せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
旅館かと思い込んでいた花さんの別荘の二階にある本日宿泊予定の広々とした和室の、これまたやたらと広々としたベランダの端から望む、濃く色を増しながら沈みゆく太陽に染められた凪の海を香澄と有咲と三人で横に並びながら眺めた。
普段より大きく感じてしまうお日様はどこか哀愁を帯びた色気を見せていて、まるで見られるのが恥ずかしいと言わんばかりにお供の大海原とわたし達をその柔らかな光で照らしています。
ふと横を見れば全身が茜色に染まった香澄と有咲の姿。ベランダに肘を預けながら海を眺める香澄は言うに及ばずですが、海の吐息のように優しく通り過ぎて行く潮風を気にしてか前髪を抑えるような仕草をしている有咲も普段の五割り増しくらいに可愛く見えてしまいますね。
「夕陽って綺麗だね」
ポツリと呟いた香澄の言葉に誰も応える事はなく、わたし達の意識は流れていく言葉と共にキラキラと輝く海に吸い込まれ続けていった。
「またいつかポピパ全員でこんな景色を眺めたいですな」
「あぁ確かに、そんなのも良いかもしれねえな」
「沢山の景色を見ようよ、色々な風景も世界もポピパみんなで」
「沢山って何だよ。ポピパで全国ツアーでもするつもりか?」
暫く無言の時間が流れた後にわたしが発した独り言に有咲と香澄も応えてはくれましたが、香澄の大袈裟な考えに有咲が堪えきれずに吹き出してしまいました。
「全国じゃないよ、世界だよ。それでいつかは宇宙でもライブをします」
ベランダの端から少し後ろに下がった香澄は、未来の自分達の姿を夢見るように力強く瞳を見開きながら両腕を広げた。
わたしも有咲も夕陽に照らされて美しく浮かび上がる香澄の姿に、まるで流れゆく潮風が突然止まってしまったかのように時を忘れて只々見惚れてしまった。
香澄が言っている事は荒唐無稽だ。結成したばかりのバンドで全国どころか世界ツアー、それどころか宇宙でのライブとは現実離れにも程があります。
だけど、それでも……。
「夢物語だな」
「確かに夢物語ですな。でもね有咲、香澄が言うと何となくさ」
有咲と顔を見合わせて苦笑いを交わした。
途方もない夢物語を紡ぐ撃鉄を弾くのはいつだってわたし達のリーダー、わたしが側で支えたいと願っている大切な幼馴染みの女の子だ。
「poppin'partyの夢物語。いや、香澄風に言うならば夢を撃ち抜く物語ですな」
「それってあれだろ、最近おたえが気に入っている言葉だよな」
「ゆりの言う通りだよ、ありさ」
香澄が手を拳銃の形に作り有咲の方へ、それを見た有咲はわたしに、わたしも香澄に向かってそれぞれ夢の欠片を詰めた拳銃を向けた後に、三人で青色とオレンジ色が混ざり合う大空に向かって腕を伸ばした。
「
香澄が放った言葉の弾丸が描く軌跡は、いったいどれだけの未来まで続いていくのだろう。
ポピパのみんなが刻む足跡に、わたしの歩みは何時まで並んでいられるのだろう。
永遠とも思える大空の果てを眺めながら、ふとそんな思いを儚き胸に抱いてしまったのです。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「もう食べられにゃい」
「もの凄い勢いだったよ、ゆり」
「子猫みたいで可愛かったでしゅ、お姉様」
「いや子猫と言うよりかは幼稚園児みたいだったけどな」
夕御飯を御馳走になっている間に部屋に敷かれていたふかふかのお布団に横たわりながら浜辺に打ち揚げられた魚のように荒い呼吸を繰り返しております。
確かに花さんが豪語するだけあって特製のウニャギは美味しゅうございました。普段から口にするウニャギも納得の美味しさなのですが、これはまさに旨さの次元を超えて身体中が快感に打ち震える魔性の食べ物となっておりましたよ。
というかお米も旨いですね。香澄が普段からお米が大好物と言っていたのを何ですかそりゃと思いながら聞いていたのですが、どうやらこれは認識を改めなければならないようですね。農家の皆さんお米最高でございますよ。
「うわ凄いよこれ、みんな見てみて」
部屋の片隅に置かれていた名札が付いた袋の中身を確認していた香澄が、真っ白なノースリーブのワンピースを勢いよく広げながら驚きの声をあげた。
「うわマジか、やっぱりとんでもねえな」
「私のもありましゅ。でも良いのでしょうかコレ」
有咲と結衣の反応を見て興味が湧いてきたので、わたしもトカゲのようにゆっくりとほふく前進で袋まで移動をしてから中身を確認してみると、みんなと同じ白色のワンピースにシルクのネグリジェと下着が入っていました。
なるほど有咲が驚くのも無理はありません。何せ採寸されたのが食事前でまだ一時間程度しか経っていないのにこの仕上がりですものね。
ぼんやりとみんなの袋を眺めていたら、とある事が気になり獲物を見付けた大トカゲのような素早い動きで各人の袋の中身を確認して周ります。
「何してんだよ優璃!」
「お姉様、ブラを取り出しゅのは止めてください」
「気にしない気にしない、単なる知的好奇心ですよ」
香澄の大きさはもう十分過ぎる程に知っていますからね。この際ですから有咲と結衣のカップも確認しとかないとですからねって……。
「香澄、優璃がトカゲから幼虫みたいに丸まったぞ」
「なんとなく原因は想像ついちゃうな」
「この世に救いは、救いは無いのですか」
予想通りの御立派さを誇る有咲のブラサイズに心の中で悪態を吐きつつ結衣のブラジャーも確認してみると、おやおやこれは香澄よりもカップが大きいのではありませんかな?
神様許すまじ!
何ですか眼鏡っ娘は隠れ巨乳とか神の摂理で定められているとでもいうのですかね。
お約束ですかテンプレートですか? そんな理不尽な摂理は天ぷら粉を塗して燃え盛る火口にでも投げ込んでしまえば宜しいのですよ。
あぁ落ち着いてください脳内りみりんとおたえ、我等がおっぱい慎ましい族の結束はどんな大きさ相手でも揺るぎないものですからね。
「ところでお姉様、食事の時に何を花様にお願いしていたのでしゅか?」
「あぁ、ハンナにはこころのバンド活動に必要という事で特別な着ぐるみをお願いしたのですよ」
もうわたしにはこころ達のバンドである『ハローハッピーワールド』の記憶はあまりありませんが、ひとつだけやたらと鮮明に覚えている事があるのです。
其奴はまん丸の大きな瞳に感情の見えない小さな黒目、熊っぽい威圧感のある外見からまるで獲物を見定めたように薄笑いを浮かべている表情も恐ろしい。そう名前は確かミッショルだかコンチェルトだかとかいう恐怖の象徴たる着ぐるみが。
あの冷徹な瞳に見つめられるのを想像するだけでも身体中から冷や汗が吹き出して脚が震えそうになりますが、記憶の中ではこころはこの恐怖の着ぐるみをいたく気に入っていたような気がするのです。
「しかし弦巻の大物をニックネーム呼びかよ、お前もはっきり言って大概だよな」
「交換条件みたいに言われたしね。それに花もハンナも呼び方に大した差はないですよ」
「まったく能天気なことで」
「わたしもハンナさんて呼ぼうかな」
「香澄、それは止めておけ」
やはり香澄に対する有咲のツッコミはタイミングが的確ですよね。最初は只のツンデレ金髪ツインテール美少女かと思っていたのに、最近はポピパの頭脳ともいえる頼もしささえ感じてしまいますよ。
「あのお姉様、私なんかがこのお部屋に泊まっても良いのでしょうか」
「せっかく友達になったのですからね、どうせならみんなでお泊まりしたいじゃないですか」
向かいの位置に正座をしていた結衣が恥ずかしそうに顔を伏せながら尋ねてきた。
最初は黒服さん達と同じ部屋に宿泊する予定だったのをハンナに頼んでわたし達と同部屋にしてもらったのですが、どうやらまだ結衣は使用人の気分が抜けきってはいないようですね。
「それと結衣、私なんかという言葉はもう使わないでくださいな。結衣が良い娘だから友達になりたいと思ったのですからね」
「そんなこと……」
「結衣は魅力がありますよ。だからもっと知りたいです、結衣の色々な魅力をもっと見たいです」
わたしの言葉に黙って頷いた結衣は畳に三つ指をつき頭を深々と下げました。
「お姉様、不束者でしゅが宜しくお願いしましゅ」
「いや何の挨拶ですか。そしてそこの両名、思い出したかのようにスマホを手にしない」
「流石にそろそろメールくらいしないとみんなが心配しちゃうよ」
確かに言われてみればそうですね。報告、連絡、相談は大切と姉さんも言っていました。
香澄がポピパのみんなにメールを打ち始めたタイミングを見計らったのか有咲が先にお風呂に入ると場を立ったので、わたしも姉さんへ連絡を入れておこうかと自分のスマホを取り出してみたら、どうやらもう既に着信が入っていたようです。
多分ですが瑠璃姉さんでしょうね。有難い話ですが本当に真面目というか心配性というかですよ。
(山吹沙綾)
『連絡が無いなー、寂しいなー、これはたっぷり充電してくれないと嫁は拗ねちゃいそうだなー』
着信は姉さんではなく沙綾からの思わず微笑んでしまいそうになるような可愛らしい文面でした。
ところで冷房が効き過ぎているのか何だか段々と肌寒くなってきた気がします。でもその割には不思議な事に額からは止めどもなく汗が流れてきますし、これはまさか優璃ちゃんは風邪でもひいてしまったのではないですかね。
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みんなが寝静まった静かな部屋で、何故だか夜中にふと目が覚めてしまった。
部屋の中は優しい星灯りに照らされていて真っ暗な闇という訳ではありませんが、とりあえず物音をたてないように気を遣いながら立ち上がり、ひとりづつその可愛らしい寝顔を見て周る事にしました。
隣に眠る結衣は少しだけ開いた口から安らかな寝息をたてています。眼鏡を外した素顔は童顔な印象で、お姉様と呼ばれる事にそこまでの違和感を覚えないのもこの可愛らしい顔立ちゆえなのでしょうか。
まぁ胸が大きめなのは許すまじですがね。プンスコでございますわよ。
逆側に眠るというかわたしの直ぐ側まで進出している香澄は相変わらず可愛いです。もう何度も見ている筈の寝顔は一向に飽きる気配もありませんし、その表情は見る度に優しい気持ちになれる不思議な漢方薬といったところでしょうかね。
香澄の奥に眠る有咲の所まで泥棒のように足音をたてずに近付いて顔を覗き込みます。清流の小川のように綺麗な金髪に整った顔立ち、素直ではないけれど頭も良くて優しく面倒見の良い性格。本当にツンデレな口調の乱暴さが無ければ完璧な美少女だと思うのですが勿体ないですよね、でもそんな完璧じゃない有咲がわたし達にとっては最高に可愛いかったりするのですけど。
みんなが起きないように気を付けながらベランダに出てみた。
優しい波音と潮の香りに出迎えられながら端まで歩み寄ると、海と空は昼間とはまったく違う表情を見せてくれた。
別荘の周囲にめぼしい建物も無いせいか夜の海は暗闇に包まれた真っ暗い絨毯、それとは対照的に夜空には煌めいている無数の小さな美しい粒。まるで綺麗な夜空の美しさを引き立てようと、海はわざとその魅力を隠して大人しくしているような気さえしてしまいます。
星々から降り注ぐ光の雨を何となくぼんやりと眺めていたら、ベランダへと続く扉の開く音に思わず振り向いてしまった。
「ごめんね、起こしちゃったかな?」
「んー、ゆりが居ないって思った」
眠そうに目蓋を擦りながら隣りに立った香澄は、見上げた頭上に広がる星空の美しさに瞳を見開いて感嘆の声をあげた。
「キレイ……」
心の奥底から湧き出すように呟かれた香澄の言葉は柔らかい波音に流されるように消えていく。
星空に意識を吸い込まれ続けている横顔は淡く照らしつける星灯りの色に染められ、まるでこの世の物ではない妖精のような透明感のある美しさと色香を放っていた。
「綺麗、だね」
「ゆりもそう思うよね、すっごくキラキラしているもん」
こちらに顔を向けた香澄が嬉しそうに微笑む。
「星の鼓動が聴こえてくるみたい。ゆりにもこの音が聴こえる?」
「キラキラドキドキだったよね。今は聴こえているよ、わたしにも」
この胸を熱くするドキドキが香澄の言う星の鼓動なのかは解らない。だけどこの星空の下で同じような感覚を味わえている事が今のわたしには嬉しくてたまらなかった。
急に香澄の右手の小指がゆびきりげんまんのようにわたしの左手の小指を絡め取った。
「子供の頃にいつかまた見ようって言ったあの星空を大人になったらゆりと一緒に見に行くんだ。そしてその場でわたし達はまた新しい約束を交わすの、それが今のわたしの夢なんだよ」
「新しい約束って?」
「今はまだヒミツだよ」
香澄は柔らかく微笑むばかりで何も答えを教えてはくれないようです。
普段のわたし達は抱きついたり抱きつかれたりと肌を合わせる事にお互い抵抗が無いのですが、何故だか今は絡ませ合った小指を超えて近付く気にはなりませんでした。
星空の美しさがそうさせるのでしょうか。小指が繋がっているだけで香澄とひとつになっているような心地よさに心の中まで包まれてしまうのです。
多分ですが香澄も同じ気持ちなのか、わたし達は只々黙って星空を眺め続けた。
「ずっと一緒だよ」
星空を見上げたままの香澄の問いかけに、今のわたしが返す言葉はひとつしかありませんよ。
「ポピパそっちのけで彼氏を作ったら許すまじですからね」
「もう、台無しだよ」
笑い合ってからお互いの小指を更に強く結び合わせた。
そうしてこの夜わたし達は、繋ぎ合わせた小指を通して深く深くお互いを確かめ合ったのでした。