せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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58.前へススメ!

 

 

 

 たとえ どんなに夢が遠くたって

 

 あきらめないとキミは言った

 

 輝く朝日に誓ってる「前へススメ!」

 

 キミらしく駆けぬけて!

 

 

 全員の歌唱から始まるこの曲はpoppin'partyの決意を記した叫びのような歌だ。

 明るい詞を書く事が多い香澄にしては珍しく、勇気が出なくて立ち止まっても例え何度だって躓いて転んでも構わない、もう自分達は一人じゃないのだから何度だって立ち上がれる筈だという力強い願いを込めたようにさえ思えた。

 

 身体中が振動で震えてくる。ポップな曲調のイメージは崩れていないのに、まるで音の粒がマシンガンの弾丸のように強烈な勢いで身体に打ち付けてきて思わず後退りしそうになる。

 音符に意思が宿って心の奥底にまでメンバー達の想いが伝わり染み込んでくるような不思議な感覚に包まれる。これがバンド、これがライブというものなのですね。

 

 もう何と言うか本当に格好良くて素敵な人達ですよ、まったく……。

 

 

 そうだ どんなに雨が強くたって

 

 どんなに風が強くたって

 

 何度も何度もつぶやいた「前へススメ!」

 

 昨日の雨に打たれたって 限界の風が吹いたって

 

 果てしなくても 遠くても!

 

 

 眩い光に照らされた五人の天使達が真剣な表情のままに歌い、華やかな祝祭の舞台で舞うように演奏をしている。

 みんなからはどんな景色が見えているのだろう。只の薄暗い客席だろうか、それとも青春という名の形の無い夢物語の始まりなのでしょうか。

 輝くようなみんなの姿が羨ましくも感じるとはいえ、やはりわたしはこのステージに立つ事を考えられませんよ。

 だってこんなに素敵なバンドを間近で見られるなんて間違いなく最高の贅沢ですし……あと百合百合とした光景は眺めてこそ価値があるというものですのでね。

 

 キラキラドキドキを求める女の子が星のギターとツンデレな女の子と出会い、様々な巡り合わせの螺旋を描きながら紡がれていった物語の始まりの歌が『STAR BEAT!』とするならばこの曲はきっと試練からの再生の歌。だからみんなで一緒に走ろう、見えなかっただけで明日への扉はきっと開きっ放しに違いないのですから。

 

 

 見渡す限りに揺れる輝きが 待っている場所へ

 

 向かいながら 向かいながら……。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 世界から音が消え去ったように無音の時が流れた。

 ステージの上では演奏を終えたメンバー達が肩で荒く呼吸をしているというのに、まるで空気の流れさえも固まってしまったように音は何も伝えてはくれなかった。

 もしかしていま世界で鳴っているのは自分の心臓の音だけなのかもしれない、そう思える程に激しく脈を打つ鼓動だけが時間の流れを教えてくれているような気がした。

 

 表情ひとつ変えずにライブを見守っていたオーナーは、ゆっくりと椅子から立ち上がり片手で杖を付きながら客席の最前列の方へと歩み寄って行く。その背中を追いながらメンバー達の表情を確認すると誰もが真剣な表情を崩さず、まるで命を懸けた戦いの最中のように緊張感は持続されたままだった。

 

 

「ライブというものは自由だ、演奏者がやりたいようにやれば良い」

 

 

 オーナーに寄り添うように並んだのを待っていたかのように口を開かれましたがえっと、急に厨二病っぽい発言とかいったい何がどうしたというのですかね?

 

 

「だがそれには伝えたい想いがなくちゃならない。音でも良い、メッセージでも良い、観客に伝える何かが無いのならそれは只の発表会だ。そしてライブなら最後までやりきる覚悟がなければならない。実力が足りなくて盛り上がらなかろうが自分達の想いが伝わらなかろうが、適当な演奏は客とライブに対して失礼だからね」

 

 

 自分の唾を飲み込む音が大きく聞こえてしまう程に緊張する。

 それにしてもオーナーの表情が厳しいままで怖いです。これでもまだ、まだみんなの想いは足りていないと仰るのですか。

 

 そんなわたしの思いを打ち消すように、オーナーは自身が持つ杖の先端を強く床へ打ち付けた。

 

 

「聞かせてもらうよ……あんた達このライブ、全力でやりきったのかい?」

 

 

 オーナーの声が響いた後、有咲も沙綾もおたえもりみりんもそれぞれ覚悟を秘めたような落ち着いた声色でやりきりましたと応えた。

 

 

「美月、あんたもメンバーだろう答えな」

 

「えぇ、見事にやりきってくれましたよ」

 

「そうかい。それであんたはどうなんだ、やりきったのかい!」

 

 

 厳しく問い掛けたオーナーの視線の先には未だに黙ったまま両手の拳を握り締めてオーナーを見つめ返している香澄、視線が交差する二人の姿は今まさに野辺での決闘を始めようとしている野武士のような張り詰めた緊張感が漂よっているようにも思えた。

 

 

「やりきりました」

 

 

 あくまでも落ち着いた、それでいて強固な意思を感じさせる声色と揺るがない視線。

 そうなのです。香澄の澄んでいて何処までも真っ直ぐな瞳の魅力に惹かれて、わたし達は彼女の元に集ったのですよね。

 バンドリの名のもとに夢を撃ち抜く女の子、それがわたし達のリーダー戸山香澄なのですよ。

 

 オーナーはポピパの五人を見渡すように視線を巡らせた後に正面を見据えて口を開いた、って口元が少し緩んでいたような……。

 

 

「合格……、良いライブだった」

 

 

 わたしの中で時間が止まったような感覚に包まれてしまった。合格という言葉を待ちに待った筈だった、みんなの努力が報われてほしいと心から願っていた筈なのに、いざ耳にすると現実感を失って呆けたように口を開けて間抜けな姿を晒してしまいました。

 

 

「香澄、やった!」

 

 

 有咲が叫びながら真っ先に香澄に抱き着き、他のメンバー達も次々に香澄と泣き叫びながら抱き着いていった。最初は茫然といった表情をしていた香澄の瞳からもやがて大粒の涙が流れ始め、ポピパの五人は人目も憚らずに大声で泣きながら喜びを分かち合い始めた。

 おやおやこれは中々に尊さ満載な光景ではございませんか、これはわたしの尊いバッテリーが充電完了を通り越して過充電で爆発しそうですぞ。

 

 横を見ればオーナーもまるで孫達を見守るような優しい眼差しをポピパの五人に向けています。なんですか、今までラスボス風で怖かったのに意外と良い人に思えてしまいそうになるではありませんか。

 

 

「ゆりっ!」

 

 

 わたしを呼ぶ声に釣られて前を向くと泣き笑いの表情で此方に腕を伸ばしている五人の天使達の姿。やれやれ照れますよ、皆さんもう少し落ち着いた方が宜しくないですかね。

 

 オーナーに軽く背中を押され、ステージと客席を隔てる鉄柵を鉄棒の要領で乗り越えて五人の前に立った。やれやれみんなボロ泣きではないですか、せっかくの美人が台無しですよまったく……。

 

 

「ゔえぇぇん、びんだぁ、よがっだよぉ」

 

「泣き過ぎで何を言ってんのかわかんねえぞ優璃!」

 

「だっでぇ、だっでぇぇ」

 

 

 ツッコミをいれながらも有咲は真っ先にわたしの手を掴み、それから五人で引っ張り上げるようにしてわたしも舞台の上に立った。

 沙綾が優しく抱き寄せてくれ、おたえはくしゃくしゃと頭を撫でてくれ、りみりんはわたしの両手を取ってぴょんぴょんと小刻みに飛び跳ねてくれた。

 

 みんなで情け無い程に泣いた、そして際限がない程に笑った。

 そんな夢のような時間の中で、一際明るいスポットライトに照らされながら「やった、やったよ!」と大きく叫んだ香澄の両耳には、思い出の星型イヤリングが一等星のような輝きを放ちながら誇らしげに揺れていたのでした。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 無事にオーディションを終えたわたし達がひと息つく為にCiRCLEのロビーへと出てみると、そこにはりみりんのお姉さんが所属しているグリグリの皆さんに香澄とわたしの妹であるあっちゃん、そしてアフターグロウの蘭ちゃんの姿がありました。

 

 

「良かったね、お姉ちゃん達」

 

「えへへ、あっちゃんブイ!」

 

 

 満面の笑みでピースサインを作った香澄の姿を見てあっちゃんは困ったような、でもとても嬉しそうにも見える微笑みを返しました。なんですかね、わたしにはこの尊い姉妹を永遠に微笑ましく眺めていられる確信がありますよ。

 

 

「優璃そのシャツダサい。でもその、おめでとう」

 

「それは言わないで頂けますかね。あれっ、それよりもアフターグロウのみんなは?」

 

「今日は練習じゃないからあたしだけ。本当に偶然、偶々に通りかかって寄っただけだから」

 

「そうなのですね、わたしはオマケみたいなものですが見てくれたのは嬉しいですよ」

 

 

 偶然に立ち寄ったとはいえ蘭に祝福されるのはやはり嬉しいものです。どうですか、これが我が幼馴染みが率いる素敵なバンドですよ。After glowも格好良くて素敵ですけれど、poppin'partyだって負けずにこれから躍進していく事をお約束しちゃいますからね。

 などとせっかくのドヤ顔を披露しているというのに頬を紅くしながら視線も合わせてくれないとか蘭も相変わらず人見知りが激しいようですね、そろそろ慣れてくれても良いのではないかと友達である優璃ちゃんは少しばかり悲しく思うのですよ。

 

 

「あれっ蘭も来ていたんだ。ところで二人は知り合いなの?」

 

「沙綾も優璃のバンドだったんだね。優璃とはその……友達、少しだけ仲の良い、かな」

 

「沙綾も蘭を知っているのですか?」

 

「うん、アフターグロウには商店街の娘も居るから昔から知っているよ。でも蘭がねぇ、そうなんだぁ」

 

「ちょっと止めてよ、沙綾」

 

 

 二人が知り合いとはまさに世間は狭いというものですが、学校が違うとはいえ同い年ですし有り得ない話でもありませんね。ただ蘭は人見知りのせいで幼馴染み達と固まっていたようですし、沙綾は沙綾で弟妹の面倒を見ていたりと忙しかったでしょうからそこまで親しくはなかったという事ですかね。

 

 

「優璃、ちょっと」

 

 

 蘭に勢いよく腕を掴まれて壁際まで連行されましたが、蘭の顔が先程よりも更に紅みを増しているのでもしかして風邪でもひいて熱があるとかではないのかといよいよ心配になってまいりましたよ。

 

 

「また家に来て、こないだは話をするだけで終わったから」

 

「あぁまた遊びにですね。仲良く話が出来て楽しかったよね、蘭の笑顔が可愛いかったなぁ」

 

「恥ずかしいから。それと次はなんなら流れで泊まってくれてもいいし、別に恥ずかしがって遠慮とかしなくても、別にあたしからじゃなくて優璃の方からでも良いからね。だからその、別にその……あたしは大丈夫だから」

 

 

 これはもしかしてわたしの方から遊びに誘っても良いという事ですかね、どうやらですが蘭の人見知りの壁を一枚は飛び越えれたようで友達として何だかとても嬉しいです。

 

 ポピパのみんなが呼んでいる声がするので、蘭に手を振りながら別れを告げてメンバー達の元へと戻る事にしました。それにしても手を振り返してくれた蘭の顔が更に茹でたタコみたいな赤さになっていましたが本当に体調は大丈夫なのでしょうかね。

 

 みんなの元へ戻ってみると、あっちゃんやゆりさんが話を終えて帰ろうとしているところでした。

 

 

「それじゃ私は帰るね。お姉ちゃん達、あらためておめでとうございます」

 

「それにしても香澄とは違ってちゃんとした妹だよな」

 

「フフン、自慢の妹なんだよ」

 

 

 確かにしっかり者のあっちゃんだとは思っていますが香澄さんや、あなた完全に有咲に舐められている事にそろそろ気付いて欲しいのですよ。

 

 

「あっ、それと優璃お姉ちゃん」

 

「うん、何ですかね?」

 

 

 くるりとこちらに笑顔を向けて来たあっちゃん。ショートカットの髪が少し揺れ大きな瞳も見えなくなる程の微笑みがとても可愛いらしい、確かに香澄の言う通りわたし達の自慢の天使に間違いありませんね。

 

 

「後で事情聴取をしますので」

 

 

 えっとですね、先程まで居た我等が天使はいったい何処の世界に旅立ってしまわれたのでしょうか、不思議な事ですが何故か今わたしの目の前には氷の微笑をたたえた阿修羅観音の御姿しか見えないのですよね。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 オーディションの祝勝会は蔵でのパーティー。

 喉を癒す飲み物は香澄と有咲、心が華やぐお菓子は胸が儚い族の同胞おたえとりみりん。そして空腹を満たすパンはわたしと沙綾という担当でそれぞれが調達の任務へと旅立つ事になりました。

 

 お馴染みのやまぶきベーカリーでパンを調達する為に爽やかとは程遠い暑さの中を進軍しているわたしと沙綾は、お祭り後の浮かれ気分を表すように指を絡めて手を繋ぎ身体を寄り添わすように歩幅を合わせて歩いた。

 

 

「みんな素敵だったなぁ、沙綾も格好良かったですよ」

 

「本当に合格で良かったよ、それにゆりの泣き顔も見れて満足」

 

「沙綾だって泣いていたではありませんか」

 

 

 二人で顔を見合わせて笑った。

 普段は不快に感じる蒸し暑い車道を行き交う車の走行音も、何処からか聞こえてくるやたらと元気な蝉の金切り声も、今はポピパを讃えるファンファーレのように聞こえてしまうからとても不思議です。

 

 

「でもいつの間にか蘭と仲良くなっているなんて、本当に私の嫁は油断がならないよ」

 

「蘭達もCiRCLEを使いますから自然とね。でも蘭って最初は怖い人に見えるけれど実際はとっても良い娘だよね」

 

「そう……だね。良い娘だよ蘭達は」

 

 

 天を仰ぎ見ながら呟いた沙綾が手を繋いだまま腕を絡ませるように身体を触れ合わせてきました。わたしと同じで沙綾もオーディションに受かった事で浮かれているのですかね、気持ちが通じ合ったようで更に浮かれてしまいそうになりますよ。

 

 

「でもやっぱりわたしはポピパが特別ですよ。大切な幼馴染みの香澄が居て、有咲が居て、りみりんやおたえ、それに」

 

 

 今度はわたしが絡ませた腕を引き寄せて沙綾にくっついてみた。

 

 

「わたしを嫁と言ってくれた沙綾が居るバンドですからね」

 

 

 珍しく沙綾が頬をほんのりと紅く染めて驚いた表情を見せてくれた。

 空の青色とは対照的な紅色に染まった沙綾の照れた表情はとても可愛いくて、その表情を引き出せた事に我が胸に棲まう空想妖精モヤット君も御満悦の様子でございますよ。

 

 

「私もだよ、まぁ私の方がずっと特別と思っているけれどね」

 

「何ですかその負けず嫌い要素」

 

 

 繋いでいた手を更に強く握り合った。

 どうやらお互いに少しだけ浮かれ過ぎのようです。でも今日だけはポピパの物語に新たな歴史が刻まれたのですから多少は許されますよね、神様……。

 

 

「あっ、いま無性にキスがしたくなったかも」

 

「沙綾さんや、いくら何でもそれは浮かれ過ぎだと思うのですよ」

 

 

 

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