せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
蝉の鳴き声は夏色景色を彩る賑やかな伴奏、力無く通り過ぎていった風はライブの熱気みたいな燃え盛る熱と息苦しい程の湿度をその身に内包していた。
台車ごとの荷物を先方へ送り届けた戻り道、軽くなった身体には入れ替わりのように吹き出す汗が滲み始めていた。
首に巻いていたタオルも身に付けている下着も、水気を吸ったのか心なしか重さを増したような気がして不快指数は限界突破の模様です。
暑さ対策として穿いていたショートパンツから伸びた脚に突き刺さる日差しも痛いくらいで、いっそ長めのスカートにでもしておけば良かったかもと後悔の念がしきりといった気分です。
まぁそれでも膝上のスカートとやらは遠慮しておきますがね。いくら花咲川女子の制服が短めのスカートとはいえ、それとこれとはまた話が別なのですよ。
青信号を示していた交差点に差し掛かり一瞬だけ足を止める。
前世での最期の姿とでも言うべき事故の映像が脳裏に流れて以来、交差点では入学したての児童が如く左右の安全確認を怠らないようになった。
また事故にでもあって香澄を悲しませる事など有ってはならないですし、何よりも優璃の身体を大切にしたいと思っているのですから。
横断歩道の白線を踏まないようにしたい欲求を抑えつつ、澄まし顔で交差点を渡りきった。
顔を上げて歩道から眺める街並みはとても綺麗。生命力に溢れたように瑞々しい街路樹さん達も、強烈な日光を白く反射させているコンクリートのビルさん達も、宝石のように微妙に色合いを変えながら輝くお店のショーウィンドウさん達もまるで夏の雰囲気を楽しむように街中をそれぞれの照明で眩しく照らしあげています。
デビューとなる新人バンド達の合同ライブは夕方からとライブハウスとしては少し早めに始まる。
謂わばベテランバンド達の前座という位置付けもあるのかもしれませんが、そこはガールズバンドが主体という意味で有名処となっているライブハウスCiRCLE、未来の人気バンドを発掘したいというお姉様方でそこそこの来店客数となる事を元スタッフであるわたしは知っていたりもするのです。
思えば初ライブまでは長いようで短い道程でした。
暖かさを増す春の風と共に香澄が手にした星の形を模したギターとpoppin'partyを形作る素敵なメンバー達との出会い、想いを重ね育んだ努力と夢、それにわたしとしても嫁と自信を持って呼べる親友が出来た事は嬉しい出来事でした。
すっかり仲良しさんとなった嫁の沙綾はキスをした後にゆりは私のだからと言ってくれますし、それに負けじと沙綾はわたしのだよと返すと笑いながらそう思ってくれているなら嬉しいなと答えてくれます……もうわたし達はお互いの温もりを知り合っている、そんな間柄になっているのかもしれませんね。
ちょっとした感傷に浸りながらゆっくりと歩いていたら、急に立ち眩みに襲われたみたいに視界はグラグラと揺らぎながら暗転を始めた。
やがて真っ暗となった世界に連続写真のように映し出されたのは、わたしを護る為に両手を伸ばした前世での香澄の姿。
体を押された事でバランスを崩しながらも香澄に向かって必死に伸ばした手は虚しく宙を掴んだ。
最期に見えた香澄の顔は、ピントがズレた写真のようにボヤけてその表情を窺う事は出来なかった。
そう確かにこれは、わたしが俺であった頃の最後の記憶。
でも何故……どうして急にこの映像が……?
「ゆり!」
力強い声に引き戻されたように、明瞭になる意識と共に現実という風景が色鮮やかに広がっていった。
取り戻した視界の先には手を振りながら走り寄って来る笑顔の香澄。
手を振り返そうと上げた右腕はその役目を果たす事はない、何故なら声を発する間もなく香澄が思い切り抱きついてきたからだった。
「嘘は駄目だよ、一緒に居てくれるって言ったでしょ」
「いやちょっと頼まれ事をですね」
身体を離して顔を上げた香澄が膨れっ面を見せるのかと思いきや、その表情は今にも泣き出しそうな色に彩られていた。
無言で腕を伸ばして少しだけ乱れてしまった香澄の髪を手櫛で整えてあげる。
いったい香澄にとって今日の約束がどれ程の意味を持つのか理解は及ばないけれど、どうやら間違いなくわたしはまた失敗をしてしまったようです。
人は簡単に成長しないとはいえ、もう少し心の器と身長とバストサイズは大きくなりたいものですよ。
「香澄、一緒にCiRCLEに帰ろうか」
うんうんと何度も頷く香澄の手を握り一緒に歩き始める。
改めて見ると香澄はステージ衣装のままで今の街並みには少々浮いているようにも、と言いたいところですが夏という季節の魔法なのか不思議とその姿は明るい景色によく馴染んでいるようにも思えた。
CiRCLE手前の交差点に差し掛かり、慎重に信号を確認する。
歩行者用信号は前へススメの蒼色を示し、二人で手を繋ぎながら横断歩道に揃って最初の一歩を踏み出した。
段々とポピパの初ライブが楽しみになってきた、客席ではなく舞台袖の特等席から眺められるなんて最高の贅沢じゃないですかね。
横断歩道に入った辺りで香澄は手を離し、付かず離れずの間合いで先を歩き出した。
数歩だけそのまま進むと、急に足を止めた香澄がこちらを振り返るような仕草をとろうとした、その時だった。
背中を何かが駆け上がるような悪寒が走り全身が総毛立つ。
それは今まで感じた事のないような焦り、不安、血の気が引くようとはまさにこのような感覚なのかもしれない。
これはきっと危機感、背中を駆け巡ったのは悪寒じゃなくて予感、それもとびきり最上級で最悪級のやつだ。
耳をつんざき頭の中に響くような金切音。まだ姿は見えないけれど違いない、これはあの悪夢の再来、鋼鉄の悪魔の訪れを告げる鐘の音だ。
恐怖心に急かされたように視線を上げると、香澄は何故か微笑んでいた。
まるで子供達を見守る菩薩のような優しい微笑みを……。
香澄の表情を見た瞬間に腰を落として力を溜める為に脚に力を込める。
それと時を同じくして頭上を香澄の両手が掠めて行った、まるでわたしを突き飛ばすような形のままで。
考えて動いた結果ではない、けれどわたしにはきっと分かっていたのです。
香澄の性格を、以前に同じ経験が有ったという事も、同じ境遇に陥ったのならばきっとこの香澄もこうすると。
バランスを崩した香澄の胴体を強く抱きしめたと同時に、ドリフトさながらのスピードを保ったまま赤色の車が交差点を曲がろうと突入してきた。
イケる、このまま香澄を抱えて飛べばギリギリ間に合う。
凄いですよわたし、これはまるで格好良いスーパーヒーローのような救出劇になりそうですよ。
下半身のバネを利用していざ華麗に飛べ……ない。
すっかりと忘れてました、今のわたしは男ではなく女の子、香澄よりも小さくて華奢なこの身体では人ひとりを抱えて飛べる筈もなかったのです。
駄目だ、このままでは前世の二の舞いを演じてしまう。
動けなかった、助けてあげられなかった、果たされなかった約束、終わってしまった未来。
「一緒が良い、また離れるのにはもう耐えられそうにないよ」
香澄から漏れ聞こえてきた言葉で魂に火が点いた。
一度は離れ離れになりかけた香澄と優璃、この二人の絆を護らずしてわたしはいったい何の為にこの世界へ来たというのですか。
「あの時に約束したのです、そうそう何度も嘘つきになる訳にはいかないのですよ!」
渾身の力を振り絞ろうと覚悟を決めた瞬間、憐れな草食動物と化したわたし達に向けて牙を剥くが如く突進していた鋼鉄の獣は突如、その速さを歩くよりも遅いスピードへと変えてしまった。
その変わり様に驚くのと同時に耳に着けていた星型のイヤリングが輝きだす、顔を上げれば香澄が着けているイヤリングも同じように光り始めていた。
こ、これは……。
もしかして新しいチートスキルの顕現とかではないですか、凄いですよわたし、これではまるで物語の主人公みたいじゃないですかね、痺れますね、格好良すぎじゃないですかね、参りましたね思わず神様を許しちゃいそうですよ。
大地を勢いよく蹴る前に顔を上げて香澄の表情を伺うと、彼女は信じられないといった虚な表情でわたしの後方を静かに眺めていた。
次の瞬間。
微かな炸裂音と共に香澄のイヤリングが砕け始める。
どうやらわたしが着けていたイヤリングも同じ状況のようで、放っていた光は星の形が砕ける程にその強さを加速度的に増していった。
いったい何が起きているのか思いを巡らす時間も無かった。
光の塊に呑まれそうになる寸前に、ふわりと浮き上がったわたし達の身体は風に遊ばれる木の葉のように一気に大空へと舞い上がった。
遠ざかる地面への恐怖心で瞑りそうになる瞳を根性で耐えながら、香澄が見ていた物の正体を必死で確認した。
淡い半透明な光に包まれ、まるで立体映像に映り出されているようなその姿は。
「優璃……?」
香澄の掠れた声が妙に生々しく聞こえた。
柔らかく押し出すように両手を突き出した姿勢、光に包まれながらもハッキリと分かる風になびく長い髪、弱々しさを感じる程の内股、見間違う事はないその女の子は美月優璃、もうひとりのわたしの姿だったのです。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
香澄が叫んだ。
「優璃ぃ!」
いったい何が起こっているのでしょう。
「ゴメン、守りきれなかったよね、わたし」
かろうじて手を繋ぎあったわたし達の身体は今やビルの高さ三階相当まで浮き上がっています。
いくら時の流れが止まったような世界とはいえ、これはオカシイのです。
「うん、うんうん、解っているよ」
この距離では聞こえる訳がない、でもわたしにはまるで香澄達が近距離で会話を交わしているようにも見えるのですから。
光の粒に包まれた優璃と目が合った。
何かを語り掛けてくれているようにも見えるけれど、その声はわたしの耳には何も届いてはこない。
やがて優璃の身体は徐々に足元から光の粒子となって消え始めた。
駄目だよ、まだ訊きたい事は山程ある。
優璃はもしかしてわたしの中に居るのか、居るのならどうして出てきてはくれないのか、わたしよりも優璃の方が香澄にとって良い筈なのにどうして。
どうしてわたしなのですか!
消えゆく優璃が微笑んだ。
わたしには到底真似出来そうにもない柔らかな微笑み。
〝キミはワタシで、ワタシはキミだよ〟
何処かで聞いた事のあるような声が頭の中に響いた。
そうだこれは優璃の声、自分の声をこうして聞くというのも変な気分だけどそれはそうと優璃さんや、いったい何を言いたいのやら今ひとつ理解が及ばないのですがね。
根本的な謎は解明されないまま、やがて光の集合体は大空へ昇るシャボン玉のように弾けながら消えていく。
あらためて香澄の方へ向き直ると、彼女は光を見送るように微笑みを浮かべながら涙を流していた。
顔がこちらを向き目線が合うと、普段通りの笑顔を向けてくれた。
無理矢理じゃない、まるで透き通る星の輝きのような素敵な笑顔を。
少女漫画のようなキラキラとした光の粒を背景に見つめあっていたら、急に浮遊していた身体がまるで風の止んだ凧のように自然落下を始めてしまい、格好良くて粋な台詞を吐くつもりだったわたしの口からは情けない程の甲高い悲鳴が響き渡った。
このままでは地面にぶつかると思いきや寸前で重力が反転したかのように落下は収まり、横断歩道を渡り終えた先の歩道に足先から緩やかに降り立った。
地面に着くと世界が時の流れを取り戻したのか、アクセルを吹かす鋼鉄の獣は獲物の居なくなった横断歩道を虚しく駆け抜けて行った。
茫然とその姿を見送る。もしあの場所に居たままだったのなら、きっとわたし達の未来は再び閉ざされていたのは間違いないでしょうね。
〝たったひとつの約束、ずっと一緒に……香澄を……〟
優璃の声が風に流れる残響のように微かに聴こえた。
結局は優璃がどうなってしまったのかわたしには分からない、けれどその強い想いが今もこの身体に生き続けているのはしっかりと伝わったよ。
約束って、優璃は香澄とずっと仲良しさんで居たかったんだよね。
任せてくださいその願いもこれからはわたしが引き継ぎ……いや違うか、これからも引き続き叶えていきましょう。
わたしは二人じゃない、わたしは君であり君はわたし。
香澄の幼馴染みであり親友、たったひとりの美月優璃なのですから。
とまぁそれはそれとしてわたしのチートスキル凄くないですか、空を舞うとかもはや超能力者でしょ、この先にはもしかして世界を救っちゃうなんて事も、なんて困りましたねもう今からサイン書きの練習でもしておきますか。
「ゆりぃ」
あっ、現実を忘れてました。
恐る恐る香澄の方へ向き直ると、彼女は何かを思い詰めたかのように俯いたまま身体を小刻みに震わせていた。
「いやあの、香澄さんあのですね、本日はお日柄もよく……」
勢いよく抱きしめられた、強く、存在を確かめるように強く。
「ありがとうゆり、わたし達を救ってくれて」
冷たい汗が頬を伝う。
こんな派手な出来事があったからもしかして香澄はわたしが以前の優璃とは違う存在だと気付いてしまったのかもしれない、だとするならばわたし達の関係はこれからいったいどうなってしまうのでしょう。
香澄が抱きしめていた腕を解き身体を離していく、その行為がどうしてかとても不安に思えた。
「凄かったよね、ビューンって飛んだかと思ったらキラキラーとして急にゆりが二人になったと思ったらフワーと地面に降りるんだもん」
あれれ、これってもしかして。
「すっごくキラキラドキドキした、本当に映画みたいだったよねビューンって、これって奇跡だよミラクルだよ」
もしかして香澄、何も変に思っていませんよねコレ。
両手を挙げてはしゃぎまくる香澄を見て長々と安堵の息を吐く。
本当に良かったですよ、これでこれからも香澄達の姿を見守っていく事が出来そうです。
「お互いに無事で良かったですよ、ずっと一緒という約束が途切れなくて」
「ちゃんと叶えてくれたよ、守るっていってくれたあの時の約束も」
関係性が壊れそうもない安心感で、思わず膝を折るように尻餅をついてしまった。
そんなわたしを見て香澄は手を優しく差し伸べてくれる。
「行こうゆり、目的地の無い地図で夢を探しに。今という道を刻もう、ポピパでずっと一緒に」
晴れやかな香澄の顔を眺めながら、力強く差し出された手を握り返した。
本当に何と言うか、やっぱりこの娘は主人公適正満点なのですね。
わたしなんかよりも余程に格好良い台詞がポンポンと飛び出しちゃうじゃないですか少し妬けちゃいますよ、まったく。
何事もなかったようにCiRCLEへ向けて手を繋いで歩き出した。
普段のいつもの光景、それが不思議と今は妙に安心する。
「でもせっかくのイヤリングが壊れてしまいましたねぇ」
「また買わなくちゃね、あっでも指輪の方が良いのかな、でもそれならわたしからあげなくちゃだし」
「いったい何を言っているのですかね香澄さんや」
こちらを向いた香澄が口角を上げるようにニヤリと笑った。
「小さい頃にね、優璃をお嫁さんにするって約束したんだよね」
盛大に吹き出してしまった、そんな幼い時の可愛い約束を今まで覚えているなんて凄すぎでしょう。
「えへへ、ウソだよ」
「嘘かいな、まぁお嫁さんになるならわたしより香澄の方が余程に似合うと思いますがね」
「そっかぁ、わたしがお嫁さんになる方がゆりは良いのかぁ」
顔を見合わせて笑い合った。
何事もないように日々は過ぎ去っていくのかもしれない、それでもきっと未来というものは今という奇跡の連続で繋がっていくんだと思える、だから小さな奇跡をこれからも大切に抱きしめていこう。
約束を守る為に、ずっとずっと一緒に歩いていく為に……。
〝ゆりちゃん、おおきくなったらおよめさんになってくれる?〟
〝うん、わたしかすみちゃんのおよめさんになりたい〟
〝えへへ、これはひみつのやくそくだよ〟
次が本編の最終話になりそうです。
最後までお付き合いくだされば幸いです。