リアルで盲目な私でもできるゲームを始めたらデスゲームでした。 作:橘 雪華
フードの女の子があの嫌な人──槍使いのロザリアの気を引いている間にキリトさんに手を引かれて《風見鶏亭》に入ったあたし達は、時間が時間なこともあってキリトさんのチェックインを済ませてからレストランで食事を取っていた。
ここ《風見鶏亭》の一階にあるレストランで食べられるチーズケーキはあたしのお気に入りで、定宿にしている理由の一部もそれが理由だったり。
途中、キリトさんが持ち込んだという飲み物(効果が貴重そうでびっくりしたけど、キリトさん曰く知り合いが少ないから開ける機会もなかったそうだ)を頂いたりして一息ついて、あたしは空になったカップを置いて視線をテーブルに落としながらぽつりと呟く。
「……なんで、あんな意地悪言うのかな……」
そんなあたしの呟きを聞いてか、キリトさんも自分のカップをテープルに置いて口を開いた。
「……君は、
「はい……」
「そうか…。……どんなオンラインゲームでも、人格が変わるプレイヤーは多い。中には進んで悪人を演じる奴もいる」
そういうキャラクターを演じるプレイのことをロールプレイっていうんだったっけ……なんてどこかで聞いた知識を思い出しながら、キリトさんの話を聞く。
……でももし本当に
「俺達のカーソルは緑色だろ? だが、犯罪を行うとカーソルはオレンジに変化する」
続けるように話すその言葉を聞いて、キリトさんの頭の上に視線を向ける。
そこにはキリトさんの言った通り、緑色のカーソルが浮かんでいた。
プレイヤーの人には頭の上にこの緑色のカーソルが表示されていることは知っていたけど、犯罪になることをしたら色が変わるっていうことは知らなかった。
それに、オレンジ色のカーソルの人なんて見たことないし…。
「その、オレンジ色に変わる犯罪って……泥棒とかですか?」
「ああ。カーソルがオレンジになる条件……つまり犯罪行為は、盗みや傷害とかをしたらオレンジになる。そういう奴ら……《オレンジプレイヤー》の中でも、
「っ……人殺しなんて…!」
人殺し。
「従来のゲームなら悪を気取って楽しむこともできた。でも、SAOは訳が違う。……このゲームは遊びじゃないんだ」
「キリトさん……」
俯きながらそう言ったキリトさんの目は、怒っているようで、どこか悲しそうな目をしていて…。
「……き、キリトさんは、いい人です。あたしを、助けてくれたもん!」
そんなキリトさんを見て、あたしは思わず身体を乗り出してキリトさんの手をぎゅっと包み込むようにしながらそんなことを言っていた。
「……俺が慰められちゃったな。ありがとう、シリカ」
キリトさんは一瞬驚いたようにしつつも、微笑みながらそう言ってきて。
言われた途端、何故だか顔が熱くなってきて…。
「わぁぁっ!!」
恥ずかしさがこみ上げてきて、慌ててキリトさんから手を離して席に座りなおし、熱さからぱたぱたと顔を手で仰ぐ。
「あ、あれー? チーズケーキ遅いなぁっ! すみませーん! デザートまだなんですけどー!」
そして紛らわすように、逃げるようにして店員の人にそう叫ぶのだった。
うぅ、恥ずかしい…。
「はぁ…」
ぼふっ、と宿の自分の部屋のベッドに、武装解除で下着姿になって倒れ込む。
「……もう少しお話ししたいなんて言ったら、笑われちゃうかな」
ぽつりと独り言を零した……そんなときだった。
こんこん、と部屋の扉をノックする音が聞こえて、ビクリと飛び起きた。
「シリカー、まだ起きてる?」
「き、キリトさん!?」
しかもドアの向こうから聞こえてきた声は、たった今考えていた相手──キリトさんの声で、尚更心臓が跳ね上がった気がした。
「四十七層の説明を忘れてたんだけど、明日にしようか?」
「大丈夫です! あたしも聞きたいと思ってたところで──」
どうにか平静を装いながらキリトさんを部屋に迎え入れようとドアノブに手を伸ばして……はっとする。
そう、今のあたしは武装解除したままの姿。つまり、下着姿のまま。
それにギリギリ気付いたあたしはキリトさんに変に思われないよう素早く防具を装備し直して、扉を開けた。
あ、あぶなかったぁ…。
「シリカ、どうかした?」
「いえ! なんでも! キリトさん、そのアイテムは?」
内心ほっとしつつ、気持ちを切り替えるためにとキリトさんが机の上に持ってきたアイテムのことを聞いてみる。
「ああ、これ? 《ミラージュ・スフィア》って言うんだ。」
キリトさんが机の上に置いたそれを指先でタップするように触れていき、表示されたウィンドウを操作してOKを押す。
するとそのアイテムの上に大きな円形のホログラフィックが出現した。
「わぁ……」
圧倒されつつも見てみれば、それはアインクラッドの層一つを丸ごと表示するマップのようだった。
「ここが四十七層の主街区。こっちが《思い出の丘》で、この道を通るんだけど……」
大きなマップを指さしてわかりやすいように説明を始めるキリトさんだったけれど、突然黙り込んでしまう。
「キリ「しっ!」…?」
不思議に思って声をかけてみると、キリトさんは真剣な表情であたしの声を遮る。
「誰だッ!」
そして真剣な表情でドアの方に向かうと、バンッとドアを開けて声を荒らげた。
その際どたどたと誰かが走るような音も聞こえてきて、少し不安になりながらキリトさんの後を追って聞いてみる。
「なん…ですか?」
「……聞かれていたな」
するとキリトさんはそんなことを言って、あたしは首を傾げる。
「え? でも、ノックなしだとドア越しの声は……」
「
「なんで立ち聞きなんか……」
システム上ノック無しで声が漏れるなんてことはなくて、そんなスキルを使ってまでされたそれは明らかな盗み聞き。
恐怖感がどんどん強くなってきて、早く部屋に戻りましょう。そうキリトさんに言おうとした時だった。
誰か、階段を登ってくるプレイヤーがいた。
その姿は小柄で、黒い猫耳フードを装備した姿。
それはつい先程、ロザミアにぶつかっていたあの女の子だった。
「もうっ、狭い階段を慌てて駆け降りるだなんて。人に言えないような悪い事でもしてたのかな……」
何だかぶつぶつと文句を言うようにして、女の子はこちらに歩いてくる。
ここは宿だから、自分の部屋に向かうのだろうと思っていると、女の子はあたし達の前で足を止めた。
「……えっと、その所どうなんでしょう? キリトさん」
「ああ。どうやら聞き耳を立てられてたみたいだ」
じっとキリトさんを見つめながら聞いた女の子にキリトさんがそう答えると、女の子は「へ、変態不審者さんですかね……」などと言いながら怯えた様子を見せた。
どうやらこの女の子はキリトさんの知り合いだったみたいだ。
「それと、さっきはありがとな」
「あ、いえいえ……こう、人を罵倒したりは慣れてないので上手く出来てたか心配だったんですけど」
「いやぁ、あの人にあの一言はクリティカルで決まってたと思うよ」
「そ、そうですか?」
友人同士のように話す二人に置いてけぼり状態のあたし。
そんなあたしに気付いたように、キリトさんはごめんと謝りつつ一先ず部屋に入ってからでいいか? と言ってきた。
フードで顔を隠してて怪しい感じはするけど、キリトさんの知り合いなら……という事で、あたしとキリトさん、黒猫フードの女の子の三人で部屋に戻る。
「それで、紹介が遅れたけど、彼女はエコー」
「エコー、です。ちょっとした用事で、キリトさんと別行動してました」
キリトさんが女の子の紹介をすると、女の子──エコーちゃんが答えた。
自己紹介を済ませてぺこりとお辞儀はしてくれたけど、フードは被ったままで顔はよく見えない。
「えっと……シリカです。そのフードって……」
名乗り返しながらも気になってフードについて聞いてみると、エコーちゃんはじぃっとこちらを見たまま硬直していた。
「……その、声……」
「え…?」
かと思いきや、さっと離れて「……ううん、決めつけるには……」とぶつぶつと呟いていた。
声? ……そう言えば、エコーちゃんの声、どこかで……
「それでえっと、フードが気になるんだよね。この装備は隠密スキルにブーストがかかるから、可愛いだけじゃないんだ。勿論見た目も好きだから装備してるんだけど……お陰で《黒猫》とか《影猫》とか変な呼ばれ方されるようになっちゃって……」
気になっていたフードについて説明してくれるエコーちゃん。性能が気になってた訳じゃなくて被ったままな訳が気になってたんだけど……何か理由があるのかな。
……なんだかキリトさんも《黒猫》って言葉の部分で微妙な顔してたのが気になるけど……
「……はっ! ご、ごめんなさいキリトさん……」
「……いや、大丈夫」
「ううう……えっとそれで、そうっ。なんだか妙な動きの人がちらほらいたので、気をつけてください」
「まぁ、そうなるか。了解」
「シリカ…さんも。……気をつけて」
「あ、あたし? う、うん、わかりました」
こほん、と咳払いをしながらそう言うと、エコーちゃんは「それではっ」と足早に奥の方の部屋に行ってしまった。
今の子、なんだかキリトさんと親しげだったけど……どういう関係なんだろう?
……って、あたしってば何考えてるんだろう…!
そんなことがあったりして、どうして会話を聞かれていたのか……という不安な気持ちと、何故だか気になる猫耳フードの子のことを考えながら、一夜を過ごしたのだった。
「むぎゅん……」
《風見鶏亭》の宿の一室で、私は溜め息を吐きながらぼふっとベッドに倒れ込む。
そのままくるくると現実と同じらしい色の髪の毛を指でいじる。
「可愛いけど、ずっと装備してるせいで変な呼ばれ方するようになって……なんか恥ずかしいよ……」
ついさっき、シリカとの会話で彼女が
その時に飛び出した、私に付けられた《影猫》という呼び名。
実はこれ、実際に私の通り名だったりする。《黒の剣士キリト》とか、さっきの子で言う《竜使いシリカ》みたいな感じの。
そう呼ばれるのはなんか変な感じがして苦手だし、もっと嫌なのはもう一つの呼ばれ方。
《黒猫》……この名前をキリトさんの前で出すと、ほんの少しだけ、キリトさんの表情が曇ってしまう様な気がしている。
それに気付いてキリトさんに聞いても「何でもないよ」って言われるし…。
「はぁ……」
……過ぎた事を後悔しててもダメだよね。キリトさんにはまだ後で謝ろう。
ごろん、と仰向けになって起き上がり、ベッドに腰掛けながらさっきまでのことを思い返す。
あの女の子……シリカの声の事。
私の聞き間違いじゃなければ、あの声は──
けど、声だけで決めつけるわけにはいかない。現実でも一度お姉ちゃんの声と似た別人の声を間違えて恥ずかしい思いをしたことがあるから。
「それに、キリトさんが一緒にいたって事は……」
キリトさんが極度の女たらしでもなければ、多分確定。
キリトさんと私が今追いかけてる連中の……獲物。
と、色々考えていると誰かからメッセージが送られてきた。
まぁ、このタイミングってことはきっと…。
「キリトさんからだ」
予想通り、キリトさんからのメッセージ。
内容はこれまた予想通り、奴らに狙われてるであろう標的は恐らくシリカで、
そしてキリトさん達は明日《思い出の丘》という場所に向かう旨が書かれていた。
《思い出の丘》……確かペット関連の何かがあるのと、デートスポットとしても有名な場所。
そんな場所にキリトさんとあの女の子が二人で向かう、かぁ。
……なんだろう、胸がモヤモヤする。
さっきだってキリトさんとあの子が一緒に歩いてるのを見た時も、同じような気持ちになったし…。
ううん……よくわからないけど、ここは気持ちを切り替えて…と。
「明日は早起きして、気をつけておかないと……」
明日の行動を頭の中で纏めつつ、再びベッドに倒れ込むのだった。
《黒猫》という通り名はキリトにも精神ダメージが入る通り名です。不思議ですね(すっとぼけ)
エコーの例のセリフが某幼女エルフの声で再生されのなら、エコーのボイスイメージはその人で正解だったり。
その人とシリカの声の人、演じるキャラによっては判別が難しいなと思う事がある作者でした。