せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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44.〜ホシノコドウ〜

 

 

 二倍の大きさになったのではないかと思う程に働いてくれている肺と心臓をもってしても、鉛のように重くなった手足は思うように動いてくれません。

 体中から吹き出す汗、若干ぼやけてきた視界を加味して総合的な判断をすればこれはあれですね。

 

 

「もう無理ですぅ」

 

 

 限界を迎えた脚と膝は段々とチカラが入らなくなってきて、このままではギャグ漫画のようにふにゃふにゃと間抜けなダンスを踊りながら転んでしまいそうです。

 

 手を繋いでいた為に足を止めたわたしに引っ張られるような形となった沙綾が、息を切らせながら心配そうな表情を向けてきます。

 駄目です、今ここで沙綾の足を止める訳にはいかないのですよ。

 

 

「沙綾ごめん、後から追うから先に行って!」

 

「嫌だよ、ゆりと一緒に行きたい。ゆりと離れたくないよ」

 

 

 本当に、本当に優しいですよ沙綾は……。

 でも駄目なんです。きっと会場ではみんなが沙綾の事を待っているんです。

 わたしには解るんです、きっと最後のメンバーを連れてきてくれるとみんなは信じてくれているんです。

 その期待を、希望を、こんな所で途切れさせる訳にはいかないのですよ。

 

 

「後でちゃんと行くから。だってみんなのライブはわたしも見たいからね」

 

 

 脚は震える程に疲弊し、もう追いかける体力が残されていない事は自分でも理解が出来ていました。

 ゴメンね沙綾、わたしってどうしようもない程の嘘つきなんだ。

 

 精一杯に作った笑顔を見つめる沙綾は、何も言わずにふらつく身体を優しく抱きしめてくれた。

 

 

「沙綾、汗が付いちゃうよ」

 

「いいの、汗と一緒にゆりの思いも受け止めたいから」

 

 

 身体は苦しい筈なのに、お互いの熱と汗が混じり合いひとつに溶け合うような心地よさで安堵に包まれてしまいます。恥ずかしい事ですがわたしも沙綾に少し甘えたいと思っているのかなと、なんだか女の子である事を随分と受け入れてしまっているような気がしますよ。

 

 

「わたし達の思いを受け継いでもらえるかな?」

 

「任せて、嫁の期待を裏切ったら嫁失格だからね」

 

「それもう言葉が滅茶苦茶になっていますよ、沙綾」

 

 

 腕の力が緩んで沙綾の身体が離れていく一瞬の空白に、わたしの頬へ柔らかな感触がふわりと舞い降りた。

 

 

「ちゃんと追って来てお返しをしてくれないと、嫁は拗ねちゃうからね」

 

「後で向かいますよ、行ってらっしゃい」

 

 

 はにかんだ微笑みを見せてくれた沙綾は、勢いよく背を向けて全力の足取りで走り出して行った。段々と小さくなっていくその背中を見送ったわたしも足を引き摺り歩くような速度で学校へと向かい始めます。

 

 肝心な時にこの有様とはまったくもって格好悪い姿です。

 それでもみんなが待っていると思えばこの足を止める訳には参りませんからね、やれやれモブキャラも楽ではありませんよ。

 

 

 とはいえ、少々無理をしすぎたかもしれませんね……。

 

 

 いよいよ身体が限界を迎えて膝を落としそうになった瞬間に、わたしの身体を支えるように二本の腕がするりと伸びてきました。

 

 

「優璃ちゃん、しっかりして!」

 

 

 ぼやけた視界の先にはヘルメットを被った怪しい人影が見えます。

 いったいこの人は誰なのでしょうか。変態不審者さんですかね、それとも改造手術を受けさせられた正義の味方さんなのですかね?

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「いやお茶ってうっめ。なんですかこれは、これが甘露というものなのですか」

 

 

 渡されたペットボトルのお茶をお風呂上がりの牛乳を飲む勢いで喉へと流し込むと、体の隅々まで水分が行き渡るような気持ちよさに気分も晴れていきます。

 路肩のガードレールに腰を預けたわたしの前では、変態不審者さんではなくヘルメットを脱いだ音羽さんが心配そうな顔で様子を伺っていました。

 

 

「彼女さんが凄い勢いで走って行ったけれど何かあったの? まったく、付き合っているのならちゃんと仲直りしとかないと長引くから気を付けなさいよ」

 

 

 思わず口からお茶を間欠泉のように吹き出しそうになりましたよ。

 何故にそんな突拍子もない発想に行き着くのですかねと言いそうになったのですが、よくよく考えてみれば公衆の面前で抱き合う二人を見ればそう思えなくもありませんね。

 

 

「友達ですよ。あの子は優しいのでそう見えるのかもしれませんが、勘違いしたら可哀想です」

 

「またまたぁ、あんなにお熱い感じで? いやぁ青春って良いよねぇ、俄然お姉さんは応援しちゃうな」

 

「だから誤解ですって」

 

 

 何故かやたらと上機嫌な音羽さんですが、誤解をさせたままだと沙綾の名誉に関わりますのでいかに彼女がノンケであるのかを身振り手振りで力説すると、先程までとは打って変わった半目で睨まれ疲れたような溜め息を吐き始めてしまいました。

 

 

「はぁ瑠璃といい優璃ちゃんといい、この姉妹はそういう機微には本当に何と言うか……」

 

「そんな事より早く学校に向かわなければならないのですよ」

 

 

 暫く動けなかったので随分と時間をロスしてしまっている事に気付き、慌てて立ち上がってお茶のお礼をした後に学校へ向かおうとしたら、音羽さんに力強く腕を掴まれてしまいました。

 

 

「ちょい待ち、どういう事?」

 

「今は説明している暇は無いのです。音羽さん有難う御座いました、それではこれで」

 

「優璃、待てって言っているだろ」

 

 

 先程までの優しい雰囲気は鳴りを潜め、恐ろしく感じる程の眼光鋭い音羽さんの視線に身体が強張ります。

 

 ふええ、いったい何者なのですかこのお姉様は、助けてください瑠璃姉さーん。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「ああああぁぁ、怖い怖い怖い怖い、死ぬ、死にますぅ」

 

「法定速度は守っているからそんなに怖くは無いでしょ」

 

 

 音羽さんが着ているデニムのジャケットを思い切り握り締めながら襲いかかる風圧を耐え忍んでいます。

 仰りたい事はわかります。音羽さんのバイクは外国映画でよく見る髭面でガラの悪そうなおじ様達が乗っていそうなバイクで安定感は抜群なのですが、初乗りという事もありカーブの度に身体が右や左に傾いていくのが非常に怖いのですよ。

 そもそもですがジェットコースターでさえ安全装置がある時代なのですからバイクにもですね……。

 

 

「優璃ちゃん、車体を倒すからバランス取って!」

 

「ひいぃやあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 抜けるような青空、心地よく吹き抜ける風、消えるように流れていく街並み、もしかして自分は空気を切り裂く弾丸か天翔ける鳥になってしまったのではないでしょうか。

 

 

「感傷に浸っての現実逃避は流石に無理でしたあぁぁぁ!」

 

 

 叫びながらもポピパのライブに何とか間に合ってと祈りながら前を見据えた。願いを乗せ、まるで爆発したようなエンジン音を響かせながらバイクは学校へ向けて走り続けるのでした。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「優璃ちゃんしっかり青春してきなさいよ」

 

 

 ヘルメットを脱いでグローブをしたままの親指を立てた音羽さんは、爽やかな笑顔と白い歯も合わさって凄く格好良く見えます。

 派手なエンジン音を轟かせながら校門前に乗り着けたバイクから勢いよくギャル風の少女が降りて来たものですから、出入り口を管理している風紀委員の方達から厳しい視線を向けられてしまうのも仕方がないとはいえ、そんな風紀委員達が颯爽とヘルメットを脱いだ音羽さんの粋な姿に何故か急に頬を紅く染めながら見惚れ始めてしまったようです。

 

 姉さんから聞いていたのですが流石はモデルさんです。しかしわたしは先程に恐ろしい視線をした音羽さんを見ているのでね、あれはヤバいですよ相当な修羅場を経験した剛の者の気配に間違いありませんよ。

 

 色々な説明をする時間も惜しいので、受付嬢の視線が音羽さんに向いている隙を突いて生者の気配を消しながら空気のように流れる足取りで校内へと無事に舞い戻ったわたしは、人混みに紛れるようにしてライブ会場へと急ぎます。

 

 きっとみんなが待っている、みんなの笑顔がやっと見れるんだ。

 

 ライブ会場である講堂の前に息を切らせながら着き、周囲の人気が少ない事や講堂内から漏れ伝わる賑やかな音で全てを察してしまいました。

 

 

「そっか、わたしは間に合わなかったのか」

 

 

 裏口近くの階段状になっている場所に力無く腰を降ろし講堂の外壁に背中を預けた。

 それでも全てが無駄ではなかったようです。

 講堂から飛び出してくるような香澄の伸びやかな歌声、弾むような有咲のキーボードの音色、踊るように掻き鳴らされるおたえのギター、それらを優しく包み込むりみりんの低音ベース、そして……。

 

 

「間に合ったのですね、沙綾」

 

 

 バンドに命を吹き込むような逞しい沙綾のドラム。

 

 

「poppin'partyは、これにて完成です」

 

 

 瞳を閉じて漏れてくる音楽を心で聴いた。

 香澄と有咲が出会い、不思議な絆で集まったわたし達はひとつの形を成す事が出来た。

 だけどまだまだですよ。次はライブハウス、更にはその先の先、星まで届くくらいにポピパは走り続けてくれると思っていますのでね。

 香澄のホシノコドウはまだ鳴り始めたばかり、これからも精一杯に彼女達を支えていきますからね。

 

 ふむ、これはわたしも決意を込めて一緒に歌っちゃいますか。

 

『STAR BEAT! 〜ホシノコドウ〜』とは香澄らしい、いえポピパらしい素敵な曲名だと思いますよ、みんな……。

 

 

 

 その声 聞こえる……

 

 走りだす いつか走りだす

 風にゆれる キミの歌

 

 走りだす いつか走り出す

 届けたい歌 キミの声

 

 指をつなぎ 始まったすべて

 いま歌って いま奏でて

 昨日までの日々にサヨナラする

 

 Lalalala Lalalala……

 

 

 

 

 曲の最後に合わせて右手の人差し指を澄み渡る初夏の青空に向けて掲げた。

 

 

「ノンケばかりでも絶望はしませんよ。もっともっと眺めてみせますからね、百合っ百合の尊い光景を!」

 

 

 ひとり叫んだ声は会場から溢れ出す歓声に掻き消されてしまった。

 しかし高校の文化祭ライブってこんなに盛り上がるものなのですかね?

 女子校だからですかね、いえきっと花咲川女子学園という場所が素敵な女の子達を自然と集めてしまうのかもしれませんね。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 香澄達が退場してきそうな頃合いを見計らい、重い腰を上げて裏口の前で待ち構える事にしました。

 わたしも一応はスタッフの端くれですので裏口から侵入するという事も出来るのですが、何故だか今はそういう気分では無いのですよね。

 

 裏口の扉が前置きもなく開き、満面の笑顔の香澄を確認した次の瞬間には既に抱き締められて顔同士を擦り合わされてしまいました。

 

 

「ちょっと香澄。みんなお疲れ様、素敵なライブだったよ」

 

「えへへ、やっぱりライブってキラキラドキドキしちゃうよ」

 

 

 弾んだ声の香澄は本当に満足しているようです。

 

 

「震えた、震えちゃったよ」

 

「はわわ、めっちゃ緊張したぁ」

 

「まぁそこそこ盛り上がったんじゃねぇの、まぁ割と楽しかった、かもな」

 

 

 おたえとりみりんにも抱きつかれ流石に身動きが出来なくなったわたしの前へ、有咲に背中を押されるようにして遠巻きに見ていた沙綾が押し出されて来ました。

 

 

「沙綾、これからも宜しくね」

 

「うん、もう離れてって言われても絶対に離れてあげないから」

 

 

 お互いに顔を見つめ笑い合った。もう大丈夫、この五人とならずっと頑張れる気がするよ。

 

 

「離れないって私達(ポピパ)とか? それとも……」

 

 

 何かを言おうとしたところで沙綾に勢いよく肩を叩かれ、有咲がどこから出したかわからない甲高い悲鳴をあげながら悶え始めてしまいました。有咲は知らなかったでしょうが、家事をよく手伝うからなのか沙綾って意外と力持ちなんですよね。

 

 

「さてと、さっさと片付けして打ち上げの予定でも組むか」

 

 

 有咲が痛そうに肩をさすりながらした提案を受けて、わたしの身体から慌てて離れた三人を合わせた六人で円陣を組むような形に集まります。

 

 

「次はCiRCLEでのライブだね、みんなで一緒に頑張ろう!」

 

 

 香澄が発破をかけて右手を差し出すとみんなも頷きながらそれぞれの手を重ねていき、わたしも最後に手を乗せようとしたその時でした。

 

 

「やっと見つけたわ、こんなところに居たのね」

 

 

 もの凄い勢いで横から抱きつかれ円陣から押し出されてしまいました。

 この少し甲高く澄んだ声、一瞬だけ見えた光り輝く黄金色の髪。

 

 

「えっ何⁉︎ こころなの?」

 

「ええそうよ、もう探したのよ。そんな事よりも優璃もライブ? というのを見たのかしら、みんなが楽しそうでとっても良い笑顔だったのよ」

 

 

 わたしの身体から離れたこころは、興奮したように黄金色に輝く瞳を更にキラキラと潤ませながら鼻息荒く話し掛けてきました。

 

 

「決めたわ優璃、あたし達もバンドというものをやるわよ。そして音楽で世界中の人達を笑顔にしちゃいましょ」

 

「いやこころそれは無理、だってわたしは……」

 

 

 同意を求めようとポピパのみんなへ視線を向けたら、きょとんとした表情のおたえを除いた四人、天使である筈のりみりんまでもが冷たいジト目をわたしに向けていました。

 

 えっと、これってあらぬ誤解を与えてしまったという状態ですかね?

 

 

「ゆりぃ……」

 

「違う違う、わたしは何も」

 

「優璃、あたし達で世界を笑顔にするわよ!」

 

 

 輝くような笑顔のこころは本当に綺麗ですね、じゃないですよ、これはヤバいです折檻の予感ですいやむしろ死の予感さえしますよ。

 

 くるりとみんなから背を向け校門へと向かって一目散に走り出した。

 不思議ですよね、逃げる時って脚の疲れを感じないものなのですね。

 文化祭を楽しんでいる他の生徒達の笑顔、笑い声、その全てが今のわたしには眩し過ぎる煌めきに見えてしまいますよ。

 

 

「ふええ神様、これで勝ったと思うなよおぉぉ!」

 

 

 頑張って逃げたのですが、結局は直ぐに追って来たこころとおたえにあっさりと捕獲されてしまいました。

 えっとこの二人いくら何でも足が速すぎませんかね、それと駆けっこでは無いのでニコニコ顔で迫って来るのは怖すぎるので流石にやめて頂けませんかね。

 

 

 

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