リアルで盲目な私でもできるゲームを始めたらデスゲームでした。 作:橘 雪華
12月4日。
このゲームが始まって最初のボス攻略戦が、始まろうとしている。
前日12月3日のディアベルさん達の合同練習の際にマッピングされた迷宮区を会議に集まった全員で進み、今私達は如何にもな雰囲気を放つ大きな扉の前に立っている。
この先に、第一層のフロアボスが、いる。
当初、このボス戦は《偵察戦》という、ボスやその取り巻きの行動パターン等を把握する為の戦いがあったんだけど、とある物が発見されて偵察戦の必要がなくなった。
そのとある物というのが――例のガイドブックの《第一層ボス攻略編》、というもの。
今朝になって新しくNPCのお店で販売……というより配布されたそれはすぐに攻略組の全員が貰いに行き、皆がそれに目を通した。
内容は、昨日ディアベルさん達が合同練習の時に少しだけボス部屋を覗いて得たボスの名前の他に、
推定HP量、ボスの装備している武器の間合い、剣速、ダメージ量から使ってくるソードスキルまで、それが3ページ分びっしりと書き込まれていた。
ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》。
身の丈二メートル程の巨大なコボルドで、武器は曲刀カテゴリの《
そして取り巻きとして《ルインコボルド・センチネル》を3匹引き連れている、という。
それだけなら取り巻き役なんて楽だと思いがちだけど、攻略本には《コボルドロード》の4段に重なったHPゲージが1本減る度に新しく出てきて、合計で12匹の《センチネル》が現れると書いてあった。
いくらなんでもここまで細かく分かる物なのか、と疑問に思っていたものの、本を閉じた裏表紙を見てすぐにその疑問は解消された。
【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】
多分、皆もそれを見たんだろう。読み終わった人達がざわざわとしていたのを覚えている。
というかキバオウさん辺りがまた大騒ぎすると思ったけど、特にそういう事は無かった。
そんな事があって、攻略本の内容を見たディアベルさんが勝てない強さじゃないと判断。ボス攻略は偵察戦から本攻略に変更されることとなり、第一層攻略部隊はトールバーナの町から出発した。
「うぅ、なんだか緊張してきました……」
たまに脇から襲い掛かってくるモンスターが前の集団に瞬殺されるのを眺めながら、ふぅ、と息を一つ。
偵察戦が無くなるのは良い事なんだろうけど…それでもぶっつけ本番って事だし、少し不安だ。
「いくら攻略情報があるとはいえ危険な事には変わりないんだし、仕方ないよ」
「だな。それに、あの攻略本を全部信用する訳にもいかないし」
「ベータ版と正式版の変更点、ですか」
私の呟きに反応したアスナさんとキリトさん。
二人の言葉に私がそう言うと、キリトさんは無言で頷いた。
確かに、元からある情報を鵜呑みにして、それが間違っていたらかなり危ない。
実際それが原因で命を落としている人もいるみたいだし…。
「……それにしても、こう…皆で揃ってぞろぞろ歩いてるのって、なんか遠足みたいな感じね。他の……え、MMOゲーム? でもこうなの?」
「はは…遠足は良かったな」
言われてみると複数人で同じ方向に歩くって言うのは遠足を思い出すかもしれない。その時は大体同じ班の子とかに転ばないように手を引いて貰っていたけど。
「けど残念ながら他のタイトルじゃとてもこうはいかなかったよ。フルダイブ型じゃないゲームは移動するのにキーボードなりマウスなりコントローラ操作をしなきゃならないから、チャット窓に発言を打ち込む余裕はなかなかないんだ。ボイスチャットとかがあるゲームならその限りじゃないけど、俺はそういうのやってなかったし」
キリトさんの答えに、アスナさんと揃って私も「なるほど」と納得。
そういうコントローラー自体はどんなものか知らないけど聞いた事はあるから、きっとチャット? を入力すると移動できなくて足が止まっちゃうんだろう。
「と、そうだ。今のうちに確認しておこうか」
と、キリトさんが歩きながらそう言って、真面目な表情になる。
確認、って言ってたし、きっと戦いの話だろう。
「……あぶれ組の俺たちの担当は、E隊の討ち漏らした《ルインコボルド・センチネル》ってボスの取り巻きだ」
「…わかってる」
E隊の討ち漏らし、って辺りでアスナさんがまたすごい不機嫌そうな顔になった。
気持ちは分からなくもないけどね。
「そ、それで、討ち漏らしを見つけたら、俺が奴らの長柄斧ポールアックスをソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチして飛び込んでくれ」
「…わかったわ」「りょうかいです」
と、まぁ。内容自体は本当に確認程度の簡単なもので、
場慣れしているキリトさんが隙を作り、まだこういう事に慣れてない私とアスナさんのどちらかが仕留める…みたいな感じ。
そうなると速度的にアスナさんが主になりそうだし、私は……いやいや、慣れるためにもしっかり見たり積極的に行かないと。
そうして迷宮区へと突入し、ここも数の暴力でモンスターを蹴散らしながら進み…大きな扉の前まで辿り着いた。
周りの様子を見るに、ここがそうらしい。扉の前に立って地面に剣を突き立て、最終確認のようにそれぞれの役割を話していく。
「――俺からは以上だ。何か質問は?」
確認を終えてディアベルさんがそう言うと、隣で挙手する人がいた。キリトさんだ。
それを見たディアベルさんが「どうぞ」と言うと、キリトさんは上げた手を1の形にして話し始める。
「一点だけ。ベータテスト時の……攻略本と異なる状況が発生した場合はどうする? ディアベル、リーダーのアンタから撤退の指示が出ると考えていいか?」
そう質問するキリトさんの表情はどこか辛そうで、
ベータテスターだからこそ、ベータとの違いが致命的になりえる可能性を理解しているようだった。
「もちろん人命が最優先。だがシミュレーションは完璧さ、誰も死なせやしない」
キリトさんの質問に、自信のある顔で答えるディアベルさん。
すると、脇の方から悪態をつくような声が聞こえてきた。
「相手にせんでええでディアベルはん。こいつはあんさんの指揮ぶりを知らんからそないな杞憂が出てくんのや」
相変わらずのキバオウさんはキリトさんが気に入らないみたいで、そう噛み付いてきた。
キリトさんは特に気にした様子は無いみたいだけど。
「合同練習にも参加せんとフード被った怪しいヤツとチビ連れ回しとるヤツが偉そうに口出しすなや」
「む……いちいち他人に噛み付くしか頭になさそうなトゲトゲ頭は、黙って取り巻きを狩り漏らさない事だけに集中してればいいと思います…っ!」
「な、なんやと!? このイケてるヘアースタイルの何が悪いんや!」
ついむかっとして思わずそんな事を口走ってしまった……反省反省。
……お姉ちゃんと私って身長差とかどれくらいなのかな。一個下だしそんなに差がないのなら捜索情報になるかも。
「ははは、まぁその辺にして、その意気はボス戦に向けてくれ」
「あ、は、はいっ」
考え事をしていた所をディアベルさんの言葉で現実に意識を引き戻す。
キバオウさんが睨みつけてきたけど、視界の外に出して意識しないように努めると、私に向けられた刺々しい視線もふっと外れて行った。
「ともかく、オレとしては望みうる最高のメンバーが揃ったと思ってる。だから……みんなで勝とうぜ」
こほんと咳払いをしつつ、ディアベルさんは集まったメンバーを見回しながら静かにそう言うと、大扉の方へと向き直り、
「――さあ、行こう…!」
重い扉を押し開けた。
ギギギギ……と見た目通りの重そうな音を立てながら開かれた扉の先は、大きな広間。
一寸先は闇……かと思いきや、ディアベルさんを先頭にプレイヤーが部屋の奥へと進んでいくと、突然ぼぅっと部屋全体が明るくなる。
そして明るくなった広間の奥の方から真っ赤な巨体が私達の目の前へと跳躍してきて、吠える。
すると、その周囲に《
巨大な斧と盾を持ったその巨体の頭上には…《ILLFang the Kobold Lord》の文字と、そのすぐ近くに緑色の四本のHPゲージ。
こいつが今、私達が倒すべき、敵。
「攻撃、開始ッ!!」
ディアベルさんがコボルドロードに剣を向けて叫ぶと、プレイヤー達は雄叫びを上げながら一斉に駆け出す。
「俺達も行くぞ!」
「は、はいっ」
取り巻きのヘイトを受ける為に真っ先に駆け出し、《
こうして第一層フロアボス攻略が、開始された。
「スイッチ!」
小さな身体で《
「エコーちゃん合わせて!」
「了解です!」
キリトさんが下がるのを確認するのと同時に、アスナさんが正面から、私が背後からセンチネルに接近して、それぞれ細剣用ソードスキル《リニアー》と片手直剣用ソードスキル《レイジスパイク》で同時にセンチネルを攻撃する。
ちょっと過剰にも思えるけど、両側から攻撃を受けたセンチネルは堪らず光となって砕け散った。
そんな感じで、自分達の方で割といっぱいいっぱいだったからあんまりじっくりは見れてないけれど、本隊の方も順調な様子。
壁役と攻撃役の連携がバッチリだし。
昨日の合同練習の成果ってことなのか。…いや、それもあるけど、なによりディアベルさんの指揮が的確なのもある。
ああいうの、向いてる人なのかな。
ぼんやりしながら本隊の戦いを眺めていると、横から足音とガシャガシャとした鎧の音と…敵意。
きっとゲージが減って湧いてきたセンチネル、かな。
「エコー! 横!」
後ろでキリトさんの叫び声が聞こえてきたけど、いる事がわかっているから慌てることも無い。
向かってくる足音、振りかぶる空気の音。《音》周りがしっかりしてある事に少し感謝しながらも、一歩後ろに下がる。
「っ、と…」
するとブォンっ、と風切り音を立てて目の前に振り下ろされる《
攻撃を外して地面に武器を弾かれた隙を逃さずに、構えた剣でセンチネルとその手の《
「アスナさん、スイッチ!」
「…え、ええ!」
自分と武器を同時に攻撃されて怯んだ所でアスナさんに
何故かアスナさんの声に驚きみたいなのが混じってたけど、それでもアスナさんの突きは相変わらず捉えきれない速度で《
「ふわ……アスナさんって本当にすごいですよね……」
「え? あ、うん、ありがとう……じゃなくて、エコーちゃん今のどうやって――」
アスナさんが何か言いかけるも、その言葉は「グオオオオオオッ!」という咆哮によってかき消された。
アスナさんの方が気になりつつも、何かあったのかと私の意識は咆哮の聞こえた方に移る。
見ると、コボルドロードがさっきまで持っていた斧と盾を放り捨てて、本体のプレイヤー達を睨みつけていた。
HPゲージを見てみると残っているのは一本――つまり、ここから話に聞いていた、武器を《
「情報通りみたいやな!」
「下がれ、俺が出るッ!」
すると、今まで後方で指揮をしていたディアベルさんがそう言って一人でコボルドロードに向かって行く。
新たに湧いてきた《
(どうして一人で…?)
今まで的確に指揮していたハズのディアベルさんが、まるで何かを狙っているようにたった一人でコボルドロードに向かっていく姿に疑問を覚えるもののその時既にディアベルさんはソードスキルのモーションを取っていて、その手の剣が光り輝く。
そしていよいよ、コボルドロードが湾刀を抜い、て――?
コボルドロードが抜き放った
「…タルワールって、湾刀って書く割にあんまり曲がってないんですね…?」
「え? ……ッ!!」
そんな私の呟きに、丁度《
そしてキリトさんが視線をコボルドロードの方に向けた瞬間、息を呑む音がかすかに聞こえた。
「……だ、ダメだッ! 全力で後ろに跳べッ!!」
ガキンッ! と《
ディアベルさんを見守っていた数人がその声に反応してキリトさんの方を向いたけど……ディアベルさんは止まらない。
「ハアアアアッ!!」
叫びながら勇猛に突撃していくディアベルさん。
――その時、一瞬だけコボルドロードがニヤリと笑みを浮かべたように見えた気がした。
ディアベルさんの一撃が届く…その前に、コボルドロードはその巨体に似合わない跳躍力で柱へと跳び、柱と柱の間を高速で跳び回る。
それを目で追おうとして……突然、視界が眩んだように感じた。
「ぅ…っ」
「エコーちゃんっ!?」
ぐらりと世界が揺れるような感覚に思わずふらつくと、横にいたアスナさんが支えてくれる。
未だぐらぐらとぼやける視界で、なんとなく最近の不調の原因が分かったような気がした。
(……あんまり素早い動きとかを目で捉えようとしない方が良いかも)
原因が確定した訳じゃないけど、
もしかしたら
一先ずそれに気を付けようと思いつつ「大丈夫です」とアスナさんに言いながら、自分の足で立つ。
「…無理しないでね?」
「は、はい、ありがとうございます」
心配そうなアスナさんに感謝しつつ戦場の方を見ると、私が目の不調を起こしている間にとんでもないことが起こっていたらしい。
まだ若干ぼやけた視界の中でキバオウさん達プレイヤーに向かって咆哮するコボルドロードを見てから、さっきまで相対していたはずのディアベルさんの姿を、声を探す。
「ディアベルッ!」
そんな私の耳に届いたのは、いつの間にか《
流石の私でもここからじゃ二人の会話はよく聞こえなかったけれど、間もなくして、
ディアベルさんの身体が水色の光に包まれ、カシャン…と音を立てて、砕け散った。
よりにもよって、この攻略戦で最初に命を落としてしまったのは、
誰も死なせない……そう告げた筈の人物であり、攻略隊のリーダーの、ディアベルさんだった。