リアルで盲目な私でもできるゲームを始めたらデスゲームでした。 作:橘 雪華
巨大な赤ローブの人。
それは自らを、
このゲームの遊び方を知らなくて、テレビとかを見られない私でも、その名前は知っていた。
ナーヴギアの基礎開発にまで関わっていて、何よりもこの世界……SAOの開発ディレクター、正にこの世界の生みの親。
そんな人がどうしてこんな形で……こんな、不気味な形で私達の前に姿を見せたのか──正確には見せてないけど…
最初はこのゲームが始まって初日だし、オープニングセレモニーかなにかと一瞬思ったけど、私の直感がそうではないと告げていた。
──それは無情にも、事実となって降り注いできた。
『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることは出来ない』
……城? いやそれより、ログアウト出来ない? どういうこと?
目の前で起きている事態に付いて行けずに、混乱してしまう。
──けどそれも、茅場晶彦の次の言葉で吹き飛ばされることになった。
『……また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、或いは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合──』
『──ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
「……脳を…はかい…?」
これには周囲のプレイヤーにも動揺が走り、ざわざわと広場が騒がしくなる
脳を破壊……それはひょっとしなくても、そういうことなんだろう。
──ナーヴギアを外そうとしたり、止めようとすれば……"死ぬ"。
「…ッ」
ぞわり、背筋が凍るような感覚に身を震わせて、自分の身体を抱くようにして震える。
……所々でハッタリだの、何かの冗談だのという言葉が聞こえてくるけれど、盲目だったせいで人の動きの音や声の浮き沈みがなんとなく感じ取れたりしてた私には、なんとなくだけど、解る。
──あの人は多分、本気だ。本気でそう、言っている。
そしてそれは、すぐにも証明されることになる。
『なお、この条件は、外部世界では既に当局及びマスコミを通して告知されている。その警告を無視してプレイヤーの家族友人がナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからず存在し、その結果』
『残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び、
再び、ぞくりと不快な寒気が身体を駆けた。
どこからか、脅しだろ、オープニングの演出なんだろう、と震えた声が聞こえた。
──そんな私達へ、茅場晶彦は更なる絶望を叩きつけてきた。
『そして、十分に留意してもらいたい。諸君らにとって《ソードアート・オンライン》は、既にただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。
そこから先は聞かなくてもなんとなく察した。察してしまった。
それでも私は両耳を塞ぐようにして、この現実から逃れようともがく。
しかし、手で塞いでも、機械的な音声による現実は突き付けられた。
『諸君のアバターは永久に消滅し、同時に……諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
「……!」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
つまり、だ。普通のゲームなら、HPがゼロになっても、前の街とか、とにかくどこかしらまで戻されるけど、復活できる。
挑んで、やられて、そうして次は同じようにならないように学び、また挑む。…きっと、そういうもののはず…たぶん、お姉ちゃんがそんな風な事言ってたし。
けど、これは…この、SAOという世界では。
たった一度でもHPがゼロになれば、それで全てが終わりだと、茅場晶彦は言った。
……そんな、そんな世界で、なんでわざわざ危険を冒してまで、上を目指さないといけないの?
そんなのだったら、ずっと街の中に引き篭もっていればいい……
そんな考えすら過った。
──けど、茅場晶彦はそれすら予想していたと言わんばかりに、こう言い放った。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第100層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを約束しよう』
しん、と静まり返る広場。
第100層…城の頂…
さっき言ってた城ってもしかして、今私達がいるここのこと…なのかな。
「クリア…第100層だとぉ!?」
どこからか、聞き覚えのある叫び声が聞こえた。
この声は、あの赤い人……クラインさんのものだ。声の判別はある意味得意だから、きっと間違いはない。
どこにいるかはわからないけど、やっぱりクラインさんもこの広場にいるらしい。ということは、キリトさんも…
「で、できるわきゃねぇだろ! ベータじゃろくに上れなかったって聞いたぞ!!」
続けざまに、そう叫ぶクラインさんの声。
ベータ…? …そういえば、二人と一緒にいた時にクラインさんがそんなことを話してたような…
『キリトはベータテスターだからよ、こいつなら色々知ってるぜ。なにせオレも教えてもらったからな!』
と、何故か得意げに話してたことを思い出す。
ええと確か…今の正式サービス前に、選ばれた千人だけが参加できた…とかいうやつだったっけ…
終わった事にはあんまり興味が湧かない私は割とスルーしてた話題だったけど…そっか。
その人たちは、最初からある程度のアドバンテージがある、ということにもなる。
…でも、ベータテスターですら二ヶ月掛けてもろくに登れなかった?
そんな難易度なのに、一万人で、しかも死んではならないという条件つきで…100層まで上るのに一体どれだけ掛かるのか。
そんな疑問を、多分この場に集められたプレイヤーのみんなも考えたのか、静まり返っていた広場にどよめきが広まっていく。
でも、これはなんというか…まだ、困惑しているような感じだった。
多分、殆どの人がまだこれを《本物の危機》か《オープニングイベントの過剰演出》なのか判断しかねている…。
あまりにも恐るべきものであるがゆえに、突拍子が無さ過ぎて現実感が薄い…そんな感じ。
だから、本気で怯えている私は異端なのか? ただ呑み込みが早すぎるだけ? そんな風に考えてしまう。
…二度とログアウトができない。
つまり私はもう、あの病院に戻ることも、怪我を治して退院して、自分の家に、部屋に戻ることもできない。
それができるようになるのは、いつまで掛かるかもわからないこのデスゲームを誰かが進めて、てっぺんまで上り詰めて、そこにいるボスを倒した時。
その日が来るまでに、一度でも、たったの一度でも、この視界の左上にあるHPのバーが無くなってしまったら──私は、私という一個人は、
「…は、は…あはは…」
そこまで考えて、乾いた笑いが零れた。
だって…だってそんなの、信じられる?
少し前…数時間くらい前まで私は、
お姉ちゃんとこのゲームで一緒に遊ぶ約束をして、
看護師の人にお願いして、ナーヴギアをつけるのを手伝ってもらって、
準備しながら、何気ないお話をして…
そんな場所に、いつものあの場所に、もう戻れない?
ああ、もしかしたら頭をぶつけてから今までが全部夢で、本当の私は病院でずっと寝たきりとか……
……あ、それはそれでやだな…
何故かそんな冗談(冗談にしてはヘビーだけど)を思いつく私は、実際はそこまで重大に事を見てないんじゃないの? と自分自身を不審がっていると、上空の赤ローブが手を動かして、こう告げた。
『それでは最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠として。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
プレゼント…?
その言葉を聞いて、何故だか私はすぐにメニューを起動してアイテム欄を開いていた。
周りの人達も皆同じことをしている。
そして開かれた所持品リストの一番上に、それはあった。
「……《手鏡》?」
ただの鏡が、プレゼント? どういうこと?
なんて考えていると、突然悲鳴が上がった。
何事かと声のした方を見てみると、プレイヤーが次々と光の柱に包まれていく光景が目に映った。
「な、なにが起きて…」
周りで起きている事に困惑しながらも、私は無意識に《手鏡》をオブジェクト化していた。
手に取った鏡に映ったのは、
黒に近い青い髪をツインテールにし、
少し釣り目の、ツンとした雰囲気の顔。
つまり、私…というか、最初にキャラクタークリエイトでランダムボタンを何度か押して生成された、
いや、それは当たり前だ、鏡なんだから。
でも、ただの鏡をわざわざプレゼントするはずもないし、現に今だって他の人が光に──
「…え?」
ふ、と。顔を上げると、さっきまでの光景とは一変していた。
さっきまでは男の人も女の人もそれなりに……むしろ、女の人の方が少し多い感じの広場だったのに、
今は何故か
現実での服装の流行とかまでは流石に知らないとはいえ、今までズボンは男の人、スカートは女の人…と、通りすがる人達を見て判断してたから、何が異常なのかはすぐにわかった。
この光景から導き出される結論は…
──もしかして、あれがあの人達の、現実での姿?
「……まって、それじゃ…」
それを理解した瞬間、さっと血の気が引いていく感覚に襲われた。
どうして現実の姿をこのゲームに再現したのかとか、体型まで変わってる人はどういうことなのかとか、そういう疑問なんか吹き飛ぶくらいに。
──現実の姿になるって事は、"視力"はどうなるの…?
「っ!」
そうこうしているうちに、私の身体も光に包まれ始める。
──
ここでも目が見えなくなる……そんな恐怖心に震えている間に身体を包んでいた光は治まっていくように感じて。
ぎゅう、と目を瞑ったまま暫く震えていたものの、どうせ開けても暗いなら…と半ば諦めながら、目を開けた。
「………あ、れ…?」
けど、私が恐れていた事はどこにも無くて、目を開けるとすぅ、と視界に光が満ちて、またあの広場が見えた。
……ただ、さっきよりも目線が低くなっていたけれど。
「…?」
目が見えるままな事に内心ほっとしつつも、再び手に持った手鏡を覗き込む。
そこに映ったのはさっきまでの
濃いめの小麦色? 薄めの茶? とにかくそんな感じの色の髪が腰あたりまで伸びていて、
さっきと比べると大分大人しそうな顔つきの、女の子が映りこんだ。
「………誰? …あ、これ私?」
周りが阿鼻叫喚の騒ぎになってる中、またもどこかズレた呟きを零す私。
だ、だって…現実の自分の容姿なんて見る方法なかったんだし、仕方ないよね、ね? …ね?
…ごほん。と、とりあえずそれはこの際置いといて。
「…つまり、アバターを現実の容姿と同じにして、現実感を強めよう、ってことかな…」
変にボケをかましてしまったせいか、周りよりも落ち着きながらそう考察する。
でも、顔はともかく体型まで再現できるものなのかな……いや、そういえば看護師さんに手伝ってもらった初期セットアップでなんかそれっぽいのやったような…ほぼ看護師さん任せだったからいまいちぴんとこないけど。
と、なんとなくもう一度周りを見渡して、話でだけは聞いたことのあるコスプレ会場とかってこんな感じなのかなぁ、とか考えていると、再び茅場晶彦の声が響く。
『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は──SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』
『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
そう言った茅場晶彦の言葉からは、今までの無機質な感じとは違い、本当に願いが叶ったとか、そういう感じの感情を感じ取れたような気がした。
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の──健闘を祈る』
そうしてその言葉を最後に、言葉は途切れ、
赤いフードは文字の書かれたパネルで埋め尽くされた空に吸い込まれるようにして消えていき、そしてパネルも消滅。
この場所に集められた時と同じ、黄昏の空が顔を見せた。
広場には風の音と、どこからか聞こえてくる音楽だけが、響いている。
そんな沈黙の空気の中、私はいち早く行動を始めていた。
私の目的は、まず"この場から直ぐにでも離れる事"。
そうしないと、きっと私も耐えられなくなるから……
「……いや……嫌あああッ!!」
人の合間を抜けるように進んでいると、すれ違った私と同じくらいの女の子が悲鳴を上げた。
それが多分、トリガーになったのか、静まり返っていた広場は一気に騒がしくなり始める。
「嘘だろ、何だよこれ、嘘だろッ!」
「ふざけんなよ! 出せよ、ここから出せよ!!」
「この後約束があるんだよ! 何考えてんだ!」
「やだぁっ! 帰して、帰してよおおおッ!」
悲鳴、怒号、絶叫、罵声、懇願。
さっきまで赤ローブが居た場所に向かって、皆それぞれが喚き散らす。
中には地面に座り込んで言葉を失っている人、未だに呆然と空を見上げてる人もいた。
「…」
それらからできる限り意識をそらしながら、無心で広場の出口へと早歩きで向かう。
何も考えるな、意識を向けるな、呑みこまれちゃダメ…ッ
そして広場の出口に辿り付いた瞬間、全力で走り出す。
行き先なんてわからない。でも、今すぐにでもここから離れる為に、走る。
走る、走る、走る、走る…
「はぁっ、はぁっ! はぁ、はぁ、はぁ…っ」
広場の騒ぎが遠い喧騒になるほど走り続けて、路地裏に差し掛かったところで私は足を止め、息を荒げる。
「ッ…」
膝に手を付きながら、片手を胸の前でぎゅっと握りしめる。
――落ち着け、落ち着け、落ち着け、私…
そう自分に暗示をかけるようにしながら、息を整えていく。
私だって、こんなことをいきなり言われて、それがどうしようもない現実だと突きつけられて…それでも平気でいられる程バカじゃない。
でも、あのままあそこに残って、周りに呑まれて泣き崩れるよりは、この方がマシだと思っただけ。
「…お父さん、お母さん……お姉ちゃん……ッ」
それでもやっぱり堪える事は出来なくて、
壁にもたれかかるようにしながら、泣いてしまう。
…そうだ、お姉ちゃん。
お姉ちゃんもこの世界にいるかもしれない…私と同じで、囚われてしまっているかもしれない。
お姉ちゃんは…ちょっと気が弱くて、照れ屋で…でも、優しくて。
そんなお姉ちゃんが、私は大好きで…
もし、お姉ちゃんもこの世界にいるのだとしたら……
「っ…早く、見つけなくちゃ…」
――でも、どうやって?
現実の私は、目が見えなくて。
こうやって現実の姿に変えられるまで、自分の姿すら知らなかった。
当然、お姉ちゃんの姿だって……分からない。
それなのに、どうやって探す…?
…本名は、ダメ。
こういうゲームで
今の時代、名前だけでも知られたら、住所を暴くなんて容易いこと。そんな時代だから。
……尤も、現実の容姿が判明している時点で、どうかって疑問もあるけど…それはもういい。
お姉ちゃんのことを考えて、ふと嫌な想像が過って、ぶんぶんと頭を振ってその考えを散らす。
……お姉ちゃんに会うために、生き残らなきゃ。その為にも……
「…強く、ならなきゃ…」
目元の涙を指で拭いながら、決意する。
……このゲームの次の階層へと続く《迷宮区》には、次の層への道を守るボスモンスターがいるという。
お姉ちゃんを探すとしても、大勢の人の中から姿も、こっちでの名前もわかんないんじゃどうしようもない。
それでも、きっと会えると信じて……そのためにも、生き残る為に強くならないといけない。
安全なところで探すっていう手もあるけど……そうしてる間に前に進もうとして、きっと……命を落とす。
それなのに、自分だけ安全なところでなんて……
「……何もしないで、誰かに頼り切りなのは…嫌」
小さく呟きながら私は、《はじまりの街》を出る準備の為に、道具屋と防具屋で手持ちで買える範囲の防具と消耗品を買って、
手持ちの所持金はスッカラカンになったけど、どうにか軽量の防具と、ポーションを幾つか手に入れて、
そして今、私は《はじまりの街》の出入り口までやってきていた。
門の向こうに広がる、黄昏色に染まる草原を見据えながら、一呼吸。
…ここから一歩踏み出せば、そこはもう安全な場所じゃない。
いつ命を落としても、不思議じゃないフィールド……
勿論、死に対する恐怖心が一切ないなんてことはないし、今だってまだ怖い。
それに、わたしはお姉ちゃんみたいにゲームをよくやってるわけじゃないし、そもそも今日が初めてなくらいな私程度がどこまで生き残れるかだってわからない。
それでも、"先へ進む"って選択肢があるんだったら、何もしないままよりは先に進もうとする方がいい。
現実じゃ中々そうもいかなかったけど、私自身はじっとしてるのそんな好きじゃないから。
「……」
剣を手に持ち、顔を上げて前を見る。
そうだ…キリトさんにも改めてお礼しないと。
こうやって必要最低限の装備を整える知識とか、フロアボスの事とかも、全部あの人に教わったものだから。
だからこそ、再び出会う事があれば…その時はお礼をしよう、そう決めて。
「よし…行こう」
こうして私は、いつ死ぬかもわからないこの世界での第一歩を、踏み出した。
……なお、この時の私は"夜になると出現するモンスターの凶暴性が増す"なんてことは知らない訳で、
早速死にかける思いをしながら進む事になりました…うう、怖かった。