文字数の割に全然進まん。すまない。
私は走っていた。持久力どころか、生命力すらをも注ぎ込まんほどの速度で、私は疾走していた。
これから私がたどり着く結末が、どんなものであろうと構わない。けれども、間に合わないことだけは、唯一許容できなかったのだ。
モードレッドに
それは、ハズムの命令には反した行いだった。彼に願われたのは、まず第一に黒い槍の騎士王の打倒であったから。
カルデアの令呪に対した強制力はない。私ほどの対魔力があればなおさらに。しかし、それでも令呪によって命ぜられたことに変わりはない。設定された目的と相反する行動をとっている体は、少しばかりの違和感を訴えていた。
痛みどころか倦怠感すら覚えることもない、ただの違和感だ。無視できるほどのものだった。私には、この喉に小骨が引っ掛かった程度の感覚よりも、はるかに優先すべきものがあったのだ。
数分ほどもすれば、ニコラ・テスラが崩壊させた空間、円形の大穴にたどり着いていた。一帯には未だにちりちりと鳴る火花や放電がみられる。先ほどまでと何も変わってはいない。
しかし、十数分前、ハズムと別れた時にあった空間の断裂だけは、一見すればあの時ほどの強度を保ってはいないように見えた。あの時が“アヴァロンにも似た絶対防御”だと仮定すると、“神代の一流魔術師が張った結界”くらいには抑えられているように思える。
それはつまり、
「……予想通り、戻ってきたか」
「アンデルセン、まだここにいたのですか」
黒い煤にまみれ破壊されつくした大地に一人、アンデルセンが胡坐をかいて座っていた。右手には羽ペンを持って、何かを書き記している。宣言通り執筆を行っていたらしい。未だに雨は降り続いているが、彼はそこらのがれきを組み合わせて、雨よけを作っている。手元の原稿はかろうじて濡れるのを回避していた。
しかし──ジキルとフランはどうしたのだろうか。姿が見えない。
「ああ、あの二人は帰した。自分たちも戦うなどと渋ってはいたがな。俺より強かろうと、仮初の命でしかないサーヴァントと違って、生者だろう、あいつらは。無駄に命を散らすこともない。ことここに至っては、あいつらがいようといまいと、何も結果を及ぼさん。ならばせいぜい、自分たちの安全くらいは確保すべきだろう」
「──驚きました。貴方にもそうした思いやりがあるのですね」
「思いやり? まさか! ここで戦闘が起こって見ろ。原稿に血反吐でも吐かれたら叶わんだろう。これは、大事な原稿なんだ。汚されるのは、勘弁だ」
そう言う彼は、こちらに言葉を放りはするが、目線は原稿に落としたままだ。汚されるのは勘弁、と言ったところで、地面を机代わりに書いたのでは、裏面は既に煤だらけだろうに。
表面、文字を書いた方を汚されたくはない、という意味なのだろう。それほどに大事なことが、彼の手元に書き連ねてあるらしい。
「まあ、いいでしょう。では私は行きます。急がなければなりませんので」
ともかく、アンデルセンに構っている時間はあまりなかった。先ほどからずっと嫌な予感がしているのだ。早急にハズムの下にたどり着かねばならない。
そう思って踏み出そうとすれば、その出鼻をくじくようにして、アンデルセンが声を上げた。
「──待て」
「っ、だから急いでいると!」
「待てと言っているだろう!」
声を荒げたその童話作家の眼には、なにか熱い炎のようなものが内包されているように感じられた。私はその異様な雰囲気と剣幕に一瞬ひるんで、立ち止まらざるをえなかった。彼は、私がそうして停止したことを確認すると、すぐに原稿に目を落とした。横顔は鬼気迫る様相だった。
「なにも、無駄話のために呼び止めたつもりはない。もうすぐ書きあがるんだ。だから待て。きっと、必要になるものだ」
「──なにを言っているのです」
「俺の宝具は、『
彼はそう説明している間も、こちらをちらとすら見なかった。
その宝具のことは知っている。原作知識にもあったものだ。ただの童話作家が持つにしては大きすぎる、
「この宝具の真価を発揮するにはそれ相応の条件──有体に言えば、莫大な原稿量が必要だ。しかし、自分で言うのもなんだが、俺は他人にさほどの興味がない。それに
──だが、とアンデルセンは言う。目線を落とした彼の表情は伺えなかったが、それでも、その声色から察するに彼は何かを喜んでいるように思えた。
「今回ばかりは、いつもならば反論できないはずの、その下馬評に否を突き付けてやろう。俺は書く。書くんだ。俺は、読者が嫌いだが、愛読者は大切にするからな」
「──愛読者、ですか。ハズムが未だに童話を好んでいるとは思えませんが」
話の流れとして、その宝具を誰のために使っているのか、などどいうのは至極容易に理解できた。ハズムだろう。しかし、ハズムがアンデルセンの童話のファンという話には違和感があるが。
私の疑問に、アンデルセンはわかっていないな、とこちらを小ばかにするように笑った。
「この前、俺とやつが二人で話したことがあっただろう」
「ええ。魔術協会であなたが火事場泥棒のような真似をした日のことですね」
「ああ。俺はその時──獣だのなんだのについての、本題に入る前のことだが、やつに聞いたんだ。“で、結局お前は俺をどう思っているんだ”とな。そしたらなんて返ってきたと思う?」
「それは──怖い、面倒くさい、などでしょうか」
「そうだな、そんなことも確かに言っていたが──あいつはな、最後に“でも、好きだよ。尊敬しているよ”なんて言ったんだ。なんてことない風にな」
「……まあ、彼ならば言うでしょうね。でも、それだけで?」
「ああ、それだけで、だ。そこらの誰かに言われたのなら、むしろ不機嫌になるところだ。勝手に尊敬されても虫唾が走る──だが、あいつだけは違うだろう」
やっと、できた。そう言って彼は羽ペンを置いた。とても満足そうな顔をしている。
感無量といった表情で、彼はぽっかりと穴をあけた頭上を見上げた。雷が鳴り、雨も降っている。しかし彼は晴天を見上げたかのように眼を細めていた。まるで直視できないほど眩しい何かを眼にしたように。
「──あいつは読者だ。それも特別な。きっと『親指姫』も『雪の女王』も『人魚姫』も、俺の書いた元祖とも呼べるそれは読んでないに違いない。だがあいつは、『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』という人物の生きざまを、俺を
「……」
アンデルセンの言っていることは間違いではない。白金恥無という少年の記憶の中では、当然のように『Fate/EXTRA CCC』についてもあった。ゲームを買って
「──そんなことができるのなぞ、クソッタレの神くらいだと思っていたんだ。“神は全てを見ておられる”だったか。胡散臭い話だ。それに本当に見ていたとしても、律儀に
ぎゅと、彼は分厚い原稿を握りしめた。そこには万感の思いが込められているように思えた。私には作家という人種の心境を慮ることなどできないが、きっとハズムが何気なく行ったことには、アンデルセンにとって特別な意味があったのだろう。
「……自伝を読んだのとは訳が違う。歴史家気取りのクソの話を鵜呑みにする連中なんかとは雲泥の差だ。あいつは、シロガネハズムは! 俺の人生そのものを読んだ読者だ。それも、直接その本の登場人物に会って、批評まで伝えてくれるほどの、律儀な愛読者!」
「ですが、それは──」
「わかっている。あいつはなにも、俺に会うために次元の壁を越えてきたのではないだろう。そこを間違うほど観察眼は衰えていない──だが、しびれるだろう。そんなことが起こるのだと、高揚するだろう。それがあいつにとって何気ない言葉でもだ」
私はこれまで、アンデルセンがハズムに対して、そこまで大きな感情を抱いているとは思っていなかった。彼はハズムに対して好意的なセリフを吐いたことは無かった。それが彼の性格なのだと言われればそれまでだが、それでも、彼がひとりの人物に執着していることは意外に思えた。
殺生院キアラに対するものほどではないだろうが、それの足元に届くくらいには、彼はハズムに興味と情を抱いていたのだと。
それらを、彼は執筆に注いだ。『
「期待してもらっているところ悪いが、この物語の主人公はあいつじゃない」
「──は?」
「一度もそんなことは言っていないだろう。勝手に勘違いしたのはお前だ」
「──は!?」
途端に今までの期待と感傷が霧散する。この男は! となんだか苛立ちが爆発しそうになってきた。
じゃあなんで私は呼び止められたんだ! とモードレッドのような剣幕で怒鳴り散らしてしまいそうだ。今までの話はなんだったんだ! ただの自分語りなのかダメ作家!
「そう怒るな、理由はある──あいつは、自分を主人公に据えた物語など受け取らないだろう。絶対に固辞する。あいつは他人からの施しに遠慮を通り越して恐怖すら覚えている。自分にそんなことをされる資格も価値もないと。だからあいつを主人公とした本など書けない。俺は需要というものを理解している。それを反映させてきた実績はあまりにもないが。はあ、まったく面倒くさいことだよ、お前の主人は──」
「面倒くさい、などと貴方に言われたくはないでしょうが──ええその通りだとは思います」
「……他人からの施しを受けない男。注がれる思いに恐怖する少年。そんなあいつにとって一人の例外がいる。それがお前だ、アーサー王」
「わたし、ですか?」
そうだ、とアンデルセンは言う。正直言って全く心あたりがなかった。
「たとえそれが、“自分が正道を外れた時に殺してもらえる”という考えであったとしても。他人から何かを施してもらえるのを、ごく普通に受け入れているのは、お前に対してだけだろう」
「それは──」
そう言われれば、そうなのかもしれなかった。彼との約束。剣と銃を突きつけ合う、命を人質に正しきを成すための約束。あの約束をほかならぬハズムが受け入れてくれたことは、確かに普通ではないことだったのかもしれない。
「……お前が引き返してきてくれてよかった。だからこそ、この本を書き終えることができた」
「それは、どういうことですか?」
「俺も上手く言葉にはできんが──あいつの運命はつながったということだ。それが良いことか悪いことかは知らんが」
彼は羽ペンを虚空に一振りする。只の分厚い紙の束だった原稿は、次の瞬間には装丁された一つの本に変わった。アンデルセンはそれを丁重に私へ手渡した。
「タイトルは──そう。『
これほどまでに不明瞭な本を書いたのは初めてだ! と彼は言う。その本は英霊の膂力を持つ私にとって大して負担になる質量を持つわけではなかったが、ずしりと重い錯覚を覚えた。
彼という狂気的な作家の熱が、この本には宿っている気がした。
「その性質上、宝具の真価を発揮できてはいない。きっと魔力をブーストするお守りとしての価値ぐらいしかないだろう。ちょうど令呪一画分といったところか」
「それはまた、ずいぶんと微妙な……」
「いうな。反論できないだろう」
彼は嫌そうに眼を背けると、どかりと地面に倒れ伏した。原稿があがって疲れたのだろう。
とにもかくにも。彼の用事が終わったようであるなら、私は疾くハズムの下に向かうべきだろう。止めていた足を進めようとすれば、アンデルセンは「いくのか?」と言った。
「ええ。行きますとも……これは、ハズムに届ければ?」
「いや、自由に、お前の思ったように使ってくれていい。きっとそれが一番いいだろう」
「そうですか。個人的にははっきりしてくれた方がよかったですが」
「ふん、そんなものだろう、人生は。こうしたほうが良い、とはっきりわかることの方がおかしいんだ」
「それは、確かにそうですね」
英雄でなくとも、どんな人間であろうとも。人生とは不明瞭な選択肢の連続だ。何度だって間違えて、たまには正解を引いたような気がしながら。私たちは生きていく。
「──お前は、辿り着いてどうする気だ」
「──わかりません」
「なんだ、お前こそはっきりしていないじゃないか」
痛い指摘だった。私は急がなければと思うばかりで、肝心の、では急いだ先で何をするつもりかなんて考えていなかったのだ。
約束を果たせと、ハズムにはそう言われた。しかしそれでいいのか、と疑問に思う自分もいる。実際に自分が辿り着いたときに何をやるかなんて、わからなかった。
「──個人的な意見だが」
アンデルセンはこちらに真っすぐに目を向けて話し始めた。それはまるで道徳を言い聞かせる教師のように、心のこもった声色だったと思う。
「約束や誓いとは、破られるものだろう。つまりそれが神聖なものだという一般の共通認識に反して、酷く脆いものに過ぎない。では、なぜそのような脆弱極まりない存在にみな縋るのかといえば──見えないものに明確な形が欲しいからだ」
「かたち……」
「愛でも、友情でも。約束がある間は、誓いを守っている間は、そうした曖昧で不可視なものを何とか見えるようにできる。それが、ぬるま湯のような心地よい安心を生む。したがって──見えないものを
「……」
「お前はどうだ。お前があいつとの間に結んだ絆とやらに、
それにもう一つ、これが最後だ。と彼は告げた。彼からの問いに対して頭を悩ませていた私は、それに是と告げるのが遅れたが、彼はこちらの承諾がどうであろうと話す、といった態度で言葉をつづけた。
「善だの、悪だの。俺はくだらないと思っているが、あいつにとってはそうではないらしい。そしてその判断を、あいつはお前に頼っているが──なあ、お前はもう王ではないだろう」
「私は、これでもアーサー王で──いや、そうですね。確かに私は、もう王ではありません」
「……ならば、裁定者の真似事なんておこがましいと思わないか? お前が王であるならまだしも、今はただの小娘にしか過ぎないお前が、善悪の判断をする権利も、
彼の言った言の葉は、刃のように痛く鋭い凶器だったが、なにかヒントを得たような気はする。
アンデルセンはもう口を開かなかった。ただその眼が、行け、と先を促していることだけがわかった。
分厚い本を脇に抱えて、私は一歩を踏み出した。ニコラ・テスラによって生み出された空間の断裂が、私を拒絶しようとしてくる。だが私はこれを突破できると確信していた。
それは、直感がそう言っているというのも根拠の一つだが、もう一つ──ハズムは次元の壁を越えてこの世界に来たのだから、そのサーヴァントである私がこれくらいの壁を越えられなくてどうする、などという訳の分からないプライドがあった。
私はその身に宿るあらゆる手段を用いて、その断裂の押し付けてくる拒絶を
粘度の高い上に丈夫な金属でできた壁に向かって進んでいる心地だった。突破するなんて夢物語にも思えてくる。それでも、これだけは突破しなければならない。これくらいで私の意志を阻まれてたまるか、と負けん気が腹の奥から湧き上がった。
ばちばちとこちらの拒絶と私の突破の心が形を持ったかのようにぶつかり合う音がする。目が眩むほどの火花があたりに舞い散り、この空間の惨状をさらにひどいものに変えていく。
そうして抵抗を続けて、どれだけ経っただろうか。ぴしりとひびが入るような音がして、私は壁の向こうへと抜け出ることに成功した。
「やっ……た」
息も絶え絶えだったが、倒れている暇はない。私は空洞の奥へと歩みを進めた。
彼に会ったら、何をすればいいだろう。
きっと、この先にろくな光景は待っていない気がする。少なくとも、ハズムとリツカとマシュの三人が、聖杯をもって「やった、特異点を修復したぞ!」と笑顔でいる何てことはないだろう。むしろその逆、何もかもが空回りした最悪の結末が頭をよぎる。
それでも私の心の中に、絶望は無かった。だからと言ってキラキラ光るような希望もありはしないが。
私にあるのは──薄望だけ。あたりに漂う霧のような、不明瞭で、掴めなくて、それでも確かに見えるような、小さな、小さな希望の残滓。
私の奥で、覚悟の熱が燃えていた。思えば、モードレッドに
それが、アンデルセンとの問答を経て形になった。ただそれだけの話だろう。
私には、明確な、貫くための意志がある。
たとえ何に阻まれようと蹴散らして進むくらいの、強固な意志が。
そのために、ハズムの
それがきっと、アルトリア・ペンドラゴンという
◆
◇
それは、最も犯してはならない罪科だった。オレはこの時、この瞬間、シロガネハズムという人間にとって最も忘れてはならない戒めを破ったのだ。
わかっていたはずなのだ。シロガネハズムが自分の功績や名誉のために動くことが、どれほどにはた迷惑なものなのか。どれほど他人の人生に悪影響を与えてしまうのかくらい。
崩れ落ちる親友──リツカと、マシュの姿に、オレは前世の記憶を噛み締めていた。努力して、挑戦して、価値ある人間になりたくて。しかし何も成すことができずに、それどころか家族に大きな負担をかけた、いつかの記憶を。
──同じだ。オレはまた、同じ運命をなぞるようにして進んでいる。飛来した銀弾は、運命を破壊してなどくれなかった。ただただ、決められた道筋に沿って、運命という名の激流に溺れていくだけ。
オレは叶いもしない理想を抱いていたのだ。それも真っ黒で欲にまみれた、醜い理想を。そんなことでは、その強欲さが生んだ重みによって溺死してしまうことなど、わかり切った話だっただろうに。
「──りつか、ましゅ?」
口の中が砂漠のように乾燥して、舌が金縛りにあったみたいに動かない──それでも、オレは倒れ伏した彼と彼女に何とか駆け寄った。
胸の中心にきれいに一つ、まん丸の穴があった。人差し指の太さで塞いでしまえそうなくらいの、小さな穴が。そこからどばどばと、真っ赤な血が流れでている。
オレはとっさに“銀の弾丸”を発動させようと構え、口ずさんだ。
「銀の浄化、ひじ、りの──くそ! ああくそ! どうしてっ……!」
だが、ゲーティアを殺そうとしたときに感じた血が高ぶるような感覚も、魂が指先に流れ出ていくような感覚も、無かった。つまりは、
あの時と同じだ。死にかけていた母を救うことができなかった、あの血に染まった夜と同じ。
銀の弾丸は万能ではない。どれだけ真摯に願いを込めても発動してくれないことがある。今回がそれだった。リツカとマシュを治癒するという願いは却下された。つまり、切り札を封じられたオレにとって、できることはそうありはしなかった。
やれたことといえば、とっさにリツカの腰を探って見つけた治癒のスクロールを使ったくらい。傷はふさがったようにも見えるが──あれだけの
「く、くはは、くははははっははは!!!」
打ちひしがれた心に、バカにするような笑い声が突き刺さった。どうしてだろう。不思議と嫌悪も痛みも感じない。ただ、それを当たり前のように受け入れる自分がいた。
目線を上げると、そこには魔術王ソロモン──魔術王ゲーティアの姿があった。いや、ゲーティアですらもないのかもしれなかった。この心底に人というを見下しているかのような笑い声には聞き覚えがあったのだ。
目の前の男には本来、人を馬鹿にするような余裕などないはずだった。銀の弾丸が狙いすました相手、その肉体を、ただの銃弾に撃たれた程度の状態にとどまらせるはずはないのだ。
例の夜、クソッタレに撃ち込んだ時もそうだった。標的は銀弾による外傷によって死ぬわけではない。その身に宿る魂や存在力──この世界にいる権利そのものを砕かれて死ぬのだ。
いまこの時、世界そのものから抹消されるかのような、この世の全てから拒絶されているかのような苦痛が男を襲っているはずだ。
言語や感情なんて忘れて、のたうち回りたいほどにつらいはずだ。現に男の体は端から黒ずんだ灰のように変色し始めて、ひび割れも起きている。明らかに尋常ではないものに苛まれているだろうに。
それでも嗤うことをやめないということは、この男にはよほど、オレに対して執念じみた思いがあるらしかった。オレのことを死の間際に嗤って嗤いつくしてやりたいくらいには。
「どんな気分だシロガネ、ハズムゥ……
「フラウロスだと……お前、お前は、レフ・ライノールか!!」
「切り、札を使って、何をしたかと思、えば、大切なお仲間二人を死なせて──グゥッ──成果は72のうち1を削っただ、けとは──」
なんともまあ、
その言葉に、オレは何も言い返すことができなかった。リツカとマシュの胸を
きっとゲーティアにとっては、小指をどこかにぶつけた程度でしかあるまい。それなりの痛みを感じているとしても、すぐに忘れてしまうくらいのもの。命になんてもちろん、届くはずもない傷。
それは、あまりにも
「お前のせいで、世界は滅ぶ──感謝しているよ、シロガネハズム」
彼は、それを言うまでで限界だったのだろう。体はついに崩れ落ちて、灰の山になって積みあがった。あたりを静寂が包んだ。レフ・ライノールは、死んだ。その事実を風に運ばれていく灰の一粒一粒が語り掛けてきていた。
世界に自分だけが取り残されたかのようだった。静かな空間に濃霧だけが漂っていた。
目の前にはリツカとマシュが倒れ伏している。呼吸や鼓動の有無を確かめる気にはなれなかった。怖かったのだ。死んでいることを確信してしまえば、シロガネハズムという人間は終わりを迎えてしまう気がした。
──もうとっくに、終わっているのではないかとすら、思えるけれど。
胸にぽっかりと、穴が開いたような気分だった。もしかすれば、弾丸で撃ち抜かれたのは、ほかならぬ自分であるのではないかとすら思えた。
なによりも大切なもの、自身の片足、片腕にも喩えてもよいほどの、ずっと連れ立ってきた想いを砕かれてしまったかのようだった。
「──これが、オレの終点なのか」
なんともまあ、くだらない旅だった。結局のところ、シロガネハズムは何も成し遂げられない人間でしかなかったのだと。それを再確認しただけの、無意味な旅。
後悔しかない人生だった。オレがこの世にいなければ、いったい何人の人が幸せになれただろうと妄想するほどには。
オレが原因で起きた悲劇は、きっとあまりにも多かった。家族のこと、目の前のリツカたちのことだって。原作通りにオレがいなければ、きっとリツカとマシュはシナリオ通りに世界を救っただろう。オレの家族も、あんなクソッタレの実験台にされることはなかっただろう。
時を巻き戻して、
しかしきっと不可能だ。やり直したいと何度願ったって、銀の弾丸は──
「──え」
指先に、体中の血潮と魂が、集まっていくかのような感覚がした。
「──は、はは。なるほど、な。全く、こんな簡単な話だったんじゃないか」
オレは、きっと“銀の弾丸”というチカラを誤解していたのだ。
この弾に込める願いに制限など最初から無かった。制限があるかのように思えていたとすれば、それは、
銀の弾丸は、問題に対する特効薬。唯一無敵の打開策だ。
では、どうやってその問題を
銀の弾丸は、
だから、オレの起源は解決だけではなかった。わかり切っていた話だったのだ。
どんな問題にだって、必ずそれを作り出す
銀の弾丸とは、そういう、なんとも単純で分かりやすいチカラ。徹頭徹尾、
「──終点じゃない。ここはまだ終点なんかじゃ」
終わったと思っていた。すべてはもう手遅れだと。もう後の祭りなのだと。しかし違った。まだやれることがある。
見えないはずの、感じられないはずの魂が、確かに胸の中で燃えている。
正真正銘、これで最後だ。
オレが積み上げてきたもの、歩んできた道、成した結果。そのすべてが間違いだったと、そうわかったのならば。
そんなものはきっと──いらないだろう。
灯台下暗しなんて、よく言ったものだ。何よりも撃ち抜くべき原因は、最も近くにあったというのに。
◇
「──誰にも望まれてない? そんなことあるものですか。ほかならぬ私が望んでいるんです」
「──誰の種? 下品なこと言わないで! そんなの関係ないでしょう? 父親が誰だろうと、私の子です」
「──ねえ、
「──え、名前? そうね……■■■ってどうかと思っているの!」
「──変だって? 失礼ね! だってこの名前ならどこまでも高く行けそうじゃない? 親の私になんか見えない、遠くの景色を見てほしいの!」
「──それにね、もう一つ。心も■■■せることができる子になってほしいなって!」
「──誰かに貰った想いをね、ゴム毬みたいにね、何倍にもなった勢いで跳ね返せるような子になってほしいなって!」
「──そしてね、えへへ、これはちょっと欲張りかもだけど……私が注いだ愛にも、ちょっとでいいからお返しをしてくれたらなって……もちろん、見返りを求めちゃいけないのはわかってるけど、期待するくらいいいでしょ?」
「──よろしくね、お父さん」
色褪せない記憶もなければ、永遠に輝く想いもない。
一度放たれた弾丸が、いつかはその勢いを使い果たして、止まってしまうように。
しかし、この身に宿る銀の弾丸は違う。どこまでもどこまでも、進んでしまう。大切な想いも、尊ぶべき者たちも振り切って、貫いて。オレ自身の意志すらも置き去りにして。
そんなことは、もうたくさんだった。だから、無理やりにでも止めることにしたのだ。
これがきっと、最後の弾丸になるだろう。手元に何発残っているとしても、
──銀の弾丸はしばしば、魔弾の射手の魔弾と同一視されることがある。
そして、魔弾の射手の
であるならば、シロガネハズムにとって最も大切なものとは、世界よりも、友よりも、家族よりも──自分だったということに他ならないのではないか。
ああ、だとすれば、なんという皮肉だろうか。
誰かのためにと思って歩き続けた旅の終点で、その旅がただの自己保身に過ぎなかったと気づくなどと。
最後まで読んでくれてありがとナス!
全然話の展開が進んでないけど、急ピッチで次話を書き進めているから許してくれ。
感想、評価、お気に入り、どうぞよろしくお願いします。
あとは前回も言ったけど、活動報告にある【箱】にも気軽に疑問を投げてどうぞ。
ではまた次回! しばしお待ちを!