リアルで盲目な私でもできるゲームを始めたらデスゲームでした。 作:橘 雪華
ただこの先は執筆具合で前後するかもです。
1.《竜使いシリカ》
アインクラッド・三十五層にある、迷いの森と呼ばれる場所。
日も暮れたそんな場所で、一人の少女が《ドランクエイプ》という三匹の猿のモンスターに囲まれていた。
自身の体力バーは既に半分──黄色に染まっており、危険な状況だ。
目の前の標的を仕留めるべくその手に持った棍棒を少女に振り下ろす。
それを少女は軽い身のこなしで躱し、ドランクエイプ達から距離を取る。
「きゅるー!」
そんな彼女の傍に、1匹の小さな水色のドラゴンが飛んでくると、鳴き声を上げながらその口から緑色のブレスを少女に放つ。
すると、ブレスを浴びた少女の体力ゲージが少量ながら回復した。
しかしやはり回復量は僅かなもので、少女はアイテムでの回復を試みようとする。しかし…
(回復アイテムが…!?)
ソロでの立ち回りに慣れていないのか、ここまでの戦いで既にアイテムは使い切ってしまったらしく、焦りの表情を浮かべる少女。
そんな一瞬の隙を、ドランクエイプは見逃さなかった。
「ぐるぁあっ!」
「きゃあっ!」
棍棒による振り上げ攻撃。
その一撃をモロに受けた少女の身体は宙を舞い、木に強く叩きつけられた。
強烈な一撃に、体力は一瞬でレッドゾーンにまで減り、にじり寄るドランクエイプエイプ達を見て反撃しようにも短剣は叩きつけられた時の衝撃で離れた場所に落としてしまった。
絶体絶命の状況で少女は硬直してしまい、そんな彼女にも容赦などなく、ドランクエイプの1匹が雄叫びと共に振り上げた棍棒を少女に振り下ろそうとした──その時だった。
「きゅるぅぅぅ!!」
少女に棍棒が振り下ろされる瞬間、水色の小さな影が飛び入り、少女の代わりとなるように棍棒の一撃を受けた。
メキィ…と重い打撃音が響き、打ちのめされた小さなドラゴンは地面へと叩き落とされる。
「ピナっ!!」
我に返った少女が、地面に倒れたドラゴン──ピナの傍に駆け寄り、その名を呼びかける。
しかし無常にもピナの頭上のゲージは減り続け、最期に小さく一鳴きすると──パリン、と一枚の羽根を残して砕けて消えた。
少女──シリカは、後悔していた。
ついさっきまで一緒にパーティーを組んでいた内の一人と揉めてしまい、一人だけで進んでしまったことを。
──いや、やっぱりあの人は嫌だけど、それでも森を抜けるまでは一緒に居れば、こんなことにはならなかったのかもしれない、と。
ドランクエイプに関しても、強敵とはいえ現在のレベルではさほど苦労する相手ではない……と油断していたのだ。
自身の短気と短慮が招いたこの事態を後悔するシリカの背後から、ドランクエイプがトドメを刺すべく再び棍棒を振り上げていた。
だが、その一撃がシリカに届くことはなかった。
突然、ドランクエイプ達の動きが鈍くなったかと思うと、次々に砕け散った。
急なことに呆然とするシリカは、消えていったドランクエイプ達の向こう側に立っていた人物に視線を移す。
黒いコートに黒い髪の男は無表情、しかしどこか悲しみを帯びた顔で、おそらくこの人物が助けてくれたのだろう、と。
お礼をしなくちゃ……頭の隅でそう考えながらも、今のシリカはそれよりも散って行った相棒への悲しみの方が深く、残された一枚の羽根を手にして涙を溢れさせた。
「ピナ…あたしを独りにしないでよ……ピナぁ…っ!」
嗚咽を洩らしながら泣き続けるシリカに、男──キリトは剣を仕舞いながら声をかける。
「その羽根は?」
「……ピナです……あたしの、大事な…」
「……君は《ビーストテイマー》なのか」
泣きながら答えるシリカの言葉に、キリトは少し驚いたように言う。
《ビーストテイマー》──SAOのシステム上のスキル等ではなく、通称としてそう呼ばれるもの。
通常、アクティブ状態のモンスターがごく稀にプレイヤーに対して友好的な興味を示してくるというイベントが発生することがあり、その機会を逃すことなく、餌を与えるなどでテイミングに成功すると、そのモンスターを《使い魔》とすることが出来るという。
《使い魔》となったモンスターはプレイヤーに対して様々な手助けをしてくれる貴重な存在であり、それに遭遇し見事テイムを成功したプレイヤーのことを、羨み等を込めて《ビーストテイマー》と呼んでいた。
「……すまなかった。君の友達、助けられなかった」
「いえ……あたしがバカだったんです……一人で森を突破できるなんて、思い上がっていたから………ありがとうございます、助けてくれて……」
申し訳なさそうに言うキリトに、泣きながらも礼を言うシリカ。
するとキリトは少し考えるような素振りを見せると、地面に座り込んでいるシリカの傍に屈んで、シリカの手の羽根を見つめた。
「その羽根……アイテム名とか設定されてるか?」
助けてくれたとはいえ見知らぬ男に近寄られて困惑するシリカだったが、その言葉を聞いて手にしていた羽根に指で触れた。
すると浮き上がった半透明のウィンドウには《ピナの心》というアイテム名が表示された。
「……うぅ…!」
「な、泣かないで。心アイテムが残っているのなら、まだ蘇生の可能性がある」
「ほ、本当ですか…!?」
アイテム名を見て再び涙が溢れそうになるも「蘇生の可能性」という言葉ににバッと顔を上げた。
「……四十七層の南に、《思い出の丘》というフィールドダンジョンがある。そこの奥地に咲く花が使い魔蘇生用のアイテムらしい」
「最近解った事だから、まだあまり知られていないんだ」と付け足しながら言うキリトの言葉に、シリカの表情はぱぁっと明るくなる。
……が、すぐにまた暗い表情で俯いてしまう。
「……四十七層……」
四十七層。現在のフロアは三十五層であり、十二も上の層ともなればとてもではないが安全圏とは呼べない。
基本的なゲームとしての適性レベルは=階層といったものだが、SAOは通常のゲームとは違い、死んだら終わりのデスゲーム。
安全等を考えると、大体層+十くらいはないと危険である。
「……実費だけ貰えれば俺が行ってきても良いんだけど……使い魔の主人が行かないと花が咲かないらしいんだ」
困ったように頭を掻きながら言うキリトに、シリカは首を振りながら答える。
「情報だけでもとってもありがたいです。頑張ってレベル上げをすれば、いつかは……」
「──蘇生できるのは死んでから三日までだ」
親切を有難く、けれど少し戸惑いながらもこれ以上頼り切りはよくないと思いながら言うものの、その言葉を聞いて言葉を失うシリカ。
――あたしのせいで……ごめんね、ピナ……っ
羽根──ピナの心を見つめて俯いていると、立ち上がる気配。
立ち去るんだろう……そう思っていたシリカだったが、不意に目の前にウィンドウが開かれて顔を上げる。
「大丈夫。三日もある」
「えっ…?」
呟いた言葉と目の前のトレードウィンドウに並んでいく、見たこともない名前の装備に戸惑いを隠せずにいるシリカ。
そんなシリカにも構わずに、キリトは一式装備をトレードに出していく。
「これなら五、六レベルは底上げできる。俺も一緒に行けば、多分何とかなるだろう」
「……なんで、そこまでしてくれるんですか?」
立ち上がりながら、ここまでしてくれるキリトに不信感を抱いた様にシリカは言う。
初対面にもかかわらずこんなにも色々してくれるとなれば警戒するのも仕方ないだろう。
「ん、んー……そう、だな……」
しかしキリトは警戒されているにも関わらず……あるいは警戒されていることに気付いてないのか、言いにくそうにまた頭を掻く。
そして言い辛そうにしながらも視線を逸らしながら、呟いた。
「君が、どこか……知り合いに似ているんだ。その子にも今の君と同じように聞かれて、妹に似てるから……って答えたんだったかな」
人を助けて「知り合いに似ている」そしてその知り合いに言ったらしい「妹に似ている」だなんて……ある意味ベタベタな答えに、シリカは思わず噴き出してしまう。
笑われたキリトは「やっぱり言わなければよかった……」などと呟きながらいじけたようにそっぽを向いてしまい、その姿を見てさらに笑いがこみ上げてくる。
ただ「妹」という言葉で、もしかしたら自分のせいでこの浮遊城に囚われているかもしれない大切な家族を思い出し、気持ちが沈みそうになってしまってもいた。
そんな気持ちを内に秘めつつもシリカは「この人は悪い人じゃないんだ」と感じ、そして、この人を信じてみよう……そう思った。
「あの、こんなんじゃ全然足りないと思うんですけど……」
とはいえ、こんな見たこともないような装備をタダで貰うのも気が引けるシリカは、自身のトレードウィンドウで手持ち一杯のコルを入力しようとした。
しかしキリトは「いや、いいよ」とそれを拒否した。
「俺がここに来た理由と被らないでもあるから」
「…?」
その言葉に首をかしげながらも、ふとシリカは自己紹介がまだだったなと、手を伸ばしながら言う。
「あの、あたし、シリカって言います」
「俺はキリト。暫くの間、よろしくな」
差し伸ばされた手を握って握手をしながら、お互いに自己紹介をする二人。
こうして、キリトとシリカは一時的に組む事となったのだった。
あれから迷いの森を抜けて、時間も時間だった為三十五層の主街区《ミーシェ》まで戻ってきたキリトとシリカ。
街を歩いているとさっそくというべきか、シリカにとって顔見知りなプレイヤー達が声をかけてきた。
シリカは短剣使いの腕と相棒であった使い魔のピナ、そしてその容姿もあってか、中層では《竜使いシリカ》の名でアイドルプレイヤーのような存在となっていた。
女性プレイヤーがあまり多くなく、そして年齢・容姿の影響で彼女を求めるパーティーやギルドも少なくなく、シリカはそんな状況に舞い上がってしまっていたのだ。
それが今回の過ちに繋がってしまったのだが。
「あ、あの……お話はありがたいですけど……」
心優しいシリカはなるべく相手を傷つけない理由で断ろうと頭を下げながら、隣に立つキリトに視線を送ってその腕に抱き着く様にしながら言葉を続ける。
「暫くこの人とパーティーを組む事にしたので……」
ええー、といった落胆したような声が聞こえてきて、男達はキリトに睨みつけるような視線を送る。
このままだと余計面倒なことになりそうだと直感したシリカは、男達に「すみません……」と再度頭を下げつつそそくさとキリトを連れてその場を後にした。
取り巻きの男達から離れて少ししてシリカは、迷惑事に巻き込んでしまったキリトに対して「すみません」と謝った。
「君のファンか? 人気者なんだな」
まるで気にしていないように微笑みながら言われた言葉に、シリカは俯く。
「いえ……マスコット代わりに誘われてるだけですよ、きっと。……それなのに…《竜使いシリカ》なんて呼ばれて、良い気になって……」
俯き、ピナの事を思い返し涙を浮かばせるシリカ。
そんなシリカを見てキリトはシリカの頭に手を乗せ、落ち着いた声で言った。
「心配ないよ。必ず間に合うから」
「……はい!」
不思議なことに、この人の言う事なら信じられる……そう感じながらシリカは涙を拭い、キリトに微笑みかけた。
やがて、シリカの定宿である《風見鶏亭》が見えてくると、そこでシリカは何も聞かずにここまで連れてきてしまった事に気付いた。
「あ、キリトさん。ホームはどこに?」
「ああ、いつもは五十層なんだけど……面倒だし、俺もここに泊まろうかな」
「そうですか!」
キリトがそう言うと、シリカは嬉しそうにしながら両手をぱんと叩いた。
「ここのチーズケーキが結構いけるんですよ!」
そうしてシリカがキリトの袖を引っ張るようにして宿に入ろうとしたその時だった。
「あぁーらぁー、シリカじゃない」
自身の名を呼ぶ、聞き覚えのある声がかり、シリカは顔を伏せる。
「……どうも」
「へぇー、森から脱出できたんだ。良かったわね」
真っ赤な髪の、槍を持った女性はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、シリカの方へと近づいてきた。
「……どうかした?」
「いえ……別に……」
シリカの様子を見てキリトが心配して声をかけるが、シリカはこれ以上迷惑をかけまいと作り笑いで返す。
「……あら? あのトカゲどうしちゃったの? ……もしかしてぇ……」
近寄ってきた槍使いの女性はピナがいないことに気が付くと、薄ら笑いを浮かべる。
「……ピナは死にました……でも! 絶対に生き返らせます!」
キッ、と睨みつけながら言うと、笑っていた女性の眼が一瞬見開かれる。
「へぇ、ってことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でもあんたのレベルで攻略できんの?」
「……」
「できるさ」
女性の言葉に不安げな表情を浮かべるシリカの前にキリトが立ち、言葉を続ける。
「そんなに高い難易度のダンジョンじゃない」
「……あんたもその子にたらしこまれた口? 見たトコそんなに強そうじゃ――」
邪魔をされてむっとしながらも、値踏みするようにキリトを眺めまわして嫌味ったらしい言葉を投げかけようとした女性。
そんな時、女性に小柄な人物がどん、とぶつかった。
「っ……どこ見て歩いてんのよ!」
「……あっ。ご、ごめんなさい。私、あんまり目が良くなくって……」
チッ、と舌打ちをしながらぶつかってきた相手を怒鳴る女性。
怒りをぶつけられて、黒く、猫耳のような形の特徴的なフードで顔を隠したシリカより少し低いくらいの身長のプレイヤーは、慌てた様子でぺこりと頭を下げた。
(……女の子?)
シリカはフードのプレイヤーの声に、少し驚いた様子だった。
自分以外に、自分と同じか更に下のように見える女の子のプレイヤーが…? でも、それだったら多少なりとも話題になってるはず…。
目の前の謎のプレイヤーを不思議に思っていると、不意にフードの中の視線がキリトに向けられたようにシリカは感じた。
するとキリトは「今のうちに行こう」と小声でシリカに言いながら、宿屋の方へと歩きだす。
「で、でも、道端で堂々お話してると通行の邪魔になっちゃいますよ。その……お、オバサンっ!」
「オバ…っ!?」
キリト達がその場を後にしている間に、猫フードの少女は拙く、けれど会心の禁句ワードを言い放ち、そそくさとその場を立ち去っていく。
そんなやり取りを聞いていたキリトは、微妙な苦笑いを浮かべるのだった。
そして一瞬の硬直の後女性が怒り出した時には、既にその場には女性のパーティーメンバーだけとなっていた。
というわけでそこそこの時間がすっ飛びましたが、間にあった出来事なんかはそのうちエコーちゃんが語ってくれると思います。