せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
ゆらゆらと漂う意識は夜の波打ち際に集まる海螢のように集散を繰り返し、様々な形を彩っては頼りなさげに揺らいでいた。
あの映像がわたしの本当の記憶だと確信に近い感覚はあるけれど、もしそうだとするならばこちらの世界に転生をした当時に持っていた記憶、ゲームのシナリオだと思っていた記憶、それらは間違った仮初めの記憶だったとでもいうのでしょうか。
それにしてはポピパのメンバー達を初めから知っていたのも間違いはないですし、いったい何が真実で何が本当なのかなんて今のわたしには判別がつけられない。それでもただひとつだけ確かな事だと思えたものは、きっとわたしは本来の優璃に引き寄せられたんだ。
優璃の願いが夢が、叶わなかった約束達が引き寄せあってわたしはこの世界に来てしまったに違いない。
たとえ今の身体を動かしているのはわたしだとしても、そんな強い思いを持った優璃が消えて無くなったなんてもう考えられない。今もきっと何処かで、いえわたしの中で生き続けているのです。
だから今度こそ撃ち抜いていこう。
あの時に守り続ける事が出来なかったわたしの約束も、香澄の親友であり続けたいという優璃の願いも、終わらせない夢の続きを。
バンドリの名のもとに、この薄い胸に誓って必ずねって……おやおや?
「だぁれが貧乳ですか、これは儚き美乳なのですよ!」
少々大きめな呟きと同時に瞳を開けると、驚きで目を丸くした沙綾がこちらを見つめていました。
「別に小さくはないんじゃないかな、それに形も綺麗だし肌触りも良いよ」
「いやいや沙綾、真面目に慰められると本気で恥ずかしいから」
頭を動かして周囲を確認してみると、どうやら気を失ってしまったわたしは沙綾の部屋のベッドに寝かされていたようです。
ゆっくりと身体を起こそうとしたら、横で添い寝をしながら頭を撫でてくれていた白色のタンクトップキャミソールに綿製のショートパンツというラフな格好の沙綾に再び寝かしつけられてしまいました。
「ほら無理はしないの、もう今日は泊まっていったら?」
「軽い貧血だから大丈夫ですよ、明日も学校だし帰らないと姉さんも心配しますからね」
これ以上の迷惑はかけられないと再び起き上がろうとしたところで、沙綾が急に覆い被さるように抱きついて胸に頭を押し付けてきました。その可愛らしい仕草にわたしもついつい嬉しくなってきて、頭に優しく手を添えて暫く撫で続けてあげる事にしました。
「沙綾のおかげで元気が出ましたよ、心配かけちゃったね」
「もしかしてバレているよね、帰したくないなぁって思っているの」
「心配性ですな、それとも甘えたくなった?」
「ゆりが意地悪だ」
普段の沙綾はクラスやポピパなどみんなの前では下町の娘みたいなハキハキとした喋り口調と態度を見せているけれど、二人きりの時は驚く程に甘え上手で乙女のような仕草も見せてくれる。
わたしにとってはどちらの沙綾も魅力的で最高に可愛くて、この隠された魅力が野獣の如き男子達に知られてしまうのを少しだけ怖いとさえ思っているのですよ。
「沙綾、ポピパを頑張ろうね。男の子に目移りとかしたら嫌ですよ」
「もうそんなに心配だったら私を……なんでもない」
沙綾が身体を退けるように動いてくれたので、わたしも帰る為に身体を横に流してベッドから降りる事にしました。
ベッドの傍で立ったまま髪を手櫛で整えてから端の方で座っていた沙綾の方へ向き直ると、沙綾は俯いたままわたしの左腕を名残惜しそうにゆっくりと掴んできました。
わたしの体調をそこまで気にかけてくれているのでしょうか。やはりというか私の嫁はどこまでも優しい女の子でございますよ。
「沙綾はやっぱり優しいですね」
「優しくないよ、嫌われたくないだけ」
「他人に優しく出来るって強さだと思うのです。よく優しさは弱さだの甘さだのと言われますが、本当に弱ければ他人を気にかける余裕などありませんよ」
「そっか、ゆりにはそう見えているんだ」
伏せていた顔を上げてわたしに向けられた普段よりも弱々しい目線に、何故だか身体中を絡め取られてしまう感覚が走った。
暫くの間、わたし達は無言でお互いの瞳を見つめ合った。
無意識に握られていない方の手で優しい感触の頬に触れ、そのまま流すように綺麗な首筋を撫でてから耳たぶの感触を確かめるように弄び、くすぐったそうに首をすくめた沙綾の頬を再び包み込んだ。優しくて可愛いわたしの嫁、もう沙綾が側に居ないなんて考えられませんよ。
もしわたしが女の子ではなく男の子のままだったならば、わたし達の関係はいったいどう呼ばれていたのでしょうね。
「駄目だな私、ゆりにもっと頼って甘えて欲しいみたい」
「誰よりも甘えていますよ、自分でも情けなく思う程に」
再び無言で見つめ合う時間が流れる。それだけで心が暖かくなるような、気持ちが通じ合ってしまうような不思議な感覚がする。
黙ったまま腰をゆっくりと曲げて顔を寄せていくと、沙綾もその動きに合わせるように少しだけ顎を上げた。二人だけの、お互いが大切な親友だと伝え合う儀式を行う為に……。
張り裂けそうな程の鼓動に息も出来ないくらいの緊張を添えて、わたしからのハジメテの贈り物です。
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夜の街をひとつの影が足早に駆け抜けていく。
街の闇に溶け込むような漆黒の長髪を靡かせしその姿は、魔女の使い魔たる気高い黒猫の如き美しさと妖しさをその身に帯びていた。
人々は気付くまい。黒猫の目的に、その妖しき瞳の奥底に眠る野望という名の大願に。
「などと厨二病みたいな事を考えている場合ではないのですよ、急いで帰らねばなのですよ!」
自分に愚痴を吐きながらも帰途を急ぐ。
思っていたよりも沙綾の部屋に長居をしてしまい、思わず瑠璃姉さんの恐ろしくも静かな怒りの表情が脳裏に浮かんできちゃいましたよ、まったく。
早足をしながら先程の部屋での出来事を思い出して自然と顔が熱くなっていく。
ーー今みたいに、ゆりの瞳に私だけが映っていたらいいのにな。
紅色の増した頬と輝くように潤んだ瞳で見せてくれた微笑みの美しさは見惚れてしまう程でしたね。流石はわたしの嫁です、優しさと可愛さとスパイス的な独占力を兼ね備えた無敵の美少女様でございますよ。
ーー私達、もう離れられないね。
早足だった脚が急に勢いを失い、力が抜けたように足が止まってしまった。
「勿論ですよ、これからも……わたし達は仲良しさんですからね」
頭の中ではこれからもずっと一緒ですと言うつもりだったのに、それを口に出そうとしたらまるであの瞬間だけ声を失ったかのように言葉が詰まってしまった。
どうしてだろう、たった一瞬だけの出来事なのに心の中で留まり続ける重しのような息苦しさを感じさせてしまう。沙綾はわたしの大切な嫁、ずっと一緒に居たいという気持ちに偽りはないというのに。
ふと闇夜を見上げ、寂しそうに光っていた薄月に向かって軽くため息を吐いた。
とはいえ気に留めていても仕方がありませんし、一回だけのつもりのハジメテを結局は三回も求められましたし沙綾も終始嬉しそうでしたしで、いちいち些細な事を気にしていたら恥ずかしさで都度悶絶してしまいますよ。
気を取り直して前を向き、止めていた足を再び動かし始める。
沙綾が何度も強く握ってくれた手の痛みさえも愛らしく思えた事は、きっとこれから先も忘れる事はないのでしょうね。これから先もポピパが沙綾の安寧の場所となれるようにわたしも末永く頑張る所存でございますよ。
ーーゆりは誰にも渡さないからね、誰にも。
沙綾の呟きを思い出して少しだけ笑ってしまった。
本当に何というかうちの嫁は心配性で可愛いです。あれだけ男の人に興味は無いと、恋愛をするよりも今はポピパを支える方が大事と言っているのにこれですからね。
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慌ただしく帰宅をしてみると、予想通りのお説教付き晩御飯とお説教付きお風呂の瑠璃姉さん黄金コンボを味合わされ意気消沈のまま自室の扉を力無く開けると、まるで戻ってくるタイミングを見計らったように我が幼馴染みが窓際の床にちょこんと座っておりました。
「えっと、もしかしてわたしって監視でもされているのですかね?」
「違うよ、あっちゃんがゆりの部屋が明るくなったって教えてくれたの」
「いやそれを監視と呼ぶのですが?」
部屋のカーテンが開いていたのでどうやら夜空を眺めているらしいと思い、部屋の照明を薄暗くしてから香澄の横に同じようにちょこんと座った。
「明日は誕生日会ですよ、準備は大丈夫なの?」
「うん、お母さんが大きいケーキを買ってくるって言っていたよ」
それだけの問答をしてから二人で一緒に夜空を眺めた。
いま安らかな表情で隣に座っているのは優璃が大切にしていた幼馴染みの香澄。わたしが元々居た世界の香澄は状況からいってどうなったかは解らない、いえきっと多分……。
「はい、これ」
香澄が急に手渡しをしてきた文字がびっしりと書いてある紙を見やると、部屋が薄暗く判別が難しい中でも『Yes! BanG_Dream!』の文字だけが脳に直接飛び込む勢いで目に入ってきた。
「香澄、これってもしかして」
「えへへ、やっと出来ました」
頑張り屋で明るい香澄は本当に素敵です。優璃が大事にしていたこの香澄を、せめてもの罪滅ぼしとしてわたしも大切にしていこうと思う。
悪い虫がつかないように、香澄の純潔はわたしが必ず保守してみせますからね。
「メロディの全体像も出来てきたみたいだし。あのそれでね、ゆりに歌の練習を付き合って欲しいなって」
「わたし、歌は少々苦手なのですがね」
「練習すれば大丈夫だよ、昔はよく一緒に歌っていたから」
いくら女の子の発声に慣れてきたとはいえ他人に聴かせられる程の技量はとてもじゃないですが持ち合わせてはいないと思うのですよね。
唸りながら思い悩んでいると香澄が黙ったまま手を握ってきたので慌てて顔を向けると、鼻息荒くキラキラと期待に満ちた瞳を見せつけられてしまいました。
「他の人に見られるのは恥ずかしいから、二人での練習なら付き合いますよ」
返事を聞いてえへへ、と喜ぶ香澄ですがあんな表情を見せられて断れる筈がありませんよ。まったく、美少女は罪と少しは自重していただきたいものです。
「じゃあこれからは、毎日二人だけで秘密の特訓だね」
「いや香澄さん、流石に毎日は辛いっす」
「えぇ駄目だよ。わたし達は今もこれからもずっと一緒、でしょ?」
本当に強引だなと思う、でも香澄なら許せてしまうのだから自分でも不思議ですけれどね。
沙綾や蘭と手を繋ぐとドキドキとした嬉しさがあるけれど、香澄と手を繋ぐと何故だか絶対的な安心感が芽生えてしまう。どうやらわたしと優璃にとって香澄はやっぱり特別な存在なのでしょうね。
「ずっと一緒ですよ、今までもこれからもね」
わたしの言葉に満足気な微笑みを見せた香澄と再び夜空を眺めた。
「ねぇゆり、今日はお月さんがとっても綺麗だよ」
「そうですね、何故だか普段よりも輝くように綺麗に思えますよ」
雲が切れた月はその輪郭を夏の湿度で淡く描きながらも、普段よりも明るく輝いた姿で天空の支配者となっていた。
部屋に鳴るのはエアコンの微かな駆動音だけ。そんな静かな部屋の中でお互いの手を握り締めて存在感を確かめ合いながら、わたし達はただ無言で月夜の静寂を味わい続けたのでした。