せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
商店街の一角にて気配を消しながら陣取り遠くの対象を監視するサングラス姿の少女が二人。
その姿は古き良きスパイ映画の如く街の景色の中に自然と溶け込んでいる筈です、筈なのですよ。
「ところで結衣さんや、あのピンク熊の着ぐるみがわたしのイメージ図よりかは随分とキュートな姿になっていますね」
「はい。お姉様のイメージ図だと恐怖映画の悪役にしか見えないという事で、弦巻家のデザイナーさんが可愛らしくアレンジを施したそうでしゅよ」
記憶を元にしたデザイン画では大きな丸い円に小さな黒目だった恐怖の瞳が、出来上がりでは大きな黒目に小さな星の絵が入った可愛らしい瞳に変えられているようです。名前の方も正式にミッシェルと命名されたそうで、まぁこの姿なら女子供の評判もさぞかし宜しいだろうと納得の仕上がりとなっておりますよ。
「私達が仕掛けた商店街のチラシ配りのアルバイトとしてミッシェルの中に居るのは花女の同級生で
眼鏡をクイッっと持ち上げながら手元のメモ帳と睨めっこをしている結衣が丁寧に説明をしてくれていますが、可愛らしくなったとはいえ此方に顔を向けたミッシェルの瞳には未だに薄ら寒い恐怖感を覚えてしまいますね。
「そして額に手を充てながら高貴な御姿を晒しているのが、羽女の王子様こと
おやおや結衣さん声が上擦り気味でございますわよ。
しかし何ですかね。確かに瀬田さんは背も高くスラリとした体型も相まってまるで歌劇団の男役みたいな雰囲気ですが、うっとりと陶酔したような甘い視線を送っている結衣の姿を見ていますと、何故だか急に胸の奥に住み着いている空想妖精のモヤット君がウッキウキでモヤモヤダンスを踊り始めてしまいましたわ。
よいですかな結衣さんや、確かに彼女は美形で格好良いですが間違いなく『胸が儚い族』、つまりわたしのお仲間という事をお忘れなくって、いったい何を競おうとしているのですかね少々虚しくなってまいりましたよ。
「どうやらあの娘達がこころのバンドメンバーとなりそうですな」
「お姉様はこころ様の所に行かなくても宜しいのでしゅか?」
「わたしはポピパのみんなを支えたいのでね、こころ達は遠巻きに見守っていこうと思っているのですよ」
いよいよライブハウス
わたしといたしましてもですね、頑張っている大好きなメンバー達の表情や熱気を余す事なく鑑賞……いや間近で暖かく見守っていかなければならないのでこう見えても大忙しなのですよ。
「裏では花様がノリノリで動いているようでしゅよ」
「間に合うのですかね?」
遠くから伺うミッシェルの動きは鈍く、先程からほぼ動きは見えません。
それもそうです、只の女子高生が大きな頭の全身着ぐるみなんて被れば、その重量のせいで身動きがとれなくなってしまうのは自明の理ですからね。むしろチラシを今まで普通に配れていた奥沢さんの底知れぬポテンシャルに驚きですよ、写真を見た感じでは普通の女の子でしたがもしかしたら改造人間の類いですかね。
「お姉ちゃんによると、ミッシェル試作二号機は完成間近だそうでしゅ」
ハンナが女性でも軽快に動ける着ぐるみを弦巻家の総力をもって作るわよなどと鼻息荒く宣言をしておられましたが、弦巻家の総力ってまさか着ぐるみの名を借りた現代科学の粋を集めたパワードスーツでも作りはしないかと若干の不安は募ってきますね。
しかし何はともあれ順調にメンバーが集まりそうな雰囲気のこころ達ハローハッピーワールドの結成を祈りつつ、わたしと結衣は悪代官も真っ青な薄笑いを浮かべ静かに商店街の片隅から姿を消す事にしたのでした。
「どうしたのかしら? とっても楽しそうね」
背後から声を掛けられた驚きで口からモヤット君が出てしまうかと思いましたよ、というか半分程こんにちわをしてしまったかもしれませんよまったく。
「こころ、どうして此処に?」
「優璃も来ているなんてすっごく偶然でなんてハッピーな日なのかしら。そうだわ、紹介しないといけないからみんなの所に行きましょ」
いつの間にか背後を取られていた事に驚きを隠せませんが、深く考える隙も与えてくれない勢いで手を引かれ表舞台へと引き摺り出されてしまいました。
結衣さんこれはマズイですよ非常事態ですよエマージェンシーですよ。なんとかこの場を切り抜けて撤収の段取りを……。
「って結衣の姿が消えているのですが?」
「優璃、音楽で世界を笑顔にするわよ!」
金色の長い髪を嬉しそうに靡かせた少女に手を引かれ、わたしは笑顔の妖精達の集う不思議の国へと誘われて行くのでした。
じゃねえですよ。お願いしますからこの巻き込まれ体質をどなたか改善していただけないものですかね?
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
帰宅の途につく脚は力無く鉛のように重たいです。
突然に現れたこころに急に姿を消した結衣といい何なのですかね、どうやらわたしの周りには改造人間とか超能力者とか忍者の末裔とかが集まっているとでもいうのでしょうかね。
「ただいまぁ。今日は疲れたよまったく」
「おかえり、優璃お姉ちゃん」
「ただいま、あっちゃん」
漸く約束された安息の地である我が家に着き、ベッドに己が身を投げ出す姿を想像しながら玄関の扉を開けると愛しの妹君がメイド服姿でお出迎えをしてくれました。相変わらず優しい笑顔も可愛いですよ、思わず疲れた気分も吹き飛んでくれるような気がしますね……って、なんですと!
「ちょいとあっちゃん、色々とツッコミどころが満載なのですが?」
「優璃お姉ちゃんが見たいって言うから着てみたのに、やっぱり似合っていないのかな」
「いや最高に似合っていて可愛いけどけど」
「じゃあとりあえずリビングに行こうよ」
「何がとりあえずなのか説明プリーズですよ」
素敵な笑顔を絶やさない妹君に連行されるようにリビングへ入ってみると、既にソファーには眉間に皺を寄せながら腕組みをしている香澄と瑠璃姉さんの両名が鎮座されておりました。
「ゆりが新しく妹を作った件!」
「何を新作ラノベのタイトルみたいな事を言っているの、香澄」
当然のように向かいのソファーに正座をさせられ身に覚えもないような事を宣言されたのですから、ちょっとこれはわたしの名誉の為にも正式に抗議をさせて頂かなければなりませんね。
「ちょいと香澄。結衣の事を言っているのかもしれませんが」
「仕方がないよお姉ちゃん。優璃お姉ちゃんは私だけじゃ満足させられなかったって事だもん」
節目がちに落ち込んだ顔のあっちゃんは不謹慎にも可愛いとさえ思えてしまいましたが、とりあえずですが聞いた人に誤解を与えてしまいそうないつもの言い回しは止めてもらえませんかね。
「ゆり君はうちの可愛い妹では不満だと言うのかね!」
「いや誰の真似なのそれ?」
ホームドラマでも観たのか父親のように腕組みをしてふんぞり返る香澄の姿はどこか滑稽で、まるで学芸会の芝居を観ているような気分になり思わず吹き出してしまいましたよ。
「瑠璃さん、どうやらこの幼馴染みは反省する気も無いみたいです。何とか言っちゃってください」
「香澄ちゃん、そうね……」
おっと香澄さんこれは策士策に溺れるとなりますよ。
うちの姉さんは理知的なのでこの疑惑が言い掛かりである事を既に見抜いている筈ですからね。姉さんどうぞ香澄に説教のひとつでもかましてあげてくださいな。
「ちょっとこれは見過ごせない事態よね」
おやおやおや、ちょっと姉さん。
「この問題は簡単な話ではないわ。これを放置していたらこの先に……」
ちょっとちょっと、瑠璃お姉ちゃん。
「新たなお姉ちゃんが!」
「新たな幼馴染みが!」
「んな訳あるかい‼︎」
おっと少しだけ品性に欠けるツッコミをしてしまいましたわ。
まったく、香澄に乗せられて姉さんも何を取り乱しているのですかね。普段の落ち着いた女性らしさがすっかりと色褪せていますよ。
「良いですかな皆様、結衣は妹を騙っている訳ではなくあくまで妹分。本人もきっと照れ隠しにお姉様と呼んでいるに過ぎないのですよ」
「本当に優璃お姉ちゃんの妹は私だけ?」
「当たり前ですよ、あっちゃん」
上目遣いで見つめてくるあっちゃんの手を取って隣に座らせてあげます。
そのまま優しく抱き寄せてあげると、あっちゃんもしがみつくようにキュッと服を握りしめてくれました。
「妹として頑張るね。優璃お姉ちゃんにもっと可愛がってもらえるように、心も体もちゃんと綺麗にしておくからね」
「あっちゃん……流石に仰る真意がわかんねぇです」
メイド服もお得意の上目遣いも相変わらず可愛いわたしの妹はあっちゃんただ一人です。その気持ちがしっかりと伝わったのか、預けてくれる身体からは緊張というりきみは失せて柔らかな感触だけが伝わってくるのでした。
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんは?」
「幼馴染みは増えないよね、わたしだけだよね?」
何だこの二人、呆れるくらいに息ピッタリじゃねえか。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ふーん、それでポピパから浮気したんだ」
「わたしの話を聞いていませんでしたかな、沙綾さんや」
バイトへ向かう道すがら、一緒に下校をする沙綾に事の顛末を話してみたら笑いながら揶揄われてしまいました。
いくら薄手の夏制服とはいえ湿度が高まるこの時期は、まるでスカートが脚に張り付くような気持ち悪い錯覚に囚われてしまいそうになりますが、沙綾の笑顔効果で足取りは軽いままです。
「冗談、冗談。ゆりがポピパ大好きっていうのはちゃんと知っているから」
「まったく、沙綾まで香澄達みたいな事を言うのかと思いましたよ。それよりも沙綾」
ポニーテールを揺らしながら此方へ小首を傾げた沙綾に向かって静かに手を差し出した。
今日のわたし達は珍しく手を繋いではおりません。いつもは沙綾から手を握ってくるので大人しく待っていたのですが、一向にその気配も無いようなのでわたしから切っ掛けを渡す事にしました。
沙綾も意味が判ったのか優しく手を握ってくれたのですが、辿々しい手つきと普段よりも何だか顔が紅くなっているような気がしますね。
「どうかしたの沙綾?」
「この間のお泊まりしてくれた時の事を思い出しちゃってね、何だか少し恥ずかしくなっちゃって」
ハンナの別荘から戻ってきた後に、土産話を聞きたいという沙綾の為に後日お泊まり込みで遊びに行ったのですが、その次の日からあまりベタベタとしてくれなくなって割と寂しく感じていたのです。
「私ってあんなテンションになっちゃうんだね、自分でも知らなかったなぁ。思い出しただけでも凄く恥ずかしいや」
「そうかな、震えるくらいに可愛かったよ」
「そんな風にさせられた張本人に言われるのは悔しいかな」
お泊まりした夜の沙綾は甘えたいのに恥ずかしくて出来ないという焦ったい態度を繰り返しているようだったので、やれやれ仕方がないですとわたしの方から散々と弄り倒してあげましたよ。そうしたら次第に沙綾も遠慮が無くなってお互いに騒ぎ過ぎたのか、最後はおばさんにもう少し静かにねと注意をされてしまうくらいでしたね。
「でもその後はちゃんと優しいから、また甘えたくなっちゃうんだよね」
「沙綾だって優しくしてくれるじゃないですか」
「私としてはゆりにもっともっと甘えて欲しいかな、たまにしか見せてくれないから全然足りないよ」
「無理っす。わたしが甘えるのはマジで無理っす、恥ずかしさで腹掻っ捌くレベルの無理さっす」
「ダメだよ、私だってゆりの甘えた顔を見てキュンキュンしたいもん」
軽く繋いでいた手を沙綾が指を絡めてしっかりと握り直してくれた。そのタイミングでわたしも沙綾の身体に寄り添うようにして腕同士を軽く触れ合わせる。
これが最近のわたし達の落ち着く距離感になっているけれど、身長の低いわたしからは沙綾の顔を見る事が出来ないのが少しだけ不満だったりもするのです。
「もうすぐオーディションだね、みんなの頑張りはきっと実るよ」
「そうなったら良いね。でもね、練習だけでもバンドはやっぱり楽しいよ、ポピパに入って本当に良かったなって思う」
「でしょう。やっぱりポピパはこの五人が最高なのですよ」
「ゆりぃ……」
沙綾が急に繋いでいた手を強く握ってきたせいで口から変な悲鳴が出そうになりました。ただでさえ沙綾は握力が強めなのですから加減をして頂かないと手が粉砕骨折をしてしまうかもですよ。
「ポピパは六人でポピパだから。ゆりが側に居ないと私は元気が出ないの」
「そうでしたね。うん、一緒に頑張ろうね、沙綾」
沙綾は返事の代わりに頭を横に傾けてコツンと頭同士でキスをしてくれた。
ふわりと漂ってくる髪からの香りと沙綾自身の温もり。普段からわたしの香りが落ち着くって言ってくれるけれど、もうお互いの香りはすっかり混じり合って二人の香りになっているみたいな気がするよ。
虫の鳴き声も日増しに力強さを増していき、いよいよ夏も本番を迎えそうな雰囲気です。ポピパのボルテージも上がってきてオーディション本番もきっと良い結果になってくれるという予感や期待が胸の中で膨らんできますね。
「しかし沙綾がまさかあんなにくすぐりに弱いとは思いませんでしたな」
「もうお泊まりの時にくすぐるのは禁止だからね。変なテンションにさせられて恥ずかしいから」
「えー、凄く可愛くなるのにぃ」
「そんな事を言っても駄目。今度やったら一緒にお風呂に入った後に裸のままで寝てもらうからね」
「あっ、それはマジ勘弁っす」
きっと何もかも上手くいく。
だってみんな必死に頑張っているもの。
さすがの神様だって素敵なメンバー達に合格っていう贈り物をしてくれる筈だよ。
そうして迎えたオーナーによる運命のオーディション当日。
わたしもCiRCLEフロアスタッフとして祈るような気持ちで見守るなか、照明に照らされたステージの上では演奏を終えた香澄達poppin'partyのメンバーは息を切らせながらもその瞬間が訪れるのを待ち構えていた。
先程までの大音量が嘘のようにライブスペースの中は静寂の時が全てを包み込み、音も無く滴り落ちる汗を拭う事さえも憚られる緊張感だった。
いやもう良いでしょオーナー、勿体ぶらずニッコリ笑顔で合格と言ってくれればそれで全てが丸く収まるのですよ。もうお願いですから何処ぞに居る神様とやらもボケっとしてないでこの超怖いオバサマに何とか合格と言わせてやってくださいな。
その時、息が詰まるような静寂を切り裂くように鋭い低音の声が部屋の中に響き渡った。
「駄目だね、これじゃライブに出させる訳にはいかないよ」
わたしはオーナーが何と言ったのか、その事実を真っ白な脳内が理解を拒否してしまったかのように揺らぐ視線をステージのメンバー達に向けた。
俯くように顔を伏せた沙綾と有咲。目に涙を浮かべながらベースを強く抱き締めたりみりん、真っ直ぐな視線をオーナーへ向けたままのおたえ。
そしてボーカルの香澄は……。
茫然とした表情を浮かべながらもその視線の向かう先は、椅子に浅く腰掛けたままのオーナーではなく何故かその後方に立つわたしへ、まるで何かを確かめるように虚ろな光を向けていたのでした。