せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
ポピパの絆を確かめ合った有咲の蔵からの帰り道、わたしと香澄は久しぶりに手を繋ぎながら歩いた。
夕暮れの時間帯なのに夏の太陽はその日差しを少しも緩める事はなく、わたし達の背中を熱く強く照らし続けています。
隣を歩く香澄の背中には
道路に映っている影は繋いだ手もしっかりと見える程に伸びていて、暑いとはいえ元気に働いていた太陽さんの時間もそろそろ終わりと教えてくれているみたいです。
「ゆり、今日は泊まりに来る?」
繋いだ手を幼児のように振りながら歩く香澄が向けてくる笑顔は名残りの日差しに照らされ輝くようで、蔵に居た時とは違い何か吹っ切れたように素直な微笑みだったのです。
「ちなみに拒否権というものは存在するのですかね?」
「えっとね……今日は無い、かな」
「ですよねぇ」
二人で向かい合わせた笑顔と強く結び合わせている夏の湿度で少し汗ばんだ手の感触が、何故だか今のわたしにはとびきりの宝物みたいに大切に思えたのでした。
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「ゆりの裏切り者」
夜も更けてから香澄の部屋へとお邪魔したのですが、着いて早々に目の前の幼馴染みは突然ベッドの上に倒れるようにしてうつ伏せで寝そべり、ブツブツと何やら愚痴を溢し始めてしまいました。
「久しぶりにゆりとお風呂に入れると思っていたのに、これは裏切りだよ」
「来た途端に酷い言われよう」
ティーシャツに短パン姿で洗顔も何もかも済ませて立ち尽くすわたしを見た香澄は、全てを察したのかベッドの上でぐるぐると回転しながら拗ねた態度を見せております。
「ゆりは覚えていないかもしれないけれど、小さい頃から何回一緒にお風呂したと思っているの。わたしはゆりの左耳の後ろと右胸の内側に小さなホクロがある事まで知っているんだよ」
「わたしも知らない個人情報は是非とも大切に扱っていただけませんかね」
ベッドから勢いよく身体を起こした香澄が、分かり易く唇を尖らせながら理不尽にも思える程の恨めしい視線を送ってきております。
まったくもって八つ当たりも甚だしいと思うのですが、それでも悔しい事に拗ねた表情も実に可愛いのでとても始末が悪いのですよね。
少し紫がかった宝石のような瞳へ吸い込まれるように見惚れていたら、ベッドから降り立った香澄に急に手を握られて不思議と心臓が跳ね上がるような感覚を覚えてしまった。
「さっ、そろそろお風呂に行くよ」
「いやいやどうしてそうなるの」
キョトンとした表情で首を傾げる香澄、いやいやわたしの方こそキョトンなのですがね。
「我儘は駄目だよ、泊まる時はお風呂に一緒に入ると定められているんだからね」
「戸山家は治外法権が認められているの?」
わたしの発言などお構いなしに左腕に抱きついてきた香澄に無言で力任せにグイグイと、まるで運動会の綱引きみたいな要領で部屋から引き摺りだされてしまうのでした。
もうこうなれば香澄さん、せめてものお願いなのですがわたしは服を着たままで勘弁しては頂けませんかね?
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「むふー、やっぱり二人でお風呂に入ると特別感が有るよね」
ベッドの端に並んで座っている幼馴染みは結構なご機嫌具合でございます。
同性なので当たり前と言われればそれまでとはいえ、香澄にしても沙綾にしても少しは恥じらいというものを見せて頂きたいものですよ。
最近の沙綾に至ってはお泊まりに行けば、一緒にお風呂に入るのが当然のような顔をして服を脱がせにきますからね。
まったく、これではわたしばかりが裸を見られるのが苦手な恥ずかしがり屋の純情娘みたいじゃないですか、いや純情派なのは否定しませんけれど。
しかしそれにしてもお風呂で見ているとつくづく二人共に全体的な身体のラインが綺麗です。特にわたしとは違って引き締まったウェストから張りのあるヒップへと続く魅惑的な曲線など本当に美しいですよ、えぇわたしとは違ってね……神様許すまじです。
翌日の授業の事など他愛もない会話の合間に訪れた静寂の時間に、ふわりと揺らぐように肩を寄せて来た香澄から優しく伝わる温もりとほのかに甘いボディークリームの香り、パジャマから覗く桜色をした首筋や横顔は不思議な色香を帯びていて、不思議な魔法のようにわたしの鼓動をほんの少しだけ速くしてしまった。
「出来ていないのが何かは解らないけれど、やっぱりわたしは駄目だったと思うんだ」
「もう良いじゃないですかね、それは」
「ううん、メンバー達はちゃんとポピパとして頑張っていたのに、多分わたしだけは違ったの」
軽く頭を振った香澄は腕に絡まるように抱き付き、肩にちょこんと顎を乗せてきました。
「わたしはみんなと一緒に楽器が弾けて歌えているだけでも楽しくて満足していたんだ。結局それって自分だけしか見ていなくてポピパとしての自覚なんて無かった、それに最近はね」
抱きしめられている圧力が少しだけ増し、腕に感じる柔らかな香澄の温もりは不思議と溶かされるような安心感を与えてくれる。
「ゆりにわたしを見ていて欲しいって、もっともっとわたしを見てって、そう思ってばかりだったんだよ」
「もう、いつも見ているじゃないですか香澄の事を」
むうっ、と言った香澄に腕を引っ張られるような形でベッドに倒れ上半身だけ横になったわたし達は、まるで空を見上げるように並んだまま天井を見上げ続けた。
「事故に遭うまではね、ゆりはわたしの後にずっとくっついているような大人しい女の子だったんだよ。だからわたしがゆりを守らなくちゃって思っていたのに、高校に入ったら直ぐに友達が沢山出来て段々とわたしの側に居ない事も増えてさ、香澄ちゃんはとっても寂しい思いをしているのです」
身体を横にして耳まで紅く染まった顔をわたしの肩へ隠すように埋めてきた香澄の姿にとても驚いてしまった。それは香澄はいつでも前向きで明るく頼もしい、まるでヒーローのような人だと勝手に思い込んでいたからに違いなく、いま垣間見せている素の姿は幼馴染みが側に居ないだけで寂しがるような普通の、そして可憐な女の子だと今更ながらに気付かされてしまったのです。
「むう、ゆり笑ってる」
「いやいや香澄が可愛いなって思ったのですよ」
はい頬を引っ張られました、痛いです許してくださいませ。
まぁそれはそれとして我ながらとても不思議に思う。客観的に見れば香澄だってポピパのメンバー達と同じく高校からの友達になる筈なのに、優璃の記憶を持っていないわたしの中でも香澄の存在は特別でそれに違和感など有りもしない。
そのせいで隣同士に居るのが当たり前に思え過ぎていて、まさか香澄がそんな想いを抱えていたなんて微塵も感じませんでしたよ。
言葉や態度に出さなくても気持ちが伝わるなんてきっと男性的な考えなのでしょうね。これもまた乙女心という物ですか、新米女の子として大いに勉強になってしまいましたね。
香澄の身体を何とか動かして向かい合う形で横になり、言葉は交わさなくともお互いに至近距離で見つめ合った。
潤んだように澄んでいる瞳とお風呂上がりで淡く彩りを成す頬、普段より紅みを増した唇と毛先が少しだけ跳ねた癖っ毛。優しくて艶やかな眼差しを向けてくる幼馴染みの美少女から見て、いったい今のわたしはどんな表情をしているのでしょうかね。
「心配しないでいいよ、香澄の隣に居たいっていうのはずっと変わらないからね」
「約束を忘れちゃ駄目なんだよ」
「忘れていませんから」
見つめ合う瞳の間に小指を差し出すと、香澄も軽く微笑んだ後に優しく小指を絡めてくれた。
小指を繋いだままお互いの体温と吐息も絡ませ合うように頭を寄せて額同士を重ね合わせた。こんなに近い距離感でも緊張しないのは香澄と沙綾くらいかな、有咲とりみりんはとんでもなく恥ずかしがりそうですしおたえはそもそも全く気にしなさそうです。
「これからもずっと香澄を見守りますよ」
「わたしもずっとゆりを見てる、もう見失いたくないもん」
合わせた額からは微かな圧力と聞こえる筈のない香澄の鼓動までもが柔らかな熱と共に伝わってきそうな気がする。本当に大切で特別なわたしの幼馴染みさん、これからもずっと……。
(……ないか、これからもずっと……るから)
一瞬だけ頭の中で叫び声にも似た男の人の言葉が響き渡り、思わず驚きで咄嗟に香澄から頭を離してしまった。
慌ててベッドから起き上がり辺りを見渡しても当然部屋にはわたし達の姿しか無く、その声が現実の物で無い事はなんとなく理解が出来た。
不思議と怖さは感じないけれど、何だろうこの胸の中に急に沸き立つ不安感は、焦りにも寂しさにも似た感情が渦を巻いてこの儚き胸の中に棲まう空想妖精モヤット君を溺れさせてしまいそうです。
「どうしたの、ゆり震えているよ」
急に起き上がった事に驚いたのか香澄が心配そうな表情で優しく手を握ってくれた。
手を繋ぐだけでも安心感が胸の中を満たしていく。今まで以上に離れたくない、離れられないという感情が溢れて弾け出しそうになってくる、これっていったいわたしの身に何が起こっているというのだろう。
わたしも空いた方の手で包み込むように香澄の手を握った。細いながらもギターの練習で少しだけ固くなっていた指先の感触も今は愛おしくて堪らなく思える。
巻き起こる感情の起伏と熱量に戸惑っていると、ふと繋いでいる手が淡く光り始めている事に気が付いた。光は段々とその明るさを増していきわたしの視界を眩さで染め上げていく。
「ふえぇ完全に忘れていましたけれど、そういえばわたしはいつ発動するか予測のつかない役立たずのチートスキル持ちでしたぁ」
眩さから逃れゆっくりと瞳を開けてみると目の前には硬そうなアスファルト、どうやら地面に横たわっているみたいです。
身体は動かないけれど触感も音も感じない、まるで映画を観ているような感覚のまま何とかして頭を動かしてみると、視線の先にはブレザーの制服を纏った女の子が同じように地面へうつ伏せで横になっていた。
手を伸ばそうとしても腕はまったく動いてはくれず、何とか声だけでもと力を振り絞る。
「か、かすみ……」
わたしの口から溢れた音は先程頭の中に響き渡った男の人の声色と同じだった。いやそれよりも掠れた声で呼んだかすみって、まさか視線の先でまったく動く気配の無いあの女の子だと言うのですか?
「約束を、約束を守らないと……」
その言葉を最後に、わたしの意識はまるで上映中だった映画のフィルムが突然切れてしまったかのように、唐突なぶつ切りのまま暗闇の中へと吸い込まれてしまったのでした。