せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
ーー私って、きっと神様に嫌われちゃっているんだよ……。
文化祭の準備に沸く花咲川女子学園講堂の入り口から見上げた曇天の空はどんよりとしていて、薄暗く感じる校庭の景色とも相まりまるで世界が泣いているようにも見えた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
先日に沙綾のお家に突撃したわたし達が目にしたのは、具合が悪そうにリビングの床で横になっている沙綾のお母さんと介抱するように寄り添うお父さん、そしてそれを心配した表情で見守る沙綾と純くんと紗南ちゃんの姿でした。
「いつもの事だから大丈夫だ。すまないが沙綾、お母さんを寝かせてくるからそれまでお店を見ていてくれないか?」
「わかったけれど、お父さんひとりで大丈夫なの?」
「こう見えても一家の大黒柱だぞ、此処は任せておきなさい」
その言葉に頷きを返した後にお店の方へと向かった沙綾を追おうと振り返ったら、スカートに妙な圧力を感じてしまい脚が止まってしまった。
「みんなは沙綾の所に行ってて、わたしも後から行くから」
スカートの裾を引っ張っていたのは紗南ちゃんで、歯をくいしばり今にも泣き出しそうな顔を向けていました。
沙綾を追って行ったみんなを背に、屈んでから紗南ちゃんを優しく引き寄せて背中をぽんぽんと叩いてあげます。
「ふえっ、おねえちゃん」
「紗南ちゃん、お母さんは大丈夫だよお父さんが付いているからね」
ギュウッとスカートを掴んだまましがみついてくる紗南ちゃんに、とても言葉には出来ない程の愛しさが込み上げてきます。
「純くんもおいで」
「俺はいいから紗南を頼む。いつまでも姉ちゃん達には甘えられない、俺は男だから」
そう言うと純くんは少しだけ震える脚を踏み出してお父さんの元へと歩み寄って行きました。
男の子の痩せ我慢って本当にダサいと思うけれど何だか格好良いですよ。元男の思いとして純くんとは良い友達になれそうな気がしますね。
紗南ちゃんが落ち着いた頃を見計らって抱き抱え、お母さんが寝かされた寝室までとりあえず連れて行きます。
「せっかく遊びに来てくれたのに悪かったね」
「いえいえ、それよりも具合は?」
わたしから離れてお父さんに抱きついて行った紗南ちゃんを見て一安心しましたが、覇気も無く布団に横になっているお母さんの容体がどうなのか心配ですね。
「ちょっとフラついただけなのにみんな心配し過ぎなのよ。それよりも貴女が優璃さんね、あの子がいつも楽しそうに貴女の事を話すのよ」
挨拶をしようとしたのか起き上がろうとしたお母さんをお父さんが手で制して再び寝かせてくれました。
そのままお母さんの頭を優しく撫でながら、お父さんは少しだけ寂しそうな口調で話を始めました。
「高等部に進級してからの沙綾は本当に楽しそうにしていてね、良い友達が出来たと君達には心から感謝をしているんだよ。中等部の頃から何と言うか、あの子は色々と私達の為に我慢をしていたようにも思っていてね」
穏やかな笑みを浮かべるお父さんは沙綾によく似た優しそうな雰囲気に溢れていて、きっと沙綾はこの人達に愛されて育てられたのだろうなと容易に想像させられてしまいます。
「親バカかもしれないが沙綾はとても優しくて、いや優し過ぎて少し臆病なくらいなんだ。何かを失うくらいなら最初から諦めてしまった方がいいとさえ考えてしまう、だがそれは私達が望む娘の姿じゃないんだ」
横になっているお母さんに手招きされ、右手を両手で優しく包まれました。
「あの子には私達に囚われて欲しくないの。私に似て頑固だからそうは言っても普段はちっとも話を聞いてくれないけれど、きっともうあの子に笑顔をもたらす事が出来るのは私達じゃないわ」
苦しそうだった呼吸を落ち着かせてから、お母さんは慈愛に満ちた微笑みをわたしへ向けてくれた。
「沙綾の手足には鎖なんか繋がれていない、あの子は自由なの。だから大切に思える絆を家族以外ともしっかりと紡いで欲しいと思っているのよ」
「それにだが年頃の娘に心配をされるほど私達は年老いてもいない、っと君にこんな事を言うのも変な話だが……」
お二人の滲み出る優しさがわたしの薄い胸を熱くさせてくれます。
沙綾が笑顔で居られる場所はpoppin'partyという輪の中に、わたし達の笑顔が咲き乱れる場所にこそ在るのだと決意を新たにしちゃいましたよ。
「任せてください、沙綾の青春はわたし達がキラッキラに輝かせてみせますので」
ちょっぴり物足りない胸を叩きながら宣言をしたら、沙綾の両親も安心してくれたように優しい微笑みで頷きを返してくれました。
「それではわたしも沙綾の様子を見てきます」
「優璃さん、これからも娘の事を宜しくお願いしますね」
お二人に頭を下げて部屋を出た後に沙綾達の居るお店の方へ向かうと、廊下で酷く狼狽をした様子のりみりんと鉢合わせをしてしまいました。
「あっ優璃ちゃん。あ、あの、あのね」
「りみりんどうしたの? 少し落ち着いて」
「香澄ちゃんと、あのね、沙綾ちゃんが……」
りみりんの青醒めた表情から嫌な予感が胸の内を侵蝕していきます。
急ぎ店内の販売スペースに足を踏み入れると香澄達の姿は無く、レジ台の椅子に首を垂れながらひとり座っている沙綾だけが居ました。
「沙綾?」
「香澄に酷い事を言っちゃった」
数は減ってきたとはいえ美味しそうな香りと色とりどりのパンに囲まれた中で、パンの国の姫様はひとり暗闇の森に迷い込んでしまったように見えた。
「何があったの?」
「香澄がね、大丈夫だよ私達が手伝うし頑張って沙綾を支えるからって言ってくれて……」
うな垂れた顔からは涙の雨がぽつりぽつりと降り出し始め、レジ台にその跡を少しづつ増やしていく。
「嬉しかったよ、優しいなって思った。だけど同時に私の中で何かの糸が切れてしまったんだ。気が付いたら、私が欲しいものを全て持っている香澄に私の気持ちが解る訳ないって叫んでた」
「沙綾ちゃん……」
震える沙綾の肩にりみりんが優しく手を置いてくれました。
「私だって知っている、香澄だって努力して苦労だってして頑張っているって。だけどそんな香澄が眩しくって、環境の所為にして逃げてばかりな自分が惨めで、これじゃ香澄に及ばないと思って……」
両手で涙を拭った沙綾は顔を上げて、わたしがあまり見たくはない無理矢理に作った悲しそうな笑顔を向けてきた。
「上手くいかない焦りをあんな良い子にあたって、こんな最低な私が仲間って言われていい資格なんて無いよ。ねぇゆり、りみりん……」
崩れそうになってしまった笑顔を再び無理矢理に作ろうとしている。どうしてそこまで我慢しようとするのだろう、沙綾がひとりになる必要なんて無いのに。
「私って、きっと神様に嫌われちゃっているんだよ」
それは認めれない、絶対に認める事は出来ないんだよ、沙綾。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
あれから沙綾は文化祭に向けて放課後に有志で行う準備が終わると、わたし達の輪に入る事なく急ぎ足で帰るようになってしまいました。
まだ復調とは言い難いお母さんの事もあり仕方がない側面もあるのですが、一緒にいる時には明らかにバンドの話を避けようとしているのが辛いです。
振り出しに戻ってしまったとは思いませんが、どこか釈然としないモヤモヤを感じてしまいますよ。
「ゆりぃ! リハーサルが終わったよ」
「はあぁぁ、緊張したわ」
「有咲ちゃん、頑張ってたね」
「やっぱりライブってスッゴく楽しいね」
文化祭本番も明日に迫り、リハーサルを終えたポピパの面々もどこかホッとした表情を浮かべています。
CiRCREからレンタルした楽器の調整も楽器経験者の力添えで無事に終わり、後は当日の集客を心配するだけとなっております。
講堂のステージに掲げられた『花咲祭』の看板を見上げても、何故だか今ひとつ心が沸きたってはくれません。
生徒会やチスパの人達とも協力して作り上げたライブ会場。期待感と満足感で心がいっぱいの筈なのに、やはりわたしには最後のピースが足りないようなどこか物足りない気持ちになってしまうのですよ。
「さーや、やっぱり来てくれないのかな」
有咲から聞いた話では沙綾が心の内を香澄にぶつけたあの日。香澄は怒って帰ったのでは無く、自分の想いを上手く言葉に出来なかった事が悔しくて飛び出してしまったそうです。
その足で蔵に向かった香澄は何かに取り憑かれたように歌詞を書き続け、ついにpoppin'partyとしての初楽曲となる『STAR BEAT〜ホシノコドウ〜』が完成したとの事です。
「沙綾に歌詞を渡したんだって?」
「うん。上手く言葉に出来ないから想いをギュッと歌詞に詰めて、さーやに届けって気持ちも込めて手紙に書いたの」
どこまでも優しい香澄は本当に凄いや。沙綾は香澄に及ばないなんて言っていたけれど、わたしだって香澄の隣に立てる程の人間にはまだまだ成れそうもないですよ。
「ところで、何でリハーサルで新曲を歌わなかったの?」
「ふふーん、新曲はサプライズにするつもりなのだよ」
「そういう事にしとくか。香澄がこの期に及んでもちょくちょく間違えるとか言えねえしな」
香澄が顔を紅くしながら有咲の肩をポカポカと叩く姿が微笑ましいですが、それにしても待ちきれない程に新曲を聴くのが今から楽しみになってきますね。
「文化祭は駄目でも、きっといつか沙綾ちゃんはポピパに入ってくれるよ」
「まぁ私は別に……」
「りみりんそうだよね、さーやにわたし達の気持ちは伝わるよね」
「いやまぁ私もだな……」
「そうだよ、だって沙綾は花園ランドの住人だもの」
「いやちょっと待てお前等、最近わざと私の言葉を流しているよな?」
明るい笑い声が照明の消えた講堂に響き渡った。
みんな前向きで優しくて素敵な仲間達です。でもわたしは違うのです、わたしにとっては
この素敵なバンドの中に居る大好きな沙綾の姿が見たい。
自己中心的でしかない願望という名の欲望を、わたしはどうしても諦める事が出来そうにも無いのですよ。
あんな哀しい言葉を口にさせたら駄目なんです。あくまで神様は許すまじですけれど、わたしに転生というチャンスを与えてくれた大きな存在があんな良い娘を嫌いになる筈はないのですよ。
もし嫌いになるならわたしのような……まぁわたしも許すまじなのでお互い様ですがね。
「沙綾が明日登校した時にでも話をしてみるよ。もしかしたら再び前向きな言葉が聞けるかもしれないし、それはそれとして明日の文化祭はみんなでやりきろうね」
わたしが差し出した右手の上に四人が手を重ねていきます。
最後に手を乗せた香澄の合図を待って、全員で空に向かって弾けたように右手を突き上げた。
「ぽぴぱ〜……」
「いやおたえ、その掛け声は流石に中途半端が過ぎるわ」
気の抜けたおたえの掛け声に笑いが辺りを包みます。
明日の文化祭をきっと忘れられない青春の一幕にしてみせますよ。確かな覚悟を込めて突き上げた右手の掌を、まだ見ぬ星空の一等星を掴むように強く握りしめた。
そして文化祭当日。
わたしの耳に届いたのは、沙綾がお母さんの精密検査に付き添う為に学校を休んだという連絡でした。