せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
窓際から眺める景色は流れゆく青と白のコントラスト、建物ひとつ見えないその風景はまるで自由の翼を手に入れた渡り鳥の眺めそのものでした。
それはそれはとても良い心地なのですが戸塚さんや、ちなみに何故わたし達は理由も知らされず生涯に渡って縁が無いと思っていたプライベートジェット機という物に乗せられているのですかね?
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いつまでも慣れるとは思えない早朝の時間帯。半覚醒の頭脳と半開きの眼を擦りながらいってきますと瑠璃姉さんに力無く告げ、何故か普段よりも重く感じてしまう自宅玄関の扉を身体で押すようにして開けてみれば、既に玄関先には昨日までのサングラスでは無く縁の無いリムレスタイプの眼鏡を掛けている制服姿の戸塚さんと、その横には夏風に揺れるセミロングの髪に朝日を浴びてきらりと反射したサングラス、そしてパリッとして皺ひとつ無い黒色のパンツスーツを纏っている弦巻家の黒服お姉さんが待ち構えておられました。
「おはようございます、優璃様」
「おはようございましゅ」
あまり表情に変化の見えない黒服さんの雰囲気とは違って、わたわたと慌てるようにお辞儀をした戸塚さんのお茶目な可愛さに釣られてしまい、わたしも挨拶がてら丁寧にお辞儀を返してしまいました。
家の前に圧倒的な存在感で居座っていた漆黒で光り輝く高級セダン車の後部座席へと促されるままに乗り込んでみると、やはりというかお澄まし顔の香澄がもう既にシートにちょこんと座っていました。
「ひとつだけ訊くけど親御さんの了解は取ったのですかね?」
「うん、お母さんはゆりちゃんを助けてあげなさいって言ってたよ」
おやおや香澄さんやいったいご家族にどの様な説明をされたのですかね、別にわたしは窮地に陥っている訳ではありませんよ。
「それではありさの家までお願いします」
「畏まりました、戸山様」
「ちょい待ち香澄、まさか有咲も巻き添えにするつもりなの?」
「ポピパのみんなには声を掛けておいたから安心して、大丈夫だからね」
皮張りの感触と適度な弾力のシートに身体を預けながら、滑るように静かに走り出した高級車から眺める車窓の景色というのも中々に風情がありますね……じゃねぇですよ!
「ちょいちょい香澄さんや、流石にポピパ全員ともなれば学校で問題になってしまうと思うのですが?」
「大丈夫でしゅ、いざとなれば弦巻家の御力で……」
横に座る戸塚さんが優しく微笑んでくれていますがそういう問題では無いのです。
基本的にわたしは舞台袖からこっそりとポピパのみんなを眺めていたい派なのでして、あまり目立つような行為はなるべくなら避けたいのです。それに弦巻家に縁もゆかりもないわたしが身の丈に合わない優遇を受けるのはそもそもおかしな話だと思うのですよ。
やはりこれは花さんとしっかり交渉をしなければとあらためて決意をした辺りで、車がこれまた高級車らしく僅かな停車音を鳴らす事も無く滑らかに市ヶ谷邸へと到着したようです。
分厚いドアを開け車から颯爽と降りて確認をすると、面倒臭そうに背中を丸めながら呆れ顔をしている有咲を除いた、りみりん、おたえ、沙綾はいつものように優しく爽やかな笑顔で出迎えてくれました。
「なんだこの高級車。やっぱり弦巻家ってとんでもねえな」
「確かにとんでもないとは思う。ところで本当にみんなも行くの?」
呆れ顔のまま低音で呟く有咲の横で、残りのメンバー達は打ち合わせたかのように顔の前でそれぞれ右手を振り始めた。
「あはは無理無理、私はお店の手伝いもあるし」
「行きたいけれどいきなりじゃお姉ちゃんに怒られちゃうよ」
「お母さんが休みの日にしなさいって言ってた」
沙綾達の反応を見て安堵したのですが少し寂しいような気持ちもしたりと複雑な思いを心許ない胸に抱きながら後ろを振り向くと、有咲が叫び声を上げながら抵抗する横で香澄にぐいぐいと車の中へと押し込まれようとしていました。
「ちょっ香澄! 私が行く訳がねえだろ」
「大丈夫、おばあちゃんには許可を貰っているから」
「その前に私の許可を取れよなぁ!」
頬が緩みそうになるような微笑ましい光景に意識を取られていたら、後ろから沙綾に優しく抱き寄せられ頭の上に顔を乗せられてしまいました。
「お土産話、楽しみにしているね」
「大した話にはなりそうも無いけれど、いっぱい話すよ」
ほんの少しだけ抱きしめている腕の強さが増してきて背中に感じる柔らかな圧力が増した。そんな沙綾の身体からは優しく鼻を擽ぐる香水と花女の制服から淡く漂うパンの香り、わたしの好きな香りに包まれて思わず力を抜いて身体を預けてしまいます。
「ゆりも甘えたくなったの? 実は私もそろそろ充電切れなんだよね」
「沙綾は甘えん坊だもんね」
「ゆりにだけ、なんですけど」
沙綾の優しい雰囲気に充てられて力が抜けるように心がほぐれていくのが楽しい。
わたしに甘えた姿を見せてくれるのも嬉しいし、最近は本当に仲が良くなってきたのを実感する事が増えてきたような気もする。大切な友人で、仲間で、もう離れるなんて考えられない親友と思っても許してくれるのかな、沙綾。
どうやら出発の時間らしく香澄がわたしを呼んでいるようなので、名残りを惜しむように沙綾の身体から離れて居残り組の三人に笑顔で手を振りながら車に乗り込んでみると、香澄にロックされるように抱きつかれた有咲が茫然自失としているようなのでとりあえず静かに扉を閉める事にしました。
「お姉ちゃん、車を出しましょう」
戸塚さんの言葉に軽く頷いた運転を担当している無口な黒服さんが車を動かし始めると、流石の有咲も抵抗を諦めたのか呆れかえった表情をわたし達に向けてきました。
「なぁ、これってマジで人さらいだろ」
「うんうん、香澄に付き合ってあげるだなんて有咲は優しい女の子だねぇ」
「ありさはね、とっても優しいんだよ」
「そんなので誤魔化されるほど安くはねえからな。帰る、帰って寝る」
「ありさが居てくれた方が心強いのにな」
抱きついていた腕を離して落ち込んだように顔を伏せた香澄を見て、有咲は溜め息を吐きながらも優しく香澄の頭に手を添えた。
「揃いも揃って私が居ないと何も出来ねえのかよ。あぁもう仕方がねえな保護者でも何でもやってやるわ」
「ありさー、もう大好き!」
再び香澄に抱きつかれた有咲が頬を指で掻きながら満更でもない表情をしていますね。
何だか人数も増えてきて慌ただしくなる予感もしますが、仲が良さそうな二人を眺めながらあらためて確信した事実を心の中で呟いておきましょう。
有咲って香澄にはとんでもなく甘いですよね。まぁとてもご馳走様な姿ですのでわたしとしては有難う御座いますですがね。
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二つの青色が織りなす世界を区切るように広がる見渡す限りの水平線。
其々の世界でお互いが遊ぶように色々な形を創っては消えゆく白波と白雲。
車の音ひとつとして無い、自然の風だけが運ぶ潮騒と磯の香り。
小高い丘から眺めるその景色は、宝石を散りばめたようにキラキラと輝く別世界の美しさでした。
「なんだこれ……」
えぇ有咲さんや、その感想にはわたしも共感を禁じ得ないですよ。
思い起こせば市ヶ谷邸から動き出した車の行き先は直線の道路だけがある不思議な場所で、そこにはポツンと一機だけの飛行機が場違いな雰囲気を放ちながら鎮座しておられました。
いやまさかねなどと話していたら飛行機の扉が開き、戸塚さん達に促されるまま機内へと誘導されてシートに座り、いや嘘だよねなどと話をしている間に黒服さんに手際良くシートベルトを締められ、戸塚さんに冗談でしょと言った辺りで飛行機が動き始めました。
「何を考えているのですか、あのお金持ちさんはぁぁぁぁ」
大空へとふわりと舞い上がるプライベートジェット機の中で、つくづく違う世界の住人の思考なんて庶民には理解が出来る筈はないよねと、身体に掛かる慣れない圧力を噛み締めながら深く思い知るのでした。
そのままニ、三時間のフライトの後に着陸した見知らぬ空港から、今度は白色のやたらと全長のある高級車に乗せられ鬱蒼とした木々が生い茂る森を抜けた先に出迎えてくれたのは、今までに見た事も無い程に透き通るような淡い青色の海と空でした。
あまりの素晴らしい景観にみんなで感嘆の声を上げていたら、やがて車は海辺の風景に不釣り合いな三階建て純和風旅館のような建物の正面玄関へと滑るように横付けされたという訳です。
「素敵な旅路ねぇ」
「花さん何を仰っているのですか、こんなに遠いならそれこそ東京に戻ってからの方が良かったのではないですかね」
一面の青色に染まったパノラマを独り占めできるような大きさのガラス窓が圧倒的な存在感を放っている広々としたリビングで、清楚な白色のワンピースと室内なのに異常とも思えるつば広の麦わら帽子を被った花さんは木製アンティークの椅子に身体を預けながら優しい微笑みを見せています。
「孫娘に逢いたいと言われたなら、それはもうおばあちゃんなら全力で頑張るものではなくて?」
「いやいやいつから孫娘に?」
「あら、もう私はそういう気分でいたのだけれど」
喰えない人ですね。どうにも親愛の情というよりかは面白い玩具が手に入ったという感じがしないでもないですが、とくに悪い気もしないのは花さんが見せる屈託のない笑顔のせいでしょうかね。
「それで今日は突然にどうしたのかしら?」
口元に手を添えながら悪戯っぽく瞳を細めた花さんに少しだけ心が騒めきます。
おそらく来訪した理由などとっくに理解しているでしょうに、わたしの反応を見て愉しむなんて中々に悪趣味な人ですよまったく。
わたし達ポピパ組から少し離れた位置に黒服のお姉さんと一緒に立っていた戸塚さんの手を引き再び花さんの前に躍り出ました。
「わたしは弦巻の人間ではありません。なのでお目付役の女の子は必要ではないのですよ」
「ではその娘は要らないという事かしら」
横に立つ戸塚さんは瞳を閉じて俯き、何故か手を震わせながら不自然な程の力でわたしの手を握りしめてきました。
「優璃様……私は」
「黒服としての戸塚さんは必要ないと言う意味です。戸塚さ……結衣とは友達になるつもりですので」
跳ねるように顔を上げた戸塚さんは、眼鏡の奥の瞳を見開きながら信じられないという表情を向けてきました……ってそんなに驚くような話だとは思えないのですがね。
「それでは今の状態とさして変わりがないのではなくて?」
「お金で繋がった縁で友情は育めませんよ。わたしは結衣と対等な立場で居たいのです」
横を見れば見開いていた瞳からはすっかりと力が抜けて柔らかな微笑みを浮かべている戸塚さんの顔。今まで特に気にはしていませんでしたが、よくよく落ち着いて見れば戸塚さんて結構な美少女ではないですかね。
「結衣、わたしと友達になってくれる?」
「私が優璃様と友達に……」
「優璃様は止めてくださいな、もうこれからは友達になるのですからね」
「でも困ったわぁ、こころがバンドという物を始めると言うからおばあちゃんとしては力添えをしてあげたかったのに」
あからさまに困った表情を浮かべるこの人は何と言うか、音羽さんではないですが本当に喰えない婆様と言いたくもなりますよ。
「こころには変わらず力添えをお願いします。勿論わたしも出来得る限りの範囲で彼女を支えますので」
「隣のお嬢さんはそれで良いのかしら?」
結衣は嬉しそうな表情のまま、花さんを見据えながら力強く頷いてみせた。
「はい、私もお姉様と友達で居たいでしゅ」
「はい? ちょいと結衣さん今なんて」
「優璃様と呼ばれるのがお嫌のようなので、これからはお姉様とお呼びしましゅね」
「いやわたし達はそもそも同い年では?」
「こんな雲の上の存在の方にも物怖じしないなんて凛々しくて格好良いでしゅ。同い年でも憧れちゃったもん」
何故か急に震える程の悪寒が背中に走り香澄達の方へ無意識に視線を向けてみたら、二人ともスマホを両手に持った同じ姿勢で何やら作業を始めていました。
「ちょいとキミタチ、いったい何をやろうとしているのですかね?」
「うん、何となくあっちゃんにメールを打とうかなって」
「奇遇だな、何となく私もポピパのグループチャットに書き込みでもしようかなって」
「いやマジでヤメて。 何となくだけど嫌な予感しかしないわ」
止めさせようと香澄達に向かって右手を必死に振っていたら、突然部屋に大きく響き渡った花さんが両手を叩いた音に全員の視線が集まった。
「それじゃあ話も纏まったようだし、今日は全員でディナーといきましょうね」
「花さん、花さん、わたし達は明日こそ学校なのでそろそろ帰らないと」
香澄達に向けていた右手を今度は花さんに向けてあらためて左右に振ります。
流石に学校を連続で休むなど瑠璃姉さんに叱られそうですし、何より花咲川で待つポピパのメンバー達にも余計な心配を掛けてしまいますからね、無理なものは無理という事です。
「寂しい事は言わないで欲しいわぁ。優璃さんが喜ぶと思って今日は特別なウナギを用意したのに」
花さんが放った聞き捨てならない言葉に反応して、光の速さで全身が硬直をしてしまいました。
「あれ、優璃が固まったけど」
「ゆりはね、ウナギの蒲焼きが何よりも大好物なんだよ」
「凄えな、弦巻ってそこまで調べあげてるのか」
「ふむふむ、お姉様の好物はウナギ、これはメモリーでしゅ」
外野が騒がしいですがあまりわたしを舐めないで頂きたいものですね。
いくらウニャギの蒲焼きが大好物とはいえ、瑠璃姉さんのお風呂に入りながらの長時間説教の辛さにはとても敵いませんよ。姉さんに身体の隅々まで洗われる恥辱はいつまで経っても慣れるものではありませんからね。
「弦巻家専用の養鰻場で飼育されたウナギは市場には出回らない特級品よ。この時期に旬が来るように完璧に調整された身を今日は関西風に焼きだけで仕上げるから、身と皮はパリッとしながらも中から溢れる旨味の詰まった脂は他では絶対に味わえないわ」
「な、なんやて……」
唇を噛みしめながらウニャギの誘惑を振り切ろうと決意をした瞬間に、花さんは勝ち誇った笑顔で二の矢を放ってきやがりました。
「上にかけるタレはうちの板前の特別製、ひと噛みすればタレと身の脂のハーモニーに私でも頬が落ちそうになる程の美味しさよ」
「アッ、ハイ。ウニャギヲイタダキタイデス」
ここまで言われて断るのも失礼ですからね、仕方がないので夕食を馳走になるとしますか。いやぁ失礼ですから仕方がないです、仕方がないのですよ。
「おい香澄、優璃のやつあっさりと陥落しやがったぞ」
「まぁ良いんじゃない。これはみんなでお泊まりになりそうだね」
「人の好意を無下にしない度量。素敵でしゅ優璃お姉様」
久しぶりになるウニャギの蒲焼きから漂うであろうタレの香りを想像するだけでも口から涎が垂れてしまいそうです。
お許しください瑠璃姉さん、ウニャギの誘惑に抗うにはどうやらわたしはまだまだお子ちゃまのようなのです。
沙綾、りみりん、おたえ、これからわたしは苛烈な戦場へと赴きますが、きっと明日には無事な姿を見せますから心配をしないでくださいね。
あっ、ところで花さん。上にかける蒲焼きのタレはつゆだくでお願いしますね。