せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
④。恋の熟成は待ちきれない【山吹沙綾】
お風呂を済ませた後の日課の為にお手製のドラム練習用パッド、その名も〝ライオン丸〟くんをベッドの下から取り出し愛用のドラムスティックでひとしきり可愛がった後、ふと何気なくベッドの方へ顔を向けた。
今でも鮮明に思い出せる、ベッドに座る私にゆりがしてくれたキスの感触を。
それまでにも何回かそういう行為は交わしていた、だからゆりからしてくれても余裕で受け入れられると思っていた。
なのにそんな甘い幻想は容易く打ち砕かれてしまった。
唇が優しく触れてきた瞬間に全身が震えるような電流が走り、生まれて初めて覚えた衝撃は一瞬で全ての理性を奪っていった、そんな不思議な感覚に脳が痺れた。
求めていたのはこれなんだ、素直にそう思えた。
私は決して愛が重い女じゃない。
誰だって好きな人には触れたいし触れて貰いたい、特殊な感情ではなく恋をすれば当然の反応だ。
勢いで初めてキスをしてしまった時にゆりが嫌がる素振りを見せなかったからって、時々だけれど今でも衝動を抑えきれない時がある。
触れ合う度に私という存在が彼女に浸透していく、そんな根拠のない歪んだ満足にさえ取り憑かれたいと願うようになってしまったから。
そう〝彼女〟なんだよね、同性であるゆりを好きになった。
中高一貫の女子校というのもあって中等部の頃から女の子同士が付き合う事は珍しくもなかった、けれど自分には関係ない世界だともずっと思っていた。
恋を知った今でさえ他の友達に触れても別に何とも思わないし、ましてやキスをするだなんて全く考えられないからやっぱりゆりが特別なんだろうな。
私はきっと愛が重い女じゃない。
ゆりには沢山の初めてとなる感情を教えられた。
同性を好きになるという事、独占欲、嫉妬、接触という欲望、挙げ始めたらキリがない。
初恋の頃は眺めているだけでも心臓が高鳴って、それだけでも充分だと思えていた。
あの頃に比べれば随分と生々しい感情だとは思う、けれど大人が近付きつつある今の私は眺めるだけでは物足りない、あふれる感情を抑えきれない。
初めてされる側にまわった時、自らの願望というものを自覚してしまったんだ。
私は好きな人から求められたい、与えるだけではなく愛を注がれていたい受け身な人間なんだって。
思い出せば今でも恥ずかしくて死にそうになる、あの時の私は唇が離れる度に信じられない程の甘ったるい声で幾度もキスをねだった。
その願いに応えてくれる度に幸せでどうにかなりそうだった、柔らかく触れてくれた箇所は全て好きという感情で埋められていった、朦朧とした意識の中で見た恋する人の姿に、もうゆりじゃなきゃダメにされたんだと思い知らされてしまった。
そしてその事にすら喜びを覚えている自分がいた。
私はもしかして愛が重いのかな。
昔の人が言っていた〝恋は落ちるものだ〟というのは一目惚れ限定の話だと思う。
恋は落ちるものじゃなくて、自覚した時にはもう底の見えない恋の沼に嵌まってしまっているんだ。
其処はとても魅惑的だけど息苦しく、もがく程に深みへと誘われていく混沌とした感情が渦巻く底なし沼。
それでも好きな人の側に居る為に、私という人間は躊躇なくその沼へ足を踏み入れてしまうんだ。
恋の沼に沈んでゆりという存在に染められるのならば、それは間違いなく本望と呼べる願いなのだから。
好きという言葉が好きになった、恋という言葉にトキメキを覚えた。
不思議な話だけれど、これだけ好きなのに恋人になりたいと今は深く考えてはいない。
もし恋人になってしまったらきっとゆりしか見えなくなる、そうなれば今のポピパの雰囲気を壊す事にもなるし場合によっては友達を失ってしまうかもしれない。
ポピパは私にとって大切な新しい居場所になっている、それを失うのはゆりを失う事と同じくらいに耐えられそうにもない。
だから今は親友という関係性を保っていこうと考えている、けれどキスはこれからもするつもり。
私ばかりじゃなくて、ゆりの中にも少しは芽生えてくれている筈の好意を育んでいきたいから。
ドラムスティックを床に置いて、静かに天井を見上げ軽く息を吐いた。
ライブが近いというのにいったい何を考えているのだろうか私は。
集中、集中、恋とバンド活動は別物、今は迫るライブに全力を注がないと。
本番の日はお揃いで買った下着を着け合って気合いを入れようって約束もしているのだから、ミスなく格好良いところも見せなくちゃね。
パンの工程にも熟成の時間は欠かせない、じっと待つ事で大きく膨らんで味も良くなっていく。
好きになってほしいな、いつか愛してるって言ってほしいなって願いながらじっくりと想いが熟成するのを待ち続けるんだ。
いつか私の恋が美味しく焼き上がるのを信じて……。
私は重くない大丈夫、ほんの少しだけ想いが深いだけなんだもの。
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⑤。百合百合を眺めたい【美月 優璃】
夏は解放の季節、さぁ自由をこの手に、涼しさを我が身に!
「ちょっと優璃、夏だからってお風呂あがりに下着で過ごさないの」
「まぁまぁ姉さん、とりあえずパーカーは着ているのでお許しを」
「パンツが丸見え。だらしないのは駄目、せっかくの可愛さが霞んでしまうよ」
夏真っ盛りというのもあってお風呂あがりは下着族と化している最近のわたしですが、姉さんからの辛辣な駄目出しを受けてもどこ吹く風と聞き流してリビングソファーへ勢いよくダイブです。
女の子が板についてきたとはいえ、未だに他人に肌を見られるのは苦手なままなのですが流石に家族である姉さんには慣れてきたというか、まっいいかという心境に達してしまったのですよ。
ソファーでうつ伏せになり鼻歌交じりでスマホを弄ろうとしたら、移動しながらわたしのプリティヒップを素早く引っ叩いた姉さんが隣に悠然と腰を降ろしてきた。
「随分とゴキゲンじゃないの」
「いよいよだからね、香澄達のライブ」
体勢を変えて膝枕になるように頭を置いたら、姉さんが髪をとかすような仕草で優しく頭を撫で始めてくれた。
「そういえばバンドには入っているのにどうして楽器はしなかったの、香澄ちゃんから理由はそれとなく聞かされたけれど検査では身体に問題は無かった筈よ」
「うーん、上手くは言えないけれどわたしが表舞台にしゃしゃり出るのは違和感というか何か変だなって思ったの。それよりも香澄を眺めていたいなって、他の誰よりも身近で見守っていたいなってね」
「我が妹ながら素直じゃないなぁ、一緒の方が香澄ちゃんも喜んだでしょうに」
「きっと姉さんに似たんじゃないかな」
姉さんが無言のまま身体を折り曲げるようにして抱きついてきた、持ち前の御立派な双丘の感触がとても柔らかく……って姉さんちょっと苦しいっす圧迫されて窒息してしまいそうっす。
息苦しさに命の危険を感じ始めたので踊るように身体をくねらせ、なんとか天国のような地獄の刑罰から無事に脱出を果たせました。
「それで、どのくらい香澄ちゃんを愛しているの?」
「ちょっといくら何でも愛って姉さん……ってこの声は」
「どれくらいかね、添い遂げるくらいには愛しちゃっているのかね」
「いったい何処から湧き出してきたのですかね、香澄さんや」
仲良し姉妹談笑のお時間を楽しんでいたら急に姉さんとは違う声色がしたので慌ててそちらへ顔を向けると、ソファーの前で正座のまま顔をにじり寄せている香澄が唐突に出現しておりました。
「さっき瑠璃さんには連絡しておいたよ、今から迎えに行きますって」
驚かせようとしていたのは明白ですが、嬉しそうな笑顔を見るに先程の姉さんとの会話はどうやら聞かれていないようで一安心です。
「それじゃ瑠璃さん、今日はわたしの部屋でお泊りさせますね」
「了解、ずっと変わらずに仲良くしてくれてありがとうね、香澄ちゃん」
「いえいえ、手の掛かる子ですからわたしがしっかりしないと」
暴走しがちで手の掛かるタイプはどちらかと言えば香澄の方だと思うのですが、陽気に笑い合っている二人を前に最早何をか言わんやという心境です。
「さっ行こうか、ゆり」
「その前にわたしの同意を得て頂けませんかね、都合とか何も訊かれてはいないのですが?」
「そんなの……要る?」
えっと、この不思議そうに驚いている表情はどうやら本気で悪意なく同意は不必要だと思っていそうですね、少しばかり末恐ろしく思えてきましたよわたしは。
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「あっ優璃お姉ちゃん来たんだ、珍しく」
相変わらずわたしの妹は当たりが強くて泣きそうです。
結局は連行されるようにして香澄の部屋へと向かったのですが、階段を登って二階に着いたところで自室に入ろうとしていたあっちゃんに出くわしてしまいました。
白地のシャツにショートパンツ姿のあっちゃんは今日も健康的な可愛さですね、口に棒アイスを咥えながら話をしなければですが。
「香澄に連行されたのですよ」
「ふぅん、まぁそうでもしないと遊びにも来ないもんねぇ」
不満気な表情のあっちゃんがにじり寄ってきたと思ったら、自らが味わっていた棒アイスを無理矢理わたしの口の中に押し込んできた。
強烈な冷たさと染み渡る甘さが心地良い、夏はやっぱりアイスが良い物だと再確認する季節だと感じる。
「妹を放ったらかしにする罰、冷たさで泣いちゃえ」
口の中に突っ込まれたアイスをはむはむしながらあっちゃんの頭を優しく撫でた。
嫌がる素振りも見せず瞳を閉じて大人しく頭を差し出しているあっちゃんの姿はまるで機嫌の良い子猫のようで、いつまでも撫で続けてあげたいくらいの何とも言えない可愛さにあふれていた。
「あっちゃんはゆりが来ないからって、いつも寂しがっていたもんね」
「余計な事を言わないで、私はお姉ちゃんみたいに他人の家に遠慮なく行けるタイプじゃないの」
「そうだったのですね、ゴメンねあっちゃん寂しい思いをさせたね」
「こ、このデリカシー無しのバカコンビ!」
顔を真っ赤に染めたあっちゃんが逃げ去るように自室のドアノブに勢いよく手を掛けてから顔だけをこちらに向け、可愛らしく舌を出した後に歯を見せながら照れ臭そうな微笑みを作った。
程よい冷たさとたまに見せる甘さが心地良い、夏もやっぱりツンデレは尊いものだと再認識する季節だと感じちゃいますね。
いつも思っているのですがポピパのみんなもですね、もう少しこう尊いというか百合百合とした光景を眺めさせて頂けたらと思っているのですよ。
あいや確かに香澄にちょっかいを掛けられて照れている有咲とか、何を話しているのかは分かりませんが顔を赤くした沙綾にバシバシと叩かれている有咲とか、りみりん相手にツンデレを発揮して優しく微笑まれている有咲とか、天然を発揮したおたえに必死にツッコミを入れている有咲とか微笑ましい光景はいつも摂取させて頂いているのですがね。
あっちゃんからのツンデレ妹は尊い成分を補充して上機嫌のまま香澄の部屋へと入った。
部屋に充満するクーラーの冷気は夏の憂鬱さから解放してくれる人類の偉大な発明だと思う、そんな事を思いながらも同時に不思議な感覚に包まれて内心驚いてしまった。
他人の、しかも女の子の部屋だというのに緊張しないのです。
それはわたしがまるで香澄を家族か何か、またはそれに近しい間柄と認識し始めたという事でありまた一歩、優璃が望んでいた別つことのない親友という関係に近付けているのかなと嬉しく思えた。
何だか浮き足だった気分で入り口に立つ香澄に身体を向けると、やけに思い詰めた表情と視線をわたしに向けたまま自らの拳を強く握りしめていた。
「どうかしたの、香澄?」
「あっ、あのねゆり……」
普段とは違う真剣な雰囲気に自然と顔が強張る。
初めてのライブというのもあって、何かまた悩みでも抱えているのかと不安に思いながらも口を挟まずに次の言葉を待った。
そうして香澄の口から放たれた言葉は、わたしには予測をする事も出来ないものだったのです。
「あのね、絶対に断らないでほしいお願いがあるの」
「えっ?」
えっと香澄さん。絶対に断れないお願いって、それはもう実質的に命令と呼ぶに相応しいのですよ。