似てる様で似てない二人。
運命の相手に出会うのが幸福だというならば、彼女たちの出会いもまた運命であった。
GBNのいつかどこかでサラとイヴが出会い、話すだけの短編です。
あったかもしれない。あったらいいな。あれ(脅迫)。くらいの気持ちで書きました。
ビルドダイバーズリライズ、ヒロトが一体何をしたと言うのか。
まず間違いなく20:00のビルドダイバーズリライズ20話に殺されるのでそれに備えたお墓です。
鏡越しのあなたを見て、どうか幸せであれと願った。
その日サラは、咲き誇るヤナギランの絨毯の中に埋もれるようにして、そこにいた。
この花畑のヤナギランは丈が長く、座り込んだ彼女の姿をすっぽりと覆って隠してしまいそうなものだが、不思議とそうはなっていない。
彼女の透き通る瞳と薄青の髪はどこか『空』を思わせる。
陸に芽吹く花と透き通る青空。時に人が美しいと言うその二つは、どちらも互いを侵すことなく、この瞬間を彩っていた。
時折吹く風が周囲の薄紫の花弁を舞上げ、サラに悪戯するように頬を撫でていく。
『ーーー諦めない! 諦めるもんか!』
目を細めて微笑む彼女の目線の先には、虚空に浮かんだウインドウ。そこには、先日『ビルドダイバーズ』のみんなと挑んだミッションの様子が映し出されている。
『トランザム・インフィニティ!』
映像の中で青いガンプラが翼を広げて、宇宙を翔けていく。
「きれい……」
映像越しでもわかる。地球に降り注ぐ
なんとなく、ウインドウに手を伸ばし、指が触れる。
「──あれ」
寸前、サラの視界で黒い何かがぱちりとはぜた。
首を傾げた彼女がこしこしと目をこすってみれば、刹那に現れた黒はすっかり消えてしまっていた。
ウインドウを見る。そこには未だ、翼持つ青い機体が映し出されている。
「……リク」
ぽつり、とサラが呟いた。
意識してのことではない、まるで心から溢れてしまったような言葉だった。
サラがまた目を細めて、微笑む。
「素敵な子だね」
不意に隣から声がした。
サラが驚いたように隣を見ると、そこにはいつの間にかしゃがんで映像を覗き込む女の子がいた。
長い二房の金髪。清潔感のある白のスカートに、瞳はサラと同じ澄んだ青。浮かべられた柔らかい笑みが、纏う優しげな雰囲気を彩る。
空を思わせるサラに対し、彼女はどこか月を思わせた。
「ふふっ、驚かせてごめんね」
彼女は目を丸くするサラに挨拶をするとちょこんと隣に腰掛けた。
「素敵な子って……リクのこと?」
「うーん、それだけじゃなくてこの翼の子のこと。作ってくれた気持ちに応えたいって言ってる」
「……わかるの?」
「うん。だってこんなに大切に作られているんだもの」
ぱあっとサラが表情を明るくするのを見て、また金髪の彼女は柔らかく笑んだ。
「名前はなんて言うの?」
「名前……ダブルオースカイ?」
「ああ、そうじゃなくて、あなたのお名前。聞きたいな」
「わたし? わたしはサラ。『ビルドダイバーズ』のサラ」
「そっか、いい名前だね」
サラは自分の名前を名乗ると、今度はじっと目の前の彼女のことを見つめる。
「どうかした?」
「名前」
「え?」
「あなたの名前も、教えて? 初めて会う人には名前を教え合うって、モモちゃんが言ってた」
「……ふふっ、そうだね、それじゃあ私も自己紹介しなきゃね」
彼女は考えこむように目を閉じ指を立てる。
つつ、と彼女の指が顎のラインをなぞり、しばらくしてからまた澄んだ瞳を覗かせた。
「イヴ。私と一緒にいてくれる人は、私をそう呼んでくれるの」
ガンプラバトル・ネクサス・オンライン。通称『GBN』。それがこの世界の名前。
無数に広がる
この世界でなら普段歩けない人も自由に歩くことができる。アレルギーなどの面から自由に食事ができない人たちも、好きなものを食べることができる。
そう言った事情からこの世界をただのゲームだけではなく、『もう一つの現実』と捉える人も多い。
サラはそんな世界で生まれた『電子生命体』である。
リアルからログインしてくるダイバーたちの『ガンプラへの想い』が形となって生まれた彼女にとって、GBNは唯一無二の故郷なのだ。
だがそのことをまだ彼女は理解していない。
ただ、この世界でガンプラの声と想いに耳を傾け、この世界にいることが彼女にとって『生きる』ことだった。
「ビルドダイバーズに、ダブルオースカイ。ふふっ、あなたにはいいお友達がいるんだね」
「うん。みんな大切な仲間」
ヤナギランに囲まれた二人は、いろんなことを話した。
「今日はそのビルドダイバーズの仲間と一緒じゃないの?」
「みんなはもうすぐ来るから。それまで待ち合わせ」
「そっか、じゃあ私も同じだね」
「イヴと?」
「うん、今日は私も約束の時間までここで待つの」
びゅう、と風が吹き髪が乱れそうになるのをイヴが手で抑える。
「この花畑、綺麗だよね。目に映る限りぜーんぶお花。きっとこの世界全部を見ても、そうはない景色」
「わたしも、すき。ここ、みんなのきれいって気持ちが積み重なってる気がする」
「うん、わかるよ。私が初めての時はそうでもなかったけど、今は強く感じる」
「はじめてのとき?」
「その時はヒロト……今待ち合わせしてる人と来たんだけどね、その時この花畑のことを教えてくれたの。確か、Vガンダムの……」
ゆっくりと記憶にある少年の言葉をなぞるように話すイヴ。
サラは彼女の話を聞きながら、ふと、耳に緑のイヤリングがあることに気づく。
サラにはそれがなんだかガンプラのように強い想いが込められているように感じた。
「だから、この花畑には『私を見つけて』という……さっきからぼーっとしてどうかした?」
「あっ、その、耳」
「耳?」
「イヤリング。きれいだったから」
今までずっと薄い笑みを絶やさなかった彼女が、きょとんとしたように目を丸くした。だがやがて、今度は誇らしげに、まるで幼子が自慢するように、頬を緩めた。
「これね、さっき言った男の子がくれたの。手作りなんだって」
「てづくり……すごい……!」
「だよね。私も驚いちゃった。ほんとにやさしくて、がんばりやさんなんだから」
そう言って、イヴは細い指でエメラルドのイヤリングに触れると、また微笑む。
エメラルドに込められる意味は『幸福』、そして『新たな始まり』。イヤリングを贈った人の想いが、伝わってくるようだった。
サラはそのイヤリングと、イヴの横顔とをしばらくじっと見つめ、口を開いた。
「すきなの、ヒロトって人のこと?」
ぴしり、とイヴの微笑みが固まった。
心なしか、耳の先が赤いようにも見える。
「な、なな……」
「だってイヴ、その人のこと話す時、とっても優しい顔してる」
「その、ヒロトは、大切な人だけど、その……」
「わたし、その表情のイヴ、すきだよ」
「……こほん」
にこりと笑ったサラに、イヴは誤魔化すような咳払いで返した。
そして心なしか紅のさした頬を手団扇で仰ぎつつ、今度は虚空のウインドウに映るダブルオースカイに目を向ける。
「あなたにも、いるんじゃないの? そういう人」
翼を広げ宇宙を翔ける機体ではなく、どうやらそれに乗ってる人を言いたいらしい。
「リク?」
「うん。あなたも、好きなんじゃない? リク君のこと」
今度はサラが考え込む番だった。
ビルドダイバーズのリク。出会って、太陽のように笑いかけて、手を引いてくれた男の子。
「リクは、わたしにたくさんの『はじめて』をくれた人」
ガンプラで空を飛ぶこと。たくさんの友達と遊ぶこと。みんなで色々なところを旅すること。触れ合う手は、温かいこと。
サラが、ゆっくりと空を見上げて、答えた。
「だから、好き」
それ以上の言葉は必要ないというかのような、短い言葉だった。
「ほんとうにたくさんのことを教えてくれた。一人じゃ、わからないことだった」
「……そっか」
「だからサラは、モモちゃんもユッキーもコーイチもアヤメも、ビルドダイバーズのみんながすき」
「あー、そういう感じかー……」
こてん、と首を傾げるサラにイヴはなんでもないの、と首を振った。
「じゃあそのネックレスはその『ビルドダイバーズ』のみんなから?」
ぴ、とイヴが自分の胸元を指した。
それにつられてサラもまた、自分の胸元に目を向ける。そこには既に彼女のトレードマークにもなった、花のネックレスがある。
そのネックレスをサラは両手で包むように握った。
「リクが提案して、みんなが賛成して贈ってくれた、宝物なの」
「ふふっ、ほんとうにいいフォースなのね」
「うん! ほんとうにみんな大切な仲間だから」
弾けるサラの笑顔に、イヴもまた嬉しそうに笑う。
そしてぽんぽんとサラの頭を撫でると、先ほどサラがしたように空を見上げた。
「やっぱり、フォースっていいね。ヒロトに入るよう勧めてよかった」
「……?」
「ううん、あなたの楽しそうな話を聞いてたら、やっぱりフォースっていいなぁって思って。誰かと何かをするのって、とっても素敵なことよね」
「イヴも、そのフォースに入ってるの?」
「私? 私は入ってないよ」
「……どうして?」
「うーん、どうして、かぁ……」
ぼんやりと空を見上げるイヴの横顔に、初めて微笑み以外の色が宿った。
「私は、違うから、かな」
「どういう……?」
「ふふっ、ううん、ごめんね、気にしないで」
だがそれも束の間のこと。
イヴの顔には今までと同じような優しい笑みが張りついていて、もうさっきまでの感情の名残すらも見受けられなかった。
「で、も!」
突然、ぴょん、とイヴがウサギの様に跳ねて立つ。
「あなたも、さっきの子もフォースにいるならいつかヒロトと戦う日が来るかもね」
「わたしたちが……?」
「うん、GBNなんだもの。そんなことだってもちろんあるでしょう?」
そ、とイヴがサラに手を出して、彼女もまた、差し伸べられた手につかまる。
「そのときは、どっちが勝つのかなぁ」
ぽつりと呟く様に漏らした声。
まるでその結果を見られないのが惜しいと言わんばかりの、寂しそうな。
答えを求めておらず、自分自身に問いかける様な声音のそれに、けれどサラは真っ直ぐに自分の信じる気持ちを形にした。
「負けない」
「──?」
「ビルドダイバーズは、負けない」
話始めてから初めての、真剣な声。
幼子特有の疑いもせずに使う「ぜったい」と同じ強さが、そこには宿っている。
暫しの静謐。
互いに何も言わないまま僅かばかりの時が過ぎて、くすり、としたイヴの笑い声が空間を割った。
「ヒロト、強いよ?」
「それでも、リクと
「……ヒロトとコアガンダムも負けない」
売り言葉に買い言葉。イヴもまたサラの言葉をなぞる様に返答しようとして、はたと口を抑える。
「……って、言いたいけど、やっぱりわからないかも」
今度はサラが黙り込み眉を寄せた。
「ヒロトは優しいから。優しすぎるくらいに、優しいから、最後の最後で、引き金を引けない気がするの」
手を伸ばす。どこまで広がる世界中の空の向こうの、朧な月に。
「ねえ、サラ」
「──?」
「いま、あなたは楽しい?」
「うん、楽しいよ」
答えを考える必要のない質問だった。
じゃあ、とイヴが空から、サラへ、空色の瞳をした彼女を覗き込む。
「あなたは好き? この世界」
これもまた、考える必要もなく答えは出た。
「うん、大好きっ」
添えられた笑みは、今までのどの笑顔よりも大きく、眩しかった。
「ーーー」
イヴは、何も言わなかった。ただ満足そうに、心から満たされた様に微笑むと、ぎゅっとサラを抱きしめた。
その瞬間、ふっとサラの身体から何か重いものが抜けていく感覚がする。
まるで青空に隠れた雨雲の様な重さは、しだいに薄れて、それに応じてサラの意識も薄れていく。
『──た……ね』
薄れ行く景色の中で彼女は、誰かに「またね」と、そう言われた気がした。
「……ラ…………サ……ラ………………」
誰かが、呼ぶ声がした。
「サラ!」
ぱちりとサラの目が開いた。
「……リク?」
「サラ! どこも怪我とかない?! なんかこう、具合悪かったり!」
「──? だいじょうぶだよ?」
「そう? はー、よかったー。いや待ち合わせ場所に来たらサラが倒れてるから何かあったんじゃないかって……」
「……ごめんね?」
「あ、いやいいんだよ。サラがなんともないなら、さ」
そう言ってサラを抱き起こした少年──リクはニッと太陽の様に暖かく笑う。
サラもまたリクに笑い返し、ふと思い出した様に辺りを見回し始めた。
「サラ?」
「……リク、リクが来たとき誰かここにいなかった?」
「え? うーん、いなかったと、思うけど……誰かと話してたの?」
言われて、サラが指を立て考え込む。
伸ばされた白魚の様な指は細く白く、彼女の顔の輪郭をなぞり、止まる。
「よく、
「覚えてないって……」
「でもだいじょうぶだから。ふしぎと、そう思えるの」
「そっか、じゃあサラの言うことを信じる」
「うん、ありがとう」
リクとサラが笑い合う間を抜ける様に、びゅうと一陣の風が吹いた。
風はまるで二人の笑い声を彩るかの様な花弁を舞上げ、去っていく。
紫の花が舞う空の向こうに見える、昼の月。
サラはそれを見ながら「また会えるといいな」と、そう思った。
少年は、ぼんやりと空を見上げていた。
いつもの相手が待ち合わせ時間になっても一向に姿を現さないからである。
「……いつもならあっちの方が早く待ってるんだけど」
そろそろメールでも出してみるかと頭をかきつつメニュー画面を開こうとする。
「おーい〜!」
どうやらメールは出さなくても良くなったらしいことを、彼は悟った。
少年が目線を上げつつ、近寄ってくる人影に軽く手をあげる。
「ごめんね、お待たせ」
「……遅かったけど、なんかあったの?」
「んーん〜? 別に〜?」
「そう、なの?」
明らかに上機嫌である。今にも踊り出しそうにすら見える。
「さ、行こっ! 今日はコアガンダムと一緒に綺麗な景色を見に行きたいな」
言うや否や、彼女は長いスカートを翻しながら、彼の愛機の方へと走り出してしまう。
その後ろ姿を見つつ、彼はまた頭をかいた。
「……どう見ても上機嫌、だけど」
「ねー、はーやーくーっ」
「わかったわかった、今行くよ」
自分を呼ぶ声に困った様に、けれども嬉しさを隠しきれずに答えて、少年は、自分の名を呼ぶ少女と手を繋いで、駆け出した。
少女の耳元では、『幸福』と『新たな始まり』を意味するイヤリングが揺れていた。
空色の瞳のサラ、
月を思わせるイヴ、
クガもリクもどちらも漢字で『陸』と書くものであります。
初めての出会いが、どちらも初めてのログインの時のことであったり、新しい機体のことを二人で考え出してたりといい、とことん対比を考えられている作品なんすよねぇ、ビルドダイバーズリライズ。