せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
もう傷付きたくは無かった。だから無関心になれば良い、家族を大切にしていれば私は幸せ。
そう思って中等部を過ごした。
高等部に行ってもそれは変わらない、私はもう大切なものは作らない、そう思っていた。
遅咲きの桜が舞い散る学園前庭の掲示板で、未来への希望に溢れ輝いているような笑顔に出会ってしまうまでは……。
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「相変わらず私は逃げ続けてばかりだ」
市民病院の庭にある誰も座っていないベンチに腰を降ろし、夏の片鱗を見せてきた眩しい青空を見上げながら愚痴を溢した。
お母さんの検査に付き添うという名目で学校を休んだけれど、お父さんが迎えに来たからもう別に付き添う必要は無くなってしまった。
両親にも文化祭に行ったらどうだって言われたけれど、私の脚はどうにも鈍く前へ進んではくれないままだった。
只々、怖かっただけだった。
一度は離れた筈の音楽というチカラが再び私を魅了して虜にしようとしてくる。
確かに私はドラムが好き、リズムを刻み色々な音符達を纏めていくようなあの感覚が大好き。
だけど中等部の時に犯した罪は決して消えはしない。私は大切だった筈の仲間達を裏切った、やり方は他にもあったのに逃げ出す事を選択してしまった。
もうドラムは叩いちゃいけない、音を楽しんだらいけない。それが自分自身に課した罰だったのに。
『さーやも一緒にバンドやらない?』
筈だったのに……。
桜と共に出会った変わった髪型の女の子は、変わった形のギターと出会い音楽を始めるようになった。
やがて明るく優しいその娘の周りにはまるで導かれるように仲間達が集い、poppin'partyというバンドを組むまでに至った。
これから彼女達は夢を見つけ、青春という舞台に向けて走り出していくんだ。
そんな姿が輝いて見えた。私にもそんな道があったのかもしれないと羨ましく思った。
もしその娘がバンドに誘ってきたのならハッキリと断ろう。あんな素敵なバンドに私の所為で迷惑をかける訳にはいかないと、そう決めていた。
『わたしは沙綾じゃないと嫌なんだよね』
胸の奥が甘く、そして熱く締め付けられる。
いったい何時からなんだろう、自然とあの子を目で追うようになったのは……。
始めは可愛い娘だなって思っただけだった。
黒くて綺麗な長い髪に私より少しだけ低い身長。くるくると変わる表情も愛嬌があって良い友達になれそうだなって感じた。
でも友達になって仲良くなる内にあの子と手を繋いでいると、不思議と心が浮き立つのと同時に安心しきっている自分に気が付いた。
あの子の笑顔を見るとそれだけで嬉しくなった。もっと側に居て欲しいとも思うようになった。
信じられない事だった、私はいつからか彼女を愛しいと思うようになっていた。
友情とは明らかに違う、湧き出すような切なさと熱い衝動。
まさか自分が女の子にそんな感情を抱くだなんて最初はとても認められなかった。
初恋だって小学生の時に足の速い男の子だった。彼女に抱いている感情は友情だと、きっと気の迷いだと自分に言い聞かせた。
『沙綾、大好きだよ』
でもそれは無理だった。
友達に向けて言う何気ない言葉だと解っていても、たったそのひと言だけで私の心は簡単に溶かされて舞い上がってしまう。
いつしか私は、あの子の特別になりたいと星に願うようになっていた。
木漏れ日が診察時間外で人気の無い病院の前庭を優しく照らしている中で、ベンチに座りながらスマホを握り締め深く溜め息を吐いた。
「そんな感情を何と呼ぶのかなんて、私はもうとっくに知っているんだよね」
香澄から渡された歌詞をポケットから取り出してじっくりと読み返してみる。
STAR BEATと題されたその歌詞は、最初の一歩を踏み出す勇気の大切さを謳った詩だった。
いやそれだけじゃない、これは香澄の決意と優しさを記した手紙だ。
まぶた閉じて あきらめてたこと
いま歌って いま奏でて
昨日までの日々にサヨナラする
キミのコドウに そっと歩幅を合わせ 明日を夢みてる
ねえ ひとつの気持ち ずっとかかげ進もう
声をあわせ STAR BEAT!
香澄が泊まりに来て一緒に歌詞を考えた時は、もっと明るい曲をイメージしていたようにも見えた。
でも出来上がったこの歌詞には何とも言えない不思議なチカラを感じてしまう。
それはきっとこの仲間達と頑張るという覚悟と決意、そしてみんなで一緒に始めようというメッセージにあるのかもしれない。
やっぱり香澄には敵わないなと思う。
私は周りの人達からは優しい女の子だ、しっかり者だと言われるけれど本当にそうなのかな?
こんな風に誰かを思いやれるのならチスパにあんな事をする訳がない、きっと私は欲張りで自分勝手な人間なんだよね。
「これじゃあ選ばれる訳がないか」
私が特別だと想っている人の隣には香澄が居る。
あの子にとって香澄は特別で、香澄もあの子を特別と思っている。
だからもしあの子が女の子に対して特別な感情を抱けるとしても、選ばれるのは私じゃなく香澄に決まっている。
自分勝手で神様に嫌われた私は負けヒロイン。だから全てを諦めてしまった方が良いんだ、それがきっとみんなの為だもの。
握り締めたスマホが突然に起こした振動が私を現実世界へと引き戻してくれた。急いで画面を確認したら学級委員長のみっこからメッセージが届いたようだった。
[お母さん大丈夫? こっちは心配しなくても何とかやっているから]
さっぱりとした性格のみっこらしい文面に思わず顔が綻ぶ。
返信をしようと画面に指を近付けようとしたら、そのまま驚きで体が固まってしまった。
[沙綾だいじょうぶ?]
[こっちは楽しくやってるよ、早く来るべし]
[無理しなくていいからね]
[パン美味い、最高!]
[沙綾、元気かー]
[頑張れ、沙綾]
[エロいオヤジが来た、死ねばいいのに]
[山吹さん、疲れを出さないようにね]
[花園さんが独特過ぎてどう接したら良い?]
[しっかり寝て、休みなさいよ]
クラスのみんなから絶え間なくメッセージが届き続けた、そして……。
[沙綾ちゃん、共用のドラムセットがあるんだって]
りみりんの微笑みが脳裏に浮かんだ。
[ウサギは寂しいと死んじゃうんだって、私もそう思う]
おたえはブレないな、本当に。
[決めるのは沙綾だ。だけど何でもひとりで決めようとはすんな]
有咲って、やっぱり優しいと思うよ。
[ずっと、待っているから]
私だって、私だって……。
「私も輝きたいよ、香澄……」
画面の上に出来た小さな水溜りのせいでメッセージの返信を打つ事は出来なかった。
「やっぱり呆れられちゃったのかな」
大量の着信メールをどれだけ探してみても、あの子からのメッセージだけは届いていない様だった。
仕方がないと思う。ずっと私の心に寄り添ってくれたあの子の気持ちからも、結局また私は逃げ出したんだ。
愛想を尽かされて当然だしあの子には変わらず香澄を大切にして欲しい、この先も二人がずっと仲良くいられるように私は遠くから見守っていこう。
「逢いたいな」
言葉が自分の意思に反して口から漏れていく。
駄目なのに、これ以上はあの子に迷惑をかけるだけになってしまうのに。
「逢いたい、逢いたい、嫌だ、諦めたくない。諦めるなんて出来ないよ」
心の奥底から漏れ出した本心は嗚咽と共に世界へと解き放たれてしまった。
子供のように声を上げて泣いた。
自らの弱さに泣いた。
自分の想いを打ち消す事が出来ないと知って泣いた。
「逢いたいよ、ゆり」
自らの想いが報われない恋だと思い知って泣き続けた。
強く握り締めていたスマホが震え、もしやと思い涙を拭いながら画面を開いてみると新着のメッセージが入っていた。
[お姫様、わたしと一緒に走り出してみませんか?]
これっていったい……。
「沙綾!」
顔を上げれば苦しそうに肩で息をしながら此方へ歩いてくる女の子の姿が見えた。
そんな筈は無いと、負けヒロインの私に神様が優しくしてくれる訳なんて無いと、そう思っていたのに。
ベンチから立ち上がり強力な磁石に引き寄せられるようにあの子に向かって歩き出した。
逢いたいと思った。でもそれは叶ったらいけない願いだとも思った。
「
向かい合ったゆりは、派手な色合いの服を身に纏い膝に手を充てて相変わらず苦しそうな呼吸を繰り返していた。
顔から滴り落ちる汗と張り付いてしまった綺麗な髪を拭い、何とか落ち着こうと幾度か深呼吸を繰り返すその仕草を見ているだけで、湧き出してくる抱きしめたいという衝動が抑えきれなくなりそうだった。
どうして来てくれたのかは解らないけれど、もしかして同じなのかなと思ってしまう。ゆりも私に逢いたいと、私と同じ想いなのかと。
「どうして、何で来ちゃうの?」
「沙綾に、夢を、見てほしいと思った」
苦しそうな呼吸の合間に途切れ途切れに話す姿も愛しく思える。
自覚してしまった想いは身体の熱を上げ続けて、口から溢れそうになる本心を自制する事さえ苦しくなっていた。
「わたしはpoppin'partyという場所でなら、沙綾も再び夢を見る事が出来ると信じているの。だから何度もみんなで夢を見ようよ、沙綾の居場所はわたし達が作ってみせるから」
膝から手を離して背筋を伸ばしたゆりは、今まで見た事が無い程に真剣な表情でいつものように右手を差し出してきた。
「答えを聞きに来たのですよ。わたし達は沙綾と共に居たい、だから沙綾の本当の気持ちを聞かせてくださいな」
涙が心の中も流れるなんて知らなかったよ。
自分の気持ちなんてとっくに判っていた。欲張りな私はドラムも叩きたい、バンドもしたい、想い人と両想いになりたいとずっと願っていた。
だけど私は神様に嫌われた負けヒロイン。何をやっても結局は上手くいかないのなら始めから諦める道を選び続けていた。
そんな頑なだった心を優しさという涙がゆっくりと溶かしていく。
まさか逃げ続けても、それでも逃がしてくれない人達が居るなんて思わなかった。
これ以上は自分を騙せない、この娘達を裏切ったら負けヒロインどころか人として負けのような気がする。
「この手を握ったら、もう離せなくなるよ?」
「もう離れなくて良いんですよ。嫁が離れたらやっぱり寂しいじゃないですか」
「またキュンキュンするような事を言うんだから」
「前にも言いましたよ、沙綾はずっとキュンキュンしていれば良いのです」
「うん……ずっとキュンキュンするね。私もゆりにとって最高の嫁になりたいな」
「やっぱり可愛いですよ、沙綾は」
些細な褒め言葉も本当に嬉しい。
大きく息を吸ってからチカラを込めて、運命を導く鍵となる手を握った。
「私はみんなとバンドがやりたい、ゆりとずっと一緒に居たい!」
「行こう沙綾、わたし達の居場所に」
涙を拭い頷きあった私達は、手を繋いだまま学校へ向けて走り出した。
この果てしない道が何処まで続いているのかなんて知らない。それでも私はひとつだけ心に決めた事がある。
握ったこの手を離さない、もう自分に嘘は吐きたくはないから……。
ーー走り始めたばかりの私へ。
アナタはとても弱い女の子。
これからも何度かその足を止めてしまう出来事があるのかもしれない。
そんな時には顔を上げて周りを見渡してみてください。
きっと目の前には優しさの込められた何本もの手が差し出されているから。
差し出された手はアナタの未来、夢、そして淡い想い。
負けヒロインが必ず負けなくちゃいけない決まりなんて無いよ。
負けヒロインが輝ける物語だって何処かにきっとある筈だもの。
だからその手をしっかりと握って心を繋いでください。
みんなとなら、アナタはまた走り始める事が出来るのだから。
そしていつか、今度はアナタが大切な人に手を差し出せるように成れる事を願っています。
ねぇゆり……。
絶対に言わないけれど、君に恋をしました。
大切にしたい、まだ思い出にはしたくない恋をしました。
ゆりが好きです、大好きになっちゃったみたいです。