怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
番外編その1:
西暦2063年3月某日。
森に呑まれた新宿の街を、影が行く。
体内から喰い破らんと増殖した菌糸で全身が膨れ上がった奇怪な姿。ヒトとしての意思を喪い、ただ薄笑いを浮かべながら彷徨い歩いている。
影の正体は第三の生物、〈マタンゴ〉。
旧新宿東京医学センターの廃病院を根城にしていたマタンゴどもであったが、『ある事件』が原因で
そんなマタンゴどもを狙う一団があった。
纏っているのは抗菌仕様の対獣特殊防護服と防毒マスク、その胸元にはエクシフ七芒星をベースにした紋章が貼られている。
彼らは新生地球連合軍〈真七星奉身軍〉。かつての旧地球連合軍の秘密工作部隊を前身とする
「構え!」
指揮官の合図で奉身軍のニンジャたちは携えていた兵装を構えた。彼らが構えているのは火炎放射器、着火した液体燃料を高圧で浴びせて獲物を焼き殺す武装である。
狙うはマタンゴ。人間を宿主としてその版図を拡げてゆくマタンゴは、根治不能な伝染病という側面も持っている。対処法はただ一つ、菌糸の一本も残さぬよう完膚なきまで焼き尽くすことだ。
指揮官が合図した。
「放て!」
一斉に猛火の息吹が上がる。月光の薄明りに照らされた闇を鮮やかなオレンジの炎が切り裂き、煌々と照らす。
マタンゴどもはたまらない。高温高圧の燃える液体燃料をまともに浴びたマタンゴは全身があっという間に燃え上がり、人肉とキノコの焼かれる香ばしい空気が一帯を満たした。
マタンゴどもが次々と焼かれてゆくその最中、一体のマタンゴが飛び出してきた。
赤いドレスをまとったそのマタンゴ――
(……マタンゴが炎を恐れないなんて!)
重量のある火炎放射器では取り回しが悪いこともあって兵士たちは反応が遅れ、タマミによる急接近を許した。
タマミは周囲に転がっていたマタンゴたちの残骸を一気に吸収合体して、身長30メートルの巨体へと変貌する。
かつてタチバナ=リリセたちを襲った第三の生物、ジャイアントマタンゴだ。
ジャイアントマタンゴは手を伸ばして兵士の一人を摘まみ上げると、力任せに防毒マスクを剥ぎ取った。
「よ、よせ、やめ……」
兵士の言葉は続かなかった。ジャイアントマタンゴが、その兵士の口と鼻に自分の菌糸だらけの指を突っ込んだからだ。
組み伏せられた兵士は、むぐうむぐうと呻きながら身を捩って振り解こうとしていたが、マタンゴの怪力を前には為す術もなく、やがて大人しくなった。
ジャイアントマタンゴの手から振り落とされ、地面に転がった兵士は、やがてのそりと起き上がる。
他の兵士たちは身じろぐ。ジャイアントマタンゴに襲われたその兵士の顔は菌糸に覆われ、口からは不気味な笑い声が漏れていた。ジャイアントマタンゴによって新しいマタンゴにされてしまったのだ。
嫌悪感で喉が引きつり後ずさる兵士たち。この好機に、ジャイアントマタンゴは反撃へ転じようとする。高笑いと共にのそりのそりと闊歩しながら、兵士たちへ迫るジャイアントマタンゴ。
まさにそのときのことである。
まず起こったのは縦揺れ。大地震さながらの衝撃、その場にいる者すべてがほんの刹那だけ宙へと浮き上がる。
振動は大きくなり、衣を裂くように道路の舗装が引き裂かれ、アスファルトが下から根こそぎ吹っ飛ばされる。
現れたのは戦艦の舳先のように巨大な頭部。次いで大地を割って競り上がったのは、カギ爪のように鋭い背鰭の山脈。
現れたのは強脚怪獣〈
かの『キングオブモンスター』の類縁である。
突如現れたZILLAの奇襲に、ジャイアントマタンゴは反応が遅れた。
マタンゴの膨れ上がった傘頭を、ZILLAの巨大なカギ爪が鷲掴みにした。逃れようと藻掻くマタンゴだが、しかし桁外れの握力からは到底逃れられない。
マタンゴを怪力と巨躯で抑えつけたZILLAは、体温を急上昇させ、エネルギーを充填し始めた。ZILLAの背鰭からは鮮緑色の光が洩れ、闇夜の一帯を緑に照らしてゆく。
そしてエネルギーの高まりが最高潮に達したとき、そのエネルギーの奔流はZILLAの口から火炎放射となって噴射された。
鮮緑の猛火:パワーブレスの一噴き。ジャイアントマタンゴは全身を焼かれ、炎の塊となってZILLAの足元へ零れ落ちる。
ジャイアントマタンゴが焼き殺されたことで、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してゆく他のマタンゴたち。
だがZILLAは逃さない。再び背鰭を光らせたZILLAはパワーブレスを掃射、自分に背を向けたマタンゴたちを焼き尽くす。
処刑に掛かったのはほんの一瞬。マタンゴどもは細胞の一片も残さず、灰燼へと散っていった。
真っ白な灰が降り注ぐ中、奉身軍兵士たちは安堵の息を漏らした。
エクシフ七芒星の紋章入りの首輪を着けていることからも分かるとおり、このZILLAは奉身軍本隊からの増援、つまり味方だ。これでこのマタンゴ殲滅作戦も多少は捗ることだろう。
とはいえ休んでなどいられない。作戦のタイムリミットは夜明け、日が昇るまでにマタンゴを一匹残さず始末せねばならない。
大怪獣ZILLAを先鋒に、闇夜の森を駆けてゆく奉身軍兵士たち。
かくして夜は更けていった。
その後一晩かけて無事マタンゴを殲滅した奉身軍兵士たちは、作戦司令部へと帰還。
現場で指揮を取っていた〈
副長の指示で、古い野球場の跡地へ連れ込まれたZILLA。ZILLAの準備が整ったのを確認した副長は、続いて無線機で別働隊に指示を飛ばした。
十分後、ZILLAの前へ運ばれてきたのは、『ダンプトラックいっぱいの鮮魚』であった。
台数は十台、魚の総量はおよそ百トン。奉身軍の関連組織から買い上げた
ダンプトラックはZILLAの眼前で整列停車すると荷台を傾け、荷台いっぱいの魚介類をZILLAの眼前へ降ろして山積みにした。
積み上げられた量は人間目線から見ても見上げるほどで、まさに魚の山だった。
広げられた魚の山を前にZILLAは行儀よく座り込んでじっと待っていたが、やはり魚のことが気になって仕方ないかのように見えた。いわゆる貧乏揺すりだろうか、ZILLAが落ち着きなく身を揺するので周囲が地鳴りのようにガタガタ揺れている。
そんなZILLAの姿は、愛玩用の大型犬を副長に連想させた。外見こそ似つかないが、なんだか『おあずけ』を喰らった犬みたいだ。
荷下ろしを終えたダンプトラック群が退散すると、その場には奉身軍兵士たちとZILLA、そして魚の山が残った。
準備が整ったところで、副長はZILLAに告げた。
「よし、食べていいぞ!」
しかし副長の命令にZILLAは動かなかった。
「ほら、御褒美だ! 全部食べていいぞ!!」
副長は再び声を張り上げて促すものの、ZILLAはその場に座り込んだまま魚を食べようとしない。
……どうしたのだろう。
ZILLAは手出しこそしないが、目線は魚の山へ熱烈に注がれているし、鼻先をひくつかせながら生臭い香りを堪能しているように見える。一晩中暴れ回って腹も空いているだろうし、食べたくて堪らないはずだ。
そのとき、副長の背後から『女』の声がした。
「お食べ、〈ダゴン〉」
その合図と同時に、ZILLAは魚の山へ顔を埋めてムシャムシャと食べ始めた。
ZILLAがその巨大すぎる顎を動かして魚を飲み込むたび魚の肉片が飛び散り、辺り一帯を生臭い空気が満たしてゆく。
……やはりそうだ。ZILLAも腹は減っていたし、魚が好物なのも副長が思っていたとおり。しかし『飼い主』の合図が無かったので食べられなかったのである。
副長が振り返ると、傍に『女』が立っていた。
歳の頃は四十頃。動きやすい作業着を纏い、肩までかかる黒髪を後頭部で束ねて丸眼鏡をかけている。
この痩躯の中年女科学者がZILLAの
「よく躾けられていますね」
夢中で魚を貪るZILLAを見上げていた女科学者は、副長の言葉に愛想笑いで応えた。
「ええ。この
卵から、ですか。副長は思わず感嘆の声を漏らした。
道理で人に馴れているわけだ。鋭い爪と牙、筋肉質な体つき、ZILLAの気質も外観に似つかわしい獰猛なものだと聞いているが、生まれた時から人間に飼い馴らされているのであればこの従順さも納得がいく。
今度は女科学者が副長に訪ねた。
「これだけの魚、よく用意できましたね」
「まぁ我々にかかれば、ざっとこんなものですよ」
女科学者の質問に、副長は誇らしげに応える。たしかに苦労はしたが、この程度なら軽いものだ。
「本作戦が上手く運んだのはZILLAのおかげですからね。我らが
副長が語ったとおり、マタンゴを殲滅できたのはZILLAのおかげだ。
マタンゴ自体は火炎放射器程度で対処可能ではあるが、マタンゴには感染性がある。胞子や菌が体内に入り込まれるようなことがあれば、先程犠牲になった同志のように自分たちがマタンゴになってしまう。ZILLAのパワーブレスによる圧倒的火力がなければマタンゴを殲滅しきれなかったろうし、ともすれば同志の中でもっとマタンゴによる犠牲が出ていたかもしれない。
副長の言葉はそんな感謝の想いを込めたつもりだったのだが、しかし副長の言葉を聞いた途端、女科学者の顔が無表情になった。
「……どうしました?」
副長の問いかけに、女科学者は「いえ、別に」とぶっきらぼうに応える。
何か気に障ることでもあったろうか、と副長がいぶかしんでいるのを尻目に、女科学者はちょうど魚を食べ終えて口元を舐め回していたZILLAに向かって声を張り上げた。
「行こう、ダゴン」
飼い主の命令を受けたZILLAはゆらりと立ち上がり、轟音めいた足音と地鳴りを響かせながら、女科学者の後に続いて餌場から去って行った。
ZILLAと女科学者が去ったあと、傍らで様子を見ていた奉身軍司令マン=ムウモは「おい、
「言葉遣いに気をつけろ。特に彼女の前で『ツナイーター』は禁句だ」
「そうなのですか? 自分としては渾名のつもりだったのですが……」
副長としては親しみを込めた冗談のつもりだったのだが、何故かしらん女科学者の機嫌を損ねるものだったらしい。
「ああ、そうか。貴様は入ったばかりで知らなかったのだな」
ムウモのいうとおり、元傭兵だった副長は奉身軍では新参の部類に入る。
ムウモは頭を掻きながら、副長に教示した。
「少なくとも彼女の前ではやめろ。なんでも『侮辱されたような気がする』らしい」
「侮辱? 怪獣をですか?」
怪獣を侮辱。副長には、ムウモの言っている意味がよくわからなかった。
片眉を釣り上げる副長にムウモは説明した。
「彼女にとってZILLAは家族同然だ。あの女と親しくするのは構わんが、気難しい性格だしあまり馴れ馴れしくすると地雷を踏むぞ」
たしかに、ZILLAのことは頼もしい戦力だとは思う。かつて旧地球連合軍の兵士たちも、オペレーション=ロングマーチで運用されたガイガンに対して強い仲間意識を抱いていたというし、怪獣を仲間と見做すこと自体に抵抗はない。
しかし『家族同然』は幾らなんでも行き過ぎだ。せいぜいよく躾けられたペット留まりだろう。
そこまで考えていたところで、そういえば、と副長は『あの女科学者はZILLAと共に“聖女様”が引き入れた人材』だという話を思い出した。
先程「卵から孵した」と述べていたとおりZILLAと接してきた時間だって誰よりも長いだろうし、サーカスの調教師が動物に対して強い愛情を抱くようなものと考えれば、あの女科学者がZILLAに特別な感情を持っていたとしてもおかしいことではない。
おかしいことではない、のだが。
「変わってますね……」
やはり素朴にそう思わざるを得ない。
普通の猛獣ならともかく、相手は怪獣なのだ。イルカショーのイルカでもなければ、アニメマンガのポケモンでもない。
それにZILLAといえば、かの『キングオブモンスター』の類縁。細身の体格に似合わぬ怪力と俊敏さ、高度な知能、そして必殺のパワーブレス。耐久性の脆ささえ目を瞑ればむしろ危険な部類の怪獣であり、実際ルーアンで初めて存在が確認された際は人間を捕食していたという話もある。そんな恐ろしい怪獣にそこまで思い入れを抱くなんて、やはり奇人変人の部類だろう。
「彼女、『LTFシステム』の設計に携わった天才と聞いていましたが、やはり天才だけにどこか変わっているんでしょうか。“聖女様”は何故あのような人物を……」
思わずぼやいた副長を、ムウモは「まあ言うな」と窘めた。
「あの女に関してはおれも付き合い切れんと思うことはあるが、今は同志なのだ。それに“聖女様”が直々にスカウトした人物、ならば我々はその御心に従うまでのことさ」
ムウモに窘められたあと、副長はひとり呟いた。
「〈ニコール=タトポロス〉……やはり変わってるな」
わたし、ニコール=タトポロスは、『
そもそも大抵、使い方が間違っている。元々『ツナイーター』は、彼らと初遭遇した地球連合軍兵士がつけた渾名だ。初めて出現が確認されたオペレーション=エターナルライト:ルーアン奪還作戦において、彼らの
……現地で名づけた兵士はよく観察していたものだと感心する。たしかにツナイーターのとおり、幼獣は魚介類を主食としているし、実際のところ成獣も魚を好んで食べる。
しかしだからといってかの種族丸ごとツナイーター呼ばわりするのは違う。たまたま好物が魚だというだけであって、彼ら本来の食性はむしろ肉を中心とした雑食、必ずしも
『ツナイーター』と『リザード』。巧みな連係プレーで襲い掛かる幼獣と成獣を区別するため、現地の兵士たちはあえて違う名前で呼んでいたのである。
……話が少々脱線してしまったので戻すが、とにかく成獣を指してツナイーター呼ばわりするのは成人を乳飲み子呼ばわりするようなもので、明らかな誤用だ。
だというのに、巷では彼らのことを
浅はか極まりない。
嘆かわしいかぎりである。
かの『キングオブモンスター』と区別するためにそう呼ぶのだという人もいる。正式名称が似ているからあえて違う名前で呼んでいるのだ、と。
しかしそれなら尚更間違っているし、不勉強を晒している。大戸島の文献を読み解けば、かの伝説の怪物:
ツナイーター、まったく忌々しい呼び名だ。そういう侮蔑的な呼び名を使ってヘラヘラ喜んでいるような人間は、自らの理解から外れたものに歩み寄る意思すら持てないほど狭量で、そのちっぽけな自尊心を満たせさえすれば幸せでいられるほど矮小で、しかもそんな自分の姿に何の反省も抱かないほど愚劣な、どうしようもないほど度し難いロクデナシの、生きるにも値しない最低のクズだと相場が決まっている。
ついでに言えば、〈
わたしも一応学者の端くれとして正式な命名には従うが、彼らにはもっと相応しい名前があると思う。
聞くところによれば、発見時にあの『キングオブモンスター』と取り違えられたことに因んだ命名らしい。
……まったく、ひどいネーミングだと思う。
物思いに耽っていたわたしは、ふとZILLA――わたしはこの個体を〈ダゴン〉と名づけていた――と目が合った。
その巨大な瞳に映る自身の顔を見て、わたしはいつのまにか自分が険しい表情を浮かべていたことに気付いた。
そんなわたしをじっと見つめているダゴン。育ての親であるわたしを心配してくれているのだ。
……気を遣わせてしまったな。ダゴンにわたしは笑いかけた。
「ダゴン、気にしないで。大したことじゃない」
そう告げてもなおダゴンは、わたしを気遣うような目線を向けている。
寄せた鼻先を掌で撫でてあげると、ダゴンは嬉しそうに目を細め、そして心地良さそうに喉を鳴らしていた。
……ダゴンは優しい
どうして誰もわからないのだろう。彼らの心がこれほどまで豊かであることを。
サカキ・レポートにある『増殖力』は、たしかに彼らの親世代、わたしが呼ぶところの『第一世代』が持っていた特徴だ。
しかし自然は本来常にバランスを保とうとする。それは怪獣の世界とて同じはずだ。旺盛な繁殖能力を持つメガギラス族が空の大怪獣ラドンに捕食されることでバランスを保つように、大きな変化が起きればどこかで辻褄合わせが行われる。
それに加え、生命の本質は変化にある。親がそうだったからといって、子も同じ特徴を持つとは限らない。
第二世代であるダゴンの母親は、ダゴンと姉妹を数頭産んだだけで、危惧されたような爆発的な増殖などは起こさぬままこの世を去った。そして第三世代のダゴンは、親たちと同じ無性生殖の体質を持ちながらまだ一度も子供を産んでいない。
わたしが進めてきた長年の研究の結果、ダゴンの一族は環境収容力に応じて産む子供の数を調整する能力を持っていることが分かった。
彼らは、そのときの地球環境に合わせて子供の数を調整することが出来るのだ。
第一世代は「産めよ殖やせよ」という方針だったのか、あるいは種としてまだ未発達だったのか、理由は判然としないが第二世代以降の個体は生息している環境の収容力を超える数は決して生まない。
つまり、サカキ・レポートで示唆されていたような野放図な増殖などは絶対に起こらない。
また、彼らは環境を破壊する
そのときそのときに応じて食性を変化させ、軍勢を築き、地球環境に仇なす存在を狩り尽くすことで、この星のバランスを保つ。
怪獣なんてとんでもない、むしろ益獣ではないか。かの『キングオブモンスター』が
ルーアンで初めて存在が確認されたとき、彼らは人間を襲って捕食していたという。その猛威の報告を受けた旧地球連合軍は、彼らのことをゴジラに次ぐ脅威と認定、討伐対象とした。
……だが、ルーアン殲滅戦で生き残った個体、そして彼女の孫に当たるダゴンを飼育、研究した末に、わたしは逆の可能性を考えた。
実は、人間の方こそ駆除されるべき存在なのではないか。
環境破壊、核実験、人間の愚行の積み重ねが怪獣という魔物を産んできた。ダゴンの先祖がルーアンで大量繁殖していたのはそんな人類を狩って個体数を調整するためで、そして今ダゴンが殖えようとしないのは、彼らが手を下すまでもなく人類の滅亡が決定したからなのではないか。
矮小な人間中心主義から離れて、より大きなスケールで捉えるならばむしろその方が自然で筋も通る。
だとするならば、怪獣たちを無理に駆逐しようとなどすべきではない。人間こそ万物の霊長などという思い上がりを捨て、身の程を弁えて彼ら怪獣と共存してゆく道を模索すべきなのではないのか。
わたしは人類の未来のため、自らの研究結果を学界へ報告した。
その結果わたしは『ゴジラ教に傾倒した狂人』とされ、学界を追われてすべてを喪った。
わたしの考えは、生物学的に相応の根拠があるものだ。怪獣を神の遣いと見做すゴジラ教のような、いかがわしいものでは断じてない。
当時のわたしは躍起になり、嘲笑う人々を説得して回った。『一生懸命に説明すればきっとわかってくれる』、愚かにもそう信じて。
……今にして思えば、わたしは大きな思い違いをしていた。彼らはわたしの考えを理解できなかったわけではなかった。
彼らはただ直視できなかっただけだ。『人類こそが滅ぶべき敗北者である』という現実を。
……人間はつくづく身勝手な生き物だ。
そして最も身勝手なのは、このわたしだ。
学界を追われたわたしの研究に興味を抱いたのは、ビルサルドのヘルエル=ゼルブだった。
あのビルサルドは、わたしにこう囁いた。
「わたしはヒトと怪獣が共存できるユートピアを創りたい。そのためにあなたの力が必要なのだ」と。
わたしは、それに飛びついてしまった。それがダゴンたち、愛した怪獣たちと仲良く暮らせるユートピアを創るためだと信じて。
だが、それからしばらくして、そんな話は虚妄に過ぎないと気付くことになった。
わたしが構想した、怪獣とコミュニケーションを取るための反響定位システム:オルカは、
LTF、すなわち『Let Them Fight:やつらを闘わせろ』。ヘルエル=ゼルブの真の狙いは怪獣のコントロール、ひいては軍事兵器化だったのだ。
ビルサルドがのたまう『怪獣との共存』など、『ヒト型種族による怪獣の支配』という意味でしかなかった。LTFシステムの試作品でチタノザウルスが運用され、ガイガンがオペレーション=ロングマーチで散った頃になってようやくその目論見に気付いたが、その頃はもう引き返すことなど出来なくなっていた。
ダゴンたちを護りたくてヘルエル=ゼルブから離反したわたしだったが、今度はエクシフのウェルーシファに拾われた。
ウェルーシファは、自身が率いる真七星奉身軍への所属と引き換えに、ダゴンたちの養育に必要な資金援助を申し出てくれた。
わたしにとっては渡りに船の提案だった。組織の後ろ盾無しにダゴンの家族たちを養育することなど出来ない。そしてそれが可能なのはヘルエル=ゼルブを除けば、エクシフ教団という基盤を持つウェルーシファだけだ。
わたしに選択の余地などなかった。
……いや、本当はあったのかもしれない。わたしがもっと賢明だったら、あるいは。
今にして思えばあの聖女気取りの詐欺師は、ヘルエル=ゼルブとの将来的な対立を見越していたのだろう。しかし当時ウェルーシファ率いるエクシフ派は、怪獣の軍事兵器化でビルサルド派から遅れを取っていた。そこでダゴンとオルカ=システムという強力なカードを持つわたし、ニコール=タトプロスに目を付けたのだ。
かくしてウェルーシファが予見していたとおり、新生地球連合はメカゴジラ復活計画をきっかけに内部分裂を起こし、エクシフとビルサルドによる世にも醜悪な内部抗争が始まった。
わたしもその下らない『聖戦』とやらに参加させられた。もちろんダゴンも。
巻き込まれた戦いの中で得られたものなど何もなかった。ダゴンの家族は次々と死に、遂にかの種族はダゴンだけになってしまった。
ひとりぼっちになってしまったダゴン。
それでもダゴンはわたしを育ての親として慕い、これからも戦い続けてくれるだろう。くだらない自尊心と復讐心と弱さに付け込まれた結果見え透いた嘘に騙され、かけがえのない家族を道具として使い潰した、こんなわたしのために。
わたしは地獄に堕ちるだろう。
チタノザウルスを、ガイガンを、ダゴンとその家族を、そしてその他多くの命を弄んだその報いをいずれどこかで受けるだろう。
わたしごとき悪党には、それでも身に余る。
……ねえ、ダゴン。
こんな愚かなわたしを、人間という生き物を、どうか赦して欲しい。
生まれる時代が違ったら、あるいはどこかで何かがひとつ違ったら、世界はきっとあなたのものだった。
そんな手前勝手な懺悔を捧げるわたしを、ダゴンはただじっと見つめていた。
好きなキャラクターを教えて
-
タチバナ=リリセ
-
エミィ=アシモフ・タチバナ
-
メカゴジラⅡ=レックス
-
ウェルーシファ
-
ジニア