せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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39.走り始めたばかりの私へ:①

 

 

ーーとある何かの物語。

 

 

 

 

 

 優しい優しいお姫様は、みんなの前ではいつも笑顔でいました。

 

 そんなお姫様は決まって夜になると部屋に篭ってしまい、家臣達がいくら声をかけようとも決して外に出てくる事はありませんでした。

 

 ある日の夜にうら若い新人の侍女が見廻りをしていると、お姫様の部屋の扉から淡く光が漏れ出している事に気が付きました。

 侍女がおそるおそる扉の隙間から顔を覗き入れると、豪華なベッドに寄り添うようにして床にへたり込みながら弱々しい嗚咽を漏らしているお姫様の姿がありました。

 

 慌てた侍女はノックをする事も忘れお姫様の元へと駆け寄ってしまいます。

 急に現れた侍女に驚きながらもお姫様は侍女の腕を掴み、この姿を誰にも言ってはなりませんときつく申し付けました。

 

 

「私は姫なのです。何があろうとも皆の前では笑顔でいなくてはならないのです」

 

 

 城に奉公に来たばかりの侍女には何がお姫様を悲しませているのかはまるで判りません。困った侍女は緩やかにお姫様の手を取って両手を添えるようにして優しく包み込みました。

 

 

「泣きたい時はいつでも手を握って差し上げます。なのでひとりでお泣きになるのはもうお止めください」

 

「こんな姿を誰にも見せる訳にはまいりません」

 

「悲しみをひとりで抱え込むよりもふたりで分けた方が心は軽くなります。他人に見られたくは無いのなら私の前でだけお泣きください」

 

 

 泣いている理由を詮索するでもなくただただ優しく手を握ってくれている侍女の心遣いに、お姫様は張り詰めていた心が段々と溶かされていくのを感じました。

 

 あくる日からお姫様のお付きの侍女となった若い娘は、毎夜お姫様が眠るまでその手を握り話を聞いてあげるのが秘密の役割となりました。

 

 お姫様は侍女と話をする事ですすり泣く事はやがて無くなっていき、手を握られながら眠る時は安らかな表情を浮かべるようになりました。

 

 二人だけの秘密の時間は日を追うごとにお姫様と侍女にとって特別な時間となり、主従の関係を超えて友情を感じるまでになっていきました。

 

 

「これはお願いです、手を繋いだままで一緒に眠ってくださいませ」

 

 

 それは流石に身分がと侍女は少々戸惑いましたが、既に侍女にとってもお姫様はかけがえのない存在となってしまっていたので、優しく頷きお姫様の横に静かに添い寝をしました。

 

 

「これからもずっと私の手を離さないでね」

 

 

 侍女はしっかりと手を繋ぎ、そのしなやかな腕に顔を埋めました。

 二人きりの世界で寄り添いながら静かに瞳を閉じます。

 深い眠りに落ちたお姫様の寝顔は、漸く自分が只の女の子に戻れる場所を見つけた事に満足したように、とてもとても安らかな笑顔を浮かべていたのでした。

 

 

 

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 

 

 

 花咲川女子学園文化祭、通称『花咲祭』の本番も近づいて徐々に生徒達の熱気も高まってきています。

 我が一年A組も出し物として軽喫茶を催す事となり、放課後の時間を使ってクラス全員で準備を進めています。

 

 生徒会からの依頼である講堂での合同ライブの下ごしらえも順調で、ライブハウスCircleとの楽器レンタルについての話も滞りなく進んでおります。

 まぁうちの七菜生徒会長がライブハウス御用達のバンドであるグリグリのメンバーですからね、生徒会とまりなさんとの橋渡し役なんて実に楽勝なお仕事ですよ。

 

 えぇ楽勝ですよ、これから乗り越えなくてはならない役割に比べればですがね……。

 

 

「何を言っているの?」

 

「だから会って欲しい人がいるの、沙綾」

 

 

 放課後に沙綾の部屋を訪れたわたしからの唐突なお願いを聞かされた彼女との間には、既に不穏とも言える空気が微妙に漂いだしております。

 

 

「私がどういう事をしたのか知っているのに、どうしてそんな事が出来るの?」

 

「沙綾の気持ちも夏希さんの気持ちも知ったよ。だから二人は話をする必要があると思えたの」

 

「ナツ達には早く私の事は忘れて欲しいのに、何でそう余計な事をするの!」

 

「余計じゃないよ、全員が前へ進む為には越えなければならない儀式だと思う」

 

 

 わたしに背を向けたまま、彼女の肩は小刻みに震えているようにも見えた。

 

 沙綾は辛さから一度は逃げ出してしまった。自分が壊れるくらいなら逃げるのは決して悪い事じゃない、だけど逃げ続けたらきっと何も始まりはしないと思うのです。

 いつかは前へ向き直って一歩を踏み出す、彼女にとってその切っ掛けがpoppin'partyになると信じているから。

 香澄を、有咲を、りみりんを、おたえを、今のわたしは仲間達を信じる事が出来る。きっと沙綾にも必要なんだよ、自分の居場所と思える世界が。

 

 

「どうしてそこまでしちゃうの、私に嫌われるとかは考えなかったのかな」

 

 

 背後から沙綾を優しく抱きしめた。廻した腕を握られたので振り解かれるかとも思ったけれど、彼女は抱きしめるようにして自身にわたしの腕を押し付けてきた。

 

 

「ゆりはずるいな、私がゆりを嫌いになれないのを解って言っているんだよね」

 

「ううん沙綾を信じているだけだよ。だから沙綾にもわたしを信じて欲しい、一緒に壁を乗り越えていきたいんだ」

 

「もう、見離してくれないからついつい夢を見ちゃうんだよ」

 

「わたしは離さないよ、諦めないって言ったもん」

 

「本当に心の底から無自覚は罪だなって思えるよ」

 

 

 抱きしめた身体からは震えは消え去ってくれていた。

 いま沙綾はどんな表情をしているのだろう。怒り顔かな、それとも悲しそうな顔かな。出来れば笑顔にしてあげたいのに、怒らせてばかりな自分の不器用さに嫌気がさしてしまいそうだよ。

 

 

「会うよナツに、いつかはそうしないと駄目だものね」

 

「ありがとう沙綾、大好きだよ」

 

「本当にもう……この娘は困ったちゃんだ」

 

 

 溜め息を吐きながらも肩を揺らして笑い始めた沙綾に釣られてわたしも笑った。

 

 ごめんね困らせてばかりで。嫌いになって欲しくはないけれど沙綾が笑顔で居られる世界になるのなら、わたしは別にどうなっても良いのかなって思うよ。

 

 

「それじゃ代わりと言ったら何だけど」

 

 

 わたしの腕からするりと抜け出した沙綾がベッドの端に跳ねるように座り、右手でぽんぽんと軽くベッドを叩き始めました。

 

 

「今日はゆりに甘えて欲しいなぁ、私が蕩けちゃうくらいの甘い顔が見たいなぁ」

 

「いや沙綾、それは無いですって」

 

 

 沙綾ってわたしの中では受け身な女の子のイメージでしたが、最近は二人きりの時には積極的な程に甘えた事を言うようになってきた気がしますね。

 満更でもない気分なのですがそれはそれとして、わたしにまでしおらしい女の子のような振る舞いをしろとは如何なものですかね、自分で想像しただけでも恥ずかしさで吐き気を催しそうになりますよ。

 

 

「私だけ甘えるのはずるいよ、ちゃんとお互いに寄り添いあって甘いチョコレートみたいに溶け合いたいの。だからおいで、ゆり」

 

 

 吐きそうな程に恥ずかしいですが差し出された右手を無視する事など出来ませんよ。

 意を決して手を握り沙綾の横に座ってその腕に優しく頭を寄せました。

 

 はうぅ、何ですかこの如何にも女の子っぽいポーズは。これが女子化ですか、これがかの有名なメス堕ちというものなのですか。

 

 

「こっちを向いてよ、ゆり」

 

「無理です、何か凄く恥ずかしいです」

 

「いつもハグとかしているのに、いったいどうしちゃったのかなぁ?」

 

 

 沙綾がわざとらしい口調を披露しながら頭をこつんと重ねてきました。

 これはどうやらわたしの反応を見て楽しんでいますよね、もし理不尽に怒るとするならばノンケのくせに揶揄うなですよ、思わず優璃さんムキーになっちゃいますよ。

 

 

「もっともっと甘えてくれて、ゆりが私から離れられなくなれば良いのにな」

 

「別に離れる気はありませんよ、みんなとはずっと一緒です」

 

「みんなとは……か」

 

 

 手を繋いで寄り添い合った空間には、お互いの体から発する香水が混じりあった不思議な甘い香りが満ちていた。

 これはわたしの好きな香り、何だか頭がふわふわとする心地良い雰囲気が身体から緊張を消してくれて、もっともっと沙綾に寄り添いたい気分になってしまいます。

 

 

「ふふん、沙綾だいすきだよ」

 

「不意打ちはずるいよ、キュンキュンとしちゃうでしょ」

 

「沙綾はずっとキュンキュンすれば良いのですよ」

 

「じゃあゆりはズキュンズキュンだね」

 

「何それ撃たれ死にしそうな語感なのですが」

 

 

 二人で背中からベッドに倒れて笑った。

 泣いて、笑って、これからもみんなで賑やかな青春を過ごせたらいいなって、固く繋いだ手と沙綾の笑顔に心から願った。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 少しだけ沙綾のお家から帰宅が遅くなってしまいましたが、重く感じる身体を引き摺るようにして食事とお風呂を済ませ漸く部屋で一息つけるかと思いきや、何故かわたしのベッドにギターを抱えた吟遊詩人が座っておられました。

 

 

「わたしのプライバシーって、この世界には存在しないのかな?」 

 

「まぁまぁお客さん、そこにお座りになって」

 

 

 ジャーンと弦を指で弾いたパジャマ姿の吟遊詩人にベッドまで案内されます。というかいつの間に侵入したのでしょうか、お風呂に入るまでは確かに誰も居なかった筈なのですがね。

 

 

「作詞は進んでいるの? もうすぐ本番になっちゃうよ、香澄」

 

 

 むむむと唸りながら再び弦を弾いた香澄がしょぼくれたように首を垂れてしまった。

 既にお風呂上がりなのか髪型は星型ではなくストレートに戻っているのですが、この髪型の時は本当に可憐な美少女風に見えてしまうのでどこぞの馬の骨対策としてあの星型ヘアーは本当に優秀だと思いますよ。

 

 

「さーやの部屋にお泊まりした時にポピパに誘ってみたんだ。でもいつかねって言われちゃった」

 

「香澄も沙綾とバンドをしたいの?」

 

 

 沙綾と言う言葉に口から心臓を吐き出しそうになる程に驚きましたが、ベッドの傍にギターを置きながら弱々しく頷いた香澄の姿に、何故か勇気というか決意のような気持ちが心の底から湧き出してくるのを感じた。

 

 

「今日ありさからさーやの事情は聞かされたよ、ゆりがさーやにまたバンドをさせようと頑張っているっていうのも聞いた」

 

「そうか、香澄も知ったんだね」

 

「ゆりならさーやの復帰はポピパでって考えているだろうから、それについてみんなはどう思うって。もちろんわたしもみんなも大賛成だったよ、そうしたらありさが今回はゆりに任せようって」

 

 

 こうしてみるとやっぱり有咲って地頭が良いんだろうなと思い知らされます、ツンデレの残念系美少女ですけど。

 

 

「あと香澄には言っておかないと後で知った時に暴走するから、ちゃんと先に教えておけって伝言されたよ」

 

 

 何者だよ市ヶ谷有咲、再来年の生徒会長はもう有咲で良いと思うわ。

 

 

 有咲の手際の良さに感心していたら香澄に飛び掛かるようにしてベッドに押し倒されてしまった。

 そのまま身体にのしかかられ腕を廻されたかと思ったら、今までにない程に強い力で抱きしめられた。

 

 

「香澄、苦しいよ」

 

「どうして相談してくれなかったの、わたしの知らないゆりが増えていくのがとっても嫌だよ」

 

「ごめん、自分なら一人で何でも出来るって思い込んでいたんだ。ポピパの事ならみんなに相談するのが筋なのにね」

 

「それもそうだけど違うの。ゆりの全部を知っておきたいし、わたしの全部も知っていて欲しいの、だから秘密は駄目なの」

 

「だからごめん、これからはちゃんと相談するから」

 

 

 そう言っておきながら、わたしには絶対に秘密にしておかなければならない事がある。

 今ここに居る女の子が偽者の美月優璃だなんて告白しても理解されないだろうし、して欲しくもない。

 これは転生という特典を得たわたしへの代償、生涯に渡って嘘を吐き続ける罪と罰を背負っていかなければならないんだ。

 ねぇ神様教えてくださいよ、みんなを騙し続けてまで転生させた意味っていったい何なのですかね。

 

 

「許さないよ、今回の罰として『香澄大好き』って百回ほど言ってもらいます」

 

「えっ⁉︎ そんなので良いの」

 

「そして一回言う事に、わたしがキスマークを付けていきます」

 

「いやそれ意味がわからないわ」

 

 

 香澄が上着を脱がせようとするのを必死に体を丸めて抵抗をします。

 キスマークくらいは別に良いのですが、百個は流石に隠しようが無いですし、香澄の唇も充血して大変な事になってしまいそうですからね。

 

 

「言うからキスマークは止めなさい」

 

「その無垢な身体に『かすみ』という文字を刻んであげちゃうよ!」

 

「いやマジで止めて! わたしの中での香澄に対するイメージが崩れるわ!」

 

「えー、じゃあ妥協します」

 

 

 妥協点としてお互いの身体にひとつづつキスマークを付けるという事に落ち着いたのですが、流石に首は不味いだろうとお互いに上着を脱いでから胸の部分にキスマークを付け合いました。

 香澄の胸はふんわりと柔らかくて最高だったのですが、わたしの胸に香澄が口を付けている光景は何だか不思議というか胸の奥から愛しさが溢れてきて抱きしめたい衝動に駆られてしまいそうです。

 

 

「むふー、バッチリ綺麗に付いたよ。じゃあ後は香澄大好き百回だね」

 

 

 ふむふむ、これだけの恥ずかしめを与えておいて更に罰の上乗せですか。今までわたしの中で香澄のイメージは天使でしたがどうやら違ったようですね。

 

 

 香澄、アンタは鬼や! 鬼っ娘やで!

 

 

 あぁでも機嫌が良さそうに笑っている顔は最高に可愛いです。

 悔しいですが、やっぱりわたしにとって香澄は天使であり女神なんですよね。

 

 

「はい、まずは一回目!」

 

 

 いややっぱり鬼っ娘でしたわ……。

 

 

 




引っ越しのドタバタで時間が取れないなか山吹沙綾さんの誕生日に間に合わせたくて急いで書きましたわ。
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