せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
油断大敵という言葉がありまして……。
わたし達は今、市ヶ谷家の蔵を整理して掃除などをしている最中なのですがね、ふと思ったのですよ。
あれっ? わたし何か忘れていない?
周りでは有咲と香澄が重そうな段ボールをキャッキャと言いながら二人で運んでいたり、沙綾が真面目な顔で床掃除をしていたりというとても尊い光景に包まれて幸せ最高潮な訳ですが、何か大事な事を忘れている気がする。
あっ! 思い出してきた、そうだ、香澄がバンドに興味を持つキッカケになったライブ鑑賞のイベントがまだ発生していない。
あのイベントをこなさいとそもそも香澄がバンドを組もうと考えてはくれない。ヤバイ、あまりにも普通の女子高生活が楽しくて油断していたわ、あっぶねー。
もうフラグが自動で建つとかの希望は持ちません。未来は自分で作るもの、動かなければ『尊い』を眺める事が許されない世界だと知ったのですよ。
「おーい、優璃」
「なに? 有咲」
「手伝え!」
「あいやこれは申し訳ござらん。拙者いまは大事な策略を練っている最中につき、いま暫くお待ちを」
「働け」
有咲ちゃん、眉間にシワを寄せると折角の美人が台無しだよ。
仕方がないので軽い荷物を片付けながらどうやってライブを見せようかなと考える、ぼうっとした意識のままちょうど目の前にあった古ぼけた箱をなんとなく開けてみると小さい掛け軸が入っていた。そっと手に取りジッと眺める、何か巻き物みたい、巻き物……。
「優璃、それを咥えて忍者の真似をしたら買い取りな」
有咲ちゃん、現役女子高生のツバ付き掛け軸なんて価値が更に上がってしまうとか考えてはくれないのですかね。
「ゆり、ちゃちゃっと片付けよう」
沙綾が優しい微笑みで語りかけてくれる。本当になんだろう、沙綾のお姉ちゃん指数の高さは異常だ。うちの瑠璃姉さんにも匹敵する安心感というか安定感がある。
沙綾お姉ちゃん……いや悪くないね、って最近自分の中で妹属性が育ってきている気がする。これはマズイですよ、このまま女の子化が進めば神様の思う壺にはまり、ほれほれさっさとお前もノンケになってしまうが良いとなりかねない。いや誤解の無いように言っておくと、わたしは女の子が好きというよりかは尊いが好き、女の子達がキャッキャウフフをしている光景が好きなのですよ。
「
「はいなんでしょう、
「手伝え」
アイヤー、ゴメンナサイヨ。チョトアタマ、ツカテタヨ。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
沙綾がそろそろ帰らないといけないという事で今日の片付けは終了となりいよいよランダムスターの鑑賞タイムに突入です、っとその前に沙綾に借りていたシュシュを返さなくちゃ。髪が長いから片付けの邪魔になるって沙綾が髪を束ねてくれたんだよね、本当によく気がつく子だよ。
「沙綾、シュシュありがとう。助かったよ」
「どういたしまして、今度ゆりに似合う髪留めあげるね。私、ヘアアクセ集めるの好きなんだ」
そう言うと沙綾が正面からいきなりわたしの体に両腕をまわしてきた。えっ、なに、抱きしめられる、と思っていたら髪を掴んで色々な髪型を作りながら遊び始めてしまった。
「うーん、どんなのがゆりに似合うかなぁ。黒髪だからあまり明るい色もなぁ」
あの沙綾さん、これ密着していますよ。顔の辺りに丁度いい具合にあなたの柔らかなものがですね、思考を麻痺させる甘い香りと共に制服越しとはいえ押し付けられていますよ。ほぼ制服表面の硬い感触とはいえ、それでもムニっとした弾力はわかってしまうんですよ、さてはわたしを殺す気ですねあなたは……。
「おーい、イチャイチャするのもそのくらいにしとけよ」
「もう! ゆりは放っておいたらすぐにこれだから」
有咲と香澄に怒られて沙綾がようやく体を離してくれた。優しく微笑んでくれてはいるけれど、わたしの心臓は破裂しそうな程に躍り狂って血圧が急上昇してしまい、思わず気を失ってしまいそうになりましたよ。
あのところでそこの二人、わたしが怒られる要素はこれっぽっちも無いと思うんですけど。
気を取り直してみんなでランダムスターの入ったギターケースを囲んで座る。有咲がゆっくりとケースのカバーを開くと輝くボディの
みんなで異彩を放つその姿に見惚れていると、沙綾が香澄にギターを装備してみたらと声をかけて手際よく準備を始めた。香澄を立たせてストラップを体に通してから左手でネックを握らせ、いかにもギタリストのようなポーズをとらせる。
「いや思ったよりも香澄、ギターが似合うね」
「本当? ゆりもどう思う、似合っているかな?」
「似合っているよ、香澄にピッタリと馴染んでる。ねっ、有咲」
「はぁ? まぁ……いいんじゃねぇの」
はい、デレを頂きましたぁ、御馳走様でございまーす。
それはそうとしてゲームでは見慣れていた香澄のギタリスト姿も生で見ると迫力が違う。少し照れ臭そうに笑いながらギターを持つ姿が自然でとっても魅力的、キラキラとした雰囲気が体から溢れていてこちらまで元気のお裾分けをされてしまいそうだ。やっぱりこの子は主人公に相応しい特別な魅力を持った女の子なんだよね。
「香澄がギターを弾いている姿が見てみたいなぁ」
「わたしも弾いてみたいなぁ」
思わず心の声が漏れてしまっていたらしく、それに反応した香澄が指でジャーンとギターを鳴らしながら呟いた。
「それなら練習スタジオがある所が良いんじゃない。この辺りなら『
沙綾さんナイスアシストですよ、あれっ? でもゲームのシナリオで香澄達が行ったのってCiRCLE だったっけ?。
必死にランダムスターを奪い返そうとする有咲とそれに抵抗する香澄のイチャイチャな光景を眺めて幸せな気分に浸っている間に、沙綾がスマホでCiRCLEの場所を調べておいてくれた。
「ほらここだよ、みんなわかるかな?」
沙綾がスマホを見せると有咲はまぁわかると言い、香澄はなんとなくわかると言い、わたしはわからないと応えた。そもそも転生して日が浅いからまだ街中を把握しきれていないんだよね。
「優璃も地元民だろ、わからないって地図を見るの苦手なのか?」
有咲が疑問に思うのも無理は無い、あまり自慢する事でもないけれど香澄の大切な仲間になる沙綾と有咲には説明しておいても良いかもしれない。
「地図がどうとかじゃなくてね、わたし……」
「ゆりはね、中学三年生の時に交通事故にあって記憶を失くしちゃったんだよ」
えぇっ⁉︎ 香澄がそれを言っちゃうの? しかもかなりのドヤ顔で、ここはわたしのシリアスパートですよ。
「でもわたしの事は覚えていてくれた、二人で過ごした小さい頃の思い出は無くしちゃったみたいだけれど、わたしの存在は忘れないでいてくれたんだよ」
「そっか、二人は幼馴染みなんだよね」
「だから今は満足、わたしはゆりにとって特別なんだって思えるから」
香澄が嬉しいとも悲しいとも判断のつかない笑みを見せると、沙綾は慈愛に満ちた瞳でわたし達を見つめ、有咲は瞳を閉じてうん、うんと頷いていた。
わたしはそんな香澄を見て心が痛んでいた。今の
「あー、だからわからない事も多いけれど、皆さんこれからも友達としてよろしくお願いします」
笑顔で宣言をしたら香澄と沙綾は笑顔で頷いてくれて、有咲はキョトンとした顔を見せてくれた。
「えっ? それって勝手に私も友達認定されているんだけど?」
有咲の手を取って瞳を真剣に見つめる、逃がしはしませんよ市ヶ谷有咲。
「有咲、わたし達はもう友達なんだよ」
「……まぁ、優璃がどうしてもって言うならさ、その友達っていうのにもなってやらない事もないかもしれないけど」
「わたしもありさと友達だよぉ」
「じゃあ私も友達って事で」
わたしが握っていた有咲の手に香澄と沙綾の手が重ねられると、有咲の顔中がみるみる赤くなり体は微妙に震えだしてきた。
「やっぱ無理! やっぱナシ! ナシだから!」
有咲の少し甲高くなった叫び声が蔵の中に響き渡ったのでした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
とりあえずCiRCLEに向かう為に四人で蔵から出発です。前を歩くのは何故かランダムスターを勝手に持ち出して抱えたままの香澄とそれを注意しながらも渋々といった風情で付き合ってくれている有咲、後方にわたしと沙綾という布陣だ。
「香澄、おまえのやっている事は泥棒と一緒だからな」
「えー、ギターがないと弾けないよ?」
「いやそれは売り物だから、持ち出しを許可した覚えはねぇから」
有咲に怒られてシュンとなる香澄、まぁ言われて当然といえば当然なんだけれど、それでもギターを奪い返して帰ろうとしないんだからこの頃から有咲は香澄に甘々なんだよね。
ほっこりとした気分に浸りながら横を見ると歩く沙綾の表情が少し硬い気がする。やっぱり音楽を辞めた手前、ライブハウスに行く事に多少の抵抗感を感じているのかもしれない。あまりにも見つめ過ぎたのか視線に気付いた沙綾がこちらを向いて無理矢理に力の無い笑顔をつくった。
「ゆり、嫌だろうけどちょっと訊いていい?」
「ふにゅ、どうぞ」
普段から穏やかな笑顔でいる事が多い沙綾の表情が怯えというか自信を失ってしまったかのような真面目な表情に変わり、わたしの手をキュッと握ってきた。
「記憶を失うってどんな感じなの? 良い思い出もだけど、つらい思い出とかを忘れる事が出来るってある意味……」
「うーん、日常生活に困る程ではないから大して不便は無いんだけれど、わたしにとっては十五才までの優璃は死んで、今は二度目の人生を歩み始めたって感じかな。やっぱり思い出が無いってのは困るしみんなにも悪いかなとも思ってる」
「それはそうだよね、ゴメンね何か変な事を訊いちゃって」
「沙綾、でもね……」
沙綾が握ってくれている手を強く握り返す。
わたしはゲームをしていたから知っているんだよ、優しいが故に誰も傷付けたくないし自分も傷付きたくない、頼もしく見えるその姿は臆病さの裏返しなんだってね。だけどそれが悪いなんて思わない、沙綾はきっと心が優し過ぎる女の子なんだと思う。
「良い思い出を失うのも嫌だったけれど、つらかった思い出を失ったのはもっと嫌だったんだ」
「どうしてなの? つらい思い出を忘れる事が出来たら幸せなんじゃないの?」
「使い古された言葉だけど『人間は経験をする事で成長する事が出来る』って、あれ本当の事なんだと思う。つらかった思い出があったとしても、その経験を知っていれば例え再び同じ事があっても
「ゆりは……強いね」
半分は嘘だ。わたしには男として生きた十六年分の経験がある、完全に白紙では無いけれどそれでも香澄や瑠璃姉さんとの距離感だってまだよくわかってはいない。
俺は前の両親に何も親孝行をする事が出来ずに死んだ。だからせめて今度は、わたしは周りの人達が笑顔でいてくれる事を望んでいるしそうする為に努力は惜しまないと決めている。
だって……折角こんな尊いが溢れる世界に来れたのだから。
「あー! またゆりとさーやが仲良しさんしてる! ありさ、わたし達も手を繋ごうよ」
「だからなんでだよ、それよりもうすぐCiRCLEに着くぞ」
「あっ、それじゃあ私はそろそろ帰らないといけないから、CiRCLEに行った感想はまた聞かせてね」
沙綾が繋いでいた手を離して足を止めた。やっぱりライブハウスに入る勇気はまだ無いんだろうな、少し寂しい気分になるけれどそれでもきっといつか、香澄達のバンドメンバー五人が揃ってライブハウスに行けるその日が来るまで、わたしは諦めずに背中を押し続けるからね。
「むー、今度はさーやとも一緒に行きたい」
「それじゃあ私もこの辺で」
「ありさはダメー」
「だからなんでだよ!」
「またねぇ、さーや」
香澄が有咲の背中をぐいぐいと押しながら沙綾に向かって手を振ると沙綾も笑顔で手を振り返した。わたしもじゃあ行くねと言って香澄の後を追おうとしたら沙綾に呼び止められてしまった。
「ねえ、ゆり!」
「うんっ? どうしたの沙綾」
「私、もっとゆりの事が知りたくなったかも」
両手で鞄を後ろ手にまわして少し前傾姿勢になりながら、沙綾は心からの笑顔を見せてくれた。
「香澄と同じくらいに、ゆりにとって特別な存在になりたいかな」
照れたように少し赤くなった顔は、今まで見せてくれたどの笑顔よりも澄みきっていてとても綺麗な微笑みだった。