せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
スポットライトに煌々と照らされるライブハウスCiRCLEの看板を前に、わたし達は少し戸惑い気味に立ち尽くしていた。ゲームでは散々見慣れている筈のライブハウス、白と赤を基調とした店舗にオープンカフェも併設されたお洒落な雰囲気の外観と、段々と薄暗くなってきて夜の顔を見せ始めた街の風景とが相まって制服姿のわたし達は少し浮いてしまっている様な気がしたからだった。
「さっ、行こうよ二人とも、突撃突撃ー」
芽生えつつあった乙女っぽい感情を無視して香澄がお構いなしにずんずんと店舗の中に入って行く。立ち尽くしていたわたしと有咲は顔を見合わせながら声を揃えて呟いてしまった。
「あの子、凄いね」
「アイツ、凄ぇな」
お店の中に入ると広いフロアーには受付カウンターと円形のテーブルに椅子が数脚、壁に設置されているモニターからは誰だか知らない人のライブ映像が流されていた。それにしても店内のお客さんが多くて意外と賑わっている事に驚く、ゲームではモブキャラはカットされていたのか意外とCiRCLEって盛況だったんだね。
「ゆり、ありさ、こっちだよ」
受付カウンターの近くで手を振っている香澄に近づきながらカウンターの方を見やると居ましたよ、ゲーム内ではナビゲーター役ですっかりお馴染み、みんなのお姉さんこと『
二十代なかばで人の良い優しいお姉さんという印象だったけれど、現物を見ると驚く程に綺麗な大人の女性だ。ラフに切り揃えられた肩口までの髪に優しい印象を与えるパッチリと見開かれた瞳、それらがスリムな体型と合わさって美人と呼ぶ事に何の違和感もない。ただ残念なところがですね、トレードマークのボーダー柄のシャツの地味さがその魅力を押し下げて男っ気の無い印象を与えてしまっている気がするんだよね。この人はちゃんとお洒落をしたらきっとモテモテになりそうな気がするんだけどなぁ。あっ、でもゲーム中では言及されていないだけで実際にはもう彼氏とか居るのかもしれないよね。
「あれっ、見ない子たちだね、もしかして初めてかな?」
「はい! わたしギターを弾きたいんです!」
ちょっと香澄さん説明が足りなさ過ぎますって。ほら、まりなさんも困って苦笑いしちゃっているよ、仕方がないですねどうやらここはわたしの出番ですか。
「あの、練習用のスタジオがあるって聞いたんですけど」
「あぁ、そうなの。予約とかしてるかな?」
「飛び込みです。やっぱり無理ですか?」
「うーん、今はちょっと埋まっちゃっているね、うちは学生向けの料金設定にしているから予約しないと今の時間帯は厳しいと思うなぁ」
まりなさんが申し訳なさそうに説明をすると香澄はがっくりと肩を落とし、有咲はほっと胸を撫で下ろしていた。しかしまだです、まだ終わらせはしませんよ。
フンスと受付カウンターに両手を勢いよく着けてまりなさんに詰め寄る。身長の低いわたしにだってこれくらいの芸当は出来るのですよ、ちょっと足が宙に浮いていますけどね。
「あの、ライブとか今はしているんですか?」
「もちろんだよ! 折角だから観ていってよ、次に
「わたし観てみたい! ねえ二人共、ライブを観ていこうよ」
「いいね、行こうよ有咲」
「いえ、私は結構です」
うわぁ、有咲がめちゃくちゃ猫を被ってお嬢様風になっているよ。そういえば有咲って人見知りだから知らない人の前だと緊張して硬くなってしまう性格だったのを思い出した、わたし達には最初からくだけた感じだったからすっかりと忘れていたよ。ところでそろそろ腕が限界なので足を降ろすとしますかね。
ほいっと言いながら着地して振り返りざまに香澄にウインクをして合図を送り、笑顔で有咲に近寄って腕を絡ませ身柄を確保です。
「えっ、何で急に?」
「隊長! 今です!」
「高校生が三人でお願いします」
「はいはーい、高校生割引で合計千五百円になりまーす」
「ちょっ! そういう事かよ!」
「あらあら、ライブ会場は地下だからそこの階段を使ってねぇ」
笑顔のまりなさんが指し示した先には地下へと降りる階段が見える。ひらひらと三枚のチケットを持ちながら香澄がこちらへ戻ってきた。
「ありさ、やったよワンドリンク付きだって」
「いやいやドリンクの問題じゃねぇからな!」
有咲の大声にお客さん達が一斉に怪訝そうな視線を送ってきたけれど、何故かまりなさんだけは微笑ましそうな視線を送ってきた。
「ちょっと有咲さん、他の方々に見られていますわよ」
有咲にコソッと耳打ちすると、我に返ったのかもうすっかり手遅れ感のある有咲猫を再び被り始めて、なんとかお嬢様感を取り戻そうと奮闘を始めた。
「もう香澄さんも優璃さんも冗談が過ぎますよ、せめて私に声を掛けてからにしてくださらないと」
「あらこれは失礼致しました。お優しい有咲さんなら訊くまでもないかと思いまして、それではそろそろ参りましょうか皆様」
「仕方がありませんね、参りましょうか香澄さん、優璃さん」
お上品な微笑みを浮かべながらわたし達『劇団ネコ被り座』は、仲良く地下に続く階段へと進むのでした。
「二人とも、ちょっと怖いよ」
香澄さん、こういう時にそういう事を言っちゃダメっす。
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地下へと降りる階段を一歩づつ進む事になんだか世界が変わっていくような不思議な感覚に包まれる。段々と薄暗くなってゆく様はまるで違う世界に繋がるトンネルに入ってしまったような気分だ。わたしも生ライブなんて初めてだから香澄じゃないけれど少しドキドキとした高揚を感じているのかもしれない。
先頭を歩くのはギターを抱えながらウッキウキな香澄と、肩を落としながらトボトボと歩く有咲。対象的な二人の姿がなんだか微笑ましい気分にさせてくれる。
階段を降りきった先で他のお客さん達が次々と突き当たりの部屋の中に入って行くのでどうやらあそこがライブ会場みたいだ、いよいよ運命の分かれ道に立った、ここで繰り広げられるライブに香澄がキラキラドキドキをしてくれないと香澄達のバンド『
ライブスペースの中へ足を踏み入れるとそこはもう別世界、そこまで大きくはない箱で決して満員という客数ではないけれど、ライブも始まっていないのに観客達の熱気で既に部屋の中は暑いくらいだ。立ち見とはいえ恥ずかしくてとても前列へ行く勇気は無いから部屋の後方へ陣取ってライブの開始を待つ事にした。
「うわぁ、わたしなんだかドキドキとしてきたよ」
香澄が興奮したようにギターをギュッと抱きしめながら瞳を輝かせている。対象的に有咲はライブに興味が無さそうな雰囲気でふーんと言いながら辺りを見まわしていた。
「結構お客さん多いんだな」
「有咲大丈夫? 不安だったら手を握ってあげるよ」
「子供じゃねぇから、優璃こそ不安だったら手を握ってやるからな」
「あっ、それじゃお願いしまーす」
「はっ、バ、バカ、そんなのする訳がないだろ」
有咲がからかってきたのですかさずお返しをすると、わたわたと慌てながらわたしと自分の間に香澄を引き入れてその背中に隠れてしまった。それにしても有咲の純情な反応は見てて本当に可愛いです。
前触れもなくフロアーの照明が落ちてライブの開始を告げられる。辺りを静寂が包み込み、否が応にも期待感と緊張感を煽られて体に力が入ってきてしまった。
「にゃっ!」
バンッという大きな音と共に強烈な光がステージを浮かび上がらせた。音に驚いて変な声が出ちゃったけれどそんな事は気にしない、なんだか隣の二人が保護者のような微笑みをしているけれどそんなのも気にしない事にする。
眩く感じる照明に照らされたのは五人組のガールズバンド。ゲームにも出ていたバンドだからよく知っている。
「
確か幼なじみ達で結成されたバンドでいかにも王道ロックといった曲が多かった印象だ。センターポジションでギターを装着しながらマイクを握っている女の子は、黒色のショートカットにひと筋の赤色メッシュを入れているのがトレードマークになっている
後列には赤色の長髪と高い身長、スラリとした体型に意思の強そうな瞳が宝塚にある歌劇団の男役のような雰囲気でみんなの姉御肌といった感じの
その横には栗色のショートカットに優しそうな印象を与えるクリッとした瞳、いかにも女の子らしい細っそりとした体型のキーボード担当
前列に視線を写すと蘭ちゃんの左隣にはベースの
そして右隣にはギター担当のモカちゃん。シルバーグレーのショートカットに細い体型、パーカーを羽織っている姿がまるで少年のようにも見える可愛い女の子。幼なじみ達の中でも蘭ちゃんにとっては親友とも言える間柄だ。何故かモカちゃんの苗字だけが思い出せないけれど、まぁ直に思い出すでしょう。
などとゲームの事を思い出している間にステージでも蘭ちゃんのメンバー紹介が終わったみたい。いよいよライブか始まる、色々な期待感が押し寄せてきて武者震いのように体が震えてしまうよ。
「いつも通り楽しんでいってね、いくよ!
軽快なギターの音で始まった曲はいかにも青春ロックといった感じでアフターグロウによく似合っていた。演奏の上手い下手はよくわからないけれど五人の息がピッタリと合っていてなんだかとても楽しそう。
それよりも生音の強さに驚く、体の奥まで音が染み込んで心臓の鼓動までがリズムに支配されているみたいな奇妙な感覚に陥ってしまう。
観客達の視線は全てステージの五人に向けられ、ステージの五人は音楽でそれに応える。今までは映像で一方通行のライブしか見た事が無かったけれど、ライブって観客ありきの芸術なんだとあらためて思ってしまった。
「凄い! 凄いよ! ライブって凄い!」
ライブの音であまりハッキリとは聴こえないけれど香澄も喜んでくれているみたいだね。良かった、これでキラキラドキドキとしてくれて無事にバンドを始めてくれそうだよ。
安堵した気分で横に居る香澄を見やった、筈だった。
だけどわたしの視線の先に見えたのは……。
どう見ても幼い少女、そして星々が無限に広がる美しい夜空だった。