せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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40.走り始めたばかりの私へ:②

 

 

 先日に夏希さんと面会をした校舎裏の人目につきにくい場所にて、沙綾とわたしは並んで立ちながら主役の登場を心待ちにしていました。

 

 放課後とはいえ梅雨に差し掛かるこの時期になると、まだまだ太陽さんも沈む事を拒んでいるように雲の隙間から地上を明るく染めたままで、高めの湿度が最近お気に入りのキャミソールをぺったりと背中に貼り付けてしまい少し気持ちが悪いです。

 

 沙綾に握られている手には痛い程の力が込められているのと同時に微かながらも震えを感じてしまうのは、どこか沙綾の心が叫んでいるようにも思えてしまいますね。

 

 

「情け無いところを見せたらごめんね」

 

「大丈夫だよ、どんな沙綾でもわたしは大好きなままだから」

 

 

 やがて校舎の角から有咲に連れられた夏希さんが歩いてくるのが見えてきました。

 その姿を確認した沙綾は瞳を閉じて数回大きく深呼吸をした後に、再び瞳を開けてわたしの手を更に力強く握り締めてきた。

 

 

「前へ、前へ、前を向いて、私もみんなと進みたい」

 

 

 わたしに視線を向けずに解き放った力強い言葉は、困難に立ち向かう戦士の如き覚悟に満ちて逞しく、悲運の歌姫の叫びが如く悲壮で美しい調べとなってわたしの胸を深く撃ち抜いていったのでした。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「こうやって話をするのも久しぶりだね、沙綾」

 

「ナツ……」

 

 

 向かい合った旧友達から少し離れて立会人のように並んで立った有咲とわたしは、何をする訳でもなく黙って二人の様子を見守る事にしました。

 

 

「私ね、あの時からずっと沙綾に伝えたい事があったんだ」

 

 

 夏希さんが会話を切り出すと沙綾は何かを覚悟したかのように両手の拳を強く握りしめ、少しだけ顔を伏せてしまった。

 

 

 

 

 ーー(たの)しかったね。

 

 

 

 

 責められると思っていたのか夏希さんの言葉に驚いたように顔を上げた沙綾は何か言葉を紡ごうと唇を動かすも声は出ず、その代わりに見開いた瞳から大粒の涙を一粒だけ溢れさせた。

 

 

「みんなとバンドが出来て本当に楽しかった。あの時に沙綾が抜けちゃって悲しかったけれど、新しいドラムの子も入ってくれて私達は今も頑張っているよ。だからね……」

 

 

 夏希さんが沙綾の両手を優しく取ってくれた。

 対する沙綾は相変わらず唇を震わせるばかりで、その瞳からはもう数える事が出来ない程の想い達が溢れ頬を濡らしていた。

 

 

「沙綾が苦しむ事は無いんだよ。メンバーじゃなくなったって、私達は今までもこれからも大切な友達なんだからね」

 

「わ、わたし、わたしも楽しかった。ナツ、あの時はごめんね……本当に」

 

 

 そこまで言うと沙綾は力が抜けたようにその場にへたり込み、耐えきれない嗚咽と尽きそうもない涙を流し続けた。

 

 抱きしめてあげたかった。抱きしめて大丈夫だよって言ってあげたかった。

 今はそれをするのは違うというのも理解している筈なのに、自分が沙綾を泣かせるような事をしている事実に耐えきれなくなりそうだった。

 

 思わず伸びそうになってしまった腕を有咲に強く掴まれる。

 視線を向ければ真剣で射抜かれるような眼差しが今はお前の出番じゃないと語ってくれている気がして、ほんの少しだけ冷静さを取り戻す事が出来ました。

 

 どうやら本当にわたしは情けない人間みたいです。甘いと優しいは違うものの筈なのに、みんなにいい顔をしたがって必要な時に強く在る事が出来ないでいる。

 こんな事では支えているなんてとても言えませんよ。もっと心を強く、本当の意味で優しい人になりたいという熱を心の奥へ焼きつけるように、唇を強く噛みしめて悔しさを飲み込んだ。

 

 

「顔を上げて沙綾。新しい……今の仲間達が沙綾の事を待っているよ」

 

 

 夏希さんに手を引かれなんとか立ち上がった沙綾がわたし達の方へ涙に濡れた顔を向けてきました。

 その姿を見てわたしは腰に手を充てて大きく頷き、有咲は恥ずかしいのかそっぽを向きながらもほんの少しだけ頷いてくれたみたいです。

 

 

「私達だけじゃねえからな」

 

 

 そっぽを向いたままの有咲が指を差した木陰から、香澄達ポピパの三人組がバツが悪そうにしながらもぞろぞろと姿を現しました。

 当事者でも無いのに何故か涙を流していた香澄が、さっそくの勢いで沙綾の元へ走り寄り飛ぶようにして抱き付いていきます。

 

 

「さーやー、やっぱりわたし達とバンドしようよー」

 

「香澄……」

 

 

 沙綾よりも泣いているのではないかと思いながら、わんわんと泣き続ける香澄の元へみんなで集まります。

 

 恥ずかしそうに頭を掻いている沙綾も、わんわんと泣いている香澄も、香澄に釣られて涙を流し始めてしまったりみりんも、やれやれといった感じでドヤ顔の有咲も、何故かニコニコとした笑顔のおたえも、不思議とこの五人が揃うとやっぱりポピパはこの五人でポピパだなって強く感じてしまいますね。

 

 そんな暖かい光景を味わっていたら、ふと草を踏む音に気付き慌てて夏希さんの腕を取った。

 

 

「何処に行くおつもりですか、夏希さん」

 

「美月さんも有難うね、やっと沙綾と話が出来たよ」

 

 

 少し驚いた表情を見せた彼女は、瞳に溜まった涙を隠すように無理やりな笑顔を作った。

 

 

「なんか良い雰囲気だしさ、私は邪魔かなって」

 

「何を言っているのですかね、夏希さんも沙綾の仲間でしょうに」

 

「そうだよ、ナツ」

 

 

 相変わらず泣きながら抱き付いている香澄を引き摺るようにしながら夏希さんの目の前に立った沙綾は、優しく抱きしめるようにその体を引き寄せました。

 

 

「これからもナツ達は私にとって大切な友達だよ」

 

「沙綾……私も、沙綾……」

 

 

 その先は言葉にならず夏希さんも嗚咽を漏らしながら沙綾の肩に顔を埋めました。

 

 夏希さんと一緒に再び涙を流し始めた沙綾と泣き続ける香澄、釣られるように泣き始めたりみりんに感極まったのか瞳に溜まった涙を指で拭う有咲。

 

 とても尊い光景で胸が熱くなってしまうのですが、ひとつだけ思った事を言っても宜しいですかね。

 流石にこれだけ泣いている女の子の数が多いとですね、いったいどうやってこの先の収拾をつけたら良いのか元男のわたしにとっては全くもってハードルの高いミッションではないですかね。

 

 あとそんな雰囲気の中でも相変わらずニコニコ顔のおたえがちょっとだけ怖いのですけど。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「えへへ、さーやも文化祭に出ようよ」

 

「ちょっと待ってよ香澄、練習もしていないしまだ色々と気持ちの整理もあるからさ」

 

 

 沙綾が過去と向き合った放課後の帰り道、わたし達は沙綾を取り囲むようにして六人で帰宅の途についております。

 それというのも香澄がせっかくだから沙綾を送って行こうと言い出したからで、最初は遠慮していた沙綾も香澄とりみりんに手を引かれると恥ずかしがりながらも一緒に帰ってくれる事にしてくれたようです。

 

 

「新曲のデータを携帯に送っておくね」

 

「沙綾ちゃん、一緒に頑張ろうね」

 

「まぁ私は別に強制はしないけれど、知らないやつよりかは沙綾の方が良いかなぁとは思わないでもない」

 

「ちょっと待ってみんな、本当に気が早いから」

 

 

 楽しそうに話し掛けるおたえとりみりんに満更でもない表情を向ける沙綾。

 ツンデレ節全開の有咲は置いておくとしても、もしかしたら沙綾の心の奥底で固く閉じられていた扉が少しだけでも開いてくれたのかもしれないと思うと、夏希さんとみんなには感謝してもしたりない気分になってしまいますよ。

 

 

「ゆりも沙綾に入って欲しいと思っているんだよねぇ」

 

「まぁね、やっぱり沙綾じゃないと嫌だなって思うよ」

 

 

 香澄が腕を組むように身体を寄せてきましたが、驚くほどにここ最近では一番の笑顔を見せています。まぁそれも仕方がないと思いますよ、沙綾が加入してくれれば楽器が揃うのでいよいよ本格的にpoppin'partyが始動をするという事ですからね。

 

 

「やっぱりこの五人でポピパですよ、ライブを観るのが楽しみだなぁ」

 

 

 ポピパのライブを想像しながらひとりニヤけて呟いたわたしの言葉に、何故か全員が揃って足を止めてしまいました。

 

 

「はぁ? 何を言ってんの優璃、なぁみんな」

 

 

 呆れ顔の有咲が発した言葉に、わたしと沙綾を除いた全員が笑顔で頷いた。

 

 

「あのね、ゆりもポピパなんだよ」

 

 弾ける笑顔の香澄。

 

「そうだよ優璃ちゃん、優璃ちゃんが居なかったら何も始まらなかったもの」

 

 優しく微笑むりみりん。

 

「そうそう、マスコットが居ないと花園ランドも寂しくなっちゃうし」

 

 何を言いたいのか全く理解をする事が出来ないおたえ。

 

「逃げようとしても無駄だぞ、香澄の諦めが悪いのを誰よりも知っているのが優璃だろ」

 

 顔中を紅く染めながら決して視線を合わせようとはしない有咲。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「私も、ゆりが居ないとやる気にならないかな」

 

 悪戯っぽく笑う沙綾。

 

 

 

 やれやれですよ、まったく……。

 

 

 

「わたしは楽器とかしないって言っているじゃん」

 

「関係ないよ、わたし達は何処までも続く線路みたいに繋がり合って未来へと向けて走り出すの。ゆりも、さーやも、もうポピパという列車に乗っちゃったんだよ」

 

 

 自信満々に滅茶苦茶な事を言い出した香澄を見て、思わずわたしと沙綾は顔を見合わせてから同時に吹き出してしまいました。

 本当に、本当にこの娘は主人公です。例えどれだけ突拍子もない台詞を言ったとしても、何故か不思議と納得させられてしまいそうな魅力に溢れていてキラキラと輝いて見えてしまいますよ。

 

 

「わかったわかりましたよ、ステージには立たないけれどポピパのひとりとして精一杯の応援をするよ」

 

「あはは、これは私も逃げれそうにも無いや」

 

 

 お腹を抱えるようにして笑うわたし達を見て香澄が少しだけ不満気な顔を見せた。

 

 

「ねぇありさ、さっきの台詞って変だったかな?」

 

「いや私は……良かったと思うぞ」

 

「格好良かったよ、香澄ちゃん」

 

「りみりんー」

 

 

 りみりんに優しく頭を撫でられた香澄が襲いかかる勢いで抱き付いて頬をすりすりと擦り付け始めました。それはそれは尊い光景でとても癒されてしまいそうなのですが、何故か香澄の隣りに居る有咲が顔を赤くしていますね。

 

 

「香澄ちゃん苦しいよ」

 

「りみりんー、大好き」

 

「ちょい待て、今の流れは私に抱き付くところじゃねえのか」

 

「ありさも抱き付く?」

 

「絶対にしねえ」

 

 

 コントのような会話劇に笑いを止める事が出来ません。そんなわたし達の姿を見て流石に有咲も指をさしながら怒り出してしまいました。

 

 

「お前等も他人ヅラで笑ってんじゃねえ、仲間なんだからいずれ同じ流れを味わうんだかんな」

 

 

 いやぁ安定感抜群の有咲のツンデレは本当に何と言うか、たまりませんよね。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 商店街は主婦達が主役の時間も過ぎ去って、少しだけ大人しい雰囲気が街中を包んでいました。

 

 

「そういえば文化祭で披露する曲ってどうなったの?」

 

「うぐっ、ゆりも中々に痛いところを突きますな」

 

 

 香澄がわざとらしくお腹を押さえて苦しそうな演技を始めましたが騙される筈もなく、その場に居る全員が冷ややかな視線を香澄に向けました。

 

 

「曲はほぼ出来上がったよ、後は香澄ちゃんが……」

 

「曲名は沙綾と一緒に考えたんだよ、『STAR BEAT!(スタービート!)』って格好良いでしょう」

 

「つまりまだ題名しか出来ていないって事だな」

 

「うぐぐっ、ありさが冷たい」

 

 

 立ち止まり空を見上げた香澄は右手を上げて掌を開き、まるで空の向こう側を覗き込むようにその瞳を細めた。

 

 

「実は殆ど歌詞は出来ているんだよ。でもまだ何か足りない、もっとズバーンとした想いがドカーンと降りてきたら完成しそうなんだ」

 

 

 何やら凄く格好良さげに見えますが、後半の感覚的な言い回しのせいで少々台無しになっている気もしますよ。

 

 

「香澄なら大丈夫だよ、きっと良いのが書ける」

 

「そうだよね、香澄ちゃんなら大丈夫そうだもの」

 

「楽しみにしているよ、香澄」

 

 

 ええぇ沙綾達これで納得しちゃうの? あれっ、これってもしかしてわたしが可笑しいのですかね。

 

 

「いやお前等ぜってぇこいつ(香澄)はノリで喋っているだけだぞ」

 

 

 陶酔したポーズのまま固まっている香澄に向かって有咲が呆れ顔でツッコミを入れてくれました。

 流石はポピパの頭脳です助かりましたよ。もしかしたらわたしの感性が世界の常識とズレているのかと本気で疑いそうになりましたからね。

 

 そのまま香澄を置いてみんなで歩き出すと、暫く陶酔したままだった香澄も慌てて後を追いかけて来ました。

 

 

「そろそろやまぶきベーカリーに着くね」

 

 

 わたしの言葉に軽く頷いた沙綾は、少し先まで走り出してくるりとポニーテールを踊らせながら振り返った。

 

 

「みんな今日は有難うね。恥ずかしいところを見られちゃったけれど本当にナツに会って良かった。バンドもちゃんと前向きに考えるね」

 

 

 みんなで顔を見合わせた後に沙綾の元へポピパは駆け寄った。

 

 

「待っているよ、さーや」

 

「沙綾ちゃんと一緒に頑張りたいな」

 

「沙綾も花園ランド建国の有志になろう」

 

「おたえ、偶にはまともな事も言ってくれ」

 

 

 みっつの笑顔とひとつの呆れ顔が沙綾に贈られた。わたしも沙綾の前に立って空いていた左手をゆっくりと取る。

 

 

「ゆり、私の為に頑張ってくれたと思っても良い?」

 

「言わなくても解っているでしょ、わたしも待っているからね沙綾」

 

「……うん。あの、それでさ、感謝のお礼もしたいからまたお泊まりとかしてくれたら嬉しいかなぁって」

 

「あぁそうだね、ってグェェ!」

 

「はいはーい、わたしも泊まりまーす! というかライブのお疲れ様会をさーやの家でやろう、ポピパ全員お泊まりで」

 

 

 香澄の提案をポピパ全員が拍手をして讃えています。それは楽しそうでわたしも大賛成で御座いますが、先程勢いよく香澄に体当たりをされて断末魔の蛙みたいな悲鳴を上げてしまった乙女の恥ずかしさと怒りをですね、いったいどなた様にぶつけたら宜しいのでしょうかね。

 

 

「あはは、それは楽しみにしておくよ。それじゃあ私はそろそろ行くね、みんなまたね」

 

 

 とても良い笑顔で手を振りながら、沙綾が軽い足取りでお店の中へと帰って行きました。

 

 

「沙綾ちゃん、ポピパに入ってくれるかなぁ?」

 

「大丈夫、最後はとっても良い笑顔だったもの」

 

「優璃ちゃんそうだよね、最後は嬉しそうにしていたものね」

 

 

 きっと大丈夫、今の沙綾ならきっと壁を乗り越えてくれると信じれるよ。

 五人で向かい合って笑顔で頷き合った。きっと文化祭にも間に合う、沙綾というピースが揃って漸くpoppin'partyの物語が始まり出すんだ。

 

 

「お母さん! ねぇお母さん!」

 

 

 暖かい雰囲気を切り裂くように聞こえてきた沙綾の切羽詰まった叫び声に思わず全員が体を強張らせてしまった。

 茫然とした空気が路地を支配した中で、突然わたしの目の前をひとつの影が走り抜けて行く。

 

 

「香澄!」

 

 

 駆け抜けた香澄は躊躇する事なくお店の中へと飛び込んで行き、正気に戻ったわたし達も慌てて走るようにその背中を追う事にしたのでした。

 

 

 

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