せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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50.赤色メッシュの素敵な友達

 

 

 CiRCLEのカウンターに突っ伏して深い溜め息を吐いた。

 

 

「不合格だ、出直して来な」

 

 

 二度目となるオーディションも得るものは無く撃沈し、落ち込みながら帰って行ったポピパのメンバー達の背中を見送った後、考えれば考える程に何の役にも立っていない我が身の不甲斐なさに涙がちょちょ切れてしまいそうになったのです。

 

 

「優璃ちゃん、まだ終わった訳じゃないでしょ」

 

「むー、まりなさんはどう思います? オーナーは何が不満なのでしょうかね」

 

「ゴメンね、オーナーからは余計な口出しをするなって言われてて」

 

 

 まりなさんが優しく頭を撫でてくれますが、湿気を多分に含んだ心は一向に晴れ渡ってはくれないようです。

 むー、むー、むー、と唸っていたら、まりなさんに軽く頭を叩かれた驚きで思わず顔を上げてしまいました。

 

 

「優璃ちゃんは演奏しないメンバーなんでしょ。心配なのは解るけれど、今度は観客として客観的な視点で観るのも良いかもよ」

 

「客観的、ですか……」

 

「月島、私が何と言ったか覚えていないのかい」

 

 

 わたし達の背後から掛けられた、漸く最近聴き慣れてきた低音の声の主に向けて驚いた猫のように背筋を伸ばしながらゆっくりと振り返ってみれば、威圧感満載の厳しい目付きをした詩船オーナーが仁王立ちをしておられました。

 

 

「オーナー、何が駄目なのか少しくらいヒントを頂きたいですよ」

 

「此処は音楽教室じゃないんだ。それくらい自分達で考えな」

 

「そうは言われましてもポピパだって結成して間もないバンドにしては演奏も上手ですし、香澄の歌声は相変わらず魅力的ですし、みんな可愛いですし」

 

 

 一息深く溜め息を吐いてから、オーナーがわたしの頭に優しく手を置いた。

 

 

「出来たばかりのバンドに演奏のレベルなんて求めちゃいない。私に見せて欲しいのはもっと違う事なのさ」

 

「むー、それはいったい?」

 

「ヒントはここまでだ。さぁお客の増える時間帯だよ、気持ちを切り替えて働きな」

 

 

 オーナーが去りひとしきり忙しい時間帯が過ぎ去っても、相変わらず胸の中に棲まう妖精モヤット君はノリノリのイケイケでフィーバーしまくっておりますよ。

 掃除の為に床を滑らすモップの動きも、まるで心の内を表すように滑らかには動いてくれず地面を重く這いずるままです。

 

 

「優璃どうかしたの、何かあった?」

 

「その声は蘭ですか。大丈夫ですよ、只今わたしは人生の難しさについて思いを巡らせているだけですのでね」

 

「ちっとも大丈夫そうじゃない」

 

 

 老婆のように背中を丸めて俯いていたら、蘭に両肩を掴まれ無理矢理に背筋を伸ばされてしまいました。

 覇気の無いわたしに心配そうな表情を向ける蘭を見ていると、ウニのようにとげとげとした罪悪感が胸の奥深い所へ更に募りそうになります。

 ポピパとは無関係な友達にまで余計な心配をさせてしまうとはつくづく駄目なわたしでございますよ。正義のヒーローのような人格は持ち合わせておりませんが、それでももう少しだけ強い人間になりたいというものです。

 

 

「おっ、もう痴話喧嘩か? まぁ最初は喧嘩して仲良くなっていくもんだしな。あたしらもそうだったから優璃も心配するなって」

 

「ちょっと(ともえ)、なにを」

 

「そうそう、モカちゃんも昔はよく蘭に泣かされたものだよ。懐かしいねぇ」

 

「でもね優璃ちゃん、蘭ちゃんが優しいのは私達が保証するから挫けちゃ駄目だよ」

 

「モカ、つぐ……」

 

 

 蘭の背後から続々と姿を現したアフターグロウのメンバー達がわたし達二人を取り囲むように集まってしまいました。

 

 

「それでぇ、二人はどこまで進んだの? もう大人になっちゃったのかな?」

 

 

 肩に手を乗せて鼻息荒くニヤけた顔を近付けてきたひまりちゃんは、いったい何を訊いているのでしょうかね。大人になっちゃったって言われてもわたし達はまだ現役女子高生の筈ですが。

 

 

「いい加減にしないと怒るよ。あたしと優璃は友達だから、まだそんな関係にはなっていないから」

 

 

 厳しい目付きに変わった蘭が腰に手を充てながらメンバー達を一喝しても、何故かみんなはそんな蘭を微笑ましく眺めたままになっています。

 とても不思議な光景ですが、幼馴染み五人組であるアフターグロウは見ているだけでも特別な絆で結び合っているというのが自然と伝わってくる独特の雰囲気がありますね。

 

 

「それよりも蘭ちゃん、優璃ちゃんが元気が無いみたいだからちゃんと話を聞いてあげないと」

 

「あぁそうか。優璃、今日は何時に終わるの?」

 

 

 つぐみちゃんに背中を押された蘭がまた心配そうな表情を向けてはくれましたが、これ以上アフターグロウのみんなに迷惑をかけるのも気が引けるというものです。

 

 

「有難う、でもわたしは大丈夫だから蘭はみんなと一緒に帰ってくださいな」

 

「こんな優璃を放って置くあたしだと思ってんの?」

 

「もう優し過ぎるよ、蘭は」

 

「もっとあたしを頼って、優璃の仕事が終わるのを待っているからね」

 

 

 伏目がちに頷くと優しく頭を撫でてくれた。

 しかし情け無いやら最近更に女の子化が進行しているような気がしますね。相変わらず男の人には原子レベルで興味が湧きませんが、挙動というか動作の女性らしさが段々と板に着いてきたような感覚がありますよ。

 忘れてはいませんかわたしは元男なのですよ。今なんて完全に蘭の方が格好良い感じになっちゃっていますが、まだまだ野性味を失った訳ではない筈ですよ。

 

 

「それじゃ後は二人の世界という事で、あたし達は先に帰るとするか」

 

「つぐ〜、モカちゃんはいま無性にパンが食べたい気分だよぉ」

 

「うんうん、帰りにやまぶきベーカリーに寄ろうね」

 

「優璃、蘭に訊いても話さないだろうから何か進展があったら教えてね」

 

「あんたらね……」

 

 

 蘭に怒りの視線を向けられたメンバー達は、つぐみちゃんに寄り掛かるように抱き着いたままのモカちゃんを引き摺るようにして足早にお店から出て行ってしまいました。

 

 残された蘭のやれやれといった表情を見ながら思ったのですが、確かメンバー達にちゃんと紹介して貰った出来事は無かった筈なのに、何故にもうみんなはわたしの事を親しげな友人のように扱っているのですかね?

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 仕事あがりの帰り道、幸いにして人気も無くまるで別世界のように暗くて静かな姿を見せている公園のベンチに二人で並んで座った。

 優しい夜風は涼しさを運ぶように髪を揺らし、優しく握ってくれている蘭の手から伝わる熱だけが夏の暑さを体現しているように思えた。

 

 誠実に心配をしてくれる蘭の為に、わたしも隠す事なく落ち込んでいた理由を話した。

 どうしてオーディションに受からないのか、わたし達に何が足りないのか。答えを求めた訳ではなくて只々愚痴を零しただけだったのに、蘭は黙ってそれを受け止め続けてくれた。

 

 

「それでまりなさんが、観客の視点で見つめ直してみたらって言ってくれて」

 

「優璃はあたし達のライブを観ていてどう感じた?」

 

「蘭が格好良いなって」

 

「そういう事じゃなくてさ」

 

 

 蘭が吹き出すように笑いながら肩を寄せてきたのでわたしも合わせるように肩を寄せてみたら、身長の違いからか蘭の肩に頭を預けるような形になってしまった。何だかこれは凄く恥ずかしいポーズのような気もしますが、今日のところはまぁ良しとしておきましょうかね。

 

 

「アフターグロウのライブは何て言うか、蘭だけじゃなくてメンバー全員が自分達の音楽を聴けって訴えてくるような感じがする」

 

「あたし達も演奏技術はまだまだと思っているけれど、それでも自分達の音は最高だと思っているし、そんな最高の音をみんなにも聴いて欲しい。それがアフターグロウの意思ってあたし達は思っているよ」

 

「ポピパにもそういうのが有るのかな」

 

「同じじゃないだろうけれど、まりなさんはそういうのを見付けてやれって言っているんじゃないかな」

 

 

 わたしには気付けていないけれど、蘭やまりなさんには何か思い当たる節がきっとあるのだろう、それは経験の差から生まれるもので間違いなく聞いて置くべき教訓がその内にある気がします。

 

 勢いよくベンチから立ち上がり、自らに気合いを入れる為に右手で握り拳を作った。

 

 

「フンス、よし今度は冷静な気持ちでオーディションを観てみようと思う。ありがとう蘭、何だか元気が湧いてきちゃいましたよ」

 

 

 わたしの決意表明を聞いて微笑んだ蘭は握っていた手を離さないまま立ち上がり、ゆっくりとした歩みで前側に廻った。

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 繋いでいた手を引かれ、柔らかな衝撃を受けた事に気が付いた時には蘭の首元へわたしの頭はすっぽりと収まっていた。

 バンド練習を終えたばかりの身体から制汗剤の爽やかな香りと生々しい程の温かな体温がわたしを優しく包み込むように支配して、何が起こったのかを理解しようとしても意識に霞みをかけたように思考を阻んでしまった。

 

 

「ご、ごめん。何でこうしたのかあたしにも分かんない」

 

「蘭、別にギュウっとしても良いのですよ」

 

 

 ガチガチに身体が固まっていた蘭が、微かに震える腕でわたしの頭を包み込むようにして抱きしめてくれた。

 

 

「ヤバい、ライブの時より緊張してる」

 

「力を抜いても大丈夫だよ、逃げたりはしませんからね」

 

 

 わたしの言葉を聞いたからか蘭の身体からは徐々に力が抜けていき、次第に抱き寄せる腕の強さしか感じなくなっていった。

 

 

「優璃にも……して欲しい」

 

 

 普段の張りのある声とは違い消え入りそうな程に小さくて囁くようなお願いに応えて、わたしも蘭の背中に手を廻して引き寄せるように抱きしめた。

 やっぱり今日のわたしは心が弱くなっているのかもしれません。密着した身体の柔らかさも、蘭の少しだけ速く感じる吐息も、その全てに安らぎを覚えていつまでも浸り続けたくなってしまいます。

 

 どれ程の刻、お互いの存在を確かめ合ったのだろう。

 少しだけ上半身を離して顔を見つめ合い、わたし達は恥ずかしさからお互いに照れ笑いを浮かべあった。

 

 

「優璃、嫌じゃなかった?」

 

 

 蘭が触れるか触れないかの圧力でわたしの頬に指を添えた。

 

 

「嫌そうに見えるかな」

 

 

 お返しに蘭の頬を右手で包み込んだ。

 

 

「ううん、普段より可愛く見える」

 

 

 送られ続ける眼差しはとても柔らかく真珠のように艶やかで、まるで魅惑の能力を持った妖精の魔法に囚われたように視線を外す事を許してはくれなかった。

 意識は段々と霞から霧へと変わり続け、物事を考えるよりも蘭をただ見つめていたいと思うだけになってしまっていた。

 

 重なり続ける視線を断ち切るように、また少しだけ抱き寄せられる。

 わたしも恥ずかしいという感情を見失ったのか肩の辺りに両手を添えて、自分から頭を蘭の首元へと寄せていった。

 蕩けるように心地良かった、もっと抱きしめて欲しいと思った。

 

 

「困った事があったら遠慮なく相談して、優璃の事は何でも知りたい」

 

「蘭は優しくて強いね、わたしとは大違いだ」

 

「強くはないよ、ただ優しくありたいだけ。特にメンバー達と優璃にはね」

 

 

 顔を上げると直ぐ側には綺麗な赤色メッシュの入った髪と、甘くて優しい表情を向けている可愛い蘭の顔。

 駄目だ、今日のわたしはやっぱりおかしい。雰囲気に流されて蘭の瞳から目が離せない、少しだけ速くなった鼓動と心に溜まった熱が離れたくないと叫んじゃってる。

 

 

「わたし少し変だよね、甘え過ぎてる」

 

「あたしも同じ、初めての自分に戸惑っているよ」

 

 

 高い湿度のせいなのか、今夜の月は霞が掛かったような淡い光でわたし達を照らしていた。

 虫さん達の冷やかしの声以外には何も聴こえてこない夜の公園で、薄い色をしたふたつの影は陽炎のように揺らいでから色を増すようにひとつの影を描き、暫しの間は夜の闇に消されてしまう事はなかったのです。

 

 

 

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