せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
人間はどのような道を選ぼうとも必ず後悔をする生き物である。
失敗をすれば後悔し、例え成功しようとも更により良き成功があったのではないかと後悔をする。
後悔を積み重ねるのが人生、だが積み重ねた分だけ人は成長する事が出来るのもまた事実なのです。
「……ふとこんな言葉を思い出したのですが、結局どういう意味なのですかね」
「とりあえず当たって砕けろ的なやつじゃない?」
「それってあれですか、憧れの先輩に告白したというのに誰だっけ状態で微妙な空気のまま終わってしまう初恋の淡い傷というやつですよね」
「間違ってはいないけれど例えが悪いよ」
まだまだ客の入りも少ないライブハウスCiRCREのカウンターにて、わたしとまりなさんはこんな他愛もない話をしております。
夜の時間帯が本番のライブハウスとはいえ、ライブの予定が無い平日の夕方ともなれば外の蒸し暑い気温とは正反対の涼やかな空気も流れる癒しの空間となってしまうのです、まぁ簡潔に言ってしまえば暇なのですよ。
「ところでまりなさん、そろそろわたしはスタッフとして卒業の時期だと思うのですよ。CiRCREとしてもこんな音楽素人を置き続けてもメリットなど無いですし、プライベートも充実してきたところですし」
「優璃ちゃん、仕事っていうのは知識や経験だけが大事って訳じゃないんだよ。うちみたいな競合の多いライブハウスとしては、年上のお姉様方から人気のある可愛い優璃ちゃんは大事な客寄せとしての価値が有るんだよ」
「ムキー! だからといってこの恥ずかしさ満点のうさ耳バンドを着けさせて良い理由にはなりませぬよ。バニーガールにさせないだけ良心的とはいえ年頃の女子高生にはあまりにも酷い仕打ちですぞ!」
店長であるまりなさんは困った事にお客の少ない日は猫耳カチューシャやらうさ耳バンドやら色々な物を持ち寄ってはわたしで遊ぶ悪い癖があるのです。先日浮かれながら持って来たカエルの被り物は流石に断りましたけれど、よくよく考えてみれば基本的に何でも受け入れてしまう自分も大概のお人好しだとは思うのですがね。
「バニーガールはちょっとないかな。優璃ちゃんはその、ボリュームがねぇ……」
「おやおやまりな許すまじ。それは禁句ですよ禁忌の扉を開く魔性の言霊でございますよ」
「おーい年上だよ上司だよ、呼び捨てはやめなさーい」
「知った事ではないですな。なんですかちょっと美人で優しくて気配りが出来て頼り甲斐があるくらいで、胸部装甲の大きさ自体はわたしと大差がないくせにぃ」
「もしかしてだけど褒められているよね、優璃ちゃんありがとう」
「にゃ、にゃんですと!」
「あの、ちょっといいかな?」
追加の罵倒を打ち込もうとしたタイミングで間の悪いことにお客様がカウンターにお越しになられたようですので、ここは店員として冷静に気持ちを切り替えて満面の営業スマイルで返事をしてみると、只今人気急上昇中の高校生バンドである
「おっと予約のロゼリアさんですね、既にスタジオはバッチリ準備してありますよぉ」
「アハハ、切り替えが早いね」
ロゼリアの今井リサさんはギャル風の見た目にもかかわらず物腰は柔らかで落ち着いた優しい雰囲気が溢れる人なのですが問題はその後方、クール系の美女と名高いボーカルの湊 友希那さんが先程から此方に睨みつけるような視線を送っているのがとても恐ろしいです。
「
「はひっ!」
湊さんが今井さんを押し退ける勢いでカウンターににじり寄ってきましたが、これは不機嫌ですね怒っていますよね。美人ですが妙に目力が強くて落ち着き払った声も迫力があり怖さ倍増ですよ、やばいです先に謝った方が良いかもしれないです。
「ちょっとお願いがあるのだけれど」
「ご、ごめんなしゃい」
「まだ何も言ってはいないわ」
湊さんは一瞬だけ不思議そうに小首を傾げてからあらためて意志の強そうな視線を向けてきました。
「今日は違うみたいだけれど、出来ればにゃーんちゃんの日は先に教えておいて欲しいわ」
「ニャーンちゃん?」
「にゃーんちゃんよ」
湊さんと二人で視線を合わせながら同時に小首を傾げたあたりで、苦笑いの今井さんがわたし達の間に割って入ってきました。
「ゴメンね友希那は猫が好きでさ、悪いけれど猫のコスプレの時はこっそりと教えて貰えるかな?」
「リサ、にゃーんちゃんよ」
「はいはい友希那、もうすぐみんなも来るから先にスタジオに入っていようね」
若干の不満気な表情を浮かべた湊さんの背中をリサさんが押しながら二人はスタジオに向かって歩いて行かれました。
歩いて行く雰囲気も仲睦まじくて此方も微笑ましさに釣られて自然と笑顔になってしまいますね。聞いたところではお二人は幼馴染みとか、わたしと香澄もあのように周りを笑顔にするような仲の良い幼馴染みでありたいものです。
「よし、リクエストに応えて次は猫耳だね優璃ちゃん」
「まりな許すまじです」
「笑顔から急に真顔になるのは反則だよ、お姉さん悲しくて泣いちゃうよ」
慌ててフォローを入れてきたようですが時既に遅しですよ、我が心の許すまじリストにその名を刻んだ栄誉に身を震わせて喜ぶが宜しいです。
「私もお揃いで猫耳を着けるから怒らないでよぉ」
「あっ、それはちょっと年齢的にコスプレ感が強くてあれなので止めた方が」
「優璃ちゃん許すまじだよ」
ちょっと待ってください何故かまりなさんが怒っているのですがいつの間に立場が逆転してしまったのですか、これが年の功ですか年季の入った技というやつなのですか。
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バイトからの帰り道に立ち寄った人通りも少なくなってきた夕闇の商店街。シャッターを降ろしたお店が夜の訪れを告げる寂しい影を作り、未だ開いているお店から溢れる照明の淡い光は、まるで焚き火のようにゆらゆらとその明るさと彩りを変化させているようにも見えた。
「いらっしゃいませって、珍しいねこんな時間に」
そんな商店街で人気を誇るやまぶきベーカリーの店内を通りから覗いてみると、閉店の為に店内の片付けを始めていた制服にエプロン姿の沙綾と目が合ってしまいました。
「ちょっとバイトの帰りに寄ろうかなと思いましてね」
「そうなんだ、てっきり私に会いたくなったのかと思ったのにな」
「いつも蔵練で会っている筈ですぞ」
軽く微笑んだ沙綾は片付けの手を止めてレジカウンターの前に小さめの椅子を置いてわたしを座らせ、自らもカウンターの内側の椅子に腰を降ろした。
「それで、何かあったのかな?」
「別に何もないのですがねって通用しないよね。あのね沙綾、わたしって本当にポピパのメンバーで良いのでしょうか。楽器で演奏も出来ないからきっといつかみんなのお荷物に」
「はい、そこまで」
続きを言おうとしたところで、沙綾に唇を人差し指で塞がれてしまった。
「少し前の私みたいな事を言ってるよ、どうしてそう思うの?」
「ちょっと怖くなったんだ。香澄は幼馴染みだから大丈夫だと思うけれど、いつかみんなは遠くに行っちゃうような気がしてしまうのですよ」
沙綾は唇から離した指で今度は頬を摘んできましたが、わりと強めのせいで声が出そうな程に痛いです。
「ちょっと怒った」
「にゃ、にゃんでぇ」
頬から手を離した沙綾はやれやれといった表情で息を吐き両手で頬杖をついた。
「私も、もちろんみんなも六人で一緒に居るっていう気持ちは変わらないよ。もしかしてゆりは違うの?」
「一緒に居たいよ、誰よりも近くで見ていたいし尊い雰囲気をずっと味わっていたいですよ」
「尊いってちょっと意味が分からないけれどそれで充分だよ。この先に失敗して後悔する事があってもみんなで一緒に進もうって私に言ってくれたのはゆりなんだからね、だから私はゆりとずっと一緒に居るって決めているし多分みんなもそう思っているよ」
「わたしもそう思っている筈なのですが、何か変ですよねわたし」
右手を伸ばした沙綾に頭を引き寄せられてそのまま唇を重ねられた。一瞬だけで過ぎ去ったその感触は最初の時よりも優しく甘い感じがして、温もりが身体に染み渡るように広がって沈みかけた心を包み込んで溶かしてしまう気がした。
「私はゆりの何だったかな?」
「沙綾はその、わたしの嫁ですよ」
「私はゆりの嫁でゆりは私の嫁。お互いにもう離れないって宣言しているのにそれでも不安になるって、嫁に対する好きが足りていないんじゃないかなぁ」
「そんな事ないですよ、沙綾は大好きで大切な人です」
「もっとだよ、もっともっと一緒に居たいって思ってもらいたいな。たとえとびきり好きになってくれても……」
沙綾が鼻頭を軽く弾いてきた。照れたように頬を淡く染めて。
「きっと私の方が何倍もゆりの事が好きだから」
はにかんだように瞳を細めた沙綾が、何故だか今までで一番綺麗だなって思えた。
しかしそれにしても先程は沙綾も躊躇なくキスしてきましたね。何故だか蘭も最近は別れ際に身体を強張らせながらも頬にキスをしてきますし、女の子の同性に対するスキンシップというか距離感が今ひとつ掴みきれませんね、男の頃はキスとかは特別なものという感覚だったのですが。
それに香澄は抱きつきはするものの別にキスとかはしてきませんしと女心は実に難解で習得までの道のりはまだまだ遠そうですが、とはいえ沙綾も蘭も友情の証としてしてくれているのはしっかりと伝わっていますのでどうかご安心をですよ。
解っているのに不安になる。随分と男らしくない弱気な感情を抱くようになってしまったものですよ、やはり女性化が進んだ証左とも強く感じてしまいますね。
まぁだからといって男の人に興味を抱くとは未来永劫に渡ってあり得ませんがね。わたしは恋愛ごとより青春がしたいのですよ、可愛いみんなが輝き続ける青春と尊いの
「沙綾の優しさには敵いませんね、だから甘えてしまうのですよ」
「私は嬉しいよ、他の誰でもなく私を頼ってくれるのは」
「何度後悔しても前に進む、それがわたし達ポピパの歩む道なのですよね」
沙綾と顔を見合わせて笑いあった。
そうですよね。何もしなかった後悔よりは何度も後悔したって立ち上がり刻んでいく道のりは、きっと後から振り返れば淡い青春の思い出として大切な存在となる筈です。
そう何度後悔したって、今度こそ香澄を守り通してみせるのですよ。
「ちょっとゆり、どうしたの?」
沙綾の声がやけに遠くに聞こえる。
香澄……? 後悔……? 何をわたしは……?
目の前を不思議な映像が彩る。
隣を歩くブレザーの制服を着た星髪を結っていない香澄。一緒に横断歩道を渡る最中にまるで信号機を忘れたように直進して来る乗用車。
危ないと思った、せめて香澄だけでもと思った。
横に振り向くと同時に、まるで香澄が俺を守るみたいに飛びついて来た事に驚いた。
〝俺が守るから、だからこれからも〟
一人で歩く横断歩道へ向かって来る乗用車。この春に大好きな香澄ちゃんと一緒に花咲川女子学園へ通える筈だったのに。
〝香澄ちゃん、今までもこれからも〟
あぁ、そういう事だったのですね……。
〝ずっと一緒に居よう