せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
夏の太陽さんは朝からとっても働き者。どうにか日差しを防ごうと手をかざしてみても、指の隙間から漏れてくる光は白夜を彩るオーロラのように煌びやかな輝きだ。
そんな照明が生み出している色濃い陰影は、まるで今という時を大地に刻むように鮮明な境界線を熱で揺らぐアスファルトの上に映し出していた。
鞄を後ろ手に持ち替えながら振り返ってみれば、街路樹が重なる緑色のカーテンを背景に爽やかな笑顔を見せている香澄の姿。
「暑い、面倒くさい、帰りたい、マジで夏とか要らねえだろ」
その隣でゼンマイ仕掛けの人形のようなぎこちない足取りに、まるで清廉な乙女である事をすっかりと忘れてしまったかのような口振りを見せている金髪ツインテール美少女の有咲。
引きこもり気質だった有咲を香澄が毎朝迎えに行くと言い出してからは三人で登校をする事が日常となったのですが、あの他人行儀な猫被りが常だった人見知り有咲たんが最近ではわたし達の前では素の姿を隠さなくなっています。
それだけポピパには気を許しているという事ですかね、そう思えると何だかこの如何にも面倒くさそうに歩いている姿さえも可愛く思えてしまうのですから不思議なものです。
「もう、せっかくのポピパの夏なんだから楽しまなくちゃだよ」
「香澄の言う通りですぞ有咲たん、夏は婦女子の露出が増えて目の保養にとても良いですし」
「優璃の主張が生々しくて気持ち悪い」
せめて華やかな雰囲気にしようと考えたのに有咲の視線と反応が冷たいです。
ドン引き顔の有咲を優しく宥めている香澄と目線が合うと、彼女は明るい太陽に照らされながら慈愛に満ちた微笑みを向けてくれた。
香澄のとても可愛いというか綺麗な表情ですが、こんなに優しくて純真な女の子がまさかあんな事を言い出すとか思いもしませんでしたよ。
昨夜の自室。当たり前のようなパジャマ姿で部屋の扉を開け放って登場した香澄は、ベッドの上でうつ伏せのままスマホを弄っていた憐れな部屋主の布団を問答無用とばかりに剥ぎ取り、フンフンと鼻を鳴らすような勢いで無防備だった背中にいきなり体重を乗せるように覆い被さってきた。
「えっと、これは流石に悲鳴を上げても許されますかね」
「いつまでもスマホを弄って、明日もありさを迎えに行くんだから早く寝ないとだよ」
「寝させる気があるとは思えませんよっと」
耳元で囁かれるくすぐったさに耐えきれなくなり身体を捻らせて香澄を背中から落とし、あらためて横向き同士で向かい合うような姿勢をとった。
「最近お泊まり多すぎでは?」
「大丈夫、将来はポピパで一緒に住む事になるんだから予行練習みたいなものだよ」
「いつ決まっていたのそれ、まったく知らない案件ですけど?」
横向きのまま布団の上をうねるようにして身体を寄せてきた香澄が胸元に顔を埋めてきた。
眼下に広がるお風呂あがりの柔らかな髪質と鼻腔をくすぐる爽やかで瑞々しい香りに誘われて、ついつい無意識に腕をまわして優しく髪を撫でてしまう。
いつも思うのですが、無邪気な香澄も下町っ子の沙綾もお風呂あがりに纏う雰囲気は思春期の少女というよりも大人の女性のような美しさを感じさせてくれる。もしかして女子高校生ってそういうものなのでしょうか、ならばわたしもまさか……いやいや想像したら気持ち悪さに鳥肌が立ちそうでしたわ。
「明日だよね、CiRCLEでの最終打ち合わせ」
「そうですね。何故かわたしはそのまま働いていけってオーナーに言われていますが」
「意外とオーナーに気に入られているっぽい?」
「そんな風には見えませんね、いつも怒られているし」
普段から抱きついてくる事が多い香澄だけれど、不思議と今は身体を包み込むような吐息と体温を普段よりも熱く感じる。
身体にじわりと滲む汗を嫌って枕元に置いていたエアコンのリモコンを指で手繰り寄せながら室温を下げようかと訊いてみたら、香澄は無言のまま小さく頭を振ってから顔を更に押し付けてきた。
「ギューッとして、ゆり」
えらく甘えてきますねなどと思いながら背中に腕をまわして抱きしめてあげると、暫く大人しくしていた香澄がプルプルと身体を震わせ始めた。
「ぷわぁ! アツイよ!」
「うん、それはそうなるよね」
額に汗を浮かばせながら勢いよく顔を上げた香澄に半ば呆れながら室温を下げてあげると、えへへと可愛い照れ笑いを浮かべながら今度はしっかりと手を握ってきました。
「音楽に、ポピパのみんなに出会えて本当に幸せ。わたしね、高校生になったらゆりとキラキラドキドキな青春を送るんだって決めていたんだ」
「素敵な仲間達ですよね。わたしもみんながバンドで輝いているのを見れて幸せですよ」
「そう、だからゆりはね」
少し動けば唇さえも触れてしまえそうな空間で笑顔を向ける可愛い幼馴染。それはきっと女の子同士故の距離感であって、わたしが男性の幼馴染だったならばこんな風に会話をする事なんてきっと出来なかったのでしょうね。
「絶対に恋人を作ったらダメだよ」
「おやおやせっかくの尊い雰囲気とやらが迷子になりましたぞ香澄さんや」
「だってこれからもゆりと一緒にキラキラドキドキしていたいもん。それに最愛の幼馴染みが居るんだし別に恋人とか要らなくないかな、最愛のわたしが居るんだし、最愛の」
「最愛とか自分で言いますかね」
口角を上げて微笑んだ香澄は、ベッドから起き上がり部屋の照明を落としてから剥ぎ取った布団を掛け直して並ぶように仰向けで寝転がった。
「最愛かはさておき、かけがえのない存在ではありますよ香澄は」
「うん、ずっと一緒だよ……今度こそ」
おやすみと言葉を交わし、手を重ね肩を寄せ合いながら瞳を閉じた。
明日が良い日になるかなんてわたしには知り得ない。けれどポピパのみんなが与えてくれる幸せの鼓動は、不思議と素敵な毎日になる予感をいつも速達でお届けしてくれるのです。
嗚呼どうか神様。ポピパのみんなと、優璃とわたしにとって大切な幼馴染みと、これからもキラキラでドキドキな毎日を過ごせますように……。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
窓ガラスを伝い落ちる水滴は、夏の湿度が作り出す水晶の涙にも見えた。
「うわぁ、結露が酷いねぇ」
「まりな許すまじです」
「黄昏美少女の台詞とは思えないよ、優璃ちゃん」
CiRCLEにて行われた新人バンド達のお披露目を兼ねた合同ライブの打ち合わせを終えてポピパのみんなは先に帰って行ったというのに、この儚き女子高生は無残にもまりな店長という年上管理職妖怪に囚われてしまったとです。
夏のアスファルトを濡らしていた小雨が置き土産として残していった異常な程の湿気は、程良く冷房の効いたライブハウスCiRCLEの大きなガラス壁に磨りガラスのような結露を描き、まるでメンバー達との尊い帰宅光景を奪われた哀れな小娘を嘲笑っているように眺める視界を白色に濁らせていた。
「お疲れさま。今日は臨時バイトありがとうね、当日もスタッフとしてお手伝い宜しく」
ポピパの初ライブは次の日曜日の夕方。
その日付けが決定してからというもの、何故だか日増しに心が騒めいて落ち着かない。それは決して楽しみというものではなく焦りのような、胸の奥のモヤット君がモヤモヤダンスを踊っているようなあまり気持ちの良い感覚ではなかった。
「いやぁ私としては夜の利用客であるお姉様方の相手もしてほしいところだけど、優璃ちゃんは高校生だし難しいよねぇ」
気の迷いならそれでいい。ポピパの初ライブが無事に終わってくれるならば、わたしはそれで……。
「おーい優璃ちゃん無視はツラいなぁ、お姉さんに微笑んでほしいなぁ」
「人が珍しく黄昏ながら格好つけていたというのに邪魔をするとは何事ですか、いくら美人で有能上司とはいえ許すまじですぞ」
悪態を吐きながら振り返ると、まりなさんが意味ありげな目配せをしながら店の外を指差し始めた。
指が指し示す方へ視線を送ってみれば、街路樹の幹に寄り添うように佇む見覚えのある姿。
「優璃ちゃんを待っているんじゃないの?」
「待ち合わせをした覚えはないのですが」
とはいえ気にはなるので、まりなさんに向かってお先に失礼しますと頭を下げてから外の様子を伺う為に足早に店を後にした。
ゆっくりと開いた自動ドアを抜けた瞬間から肌に纏わり付く湿気は呼吸をする事さえも苦しい程で、不快な湿度の海を泳ぐような気分で空気を掻き分けながら目的の人物へと向かった。
「お疲れ様」
「何かあったのですか? 沙綾」
「散歩してて近くに寄ったからさ、ついでにゆりの顔を見ようかなぁって」
沙綾の返答を聞いて思わず吹き出してしまった。
街路樹の陰に隠れるように立っていた姿は明らかに誰かを待っているような雰囲気だった。けれど不思議に思うのは店内で待てばいいのに態々暑い最中に外で待っていた事です、まりなさんもそんな事で怒る人ではないと思うのですが。
「お店に来れば良かったのに」
「さっき迄お店に居たのに私服に着替えて戻って来るなんて変でしょ、何かあったのかと思われちゃうよ」
「外で待っているのも大差がありませんよ」
鞄からタオルを取り出して沙綾の汗を拭いてあげる。熱中症というものは気温よりも湿度の方が危険度が高いのですから、遠慮しがちの沙綾にもこういう無理はして欲しくはないのですよ。
「みんなで居るのも好きだけど、ゆりとの時間も欲しいなって」
「それでも無茶は駄目です。でも嬉しいですよ、わたしも沙綾と仲良くする時間は好きですからね」
「本当に?」
瞳を閉じて汗を拭かれていた沙綾が嬉しそうに頬を緩めた。
わたししか見ていない照れくさそうな微笑みが路面の反射を受けて輝く。何ですかね、わたしの嫁が可愛すぎるのですが全開で叫んでも宜しいですかね。
雨上がりの路面は既に乾き始めていた。
それでもわたし達は、夏の暑さと少しだけ速まった鼓動のせいで掌に滲む汗を避けるように小指同士を繋ぎ合わせて帰る事にしたのです。
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「香澄がねぇ、意外と言えば意外だね」
「そうなのですよ、まさかわたしが普段から言っている事を言い返されるとは」
「ふーん、香澄に彼氏が出来るのが嫌なんだ」
沙綾から浴びせられる冷たい視線。話題のひとつとして昨夜の香澄との出来事を話したのですが、これはちょいとチョイスを誤ってしまったのかもしれないですね。
「彼氏が嫌というよりもポピパを頑張ってほしいというか、わたしはみんながバンドで輝いている姿を見ていたいのですよ」
「香澄は彼氏が出来てもポピパを頑張りそうだけどなぁ。でもうん、香澄に彼氏はいいとしてもゆりに彼氏は駄目だね、ポピパを忘れそう」
「失礼ですね、男の人には興味が無いと何度も言っていますよ。沙綾こそ彼氏は」
最後まで言いかけて言葉を詰まらせた。
彼氏を作るななんて香澄のような幼馴染みという立場だから言える事で、いくら嫁とはいえ沙綾に言い放つのは些か図々しい気がしてしまったのです。
「私は彼氏を作らないよ、ゆりと一緒にポピパで頑張りたいからね」
「いや沙綾にそんな……」
「お互いに彼氏は作らないって事で。だから……」
沙綾が右手の人差し指をわたしの唇に押し当ててから、その指を自分の唇にゆっくりと触れさせた。
「ゆりのここは私だけのものだよ」
悪戯なウインクをした沙綾を見ていたらちょっとだけ、ほんのちょっとだけどキスをしたいなって思ってしまった。
勿論ですが人の行き交う往来でそんな事が出来る度胸もなく、ましてや親友である沙綾にそんな恥ずかしめを受けさせる訳にもいかず、とりあえず熱くなった気持ちを隠すように繋いでいた小指を外して恋人繋ぎのように全ての指を絡めて握り直した。
掌の汗はもう気にならない。お互いの汗が混じり合うのも嬉しいって、不思議と今はそう思えてしまうのですから。
「これからも頑張ろうね、沙綾」
「そうだね。それと、彼氏は作らなくても嫁は愛してくれても良いんだからね」
冗談ぽく笑った沙綾に、わたしも精一杯の微笑みを返した。
「これからも嫁を大切にしますので御安心を」
「じゃあ今度、ゆりの家にお泊まりに行っても良いかな?」
「別に良いけれど多分九割超えの確率で香澄が喜びながら突撃してくると思うよ、これは賑やかになりそうな予感」
「それは困るかな、イチャイチャ出来ないし」
「する気なんだ」
顔を見合わせながら二人で声を出して笑う。
タオルでお互いの汗を拭き合うような暑さの中でも腕と手を絡めるように寄り添わせながら、遅い夕暮れと薄い雲が織りなす明るいオレンジ色に染まった帰り道を仲良く並んで歩いた。
本気で思いますよ、こんな素敵な仲間達とずっと一緒に過ごせたら幸せだろうなって。ずっと、ずっとこれからも……。