7つの銀弾   作:りんごとみかんと餃子と寿司

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インタールードでもなく、本編でもない、短めのお話です。

読む気が失せたら読まなくても構いません。知らなくともいいことです。

価値のない人間が、価値もない独り言をつぶやいている、それだけの話なので。





ロンドンの薄望
プラチナム・メモリア-1:『駄作人間』


 

人間、人生を送るのにはそれなりの苦労の連続を覚悟しなければならない。

 

勉強するだとか、給料を稼ぐだとか、税金を払うだとか、人間関係を構築するだとか、健康に気を使うだとか。まあ、色々と。

 

ほとんどの人間はそうした苦労をひーこら言いながらなんとか乗り越えていく。努力し割きたくもない時間を消費しながら、幾多の困難を超えていく。

 

でも世の中にはほんの一握りだけど、そうした困難を鼻で笑ってまたいでいく人たちがいる。

 

一日に一度もペンを握らないのにすべての問題を解ける奴とか、生まれた瞬間から人生を100回繰り返せるだけの財力を持つ奴とか、どんな奴からも好印象を受けるようなルックスを持っている奴とか、無病息災で運動神経バツグンの体に恵まれている奴とか。

 

そういったものはきっと“才能”と呼ばれるのだと思う。

 

生まれた時から恵まれている、神に愛された傑作。なによりも燦然と輝く、誰にも恥じることなき価値(ステータス)を持つ者

 

 

 

──オレにはそれがなかった。

 

できの悪い駄作人間。()でしか()い木偶の棒。

 

つまり 白金恥無(シロガネハズム) とは、そういう愚か者の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特技は無し。

 

趣味は、強いて言えばアニメとかゲームとか読書とか。趣味というよりは暇つぶしに近いが。

 

将来の展望など明確にありはしない。

 

自己紹介するとすればきっとそんなものだと思う。

 

白金恥無(シロガネハズム)という人間は、特筆するようなパーソナリティを持たない、量産型のダメ人間だった。

 

 

 

「──今日の授業はここまで。明日は教科書p13から。予習を忘れないように。では日直、号令を」

 

「きりーつ、きをつけ、れーい」

 

初老の国語教員の掠れた声が耳を撫でる。日直のクラスメイトのやる気のない号令が聞こえる。それに合わせてだらだらと立ち上がり、敬意のかけらもない形だけの礼をした。

 

「やっと終わった」「私寝てたわ」なんて風に教室が少しずつ騒がしくなっていく。筆記用具をペンケースにしまいながら、そんな雑音をぼうっと聞き流していた。いつもの光景だった。

 

「ハズムー、今の授業のさ、ここんとこ、わかった?」

 

隣の席の友人が声をかけてくる。彼は国語──特に今日の授業で扱ったような現代文の物語系文章を読み解くのが苦手だった。だから、お隣さんのオレによく聞いてくるのだ。「ここのこいつはどんな心情なんだ?」と。

 

「あーと、ここはさ、2行前に“彼は胸の内にどこか針を刺したような痛みを感じざるをえなかった”ってあるから──」

 

比較的、現代文は得意なほうだった。いつからそうだったかは分からないけれど、現代文だけは学年10位以下に落ちたことがない。それは、オレにとってのひそかな自慢でもあった。それがちっぽけでくだらないとわかっていても。

 

 

 

「──白金、ちょっといいか」

 

教室を出ていったはずの国語教員が扉から顔を出して手招きしている。解説の途中ではあったが、友人に「またあとで」と断って廊下に出た。教師がついてこいというのでその通りにすると、しばらく無言で歩くことになった。

 

うちのクラスで現代文と古文の両方を担当しているこの教員は、オレ達のクラスの担任でもある。厳しくも優しくもないどっち付かずの教員ではあったが、道理に合わないことはしないし、なによりも教養にあふれた会話をしてくれる人だった。

 

ぴしりと伸びた背筋と、清潔感のある服装。肩や袖口にチョークの粉が付着していたが、それも不思議と似合っていた。

 

クラスメイトのほとんどは隣クラスの担任──ユーモアがあり、何かのイベントの度にジュースやアイスを奢ってくれる。そして()()()()──が良かったとこぼすが、オレは今の担任の彼のことが気に入っていた。

 

特筆するべき才能は見受けられないけれど、過去に積み上げられた経験と努力に裏打ちされた風格が彼にはあった。何もない自分にとって、彼の姿は俺の目標──手が届きそうな理想だ。いつかこうなれたら、という少しばかりの憧れがあった。

 

「座りなさい」

 

たどり着いたのは校舎の端っこ。あまり使われずに埃をかぶっている空き教室だった。中央には長机が一つと椅子がいくつか。そのうちの一つに座るよう、彼は促した。

 

この教室は多目的室というかいろんなことに使われている。やらかした生徒の生活指導だとか、更衣室が足りないときにあてがったりだとか──進路相談だとかに。

 

「なんとなくわかっているだろうが、進路のことだ」

 

「はい」

 

「一応、ここは進学校な訳でな。3年生の1学期。そろそろ進路に合わせて授業の再編成が行われる時期だ。国立用の授業、私立用の授業という風に。5月末には──つまりはあと1カ月もしないうちには、そうなる」

 

「わかっています」

 

「……焦らせようという意図はないが、どうだ、なにか進展はあったか? どこに進むか、曖昧でもいい、なにか形はできただろうか」

 

探るように聞いてくる彼。この会話は過去の焼き直しでもあった。この高校は、県内の人間なら「ああ、あの頭いいとこね」と認識しているだろうくらいの、そこそこの進学校だ。だから、進路というのは大体の生徒が1年生の時点で──遅くとも2年生までには固めているものだった。

 

こんな時期に至るまでに進路希望調査を白紙で提出し続けたのはきっと俺だけだろう。そして、その事実がありながらオレに「早く決めろ」と急かしてこなかった目の前の教員も、きっとこの高校では珍しいタイプの人間だと思う。

 

一応、2年生になった時点で文理選択があったので、そこだけは決定している。1年前、選んだのは“理系”だった。一番点数がとれている教科は現代文の癖に、なぜ理系を選んだのかといえば──くだらない劣等感だ。誰にも知られたくない醜い理由。

 

ともかく、教師が言うようにもう3年の1学期。将来を決めることから逃げ続けるのは限界の時期だ。これ以上は目の前の教師にも迷惑となってしまうだろう。それは本意ではなかった。

 

「──国公立の理系を目指します。具体的にどこに行くかは、そのうち。とりあえず、授業は国公立用のものに参加させてください」

 

なぜ国公立を選んだのかといえば、特に理由はない。強いて言えば、それが一番親に迷惑が掛からないだろうと思ったからだ。俺みたいなやつに払うくらいなら、きっと()に払ってやったほうが、金のほうも浮かばれるだろう。それだけのことだった。

 

「──そうか。ではそのようにしておく」

 

「はい、今まで迷惑かけてすみませんでした」

 

「いい。そういう生徒は何人か見てきた。慣れているんだ」

 

「そう、ですか」

 

「ああ。では、話はこれで終わりだ。呼び出して悪かったな。もう5時だ、気を付けて帰宅するように」

 

窓ガラスの外を見れば、陽が傾き、光に橙色が混じり始めている頃合いだった。グラウンドでは様々な部活が活動している。陸上部のスターターピストルの音や、野球部がボールをかっ飛ばす音など、高校の放課後グラウンドらしい音が多く鳴り響いている。

 

それを横目に、席を立った。

 

「失礼しました」

 

「──白金」

 

教師にお辞儀をして立ち去ろうとすれば、名前を呼ばれた。下げていた頭を上げると、彼はいつも持ち運んでいる出席簿と分厚い資料を両手で抱えながら言った。

 

「気が変わったらいつでも言ってくれ。本当に、いつでもいい。どうにか対応するから、お前はお前のやりたいように道を決めろ」

 

「──はい。ありがとうございます」

 

こちらに目を合わせることなく、当たり前のように話す彼にもう一度深々と頭を下げて、オレは教室を後にした。

 

 

 

自分のクラスに戻れば、もう誰もいなかった。皆、帰宅するか、塾に行くか、引退していなければ部活に行くか、の3択だろう。先ほど現代文の質問をしてきた彼は今ごろ塾だろうか。スマホを開けば、彼から『塾行くわ。また明日教えてくれ!』と連絡が入っていた。『りょ』とだけ返して荷物をまとめる。

 

参考書で無駄に重い鞄を背負って教室の外に出る。すると、隣の教室からも同じように出てきた人がいた。例の、隣クラスの人気担任教師だ。整った顔立ちと若々しいオーラ。たしかまだ20代だったか。これで教えるのも上手いので、人気が出るのはわかる。

 

「白金君か。どうしたのこんな時間まで」

 

教室の戸締りをしながら、笑顔で話しかけてくる。当たり前のようにオレの名前が出てくるのは、正直すごいというか、教師の鑑だと思う。クラス担任でもなければ、授業も担当していないのに。もしかしたら、全校生徒の名前と顔を覚えているんじゃないだろうか。そうだとしたらちょっと怖い。

 

「いえ、ちょっと進路相談を」

 

「なるほどね。きまったかい?」

 

「はい、あるていどは」

 

「それは良かった!」

 

本当にうれしそうに言う。生徒との距離が良い意味で近いというか、生徒のために親身になれるのは、多分この人の長所だった。

 

「どんな道に進むかは知らないけれど、きっとうまくいくよ」

 

「そう言ってもらえると安心します」

 

「うん、()()()()()()()()()()()()()()、きっと君の将来も心配ないさ」

 

「──そう、ですね」

 

多分、悪気はないんだと思う。というかそういう言葉にいちいち反応しているオレ自身が、小さくて醜いだけの話だ。目の前の教師はなにも間違ったことを言っていない。ただ、オレの劣等感がそれを正直に受け取れないだけなんだ。

 

「これから塾? それとも家?」

 

「自分は塾行ってないので。家に」

 

「そう。気を付けて帰ってね」

 

「はい。さようなら」

 

 

 

鞄を背負いなおして教室を離れる。別にあの教師に限った話ではない。比べられるのは慣れている。いつだって兄妹というのは、比較から逃れられないものだ。

 

そう言えば、と思い出す。

 

どんな教師も、どんな友人も、俺と有理(いもうと)を比べるけれど。

 

担任教師と、隣席の友人だけは、そんなことをしなかった。

 

妹と比較してくるか、比較してこないか。そんなことだけでオレは他人を評価しているのだろうか。

 

だとしたら、それは──なんて醜くて、あさましいことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼を覚ます。

 

今の夢はなんだったのだろう。パスを通じた記憶の流入だろうか。しかしそれにしては──あの光景は自分のマスターと全くちがう誰かのものだった。

 

漢字、という言語にはなじみが薄いが。マスターと音が共通していても、それを表す字は全く違っていたように思う。

 

シロガネハズムという人間の生きざま、信念を、私はまだ見誤っているのだろうか。

 

霊体化を解く。目の前の医療用ベッドでは、包帯に体のほとんどを巻かれたハズムが横たわっている。命に別状はない。そういうことらしいが。あの傷の内いくつかは私の剣がつけたものだと思うと、途端に気分が落ち込む気がする。

 

私は彼を殺せなかった。それが正しいにしろ間違いにしろ、私は剣先をハズムに向けることができなかった。

 

彼の首筋、きつくまかれた包帯を指先でそっと撫でる。この下には私の付けた傷があるはずだ。痛いのか、眠っている彼の顔が苦痛に歪む。あわてて手を放した。

 

 

 

再び霊体化をする。瞼を閉じて、休眠状態に入った。もう一度、あの夢を見られることを願って。

 

彼という人間を、私は知らなければならない。シロガネハズムという人間は隠し事が多すぎる。きっとあれは、誰にも暴き立てられたくない、彼の根源だ。

 

それでも掘り起こすのだ。きっとそこに希望がないとしても。

 

彼が最後にどのような結末を迎えるとしても。そして私が彼に対してどのような行いをするにしても。私は彼の真の姿を知っておきたい。

 

直感も、英霊の自分が突き付けてくる嫌悪も、どちらももう捨てることにする。

 

自分の眼で見て決めるのだ。でなければきっと、後悔することになるだろうから。

 

アルトリア・ペンドラゴンはもう十分に後悔してきた。ならば、これ以上の後悔が積みあがってしまうのは、もうたくさんだった。

 

 

 





いつの日かに過ごした、記憶の残滓。

これはまだ残っている。きっともう外に出て行ってしまって、残ってないものもあるけれど。






【銀弾についての情報開示】

銀の弾丸は全部で13発。今までに使ったのは8発。そのうち自分自身に作用したのは、今のところ1,2,6,8。

銀の弾丸は転生した時に神様からもらった特典──とかそういう類ではない。れっきとした、シロガネハズム自身から生み出された()()

世界の道理を覆すような強大なチカラ。当然だが代償無しとはいかない。

しかしまあ、もたらされる結果に対して、あまりに軽すぎる代償じゃないか。

──だって、代償を払ったことにすら気づかないということは。きっと最初から必要のないものだったのだろうから。






最後まで読んでくれてありがとナス!

ロンドンにはまだ入らんのかワレェ!っていう人はごめんね。いま原作を読み直してるんだよね。ちょっと時間かかる。

いっぱい感想くれ。(懇願)

あとそろそろ感想返しも再開しようと思う。今までの分もね。全部とはいかないからランダムに返すけど。

答えられることにはできるだけ答えるようにしまーす。

ではまた。こんどの更新のときもよろしくということで。



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