7つの銀弾   作:りんごとみかんと餃子と寿司

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今回会話少な目だから読みにくいかもです。

ごめんなさいね。





星を探す旅路ー3:『おくることば』

 

 

 

どろどろとした微睡み。もう二度と目を覚ましたくないと思えるほどの、覚醒への抵抗感。

 

ねばついた液体の満たされた湯船の中に沈められているような、身体をピクリと動かすだけでも不快で億劫な、そういう感覚がする。

 

別に、このまま終わってしまってもよかった。

 

シロガネハズムは失敗したのだ。もう二度と立ち直れないほどに、致命的な失敗を。

 

ならばどの面を下げて、これ以上足を踏み出せばいいのか。自分に起き上がる権利など存在しないと、そう思えてならない。

 

ずっと今まで、がむしゃらに走ってきた。

 

家族をあの男に殺されてから、もう8年ほどが経つだろうか。オレはその年月を、ただなにか偉業を成し遂げるためだけに費やしてきた。

 

家族の代わりに──オレなんかより、よっぽど人間的に素晴らしいあの人たちの代わりに、生き残った。どう考えても、なんど思い返しても。あそこで一番に死ぬべき人間は、オレだったはずなのに。

 

それでも、生き残ってしまったのなら。せめて、あの人たちの想いに報いるためにと。家族はどこにでもいる凡人のためではなく、いずれなにか功績を打ち立てる偉人のために死んだのだと、証明する。

 

それがオレにとっての、生きる意味だった。

 

 

 

中学時代に藤丸立香と出会ったときは、運命だと思った。

 

今の時代、“偉業”というのはそう簡単に成せるものではない。社会には多くの問題や解決が望まれる厄災が存在してはいるものの、それらはそうそう個人の力で解決できるような物事ではないからだ。

 

“現代において英雄は簡単には生まれない”──それは、いつ聞いた言葉だったか。少なくとも、それを聞いたオレはその言葉を道理だと思った。

 

しかし──シロガネハズムは、藤丸立香を見た瞬間に、一つのことを思いついた。今思い返せば、それはなによりも罪深い発想だった。

 

“藤丸立香に同行して、人理を修復する”

 

それは、あの時のオレにとって、なによりも甘美な誘惑で、降ってわいたような千載一遇のチャンスに思えていた。

 

現代では英雄は生まれない。だが目の前に、その“英雄”になれるチャンスが存在する。

 

世界を救った救世主──それは、その称号は。失われた家族の命に吊り合うほどの、功績になってくれそうな気がしていたのだ。

 

 

 

オレは、藤丸立香に近づいた。

 

積極的に話しかけて、できるだけ彼の好感度を稼いだ。進学先も同じにして、部活動や委員会も、可能な限り彼と同様のものに参加した。

 

彼という存在にくっついていくことで、オレはカルデアに行くことにしたのだ。

 

今思えばそれは、なんて最低な行いだったのだろうか。

 

打算まみれで近づいたオレのその思惑に、彼が気づいていたかどうかは終ぞわからない。それでも、彼がオレのことを親友と扱ってくれて、オレがそれに少なからず嬉しさを感じていたことは事実だった。

 

だから仮にも、彼と親友であるというのなら。オレは、彼をこの旅に参加させるべきではなかったのだ。この旅が彼にとって、つらく苦しいものになるのは、わかり切っていた話なのに。

 

オレは、自分一人で戦うべきだった。彼と共に歩むのではなく、彼の代わりに立つべきだった。

 

──そうしていれば、少なくとも。オレは彼らを撃ち抜くことは、なかっただろうに。

 

 

 

結局のところ、オレの失敗というのは、全てオレの人間的な未熟から起こっていることだ。

 

だからもう、消えてしまいたかった。もうこれ以上の失態を遺したくはない。

 

このまま死んでしまいたい。家族の命に吊り合う功績なんて、成せるはずもない夢に目を眩ませて、結局は全てを無駄にした。

 

できない理想を抱えて、家族の価値を示すどころか、逆にそれを貶めた。

 

それは、その事実は、もうオレにとってこの旅が、酷く意味のないものだと突き付けてきた。

 

だから、オレは、終わらせることにしたんだ。

 

()()()()()()人間は、最初からいなかったことになってしまえばいいのだと。

 

そうすれば、家族も、リツカも、カルデアの皆も。きっと今よりはまともな人生を送れるのではないか、なんて。

 

 

 

『──ハズム』

 

『ハズム、私たちの優しい息子。私たちのために怒れる子。自慢の息子。ごめんね、置いて行ってしまって』

 

 

 

……ああくそ、なんだってこう、あなたたちの声は、オレの耳に残るのだろうか。

 

 

 

『私は、あなたのことを信じています』

 

『ううん、あなたは優しい子よ。だって、私たちのために、こんなにも涙を流してくれる』

 

 

 

オレは知っているのだ。自分という人間が誰にも求められてなくて、何の価値も示せないことくらい。自覚している。自分が生きているだけで、なにか他の人々の運命を悪い方向に捻じ曲げていることくらい。

 

それなのに。

 

 

 

『あなたはきっと成し遂げる。カルデアの使命は未来を取り戻す戦いでした。ですがあなたは──過去を取り戻すために戦うのです」

 

『ねえ、ハズム。ひどいことを言うようだけどね、誰も恨んじゃだめよ。あなたが正しい……道を……行くのが……にとって、一番……』

 

 

 

だから、お願いだって。本当に、やめてほしい。

 

 

 

『失ったものそのものを取り戻すことが叶わなくとも。空いてしまった穴を埋めてくれる、何かを。過去の後悔に打ち勝つための何かを、あなたは探すのです』

 

『ハズム……さみしくても、つらくても……私も、お父さんも、お姉ちゃんも……』

 

 

 

そうやってまた、あなたたちは。オレの心に()()をかける。

 

 

 

『──ええ、遺言、ですから』

 

『わたしは、わたしたちは、あなたを見守っているわ。きっとあなたが救われるまで』

 

 

 

もう二度と会えない人から、そんなことを言われたら。

 

そんな心底、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな言葉を告げられたら。

 

忘れることなんて、無視することなんて出来ないって、わかっているくせに。

 

いつだってあなたたちは、ズルい。遺された側の事なんて、考えてもいない。

 

オレの心をかき乱すだけかき乱して、どこかへと旅立ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピ、ピ、と一定のリズムを刻む機械音だけが、その部屋に響いていた。

 

この音は彼の命の証だった。彼の心臓がたしかに鼓動していることを、その音が証明してくれていた。

 

カルデアはひっそりとした雰囲気に包まれていた。スタッフの大半は寝静まって、起きているのは私とロマニ、ダヴィンチとエミヤ、そんなものだろうか。

 

私以外の3人は、この場にはいない。きっとダヴィンチの工房かどこかで今後について話し合っていることだと思う。

 

きっと気を使ってくれている。私を彼と二人きりにしているというのは、つまりそういうことだろう。

 

もしかしたら、エミヤ当たりは霊体化してどこかから見ている可能性もあるが。なんにせよ、この空間に目に見える存在としてあるのは、私とシロガネハズムただ二人だけ。

 

私は両手をそっと彼の左手に添えたまま、じっと彼の顔を見つめていた。もう1時間ほどそれを続けているだろうか。

 

握った左手には、また傷痕が増えてしまっていた。ざっくりと手のひら全体に走る切り傷の痕は、それだけで私の心を刺すには十分なものだった。

 

目線の先にある顔を見るに魘されている様子はないが、いつも通りの仏頂面で、しばしば瞼とまつ毛が揺れていた。

 

上手くいけば今夜には眼を覚ますこととなるだろう。彼が起き上がってしまえば──正確には、それがスタッフたちの耳に入れば──他の何よりも事情聴取を優先することとなってしまう。私の立場的にも、スタッフたちの心象的にもだ。

 

だから、私は今、彼の傍にいた。もし可能であれば、彼と話がしたかったからだ。カルデア所長としての役割を果たすためではなく、オルガマリー・アニムスフィアといういち人間として。

 

 

 

しばらく彼の指先を撫でていれば、ずっと閉じられていた瞼が、少しずつ持ち上がっていった。

 

彼の宝玉のような碧眼が、焦点を見失ったようにゆらゆらとさまよって、だんだんと正確さを取り戻していく。

 

そうして、たっぷりと、数分。

 

ようやく意識がはっきりとしたのか横に座る私に気づいた彼は、その眼線をこちらへと差し向けた。

 

──ああ、まったく。ずっと横に控えていてよかった。

 

彼の表情を見て、そんなことを思わず考える。

 

こういう顔をしている人間を、いつだったか、よく見かけたことがある。

 

ほんの数ヶ月前までは、日常の一部だった。朝起きて、洗面台に向かえばこういう顔が、私に目を合わせてきていたものだ。

 

彼がもし、たった一人で目を覚ましていたら、どうなっていたことだか。

 

 

 

「──おはよう、ハズム。無事でよかった。本当に……本当に、生きていてくれて、よかったわ」

 

 

 

彼のまるで、生きる価値を見失ったかのような表情を目の前にしながら。私は不思議なほどに平静な気持ちで、彼にそんな言葉を伝えた。

 

3日も眠りこけて、きっと体も上手く動かないだろうに。彼と絡ませた指先に、思わず“痛い”とこぼしてしまいそうなほどの力を感じた。

 

まるで、溺れる者が藁を掴んでいる時のように、ひしと放さないその指先を。私はもう片方の手のひらでそっと撫でた。

 

彼の指先は、まるで幼子のように震えていた。

 

 

 

 

 

 

二人で手をつないだまま、どれだけそうしていたかは分からない。

 

そうすればずっと落ち着いた気持ちでいられるのは事実だった。しかしとにかく、このままというわけにもいかなかったので。どちらからともなく手を放して、私は彼の容態をチェックした。

 

結果は、特に問題なし。長く眠り続けた結果、ある程度は筋肉に衰えが見えるが、その程度。明日にはいつも通りになるだろう。

 

とはいえ、それは身体の状況だけを見た場合の話だ。彼が抱えている問題はそこではなく、むしろ心の方だというのはわかり切っていた。

 

彼はなにも話さなかった。まるで自分が起き上がってしまうとは思っていなかったかのように。どうせ喋る機会なんてないから、言葉を用意すらしていなかった──そういう雰囲気を感じた。

 

 

私は待った。私としては──今は、彼とオルガマリー・アニムスフィアという一人の少女として話していたから。カルデア所長としての責務はとりあえず後回し。今夜はまだ長いのだから。

 

私という人間が彼に伝えたかった言葉は、ひとつ、もう伝え終わってしまった。これ以上伝えることは無い。少なくとも、彼の言葉よりも優先するものは。

 

ハズムはきっとあれこれ質問攻めされるのを想定していたのだろうけど、そうではないと気づいて、何事かを考えている様子だった。しばらくそうして、やっと口を開いた。

 

「……リツカと、マシュは?」

 

「──あきれた。最初の言葉がそれ? まったく、あなたらしいわね」

 

はあと、ため息を吐く。この男はそういう人間なのだろうなと、呆れるのと同時に少しだけ嬉しくなった。

 

彼がロンドンであんな行いをしていたとしても、その人間性に変わりは無く、()()()()()だとわかったからだ。

 

「無事よ。まだ眼は覚ましていないけど。少なくとも命に別状はないわ」

 

「そう、ですか」

 

簡潔に答えれば、そんな反応が返ってきた。素っ気ないように思える言葉だが、彼の表情は僅かに柔らかくなっていた。

 

その顔は安心を覗かせたのと同時に、なにか、放っていてはいけないような陰りを内包させていた。

 

私には陰りの正体が何なのか正確には分からなかったが、その精神状態が危険だろうことは明白だった。

 

「カルデアは、オレをどうするつもりでしょうか」

 

「まだ決まっていないわね。悪いようにはしないつもりだけど──それはあなたの事情次第かしら」

 

「……」

 

「話してちょうだい。もう、隠すこともないでしょう。私たちは──私は、あなたのことを知りたい。私たちは、あなたことを知らなすぎる」

 

いや、あるいは、知ろうともしなかった。

 

彼はどこか曖昧に笑った。面白い話ではありませんけど──と前置きをして、彼は口を開いた。

 

紡がれるのは、ある一人の男の子の話。彼という人間の足跡。彼の旅してきた人生という名の、航海図。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレという人間には生まれた時から、2()()普通と違う部分がありました。

 

一つは、“銀の弾丸”という異能です。13発こっきりという、回数制限はありますが、ほぼほぼ思い描いた自分の願望を叶えてくれる、そんな力が。

 

──知っている? ああ、ペンドラゴンとの会話を聞いていたんですか? ならその力の詳細は省きます。

 

その存在に気づいたのは、生まれてから大分たった後でした。そのときは確か、一個10円の駄菓子を買うためにその力を使っちゃったんですよ、笑えませんか?

 

ともかく気づいたときには2発──いや駄菓子の時を含めれば3発を消費してしまいましたが、なんにせよオレは、その先の人生であと10回も願いを叶える権利を獲得しました。

 

当時のオレは、舞い上がって色々と考えました。思わぬところで宝くじに当たった気分でした。その力を何に使ってやろうかなんてことを、毎日毎晩わくわくしながら夢想しました。

 

けれど、良い願いが見つからなかった。運よくオレには大抵のことを可能にする才能が──もしかしたらそれは、自意識のない時期に銀の弾丸によって得たものかもしれませんが──ありました。勉強も運動も、大して苦労することは無く、だいたいの事柄には努力すればその分の結果が付いてきました。

 

だから、たいてい、思い描いた願いというのは努力すれば手に入る、あるいは手に入るだろうと思えるものでした。そんなことに10個だけの願いを使うのはひどくもったいないでしょう? だからオレはそこから数年間、この力を半ば死蔵することとなりました。

 

 

 

 

 

 

そうしてある日、小学校のクラスメイト達と遊んでいる時のことです。誰だったかの発案で、少しばかり度胸試しというか、悪さをすることになりました。

 

校則でも禁じられ、また親たちからも口を酸っぱくして“近づくな”と言われている場所。学校近くの山奥にある深い池に冒険をすることになったんです。

 

小学生だから、禁止と言われれば誰もがそこに行きたがりました。オレは、そんな友人たちを止めるどころか、微笑ましいとすら思っていました。

 

誰でもこういう年頃は、大なり小なり悪さをするものだと思っていました。だから、何かあれば自分がどうにかする、とそんな──今思えば無責任なことを──考えて、彼らと共にその池に向かいました。

 

話は少し変わりますが、うちの学校には何人か、とても正義感の強い子たちがいました。つまりは、教師や親から告げられたルールを厳格に守ろうとする子供たちです。

 

オレ達が出入りを禁じられた池のある山に入ろうとすると、そうした子供たちの集団が、オレ達を注意しに来ました。

 

最初はお互いに軽く言葉を交わすだけでしたが、どちらもヒートアップしていって、最後には逃げる“池行きたい組”と追いかける“池行かせない組”に分かれての追いかけっこが始まりました。

 

オレは──この理由は後で話しますが──小学生らしい価値観を持った子供ではなかったので、そんな彼らを見て“元気いっぱいだなあ”なんて考えながら、止めることも、宥めることもしませんでした。

 

事実、そこで起こっていたのは、ケンカのように見えてただのじゃれ合いでした。特別止めるものでもなかった。最終的には、行く側止める側お互いに目的を忘れて、純粋に鬼ごっこを楽しんでいましたから。

 

──そうして日が暮れるまで遊んで、5時を知らせる鐘が鳴って、結局は鬼ごっこに興じただけで解散することになりました。

 

お互いに楽しかったね、なんて笑って、帰ろうとしたその時。そこで()()()()()()()()()

 

一人、女の子が忽然と姿を消していたのです。その子と帰る方向が一緒の子が、それに気づいて慌てて皆に周知しました。

 

先に帰ってしまったんじゃないか、どこかで転んでしまったのではないか、と子供たちの反応は様々でしたが──オレは少し、嫌な予感がしていました。

 

子供たちには、とりあえずその子の家に連絡を取ることと、山には入らずに周辺で探してみることを頼んで、オレは一人で禁じられた池の方へと向かいました。

 

 

 

果たして池までたどり着くと、その子が池のど真ん中で溺れかけているところに遭遇しました。

 

オレはとっさに飛び込んで助けようとも思いましたが、どれだけ運動が得意でも小学生でしかない自分には、溺れかけの人ひとりを抱えて泳ぎ切る自信はありませんでした。

 

しかし大人を呼んでくるにしても、ここは周りに家屋すらない山奥。連れて帰ってくる頃にはその子が死んでいるだろう事は明白でした。

 

絶望的な状況でした。普通の小学生には、この場でうてる手が何もなく、そのままではその子が溺れ死ぬ光景をただ見ていることしかできなかったでしょう。

 

──だから、オレは“銀の弾丸”を使いました。

 

その子を助けたいと願いながらオレはオレの人生で初めて、銀の弾丸を意識的に使用しました。

 

その後の話は割愛しますが、その子は無事助かって、オレたちは親や教師に死ぬほど怒られました。

 

とにかく、その時の事件は危ない場面こそあったものの、結果だけ見れば誰も命を落とすことなく、万々歳だったように思います。

 

けれど実際は、この時の出来事の裏側で、途轍もない悪意が渦巻いていました。

 

 

 

結論だけいえば、この“禁じられた池”はある魔術師の研究道具──モルモット調達のための罠でした。

 

この池には子供に対する誘惑効果があり、近づいた者は池の中心に向かって足を踏み入れてしまう。するとその底なしとも思えるほどの水深にいつしか溺れてしまい、下へ下へと沈んでいく。

 

池の底は魔術師の工房への通路──普通の人間には見えないよう隠蔽された──につながっていました。魔術師は、この罠を用いることで“池で遊んだ子供が溺れて見つからないほど深くまで沈んでしまった”ことを装って実験材料を手にすることができる。

 

神秘の隠匿をしながら、自身の魔術研究のための実験材料を手に入れる。実に魔術師らしい、悪辣な罠でした。

 

──しかし、その罠はある時、回避された。神秘の“し”の字すら知らない。魔術すら学んでいない一人の少年の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()によって。

 

魔術師はそのときから、その少年──オレに目を付けました。魔術師にとっては、オレのチカラ、つまりは銀の弾丸がきっと天啓に見えていたのでしょう。根源に至るための道程、それを飛躍的に短縮できるかも、あるいはそれこそ一足飛びに根源まで到達できるかもしれない、と。

 

その魔術師にとって、“シロガネハズム”とは、何を犠牲にしてでも手に入れたい垂涎ものの実験材料だった。

 

それこそ、今まで忠実に守ってきた、“神秘の隠匿”の禁を破ってでも。

 

 

 

奴はまず、オレの家族で()()しました。オレには最後まで手を付けずに残しました。なぜならば、オレは世界に一つだけの貴重なサンプルであったから。

 

奴は生粋の魔術師でした。だから、異能というのは普通、血によって受け継がれるものだと考えていました。だからオレの家族を()()すれば何か発見があるかもしれないと、そう思ったのでしょう。

 

奴は父の腸を開き、母の脳をかき回し、姉を犯しました。

 

もちろん、これは血統によって継がれるものではない。オレの銀の弾丸はオレだけのものです。奴は何も発見することは出来ませんでした。

 

…………ともかく、家族がそういう残酷な行為によって命奪われた後になって。ようやくオレは、奴の元へたどり着きました。でも全ては遅かった。オレは何も守ることができませんでした。

 

唯一できたことは、母の最期の言葉を聞き届けることだけでした。

 

もちろん、そのクソッタレだけは。クソ魔術師だけは何としても殺しました。許せなかったから。

 

オレにとって家族は──そのときその瞬間まで、愚かなことに理解していませんでしたが──かけがえのない存在だった。

 

そんな人たちは死んで、オレだけが遺された。オレは、死んでしまいたい気持ちになりました。でも、それはできなかったから、生きる意味を探しました。

 

死に際に母は「正しい道をいけ」と言いました。「見守っている」とも。

 

──そして、口には出しませんでしたが。「生きてほしい」と、そう願って死にました。

 

オレにはそれを否定することはできませんでした。それを忘れて死ぬことなんてできなかった。

 

…………いや、正確には、オレはそう思う前に、一度自害を試みたことがあります。けれど、銀の弾丸で生き返って。そして叔母が──母と同じ目でオレを見ていました。

 

オレは、その眼に再び、涙を浮かばせることなんて出来ないと思いました。その眼を裏切って自害なんて逃げに走ることだけは、できないと。

 

だからせめて、失った、失われた命に相応しい存在に。なにより正しい存在に。見守ってくれる家族に恥じない存在になると誓いました。

 

 

 

 

 

 

オレは中学生になりました。

 

正しい存在に、価値ある存在になりたいと言っても、オレにはそのやり方がとんとわかりませんでした。

 

最低限、勉強と運動と、あとは戦いの練習だけを積み上げる毎日で、オレは目標を何も持てずにいました。

 

そうして、そういう無為な日々を過ごしている中で──あるとき、藤丸立香に出会いました。

 

 

 

そういえば最初に、オレには普通の人間と異なる点が2()()あると言いましたね?

 

そのうちの一つは先ほど言った“銀の弾丸”です。

 

そうしてもう一つは──これは、信じてもらえることかはわかりませんが、オレには“前世の記憶”があるということです。

 

普通の小学生と価値観が違った、といった話をさっきしましたが、要はこの“前世の記憶”によってオレは、年齢に見合わない価値観があったというだけの話です。

 

ともかく、オレには前世と呼べるもの記憶がありました。とはいえ、その前世の記憶にある“オレ”というのは特別な人間ではありませんでした。ただの一般人で──有象無象でした。

 

ただ一つだけ特別なことがあるとすれば、オレはこの“前世の記憶”によって、今世の世界が辿るであろう未来を予想できていたということです。

 

この世界の未来は、正確には今俺たちがいるカルデアという組織とその組織の皆が人理修復という困難に抗うという未来は、オレの前世においては一つの物語として語られていました。

 

──そして、藤丸立香とは、その物語の主人公の名前でした。

 

オレはそれを奇跡だと思いました。人理修復という物語の主人公に会えたこと。自分がいる場所が、その物語の上であって、そしてその物語に()()できる権利が今の自分には与えられているのだと。

 

オレは英雄になれるのだと思いました。これこそが、母が望んだもの。まぎれもなく()()()行いで。見守ってくれる家族に()()()()行いで。何より──()()()()()()()()だった。

 

 

 

そしてオレは、リツカの親友に()()()()()

 

それは彼に付いてこのカルデアに来るためだった。そのために彼を利用しました。

 

そして、オレの知っている物語の通りに人理焼却は起こり。知っている通りに7つの特異点が出現して。

 

オレはオレの望んだとおりに、英雄に至る旅に参加する資格を、手に入れたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そして本来、第四特異点では…………あ、れ」

 

ずっと流暢に、もはや何もかもどうでもいいとばかりに衝撃の事実をぶちまけ続けたハズムは、初めてその語りを止めた。

 

様子がおかしい。起きたばかりで喋らせすぎただろうか、と彼を見る。彼は頭部に手のひらをあてて、なにか不思議そうな顔で考えを巡らせている様子だった。

 

体調が悪いようには、見えないが──

 

「どうかした?」

 

「い、え。どこまで話しましたか。そう、第四特異点、第四特異点ですよね。本来ロンドンでは──えっと」

 

「……?」

 

「──ああ、まったく。そういうことか、ペンドラゴン」

 

彼はしばらく黙していたかと思えば、得心したように頷くと、私を真っすぐと見つめて言った。

 

「話は変わりますが、いいですか? オレの“銀の弾丸”について、大切な話です」

 

「ええ、どうぞ」

 

「オレの銀の弾丸は──これは、恐らくですが──前世のオレそのものなのだと思います」

 

「その、もの?」

 

「オレはオレの──前世のオレの魂のようなものを切り分けて使っているのだと思うんです。ロンドンでは2発撃ちましたが──うん、考えてみると、やっぱい間違いないと思います」

 

「なに。なにがいいたいの」

 

「──オレは銀の弾丸を撃つたびに記憶を失っていたみたいです。だから多分思い出せないんです。ロンドンで本来何が起こるはずだったか──このさき何が起こる予定だったか」

 

「記憶を……なくす?」

 

「はい。とは言っても前世のものだけだと思います。特に問題はありません。……前世の記憶なんて、どうせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼はなんでもないという風に言った。けれどそれは、それはとても恐ろしいことじゃないのか。少なくともそんな風に、笑って、どうでもいいと言わんばかりに話すものではないだろう。

 

だって忘れてしまうということは、思い出せないということだ。思い出したくもないばかり? 思い出したいと感じられる大切な記憶を失ったことに、気づけていないだけじゃないのか?

 

もし、私が彼の立場だったら、きっと恐ろしくて仕方がない。もしも、ハズムとの思い出を消されたら、なんて。考えるだけで、恐怖で腰が抜けてしまいそうだ。

 

私はこのとき、きっとようやく、彼の最も危険な部分に気づいた。彼の持つ危うさ。今まで気づいたと思っていたのに、そうではなかった。なにより根深いところにある、()()はきっと、放っておいたらまずいものだ。

 

 

 

「──この様じゃあ、カルデアにもう貢献はできなさそうですね。()()に何かお役に立てればと思ったんですけど」

 

 

 

「──────は?」

 

 

 

彼が当然のようにこぼした言葉が、響いた。

 

私の脳がその言葉を処理しきれずに、たっぷりと大きな大きな時間をかけて、それをようやく飲み込んだ。

 

私はこの時、きっと人生で初めて、自分のためではなく、誰かのために、明確な怒りを抱いた。

 

 

 

 

 

 







親の心子知らず。






シロガネハズム:オリジン

ってところですかね。

今回はこれ以上書くと長すぎたので、無理やり切って終わらせました。

どうでしたかね、読みにくかったと思いますが大事なことをたくさん言っているので、じっくり読んでもらえると作者は喜びます。

ではでは、いつも最後まで読んでくれてありがとナス!

そして感想もお気に入りも評価も、とっても嬉しいです。

今回もぜひそういうのいっぱいくださいな。こうするとねー作者は喜ぶんですよ。

じゃあまた次回で、しーゆー



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