せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
ハーフパンツにするべきか、ショートパンツにするべきか、それが問題なのです。
ショートボブの髪に一筋の赤色メッシュを入れている女の子を前にして、そんな事を考えていた二時間前のわたしにフライングクロスチョップをしてあげたい気分ですよ。
「格好良いなぁ、蘭」
「会って早々に何を言ってんの?」
可愛い顔立ちを引き締める首元の花柄チョーカーネックレスに合わせたような黒色のオフショルダーシャツ姿の蘭は、格好良さと露出した肌から儚く漂う色香を同時に放っていて、デニムのショートパンツから伸びる
それに比べてわたしときましたら、カーキ色のハーフパンツに同じ黒色とはいえ何の変哲もないロングティーシャツ。
腰に巻いたパーカーとも相まって見た目は完全に夏休みの小学生女児ですよね。わかっています、わかっていますともわたしが女子高校生だという事は。
シャツにプリントされた
カラオケに行く為に待ち合わせ場所である花咲川の駅裏に在るグニグニとして意味不明な造形のモニュメントを背後に、迷子の女児のようにポツンと佇んでいたわたしの前に現れたのは、ブレザーの羽丘女子学園制服の時とは違う少し大人な雰囲気の蘭ちゃんでした。
「はぁ、もうちょっと考えないと気合いの入りまくった蘭とは釣り合いがとれませんね」
「いやこれが普通だから。別に浮かれている訳じゃないからね」
友達と遊びに行くにも真面目にお洒落をしてくる蘭の誠実さに比べてわたしのだらしなさよ。まったく少しくらいは反省しないといけませんねこれは。
項垂れたわたしを置いて何故か急に体を横に向けてしまった蘭は、黙ったまま右手を音も無く差し出してきました。
「ほら、行くよ」
一瞬だけ何か渡し忘れでも有るのかと思い不安に駆られてしまいましたが、なる程そういう訳ではなかったようです。
蘭が差し出した手にゆっくりと触れると、辿々しい手つきながらも指を絡めて優しく握ってくれました。
「手を繋ぎたかったのかな?」
「優璃が繋いで欲しそうだった」
「わたしなの⁉︎」
軽く舌を出して笑った蘭にそのまま手を引かれるようにして歩き出した。
お昼のランチタイムを過ぎて太陽が最も働きだしてしまう時間帯、路面を反射した明るい光がスポットライトのように蘭を眩しく浮かび上がらせています。
そのせいなのか普段より頬が紅く見えますね。チークでも入れているのでしょうか、この時期なら熱中症にはならないと思いますが少し心配になってしまいそうですよ。
暫く並んで歩幅を刻んでいたスニーカーとショートブーツ。ですが今のわたし達は手を繋いでおりません。
何故かといえば駅近くのカラオケ店に向かう途中で蘭が発見した真新しい服屋さんに一緒に入ろうとしたのですが、入り口を前にして恥ずかしいと繋いでいた手を離されてしまったのです。
待ち合わせ場所から此処まで結構な距離を歩いていたので、既に道行く大勢の人達に見られているとは思うのですがまったくもって乙女心という物は未だに理解が及びませんよ。
「蘭はやっぱりロックバンドをやっているからクール系の着こなしなの?」
「というか可愛いのはあまり好きじゃないから自然とね」
「ふーん、顔は可愛い系なのにね」
「それは無い、目付きが怖いってよく言われるし」
夏物のシャツを物色していた蘭が自嘲気味に笑う。
そんな蘭の手からシャツを奪い、下から覗き込むようにして顔を見つめた。
「瞳だって大きいし、笑うと凄く可愛いよ」
「そう見えるのは優璃があたしの事を……」
急に言葉を切った蘭が、再びわたしの手から奪い取ったシャツをカーテンのように広げて視界を塞いでしまいました。
「何をしているのですか、蘭」
「何でもないから」
仕方がないのでシャツのカーテンをそっと片手で開けてみると、そこには引き攣ったようなはにかみの笑みを浮かべているひとりの女の子が居たのでした。
「い、いらっしゃいませ」
まったく、ちょっとその顔は可愛い過ぎじゃありませんかね。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
薄暗い間接照明に綺麗に整頓された室内、小さめの部屋に入ったわたし達は寄り添うように並んで座ったのですが、蘭はドリンクの注文を終えた途端に手慣れた動きで曲を選び始めてしまいました。
「ちゃんと見ててよ」
マイクを握った途端に真剣な目付きに変わった蘭が、その歌声を広くはない部屋の中へと解き放ちます。
決して激しいロック調を選曲した訳ではないのですが、気持ちを込め叫ぶような力強い歌声は如何にもロックバンドのボーカルらしい格好良さに溢れています。
あのそれよりもですね、マイクを持ったと同時にわたしの利き手も握ってこられると選曲が非常にやり難くなって困るのですが。
曲の合間にモニターから此方に顔を向けた時に見せてくれる楽しそうな笑顔も本当に可愛いです。怖がられているなんて自分で言っていましたが、こういう素直な一面を知っているからこそ幼馴染みである
曲が終わり軽く息を吐いた蘭がマイクを優しくテーブルに置きます。
ふふふ、次はいよいよわたしの番ですか。この日の為に夜な夜な布団を被りながら歌の特訓をした努力の結晶をその魂に焼き付けてやりますよ。
のーみゅーじっく、のーゆりゆり、ですよ!
あのそれよりもですね、そろそろ利き手を離して頂かないとマイクが持ち辛くて困るのですが。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
散々歌いまくった初夏の午後。
隣には何やら満足した顔をしている可愛い女の子。
そんな素敵な、素敵な休日だったのです。
「そんなに落ち込まないでよ、可愛い歌声だったじゃん」
テーブルに突っ伏していたわたしの上半身を持ち上げてそのまま膝枕の体勢にしてくれた蘭が、優しく頭に手を添えて慰めてくれました。
落ち込むのも仕方がないのです。喋る声ならともかく、女子の歌声の音程を取る事が中々に難しくて慣れないのですよ。
決して優璃が音痴という訳では無いのです、全てはわたしの努力が足りていない結果でしかないのですよ。
「結構練習したのですがねぇ」
「そんなに楽しみにしていたの? 何だか嬉しいな」
膝枕の上から見上げる蘭はとても優しい眼差しをしています。やはりと言いますかその雰囲気からは全然キツい感じはしませんよ、只の優しくて可愛い女の子にしか見えませんね。
見上げる視線の先にあるずっと気になっていた物に、無意識に手を伸ばして触れてみます。
「ねぇ蘭、チョーカーって着けていて苦しくないの?」
「別に気になった事は無いけど……」
何かを思い付いたのか首元に手を廻して黒色のチョーカーを外した蘭が、今度はわたしの首へ手を廻してきました。
カチリという音と共に着けられたチョーカーですが、多少の違和感はあれど意外と息苦しさは感じないものなのですね。
「意外と息苦しさは無いんだね。有難う、良い経験でしたよ」
チョーカーを外そうと手を伸ばしたら蘭に優しく遮られてしまいました。
「それ、あげるから着けていて」
「えぇ、悪いよ」
「優璃があたしのチョーカーをしている姿も悪くないなって思ったから。今日はずっとそれを着けていて」
優しい眼差しのまま蘭が首元に着けたチョーカーを優しく撫でる。
指の感触が少しだけ擽ったいけれど、蘭の物を身につける事で距離がまた少し縮まったのかなと思いながらお互いに瞳を見つめ合った。
「優璃を見ていると、不思議とあたし色に染めたくなるね」
「いやいや、わたしが蘭を明るく社交的にしてあげますよ」
「いやそれ普通に無理だと思うし、別に社交的にはなりたい訳じゃないから」
「はう、確かに。蘭はそのままの方が可愛い気もする」
「だから可愛くないから」
蘭が困っているのか喜んでいるのかよく解らない微笑みを見せてくれた。
だけど頭を撫でてくれる手と首元に添えられた指からは、彼女の奥に秘めた優しさという確かな熱が柔らかく伝わってくるのでした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
カラオケ店を出てみれば街並みは素敵なオレンジ色に染まり、ちょっとだけ過ぎていく時を惜しむみたいな気分に浸ってしまいそうになります。
横に並んだ蘭に手を差し出すと当たり前のように指を絡めて握りしめてくれて、それはそれで何故だか少し恥ずかしいと思えてしまうのが不思議です。
「蘭が繋ぎたそうにしていたもので」
「はいはい、優璃も大概な負けず嫌いだね」
並んで歩く蘭の顔は綺麗な夕陽の照明に照らされてキラキラと光っているみたいに輝いています。
今日一日で友達として随分と距離が縮まったと思うのは、きっと気のせいではないですよね。
「アフターグロウっていうバンド名はね、幼馴染みのみんなといつも集まってた羽女の校舎の屋上から見える夕焼けから付けられたんだ」
「へぇ、何かロマンチックな感じだね」
「優璃は花女だからあの景色を見せてあげられないからなぁ、一緒に見たかったかも」
残念がる蘭の腕を手を繋ぎながら軽く押した。
「えっ、なに?」
「今日の夕焼けも格別ですよ。何と言っても蘭と一緒に見る夕焼けですからね」
二人で足を止めて、真っ直ぐに続いていく道路と鮮やかに色付く街並みを味わった。
「うん、悪くないね」
ポツリと呟いた後にこちらを向いて軽くウィンクをしてくれました。
本当にクールというか何というか、格好良いですよ、蘭は。
「今日のあたし大丈夫だった?」
「大丈夫もなにも、最高に可愛かったですよ」
「じゃあ、また行ってくれる……?」
「あぁ遊びにですか。勿論ですよもっともっと仲良くなりたいですからね」
夏だからなのか、まだまだ人通りが途絶えそうもない歩道を寄り添うように再び歩き出した。
横を歩く蘭の赤色メッシュの髪が上機嫌そうに揺れていて、何だかわたしまで嬉しくなってしまいそうです。
「今度はアフターグロウのみんなとも一緒に行こうよ」
「みんなに紹介するのはもっと深い感じになってからが良いかな。今はまだ言うのが恥ずかしい」
「深い?」
「なんでもない。あっ、今日は家まで送るから」
「何を言っているのですか、女の子を送るのはわたしの役目ですよ」
女の子に送ってもらうなど元男としては認められませんからね、これは譲れませんよ。
などと意固地になっていたらどうやら蘭の負けず嫌いに火がついてしまったようで、結局はお互いに譲る事なくジャンケンで決める羽目となってしまいました。
「よっし、わたしの勝ちですよ。今日は諦めて大人しく送られるが良いです」
勝利の余韻に浸っていたら、蘭が拗ねたのか急にわたしに背を向けてしまいました。
慌てて横に並ぶと今度は顔を背けてしまいます。やれやれ負けず嫌いもここまでくると困ったちゃんですよ、まったく。
「あのさ優璃、ちょっと遠回りで帰ってもいい?」
蘭が顔を背けながらわたしの手を握ってきました。
「もう少しだけ一緒の時間が欲しい……かも」
指を絡めて握ってあげると、蘭は伏し目がちに視線を外しながらも顔をこちらに向けて、少しだけですが口元を緩めて笑ってくれました。
夏の短い夕暮れに染まった帰り道をゆっくりと並んで歩く。
またひとり大切な友人が増えた事を祝福してくれているかのように、街はキラキラとその姿を輝かせていたのでした。
しかし蘭もデレは程々にしてくれないとですね、尊すぎで危うく失神してしまいそうになりましたよまったく。