リタさんと言えばネコチャでしょ。
3
なんで今歩けているのか、俺には分からない。
体は傷だらけ。血もたくさん出ている。骨も、どこか折れているだろう。
まさに満身創痍と云う言葉が似合う体たらくだ。
疲れた、もう眠っても良いだろう。
だけれども、村の嫌われ者の俺でも、死に場所くらいは選びたい。
1
俺はこの村で不吉な物として扱われ、忌み嫌われていた。村人には石を投げられ、路地の裏に追いやられる。
なんで、どうして。そんな感情は浮かばない。そもそも孤独には慣れている。慣れ合いは求めない。誰かを思いやるなんて、俺には出来ない。
俺にとって、他人は煩わしかった。
今日は村のはずれにやってきた。偶には散歩も良いだろう。
早朝だと云う事もあり、辺りに村人はいない。
この辺りは始めてくる場所だ。何が見えるのか、首を左右に動かしながら歩く。
見えてくるのは、木・田畑・木・木・田畑。
何だ此処、何もないじゃないか。残念だがしょうがない、適当にぶらぶらしよう。
歩き続ける事数分、木々の間から石の階段が見えた。その石の階段は山に向かって伸びている。
神社だろうか。それとも山道へ続く階段だろうか。
俺は階段を上ることにした。その先に何があるのかこの目で確かめたくなったのだ。
高い段差を上りきると、そこには社がポツンと佇んでいた。境内には目立った物は無く、あるのはネコの像が二つ。道を挟んで並んでいる。
何だこの神社は。猫の神様でも祀っているのか。だとしたら是非お会いしたい物だな。
なんて思いながら、俺は猫の銅像に飛び乗る。
あ、丁度日差しが当たって気持ち良いなここ。
俺はそこでひと眠りすることにした。
何者かの奇声で起こされたのは、それから一時間ほど後の事だった。
「キャアアアアアアアアアアアア!」
......なんだ、うるさいな。
重たい瞼を開き、不機嫌気味に音の主を睨みつける。そこにいたのは、紛うことなき変態であった。
「ハァ...ハァ...。ネコチャ...ネコチャ...」
なんだこいつ。目ガン開きにして完全にトリップしてやがる。
村人から石は投げられ苛められど、こんな反応する奴は初めてだ。
まだ寝起きの俺が欠伸をするとそいつは、
「か”わ”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”い”!!!」
と発狂する。
流石に俺でもドン引きだ。怖すぎる。
そいつは、目を合わせて俺を掴もうと手を伸ばしてくる。
誰が掴ませてやるものか。
どうせ、俺の事を放り投げるに違いない。
スルリ、と手を避け地面に降りる。
(...なんでこの変態は悲しそうな顔をするんだ?)
自分の思い通りにならなかった人間のする反応は大抵二つだ。
怒りか、諦め。
俺に対しては大体の人間は激怒し、さらに攻撃を加えて来るが。
この変態は何故悲しそうな顔をする?まさか俺を触りたかっただけ?そんなまさか、あり得ないだろ。
「はぁ、今日もネコチャに触れないよ...」
...本当に?この変態は俺に触りたかっただけなのか?
だとすると、俺は――。
「...ん?触れせてくれるの!?ありがとう!!」
初めて撫でられたその手は、とても温かい物だった。
2
変態の名前は音崎リタと言うらしい。
猫の神様を祀っている、音子猫神社の巫女だと、教えてくれた。
あれ以来、俺はこの神社に入り浸っている。
俺の初めて親友。初めての優しさ。初めての温もり。
この陽だまりは俺には似合わないほどに温かい物だ。柄にも無く甘えてしまう。
彼女は歌が好きらしい。よく歌を聞かせてくれる。
俺も一緒に歌いたくて、よく歌を聴くようになった。
彼女と一緒に叫ぶように歌を歌う。外が晴れていたら気持ちのいい歌を。雨が降っていたら暗い歌を。
声が枯れるまで歌を歌う。この時間がいつまでも続かないことなど百も承知だ。
だからこそ、彼女の傍にいる事が俺の生きる意味だと、そう謳う。
彼女と出会って二度目の冬が来た。
彼女にダリアと言う名前を貰った。俺にはもったいないくらい綺麗な名前だ。
彼女が倒れた。少し風邪を引いただけだと言っているが、風邪にしては様子がおかしい。
最近村で流行病が蔓延していると聞く。きっとそれだ。
彼女が動けないなら、俺が村の医者を呼ばなければ。
俺はひと鳴きすると、外に飛び出した。
「見ろよ!悪魔の使いだ!流行病もお前の所為だろう!」
石を投げる子供。敵と言わんばかりに俺を睨みつける大人。
案の定だ。巫女の病を知らせる事も出来ない。
「お前がいるから!死ね!この悪魔め!」
何とでも呼べばいい。俺にはダリアと言う名前がある。温かい、消えない名前がある。
少しの気の緩みだった。一度も当たった事の無い石が、俺の頭に当たった。
そこからはあまり覚えていない。
石の的になり、体を蹴られ、俺の体はボロボロになった。
3
なんで今歩けているのか、俺には分からない。
体は傷だらけ。血もたくさん出ている。骨も、どこか折れているだろう。
まさに満身創痍と云う言葉が似合う体たらくだ。
疲れた、もう眠っても良いだろう。
だけれども、村の嫌われ者の俺でも、死に場所くらいは選びたい。
彼女の傍で、あの神社で眠りたい。
まだ彼女に感謝を伝えられていない。一言でもありがとうを言いたかった。
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次に彼女が黒猫を見たのは、次の日の朝だった。
神社の入り口に倒れている黒猫を見つけた。
黒猫は、口に白い大輪の花を咥えている。
黒猫が歌う事は、二度と無かった。
彼女は”ダリア”と名前の入った墓石を用意し、黒猫を神社の境内に埋めた。
そのお墓には、白い大輪の花が添えられている。
雪の降る、冬の話だ。
白いダリアの花言葉は”豊かな愛情”、”感謝”です。