怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
ヒロセ家の浴場は、母屋の離れにある。
浴場に辿り着いたわたしは、脱衣所で眼帯を外し、泥だらけの服と下着を脱いだ。
その隣でエミィも、汗でどろどろになった服を脱いでゆく。
……さて、風呂に入る前にまず、やらねばならないことがある。
「……どうした?」
振り返って訊ねたエミィに、わたしは答えた。
「いやー、昼間の怪我がさー……」
昼間のアンギラスとの追走劇で、腹部に受けた重傷が今どうなっているのか。
実は、今の今まで確認していなかったのだ。
エミィが包帯を巻いてくれたのだが、当のわたしは恐ろしさのあまり傷を直視できず、ずっと包帯を巻きっぱなしにしていた。
痛みは全く感じないし、レックスの手当てならとっくに完治しているだろう。
が、万一ということもある。もしも包帯を解いた下が、酷いことになってたらどうしよう。
……あんまり見たくないなー。
「さっさと取れよ」
逡巡しているわたしを、エミィが促した。
「傷だったらレックスが完璧に治してくれたぞ」
「そうは言うけどさー、酷い痕が残ってたりしたらイヤじゃん?」
「そんなもん残ってないから取れ。巻いたわたしが言ってるんだぞ」
「うーん……」
長考の末に意を決したわたしは、包帯をほどき、自分のお腹を直視した。
えーい、ままよ!
傷痕どころか、
バイクのハンドルが刺さっていた箇所は皮下で青くなっていたが、それ以外は変哲もないお腹だった。むしろ昔の古傷の方がよほど目立つくらいだ。
ついさっきまで、ここに金属の鋭利な棒が刺さっていたとは到底思えない。
まるで魔法みたいだ。
『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』というのは、どこぞの科学者の言葉である。
レックスは『ナノメタルで患部の治癒能力を活性化した』とか言っていたが、どういう仕組みでそのようなことが可能なのか、素人のわたしにはさっぱり想像もつかなかった。
プラズマジェットで空を飛び、怪獣と闘い、人命まで救えるメカゴジラⅡ=レックス。
ナノメタルという超テクノロジーが秘める無限大の可能性。
メカゴジラは軍事兵器だけれど、ナノメタルの技術は、医療分野でも使える気がする。
こうして怪我を治したり、体内に入り込んだ病原菌や毒物をやっつけたり、あるいは定期的に体調を診てもらって病気を予防したりも出来るかもしれない。
今の御時世にそういう医療技術があれば、いったいどれだけの人が助かるんだろう。
……そんなことを思ったりもする。
自分の身体のチェックを終えたわたしは、やがて別のことが気になり始めた。
腰を捻って俯きながら、ぼそっと呟く。
「……ちょっと太いよねえ」
あちこち歩き回っているので、足が筋肉質でたくましすぎる。
クルマでの移動も多いからなのか、尻の方もむっちりと大きく思える。
仕事柄やむを得ないことだし、ファッションモデルじゃないんだから体型を気にする必要なんかない。そんなことは理解している。
だけど気にせずにいられない。
だって、オンナノコだもん。
……うん、痩せよう。
なんとかしよう。
とりあえず夏までに!!
「いつまで自分のケツ眺めてんだ。いいからさっさと入れよ」
「はいはーい」
わたしは、浴室の戸を開けた。
園芸用のゴムホースを改造したシャワーと、カラン。
部屋の奥で湯気が沸き立っている浴槽も、数人くらいは同時に浸かれるくらいの容積を持っている。
ヒロセ家の浴室は、かつて日本の各地にあったという『銭湯』を模した構造になっており、複数人の同時利用を想定した造りになっている。
水が貴重なこの御時世、お風呂を各家庭すべてに備えることは出来ない。
かといって、風呂好きが魂に刻み込まれた日本人としては、ずっと風呂に入らないで過ごすのも耐えられない。
ましてやヒロセ家の社員さんは体を使って仕事をしている。
汗水たらして働いた後は、やっぱりお風呂に入りたくなるものだ。
そこで、ゴウケンおじさんは自宅の浴室を改装し、ヒロセ家配下の作業員たちや社員さんが使える大浴場にしているのだ。
そんな広い浴室を、今はわたしとエミィの二人だけで貸し切りである。
あるいは、このあとヒロセ配下の作業員が入浴する予定でもあるのかもしれない。
……エミィはともかく、あんな大失敗をやらかしたわたしに、こんな気遣い。
ゴウケンおじさんには本当に頭が上がらない。
そんな、ヒロセ家の厚意に感謝しながら、わたしたちはありがたく風呂を使わせてもらうことにした。
洗い場に立ち、かけ湯をした後、シャワーの蛇口をひねる。
ヘッドから流れる冷水は、すぐにほどよい熱さのお湯へと変わった。
肌寒い浴室内に湯気が立ち込め始めたところで、わたしは、頭上からシャワーのお湯を浴びせた。
熱々のシャワーから、湯気が立ち込めている。
頭上から浴びたシャワーの湯は、わたしの顔から首筋、胸を洗った。
胸の谷間から落ちた露と雫は、腹筋と腰をなぞる。
そして、わたし自身も大きさが気になる尻と、ちょっと逞しすぎる
「はあー……」
心地良さのあまりに、思わず変な声が漏れた。
ずっと浴びていたかったが、シャワーは最初と最後だけ。水は貴重だ。豪勢に使うわけにもいかない。
わたしは、石鹸と汲んだお湯を少しずつ使って、全身の泥と汗を丁寧に洗い流していった。
そして髪と身体を充分に清めたわたしは、入浴用のバレッタで髪を軽く結わえ、かけ湯をしてから湯船に浸かった。
「熱っ」
濃厚な湯気が揺れている、熱々のお風呂。
数日ぶりの湯船の温度に、全身が緊張する。
体の髄まで温めてくれる熱さに、ゆっくりと体を浸けてゆき、慣れてきたところで首から下の全身をお湯にざぶんと沈めた。
湯船で手足を伸ばせば、張られた湯が波打ち、浴槽から零れてちゃぽんと水音を鳴らす。
ふと、エミィがこちらをじっと見ていることに気づいた。
眉間に深い皺が寄っている。
「……どうしたの?」
わたしの問いに、エミィは呟いた。
「……でけえな」
エミィの視線を辿ってみると、エミィが見ていたのはわたしの胸元だった。
そこには肌色の柔らかくて大きな塊が二つ。
その名はおっぱい。
……別に自慢じゃあないよ。
ホントに自慢にならない。羨ましがる人もいるけど、こんなの言うほど良くないよ。
あと『巨乳は水に浮くものだ』と思ってる人がたまにいるけどさ。
あのね、浮かないよ?
あんなもんキモい童貞の妄想である。フィクションに決まってんじゃん。
もちろん人にもよるだろうし実際浮力は感じるけど、流石にぷかぷか浮いたりはしない。
……まあ、浮かなくても
たぷん、ぷるんと湯中で
「イヤーン、エミィちゃんのえっちー!」
そんなわたしに、エミィは答えた。
「……良い歳して恥ずかしくないのか、22歳」
……タチバナ=リリセ一世一代のボケにそんなマジレスしちゃイヤーン、である。
そんな呆れ返った氷点下の目つきで睨まれたりしたらオネーサン傷ついちゃう。
エミィのつれない反応にわたしは口を尖らせる。
「ちぇー、ノリ悪いのー」
「ノッてたまるか、そんなもん」
興が削がれたので、わたしはちょっと真面目な話を言うことにした。
「あのね、真面目な話、人の胸なんてじろじろ見るもんじゃないよ。
わたしだからいいけど、人によっては怒られちゃうよ」
そう諫めると、エミィは不機嫌そうに答えた。
「ふん。どうせ減るもんじゃないだろ」
「そりゃー減らないけどさ……」
というか、減ったらそれはそれで困るよ。
……まあ、わたしからすると小さい方が色々便利だと思うこともあるんだけどね。
動くと痛いし、肩も凝るし、汗かくと蒸れて痒くなるし、イヤらしい目で見てくる人も多いし。
エミィはというと、「何喰ったらそうなるんだ」とか「むしろ減ればいいのに」とかなんとか、そっぽを向いてぶつくさぼやいている。
何をそんな恨めしい顔をしているのやら。
そんなエミィに、わたしは提案してみた。
「……揉んでみる?」
「あ゙?」
……冗談だってば。そんな青筋立てなくても。
……という具合で、30話の冒頭へと繋がっているのである。
読んでない? そういう人は30話から読み返してね。
「ふふんふ、ふんふんふん♪
ははんは、はんはんはん……♪」
鼻唄を歌いながら湯船にゆっくり浸かって脱力していたわたしは、わしゃわしゃと自分の体を洗っているエミィの方を見た。
エミィは痩せぎすだ。
手足は折れてしまいそうなくらい細いし、脇腹は
身長も同い年の子たちよりずっと低い。
年齢はもう14歳、伸び盛りは過ぎているしこれから成長してゆくとも思えない。
……やっぱり栄養、足りてないのかな。
本人からはあまり不満を言わないけど、もっと良い環境で、もっとご飯を食べさせた方が良いのかもしれない。
そう思うと、保護者としてはちょっと忸怩たる思いはなくはない。
とはいえ、それはそれ。
エミィが痩せているのは、当人が極度の運動嫌いなのも原因だ。
そもそもエミィはインドア派である。
ヒマさえあればメカを弄るか、でなければ独りで本を読んでばかりいる。子供らしく外で駆けまわったり、友達と遊んだりはしない。
そもそもスポーツ自体があまり好きじゃないらしい。
……スポーツ少女になれとは言わない。勉強だって大事だし、本や空想の世界も楽しいだろう。
だけど、たまには身体を動かして友達と遊んだりするのも必要だと思う。
それにエミィだって本当は可愛いのだ。
ちょっと気難しいけれど根はとても善い子だし、全方位に向かってシャーシャー威嚇してる猫みたいな態度をやめれば友達もできるだろう。
ボーイフレンドだって出来るに違いない。
だがそれを指摘すると、エミィは決まってこう返してくるのだ。
「わたしは頭脳労働者だからいいんだ。
それに同い年は皆
ガキとなんか遊べるかよ」
……そう言うエミィだって、わたしから見れば十二分にコドモなんだけどな。
怒られるから言わないけどね。
「でも、いざってときはやっぱり体が資本だ。ちょっとは鍛えないと病気になっちゃうよ」
「長生きなんかするもんか。わたしは太く短く生きるんだ」
「またまた、そんなこと言っちゃって~」
そういうわたしを、エミィはジロリと睨んだ。
「おまえこそ痩せろ。
太り過ぎだ、むちむちした体しやがって」
……むちむち、と仰いますか。
「太ってないしぃー。筋肉だもーん」
そう言いながら、わたしは、腕で力こぶを作って見せる。
サルベージ屋は体力勝負なところがあるし、それに女子供だけで外を旅するのはやっぱり危険が伴う。
そういう理由から、わたしは可能なかぎり自分の身体を鍛えている。
流石に男の人には負けるけど、街の腕相撲大会 女子の部ではいつもトップ3に入ってきた。
腹筋だって縦に割れているのだ。
見よ、この筋肉!!
「筋トレはいいよー、筋肉は裏切らない!
エミィも筋トレやろうよ、楽しいよ?」
「……メスゴリラめ」
「なんか言った?」
「べつに」
ぶつくさ呟きながら体を洗い終えたエミィがタオルで雫を拭い、風呂場を出ていこうとする。
「あ、コラ、ちゃんと湯船に浸からないと!」
「うっさい」
わたしの制止をエミィは不機嫌そうに一蹴、そのまま湯船にも入らずに風呂を上がってしまった。
エミィはいつもそうだ。
いわゆるカラスの行水で、最低限洗って身繕いが出来たらそれでヨシとしてしまい、ときにはお湯にすら浸からないときがある。
……可哀想に。お風呂の良さがわからないとは、なんて不幸な子なのだろう。
風呂好きが魂のレベルで刻み込まれている日系人としては、ゆっくり湯船に浸かってリラックスする楽しみをぜひとも知ってほしいと思うのだが、エミィはどうも違うらしい。
しかもあの子、アレで結構頑固だからなぁ。
何度か説得を試みたものの言っても聞かないので、最近はあまり言わないようにしている。
……ま、いいや。
わたしは、広い浴槽で脚を思い切り伸ばし、湯船のフチにもたれながら目を閉じた。
深々と息を吐きながら気を緩め、全身全霊でもってリラックス。
浴槽に身を委ねたわたしは、歩きすぎでむくんだ脚を筆頭に、全身のストレッチを行ないながら、凝り固まった肢体をほぐす。
やがて体の奥まで温まり、溜まっていた疲労が溶け出てゆく。
……湯船に入るとホントにラクだ。
まさに肩の荷が下りるというか、重力から解放されるというか。
加えて、身体の芯から温まって、体調が整ってゆくような感じがある。
仕事柄、野宿には慣れっこだけれど、やっぱりお風呂は好きだ。
ましてやそれが数日ぶりで、仕事上がりというのなら、また格別というもの。
骨の髄まで生き返る気分。
浮かび上がる夢心地、まさに極楽。
「はー……ババンバ、バンバンバン♪ ババンバ、バンバンバン♪……」
熱々の湯に身を委ねているうちに気分が上がってきて、わたしは歌を
エミィもいなくなったし、とやかく言う人はいないだろう。
「いい湯だなー♪」
「ババンバ、バンバンバン♪ ババンバ、バンバンバン♪……」
服を着替え、湿った頭をタオルで拭っていたエミィ=アシモフ・タチバナは、離れの浴場から聞こえてくる歌声を耳にした。
……リリセのやつ、また変な歌うたってんな。
鼻歌を唄うのはリリセの癖だ。
本人曰く「小さな頃に観ていた歌番組の録画の影響」らしいが、年齢にしてはかなり選曲が古いらしい。
エミィは想像もつかないが、中には1960年代、つまり100年前の曲もあるという。
……当時のテレビは、そんな古臭い曲ばっかり流してたのか?
疑問でならない。
風呂で歌、別に悪いことをしているわけじゃないし、誰かが迷惑するわけでもない。
しかし気分が乗ってきたからといって、離れから響いてくるほどの大声で歌い出すのは流石にどうなんだ。
年甲斐なさすぎるだろ、今年で23歳。
……まあ、嫌いじゃないけど。
『嫌いじゃない』というのはかなり控えめな言い回しだ。
嫌いじゃないどころか、こんな平穏な時間がエミィは好きだった。
ずっと続いたらいいのに、と思うくらいには。
頭を拭き終えたエミィは、冷蔵庫を開けて瓶を一本取り出した。
手で掴むのにちょうどいい細長い形状で、英字のカッコいいロゴが入っており、そして中は鮮やかなオレンジ色の液体で満たされている。
中身は、オレンジジュースだ。
このオレンジジュースは、エミィ=アシモフ・タチバナの好物の一つである。
贅沢品だし甘いものの摂り過ぎは良くないというので、ヒロセ家では『エミィは一日一本まで』と決まっている。
その貴重な一本を、エミィは風呂上がりに飲んでしまうことにした。
それも一気飲みだ。
嗚呼、なんと贅沢なのだろう。
これぞまさに至福!
……と、エミィはオレンジジュースの栓を開け、口をつけて、ぐいと一気に
よく冷えた、さっぱり味のオレンジジュースが、汗ばんだ体に染み渡ってゆく。
「ごちそうさま」
こうしてオレンジジュースで喉を潤したエミィは、部屋の隅に置いてある水槽を覗き込んだ。
水槽の中には、この家で飼われているスッポンが泳いでいる。
「……元気してたか?」
エミィは、スッポンに声をかけながら、水槽脇の餌入れから餌を摘まみ上げ、水槽へと落としてやった。
頭上から餌が落ちてきたのに気づいたスッポンは、よたよたと泳ぎながら寄ってきて、水面を漂っている餌にがっついてきた。
スッポンは本来臆病な生き物なので餌付けは難しいのだが、この家のスッポンはエミィからの餌であれば喜んで食べる。
「よしよし」
そんなスッポンを、エミィは愛おしげな目つきで見つめていた。
極度の人見知りで、大人が嫌いで、同年代の友達もいないエミィ。
そんな自他共に認める気難し屋のエミィだったが、この家のスッポンだけは特別だ。
こうみえてエミィ=アシモフ・タチバナは動物好きである。
愛読書は動物図鑑や昆虫図鑑。
動物が活躍する映画やアニメも大好きだ。
悪漢に捕まった九十九頭のわんちゃんを動物たちが力を合わせて助け出すアニメ映画は大好きだし、小さなネズミがバカ兄弟を散々翻弄して打ち負かすコメディ映画は何度も観た。
廃墟の動物園で迷子の子供がサーバルキャットとカラカルのコンビと一緒に旅をするアニメマンガは昔からお気に入りだった。
これはリリセにも秘密だが、実はペットを飼ってみたいとも思っている。
たとえば、犬。飼うならテリアがいいな。名前はテリーにしよう。
もちろん犬に限らない。
猫、金魚、鼠、兎、猿、小鳥、なんでもいい。
爬虫類や両生類、虫だってきっと可愛い。
動物に囲まれた暮らしはさぞ楽しいだろう。
……しかし、その日暮らしのサルベージ屋ではペットを飼う余裕なんかない。
だから代わりに、この家で飼われているスッポンを可愛がることにしている。
名前もつけている。『スッポンのゼンちゃん』と呼んでいるのである。
そんな『ゼンちゃん』との触れ合いを堪能しているエミィに、背後から声が掛かった。
「……おい、エミィ。ちょっといいか」
振り返ると声の主はヒロセ=ゴウケンだった。
「……なに」
幸せなひとときに水を差されて顔をしかめるエミィに、ゴウケンは訊ねた。
「リリセは風呂か?」
その問いに、エミィはうなずく。
エミィがカラスの行水なのに対し、リリセはわりと長風呂だ。特に野営明けは長い。
謝罪行脚に行くのであれば身繕いもするだろうし、きっとしばらくは上がってこないだろう。
リリセの状況を確認したゴウケンは、エミィに話を切り出した。
「このあいだの話なんだが……」