リアルで盲目な私でもできるゲームを始めたらデスゲームでした。 作:橘 雪華
「んーっ、はぁー…」
すっかり日の暮れたトールバーナの町。
キリトさんが宿として借りてるという農家近くで、私は夜風に当たりながらぐっ、と腕を伸ばしていた。
ここに来る前に聞かされたとおり、キリトさんの借りてる部屋にはお風呂がついていたわけだけど、
アスナさんが凄く目をキラキラさせてたから先に譲って、お風呂が空くまで夜風に当たってのんびりしている、という感じ。
「それにしても…ゲームの世界なのに、風とかも吹いているんだよね」
近くにあった花壇の端に腰掛けながら、呟く。
そよそよとした風が頬を撫でるのを感じながら、ぼんやりと空を眺める。
「星空…」
空にはゲームのグラフィックで再現された星空が広がっていて、中々に綺麗だった。
当然だけど、本物の星空なんて見たことがなかった私にとっては星空もこの世界に来て驚いた事の一つ。
ゲームの中の星空がこんなに綺麗なら、現実の星空は一体どんな風なんだろう。
そんな事を思いながら、そっと目を閉じてみる。
目を閉じても、僅かに感じる光。
そう感じるのはこの世界に来るために――そしてこの世界に囚われる原因となった、ナーヴギアの電子信号によって脳が感じたものでしかない、偽りの光。
だけど、そんな偽りの光だとしても、私にとっては光であることに変わりはない。
…ただ、その光に慣れていないせいなのかどうか分からないけど、時々目眩がしたり、視界がぼやけたりする。
今はまだ特に困ったりはしてないけど忘れないようにしておかないと、戦闘中とかにそんな事になったら大変だしね。
「……」
こうやって目を瞑っていると、現実の事を思い出す。
元々目が見えなかったせいなのか私は視覚以外の感覚が鋭くて、何度も会ってる人……例えばお姉ちゃんとかお母さん達とかなら足音で判別できたりしていた。
その感覚はこの世界でも通用するみたいで、ある程度ならこうやって目を瞑ったままでも近くの人や生き物を感じ取れる。
スキルで足音とかは消せても、息遣いや移動での空気の僅かな乱れとか、こう……存在感? 気? みたいなものとか。
それらはプレイヤーやNPCでも勿論、モンスター相手でも同じ方法で居場所や動きを感じ取れた。
むしろモンスターは明確な敵意を向けてくるから「あ、今狙われてる」っていう感覚……敵視? とかでわかりやすい気がする。キリトさん曰く、そういう狙われやすさの事をヘイトって言うんだって。
だから、という訳でもないけど、新しいスキルスロットが解禁された時も私は《
キリトさんおすすめのスキルだったけど、今のところは必要ないと感じたから。
「…別にチートとかじゃないし、大丈夫だよね…?」
元々現実でそういう事ができたからとはいえ、そう思うとなんだか不安になってきた。
大丈夫…うん、大丈夫なはず。でも人によってはチートって思っちゃう人もいそうだから気を付けないと…。
あ、チートに関してはいつかお姉ちゃんが言ってたから意味はわかるよ。えっと……ズルの事を言うんだよね。
ただのズルじゃなくて、ううん……例えば体力が減らなくなったり? そんな人いないだろうし、居たらつーほー? されるんだっけ?
…とかなんとか色々考えたりしていると、私の方に向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。
ええと、この感じは……多分キリトさんかな。足音の方から視線を感じるし。
「こんな所にいたのか、エコー」
「キリトさん」
目を開くと同時に声をかけてきたのは、予想通りキリトさんだった。
「順番待ち中です」
「はは、結構長そうだったぞ?」
「大丈夫ですよ、それに、女の子はちょっとくらい長くたっていいんです」
「ゲーム的には、別に汚れとかはないんだけどなぁ」
「気持ちの問題…だと思います」
私がそう言うとキリトさんは「そういうものなのか。女心は分からないな」と呟いて私の隣に座った。
「…そういえばエコー、よくソロプレイでここまで来れたな。確か
「えと……はい。ガイドブックとかで勉強したりしながら頑張ってました」
「なんなら男プレイヤーを利用して手伝って貰えばよかったのに」
利用って…キリトさんの言葉に思わず苦笑いを浮かべる。
「下心ばっかりの人と組むくらいなら、一人で頑張ってた方が気が楽、でしたから」
「ま、それもそうか。…戦闘とか辛くなかったのか?」
「んー…えっと、基本的に《
「
戦い方を聞かれてそう答えると、キリトさんは納得したように頷いていた。
というのも、たまたま隠れて後ろから刺したらなんかあっさり倒せちゃったのが始まりで、それからはその戦法をよく使うようになったんだ。
「けど、その戦い方だと剣よりも短剣とかの方が良いかもしれないな」
「あ、やっぱりそうなんですか?」
そういわれると確かに、剣だと鞘から抜くときの音で感づかれたり、ソードスキルの構え中にバレたりしてたし。
イメージ的にもそういう不意打ちとかって短剣の方が合ってるから、この不意打ち戦法も短剣の方が良いのかな。
「あんまり色んな武器をとっかえひっかえするとなるとスキルスロットが足りなくなるけど、2種くらいなら大丈夫だと思う。…今、スキルスロットって空きあるか?」
「あ、はい。レベルが10になった時に、一個増えました」
「じゃあ、まだ強敵の少ない今のうちに取ってスキル上げしておくと良いかもしれないな」
「なるほど…」
普通に戦う時は剣、不意打ちをする時は短剣。
なるほどなるほど…確かによさそうかも。
「ただ、戦闘中に武器を切り替えるのは、ウィンドウ開いたりで手間がかかるから…」
「え? もう取っちゃいました」
「早いな!?」
キリトさんのその言葉を聞く前に、既に私は3つ目のスキルスロットに短剣スキルを登録してしまっていた。
……ま、まぁ、どうにかなるよね、多分。
「あはは…と、取っちゃったものはもうしょうがないので…頑張ってみます。アドバイス、ありがとうございました!」
「お、おう。アドバイスになりえたのかは分からないけどな…」
「それでも色々教えてくれますから、感謝感謝ですよっ」
えへへ、と微笑みながら感謝の言葉を伝える。
本当に、この世界に来てからキリトさんにはお世話になりっぱなしだなぁ…
「あ、そうだ。あんまりアスナさん一人置いておくのはダメですよ?」
「あ、あぁ、そうだな。じゃあ俺は先に戻るよ」
「はいっ」
私がそう言うと、キリトさんは立ち上がって先に戻っていった。
なんだかキリトさんの顔がちょっと赤かったけど…ま、いっか。
「短剣、かぁ」
隠蔽から短剣でザクって、なんだか暗殺者っぽくてカッコいいかも…なんて思いながら、もうしばらく夜風に当たりながら作り物の夜空を眺めていた。
「………えっと…」
暫くして、キリトさんの部屋に戻ってきた私は、目の前の事が理解出来ずにぽかーんとしていた。
だって…なんでか知らないけど、キリトさんが床に仰向けになって気絶してるんだもん…
「あの…アスナさん、一体何が…」
「知らないわ」
状況説明を求めると、ふんっと鼻を鳴らしてそう答えるアスナさん。
心なしか、ちょっと顔が赤いけど…一体何が。
そういえば戻ってくる直前に悲鳴が聞こえたような気も…
「というか、いつの間に来てたんですか? アルゴさん」
「ヨッ、エっちゃん。まぁちょっとした野暮用サ」
そして部屋の中にいたもう一人の人物――独特な喋り方で、顔に動物のヒゲのような三本線ペイントを付けている金髪の人に声をかける。
この人はアルゴさん。《鼠のアルゴ》と呼ばれていて、素早さと《
この人との出会いは、ホルンカでキリトさんと別れてから少ししてからの事。
いきなり後ろから話しかけられて、悲鳴を上げたのを覚えている。
それからというもののちょくちょく私の所に来ては、色々教えてくれたりしていた。
どうしてそこまで気にかけてくれるのか、って聞いてみたところ、
「とあるお節介焼きに頼まれてナ」
とだけ言ってそれ以上は何も教えてくれなかった。
まぁ、今はもうそのお節介焼きさんが誰なのかは大体察しがついているんだけど。
ちなみに私の《
「野暮用、ですか。…まぁ、あんまり深くは聞きませんけど…」
「そうしてもらえるとオネーサンとしては助かるヨ」
「…というか、アルゴさん。ここにいたのならこの状況については…?」
多分アルゴさんはキリトさん辺りに会いに来たんだろう。特に詮索する気もつもりも無かったからその話題は早々に打ち切りつつ、現状について聞いてみる。
「まぁ、知ってる事にはしってるガ…本人の名誉の為に、ここは黙秘しておくヨ」
「…?」
どういう意味かよく分からなかったけれど、何故かアスナさんが物凄い剣幕でアルゴさんを睨んでいたのが印象的だった。
ただアルゴさんがこういう風に言った時とかは、それ以上聞こうとするとコルを払う必要が出てくるのはもう知っていたから、それ以上は何も聞かない事にした。今あんまり手持ちに余裕ないしね。
「えーっと…じゃあ、お風呂お借りしますねー…」
とりあえず、アスナさんが出てきているって事はもうお風呂は空いたみたいだから、私も借りることにする。
どう見ても気絶してるから多分聞こえてないだろうけど一応…と思いながら倒れてるキリトさんにそう声をかけてから、バスルームに入った。
「はふぅ~……」
ゆっくりと湯船に浸かると、思わずそんな風に声が漏れてしまう。
ゲーム的に汚れなかったり入る必要がない割に、お風呂の心地よさは再現されてるみたい。はぁ、気持ちいい…
現実だとお風呂なんて一人じゃ入れなくて、いつもお姉ちゃんと一緒に入ってたっけ。
歩いたり湯船に入るのは目が見えないと危ないからって。髪の毛とか身体は自分で洗えるんだけどね。
だから一緒じゃないと入れないし、洗うのはできるのにお姉ちゃんってばそっちまで手伝ってくれて……
「……お姉ちゃん」
お姉ちゃん、今どこにいるのかな。元気してるのかな。
そこまで考えて、嫌な想像が頭を過って、ぶんぶんとそれを振り払うみたいに頭を振る。
大丈夫。お姉ちゃんなら、きっと……大丈夫。
そう、自分に言い聞かせるように。
きっとまた会えるから、それまでは私も死ぬわけにはいかない。
……でも、それでも、やっぱり──
「──会いたいよ、珪子お姉ちゃん…」
ぽつりと小さく、大好きな姉の名前を呟いた。
そして一日が終わり、今現在は例の朝限定クエストで、アスナさんと一緒にキリトさんからスイッチやらぽっとろーて? とかに関して教わっている。
「っ…やぁっ!」
素早い動きで飛行する巨大な蜂のようなモンスターと対峙しながら、その羽音を頼りに翅に向かって片手直剣用ソードスキル《レイジスパイク》を放つ。
自慢の機動力を生かす為の翅に攻撃を受けてバランスを崩したところで、すかさず後ろに控えているアスナさんに向かって叫ぶ。
「えっと、えっと…あ、アスナさん、スイッチ!」
「了解…! …せやっ!」
スイッチ、の合図と共に、ソードスキルの硬直中の私の横を抜けるようしてアスナさんが前に出ると、アスナさんは……えっ?
何かをしたのかはわかった、多分突き攻撃。だけど、私の目には
半ば惚け気味で、気付いたらモンスターはパァン、と音を立てて砕け散っていた。
――い、今のは……アスナさんの動きが速すぎただけ…? いや、でも…
戦闘が終わって、剣をしまいながら考える。
……結局アスナさんの動きに関しては何が起こったのかよく分からないまま思考をやめてしまったけど。
「お、お見事…。今のがスイッチを使った連携戦闘の流れだ」
後ろから見ていたキリトさんが手を叩きながら歩いてきた。
今回はパーティーでの戦闘に関して教えてくれていたから、敵は殆ど私とアスナさんで倒してキリトさんは見ているだけだった。
ちなみにキリトさんの後ろにはアルゴさんもいたりする。
「SAOじゃ専らソードスキル後の硬直の隙を補う形で使われているけど、前衛と後衛を入れ替えたりするのにも使う。…えーっと、で、体力の減った前衛が後衛とスイッチで交代してもらって、その隙にポーションで回復するのがPOTローテ…ってとこかな」
「ぽっとって、ポーションの事なんですね。……あ、そっか。ポーションの効果って即時回復じゃなくて、じわじわ回復ですもんね」
「それもあるけど、ポーション自体に使用クールタイムがあるのも理由の一つだな。…だ、だからPOTローテをする時は《
「なるほど…」
ちなみにさっきからキリトさんが怯え気味なのは、何故かアスナさんが鬼の形相で睨んでいるからである。
キリトさん何したんだろ、昨日も気絶してたし…
それから、アスナさんがドロップ品の
その直後にアスナさんが他に買いたいものがあると言って一人で行ってしまったので、私も一度キリトさんと別れて自分の買い物をする事になった。
「えーっと…ここ、かな」
一人になって私が向かった先は、武器屋。
勢いで取っちゃったとはいえ折角短剣スキルをセットした訳だから、短剣を買っておこう…という訳。
剣はキリトさんの勧めで強化したアニールブレードをそのまま使っている。
「っていっても、まだ熟練度上がってないし、あんまり無駄遣いもしたくないからなぁ」
あくまでメインで使うのは剣だし、そういう理由もあってあんまり高い物じゃなくていいかな…と思い、特に迷う事も無く《アイアンダガー》を購入。ちょっと手に持ってみようと、装備メニューから装着。
すると腰の辺りにベルト付きでアイアンダガーが装備された。
「…当たり前だけど、剣と比べると軽く感じる」
アイアンダガーを抜いて手に持ちながら、まじまじと眺める。
軽い分リーチはとんでもなく短いけど、これだけ軽いなら素早い一撃も出しやすい…かな、多分。
思わず素振りしたくなる衝動を抑えつつ、満足した私は短剣を元の場所にしまってからアニールブレードを装備し直して、お店を後にした。
と、丁度その時、さっき別れたキリトさんと出会した。
「エコーか。…ここにいるってことは、短剣を?」
「はい。…あ、そうだキリトさん、ちょっと頼みたいことが」
こっちに気付いて声を掛けてくるキリトさんの顔を見て、丁度いいと思いながら聞いてみる。
「ん? どうした?」
「時間が空いてたらで全然良いですし、直剣とは結構違いがあるとは思うんですけど…短剣での立ち回りとか知ってたら教えて欲しいな…と」
「ああ、なるほど。この後は特に用もなかったし、構わないよ」
攻略前日って事もあって断られるかなと思っていたものの、付き合ってくれるとの返答に嬉しさを感じながら「ありがとうございますっ!」と頭を下げた。
そうして私はキリトさんに着いて貰いながら、日が暮れるまで短剣でモンスターを狩り続けた。