なんだけど。優璃がその気なら代わりにどうかと思ったんだけど興味が無いみたいだね」
条件反射的に応えてしまいましたが、よくよく考えてみれば蘭達が求めるなら彼氏とかも有りなのかもしれませんね。まぁポピパのみんなは許すまじですが。
「今は仕事中だ、プライベートの話は終わってからにしな」
迫力ある低音の声が背中に突き刺さり、怯える子猫のように身体を震わせながら振り返ると眉間に皺を寄せたオーナーの姿がありました。
「美月、働く気が無い者を置いておく訳にはいかないよ」
「イエスマム、粉骨砕身で頑張っているであります!」
渋い顔を見せているオーナーに向かって大袈裟に敬礼をすると、猫耳カチューシャを外され頭をくしゃくしゃと撫でられてしまいました。
「それでお前達のバンドはどうなんだ、私も気が長い方じゃないからあまり待たすと知らないよ」
「もうすぐメンバーが揃いそうですよ、頑張りますのでご期待くださいね」
「準備が整ったら教えな、厳しくいくよ」
「イエス、マム」
再び敬礼をするとオーナーはニヤリと軽く笑みを見せてからスタッフルームへと消えて行かれました。
本当にあのひりついた雰囲気にはいつまで経っても慣れませんね、緊張で顔が引き攣りそうに毎回なりますよ。
「ひゃあ優璃ちゃんも言うねぇ、格好いいじゃない」
「ちょっと、優璃もバンドをやってんの?」
わたしの頭から取られた猫耳カチューシャをオーナーに付けられたまりなさんが楽しそうな笑顔を向けてきたところで、蘭がカウンターを乗り越える程の勢いで迫って来ました。
「わたしじゃないよ、友達がバンドを始めたから応援係みたいな感じ」
「はぁ? あたし達のバンドは応援してくれない癖に他の子達は応援するんだね」
「アフターグロウも応援しているよ」
「信じらんない」
顔を上気させながら拗ねた態度をとる蘭の腕を引っ張りそっと耳に唇を寄せた。
「もうすぐバイトも終わりだから待っててくれないかな、蘭ともっと話がしたいし一緒に帰ろうよ」
「……わかった、待ってる」
仕事を終えて裏口で待ってくれていた蘭と並んで歩きだした。
薄暗くなった花咲川沿いの遊歩道に差し掛かると街の灯が黒く染まる水面を照らしていて、まるで星空のように優しく光が揺らめいているのがとても綺麗です。
街灯に浮かび上がる蘭の顔はまだ拗ねているのか少しだけ唇に力が篭ったままのようで、少し幼く見えてしまうその雰囲気がとっても可愛らしいです。
「やっぱり蘭って可愛いよね」
「そんな事を言っても誤魔化されないから」
「だから幼馴染みがバンドを始めたから応援するってだけだよ、そんなに拗ねないでくださいな」
「拗ねて無いから、優璃があたしを応援してくれないのを拗ねてはいません」
何か段々と面倒臭くなってきましたので無理矢理にいつも沙綾とするように指を絡めた状態で手を繋ぎ、ぐいっと引き寄せるようにしてお互いの身体を寄り添わせました。
「ねぇ今度カラオケデートしない? わたし、蘭ともっと仲良くなりたい」
「デートとかした事……無い」
身体が密着する程に近寄ったら途端に借りてきた猫のように大人しくなってしまった蘭も大概な人見知りさんですからね、もしかしたらアフターグロウのメンバー以外の友達とはあまり遊びに行く機会も無かったのかもしれません。
「優璃はあたしとそういうのがしたいの?」
「したいしたい、もっと仲良くなりたいもん」
「別に優璃がしたいならあたしは良いけど、慣れていないから変だったら言ってよ」
視線を逸らされながらも握られた手には力と熱が篭っていて、言葉にしなくともわたし達の距離が少しだけ縮まっていた事を教えてくれた気がした。
それにしてもツンデレって本当に可愛い、蘭の一見するとぶっきらぼうな不良っぽい見た目がデレの破壊力をより一層と高めているのですかね。
「可愛いなぁ、蘭は」
「照れるから何度も言わないで。でもたまには言って欲しいかな、あたしの事をちゃんと見てるって意味で」
ちょっと待って可愛い過ぎでしょ、二度は昇天する程に萌えれてしまいますわ。
伏目がちに照れている蘭は可愛い女の子そのもので、いつの日か彼氏になる人はこんな姿をいつも見れるのかと思うと羨ましいやら嫉ましいやらですよ。
少しだけ暖かく感じる夜風がわたし達の周りを踊る。
その風に押されるように腕を密着させながら川沿いの遊歩道をゆっくりと歩いた。
「それと、優璃の方が可愛い……からね」
はにかんだ微笑みが街灯で浮かび上がるように輝いて見えた。
くはぁそのデレで三度は宇宙に旅立てます、有難うございますご馳走様でございますよ。
しかし有咲である程度は免疫がある筈なのにツンデレの破壊力って何故にこうも凄まじいのですかね。これは将来に蘭の彼氏になる男は申し訳がないですが許すまじリスト入りが確定でありますよ。