せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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53.嫁の証

 

 

 時に記憶というものは、その朧げな輪郭をゆらゆらと蜃気楼のように揺るがせてしまうのかもしれません。

 

 

 独り自室のベッドで横になり、何かを掴むように両手を天井へ伸ばして深く溜め息を吐いた。

 

 あの夜に香澄の部屋で観た映像はいったい何だったのでしょうか。状況からいってわたしの前世での出来事にも思えますが、元々所持していた記憶では前世で香澄と知り合ってはいなかった筈なのです。

 しかも倒れていた女の子は花咲川女子の制服ではなかったですし、必ずしも今のわたしが知っている香澄と同一人物とも限りません。

 それにわたしの前世らしき男の人が言った『約束』という言葉も気になります。

 いやそもそもあの映像が間違いなく前世の姿だと確定しても良いものかどうかという懸念もありますね。

 

 

「まったく、今のわたしっていったい何者なのでしょうかねぇ」

 

 

 肉体は確かに存在しているというのに、自己という存在は酷く曖昧で現実味が無いように思えてしまう。

 わたしとは何であるか。随分と哲学的にも思えますが、まぁ深く考えても答えなど導けそうにもありませんし後は野となれ山となれ、とりあえずは成り行きを見守るしかないのかもしれませんね。

 

 明後日はおたえ発案の合宿会。香澄もどうやら明るさを取り戻してくれた様子なので、わたしもみんなが気持ちよく演奏出来る雰囲気作りに邁進しないとですよ。

 

 気持ちも新たに部屋の照明を落として布団の中に潜り込み瞳を閉じた。

 例えわたしが誰であろうとも大好きなみんなとずっと一緒に居たいと思う気持ちに変わりはない。それが偽らざる本音であり、わたしがわたしで在る証明なのですから。

 

 後ですね、皆様もうちょっと百合百合とした光景を増やして頂けたらわたしが眼福なので宜しくお願いしますよ。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 ポピパの合宿会を翌日に控えた放課後、何故かわたしは沙綾の部屋へと立ち寄っております。

 それというのも実家のお手伝いの為に帰宅しようとしていた沙綾に一緒に帰ろうと誘われたからで、明るさを取り戻した香澄とは対照的にわたしが何やらいつもと雰囲気が違うと察してくれたようです。

 沙綾には敵いませんね、色々なところに気が回る優しくて素敵なお嬢さんでございますよ、本当に。

 

 もう随分と慣れ親しんだ気のする部屋にお邪魔して、ベッドに背を預けるように床へと座りました。

 沙綾は制服を脱いでからキャミソールの上に薄手のシャツを羽織り、淡いオレンジ色のスカートを腰に纏って並ぶように横へと座った。

 えぇとても可愛いのですが沙綾さんや、もうお互いに裸の姿を知っている仲とはいえ目の前で堂々と着替えるのは流石に如何なものですかね。確かに女子校ゆえに体育の時などもクラスメイト達は恥ずかし気もなく着替えたりしますが、流石に目の前では視線のやり場に困るというものですよ。

 因みにですが、りみりんは恥ずかしさから隠れるようにして着替えています。まさに期待を裏切らないというか可愛いさの化身りみりんとはよく言ったものでございますな。

 意外なところで香澄は体育の際にはわりと大人しく着替えているのです。イメージでは下着姿のままで教室内を走り回っていそうですがね。

 

 

「それで、何かあったのかな?」

 

 

 優しい声色で訊いてくる沙綾には、黙っている事はどうやら通用しなさそうです。

 気が利くというか本当に周りをよく見ている娘で、その包み込むような優しさにわたしも知らず知らずの内に甘えてしまっているのかもと思えてしまいますね。

 

 沙綾に手を握られながらあの時に香澄の部屋で起こった事を話した。無論わたしのチートスキルの事などは伏せてですが、わたしが隣に居ない時が増えたのを寂しがってバンドに集中が出来ていなかったと反省していた事や、ずっと隣に居ると約束した事、わたし自身の気の回らなさに落ち込んだ事などを素直に語りました。

 

 瞳を閉じて黙ったまま話を聞き終えた沙綾は、ふうっと息を吐いてから此方を向いて苦笑いを作った。

 

 

「香澄の気持ちはちょっと解るなぁ」

 

「えぇっ⁉︎ 気付かなかったのわたしだけなの?」

 

 

 クスリと笑った後に沙綾は軽く頭を左右に振った。

 

 

「香澄はゆりにとってのイチバンであり続けたいんだと思う。だって私も同じ気持ちを持っているからね、きっと同じだよ」

 

「イチバンってそんなに重要な事ですかね。香澄や沙綾やポピパのみんなにしても、わたしにとっては特別で大切な人達なのに」

 

「女の子なら大切な人のイチバンになりたいと願うのは普通でしょ。ゆりだって女の子なんだから本当はそう思っている筈だよ」

 

 

 いまひとつ納得は出来ませんよ。何せわたしは元男なものですから乙女心を完全に理解しているとは言い難いですのでね。

 

 不満そうなわたしの様子を察したのか、沙綾が腕を預けるように身体を寄せて来ました。

 

 

「ちょっと想像してみて。例えばいつか私に仲良しの男の子が出来て、何かこの二人付き合いそうかもってなったらどう思う?」

 

「そりゃ沙綾が選ぶ人ならきっと素敵な人だろうし……。いやちょっと、ほんのちょっとだけ嫌かもしれない」

 

「それは自分がイチバンじゃなきゃ嫌だって意味だよ」

 

 

 はう、確かにポピパのみんなは言うに及ばず、特に香澄と沙綾には彼氏など認められないかもしれない。

 これって強欲過ぎでしょ。もしかして女の子ってそういうものなのですか、それともわたしだけが人間失格なのですか?

 

 

「そんな事も気付かない誰かさんは、嫁と言っている女の子の前でも普段から香澄、香澄、と連呼しているばかり。嫁は香澄の寂しいっていう気持ちがとっても共感出来るなぁ」

 

「沙綾は大切な(推し)だよ、嫁です、嫁だもん……」

 

 

 これは反論のしようもありません。みんなを大切に思っている自負はあるのですが、どうやらわたしは気持ちを伝える事がきっと下手くそなのでしょうね。

 

 

「本当に嫁が大切なら証が欲しいかな、私が特別だって安心させて欲しい」

 

 

 わたしから身体を離した沙綾は背筋を伸ばして自分の頬をトントンと指差し始めました。

 なる程です下手くそなりに態度で示せという事ですか。しかしですねスキンシップは大事とはいえ此処は外国ではないのでして、自分からほっぺにキスをするのは女の子然としていて恥ずかし過ぎるのですよね。

 とはいえ沙綾だって女の子にキスをされても別に嬉しくはないでしょうし、あくまでもわたしとの繋がりの証として求めているのでしたらそれに応えなければ元男も廃るっていうものですよ。

 

 沙綾に向かって横向きで正座になり、肩に手を添えながら身体を前に倒して頬に唇を発射しました。頬から離れ際にチュッと音を立ててあげるサービス付きですよ、さぁ沙綾も恥ずかしがるが宜しいです。

 

 

「ゆり顔が真っ赤だね、そろそろ慣れて欲しいけれどなぁ」

 

 

 ってわたしかい。仕方がないのです色々と女の子らしい仕草とかを繰り広げてしまったので冷静になると恥ずかしいのですよ、なにせ新米純情娘なもので。

 

 体育座りをしながら縮こまっていたわたしの前に移動した沙綾は、先程までより優しい眼差しで顔を見つめてきました。

 

 

「私も証を刻んで良いかな?」

 

「嫁の願いを無下にはしません。さぁ来るが良いです沙綾」

 

「それと恥ずかしいから瞳を閉じてくれる?」

 

 

 言われた通り軽く瞳を閉じて右の頬を差し出すように横を向いた。

 ふふん、落ち着いたように見えてもやはり沙綾も恥ずかしいのですよね。いくら頬とはいえ緊張しない方が変なのですよ。

 おっと胸の奥に棲まう空想妖精のモヤット君や何ですかそのニヤけた顔は、この心臓が激しく鼓動を打っているのはあくまでも緊張しているからですよ。まったく、笑うではないです許すまじ折檻の刑に処しますよ。

 

 色々と気を紛らわせていると急に左の頬に手が添えられた事に驚いて身体がピクリと跳ねてしまう、これも反射というものです仕方がないのです緊張が限界という訳ではないですからね。

 

 添えられた手が優しく顔の向きを動かしていく。緊張した頭がその意味を理解してくれる前に、わたしはもう一度だけ身体をピクリと震わせてしまった。

 慌てて瞳を開けると目の前には瞳を閉じたままの沙綾の顔。漂ういつもの香りと強烈な身体の温もり、そして味わった事の無い程に柔らかくて不思議な感触が覆い被さるように唇を圧迫していた。

 

 まさかと思った。だけど間違えようもない、わたしは何故か沙綾にキスをされている。

 

 強張っていた身体は唇に与えられる感触によって徐々にその力を失っていき、まったく身体を動かす事が出来ないまま思考は混乱しきっていた。いったいどうして沙綾が急にこんな大胆な事をって。

 

 永遠とも思える時間が流れ続け、閉じたままだった瞳を開けた沙綾がゆっくりと唇から離れていった。その顔はわたしから見ても明らかな紅みを帯びていて、見つめてくる瞳は少し潤んでいるようにも感じた。

 

 

「やっぱり私はゆりのイチバンになりたい」

 

「さ、さ、さ、さ、沙綾、チュ、チューじゃないですかこれ」

 

「言い方が可愛い」

 

 

 一瞬だけ微笑んだ沙綾が力が抜けたように尻餅をつくような姿勢で項垂れてしまった。

 

 

「どうして私こんな。ごめんね女の子にキスをされても気持ち悪いよね。ごめん、止められなかったの、本当にごめん」

 

 

 肩を震わせながら謝り続ける沙綾を見ながら、わたしは自分自身の情けなさを痛感していました。

 きっと沙綾だってノンケゆえに女の子とキスなどしたかった訳ではないでしょうに、わたしが大切に思っているというのを伝えきれていないせいで嫁をここまで焦らせて追い込ませてしまったのですよね。沙綾が落ち込む必要なんて無いです、謝るならわたしの方がですよ。

 

 沙綾の隣に座り直し肩を触れ合わせるように寄り添います。

 

 

「ゆり、お願いだから嫌いにならないで」

 

「わたしは沙綾の嫁ですよ。ちゃんと刻まれましたね、お互いに大切な人だって」

 

 

 顔をわたしの方へ向けた沙綾に飛び掛かる勢いで抱きつかれ、押し倒されるように床の上に転がりそのままわたし達は強く抱き合った。

 

 

「ゆりは私の嫁だよ、誰にも、誰にも譲らないから」

 

「そんな心配をしなくても彼氏などに興味はありませんよ、何せわたしはポピパに夢中ですのでね。沙綾こそ今はポピパに専念して欲しいな、彼氏を作ったらちょっと許すまじな気分になりそう」

 

「作らないよ、今は私……夢中だもの」

 

「ならば良しです」

 

 

 身体を入れ替えて四つん這いの姿勢をとると、沙綾も右手を伸ばして頬を包むように添えてくれました。

 見下ろす沙綾の優しい笑顔は以前よりも何倍も輝いて見えるのが何故だかとても不思議に感じますね。

 

 

「不思議。キスをする前よりもゆりが可愛く見える」

 

「わたしも同じ事を思ったよ、沙綾可愛いなって」

 

「ねえゆり、私達さ……」

 

「私達が何?」

 

「ううん、何でもない。ずっと仲良しでいようね私達」

 

 

 この瞬間に見せてくれている表情はきっとわたししか知らない笑顔なのでしょうね。とても甘くて、自然と引き寄せられるような魅力が溢れ出している沙綾を見ていると、わたしを(推し)にしてくれた事に堪らない幸せを感じてしまいますよ。

 

 幸せを噛み締めていたら、急に胸の奥がキュッと叫ぶように苦しくなった。

 痛みは直ぐに治ったけれど、しこりのような違和感が胸の奥に留まり続けて何だか変な気分です。もしかしてモヤット君が何か悪さでもしているのでしょうかね。

 

 

「ゆりのファーストキスを貰っちゃったね」

 

 

 沙綾の声で現実に戻る事が出来ましたが、えっと、何ですと?

 

 

「沙綾、同性はノーカンと」

 

「私のファーストはゆりで良いかなって思ったら、ゆりのも欲しくなったの」

 

「別にそれでも良いけれど沙綾、ちょっと雰囲気が変わったみたいだよ」

 

「だって私は、絶対にゆりの嫁になるって決めたからね」

 

 

 ウィンクをした沙綾の可愛さは言葉に出来ない程です。

 わたしと香澄は切れない絆で結ばれていますが、沙綾とわたしも決して離れる事の出来ない絆で結ばれたのだと心からそう思えたのでした。

 

 それにしてもまた胸の奥が疼きますね、いったい何なのでしょうかこれは。

 

 

「何か壁を超えちゃったね、これはゆりからもキスしちゃう?」

 

 

 沙綾さんや少し落ち着きましょうか。もっと自分というものを大切にした方が良いと嫁は思うのですよ。

 

 

 

 

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