だから連続投稿!
応援してくれるみんなもいたことだしね。
もし読んでないひとは『セプテムー1』を読んでから来てね。
あと今回はちょっと過激めな描写があるかもだから、少し心構えしておいてね
『アルトリアさん』
『ええ、なんでしょう』
フランスの森で野営をしていたとき、救国の聖女は見張りをしていた私に声をかけた。
視線で周りを警戒しながら、振り返らずに声だけで返す。
『なぜ、サーヴァントの皆さんはハズムさんのことを避けるのでしょうか』
『それは──彼が得体の知れない者であるからでしょうか。正直、自分でもおかしいとは思っているのです。しかし、彼に心を許してはいけないのだと、私の直感がいうのです』
『そう、ですか』
聖女は背後にいるため、当然、表情はうかがい知れなかったが、私の頭には端正な顔立ちを悲哀にゆがめた姿が容易に浮かんだ。
シロガネハズム。私の今生のマスター。彼が好ましい人格であることに疑いを抱いてはいない。努力を惜しまない人であること、他人を想い慈しめる者であること、それは私の中に明白な事実としてある。
それでも、私の直感──それも、スキルとしての『直感』だけではなく、英霊としての意識のようなものが彼のことを嫌うのだ。陳腐な表現かもしれないが、
それを申し訳ないとは思っている。本来、マスターとサーヴァントは信頼関係で結ばれているべきだ。
もし、マスターが私の信念に反するような者──例えば、無辜の人間を殺すことになんの罪悪も抱かないような者だとか──であれば、私は信頼関係を結ぶなどという意識を持つことは無い。それどころか、マスターを殺して消滅の道を選ぶことさえするかもしれない。
けれど、シロガネハズムは、少なくともそういった人間ではない。本来ならば、私としては好ましく感じる人間ですらあるのに。
いったいなにが、彼を嫌悪させるのだろう。彼の中には何が宿っているのだろう。
『──アルトリアさん』
『──っ、はい』
いつの間にか、思考にふけりすぎていたらしい。聖女の呼びかけに、ふと我に返った。
『名高きアーサー王の考えです。きっと間違いではないのでしょう。得体のしれない者であると、その判断に反論する手段を私は持ちません』
けれど、と聖女はつづけた。彼女はまるで懇願するかのように、その清廉さをうかがわせる声を震わせながら言った。
『疑い続けてほしいのです。彼を、そして自分自身を。彼は本当に悪であるのか、あるいは善であるのか。そして、あなた自身の直感が正しいのか、間違っているのか』
『……ええ、そのつもりです』
『本来であれば、私が彼に巣食うものを剥がしてあげたい。けれど、きっとそれができるのは私ではない。これから先、ずっと傍にいるであろうあなただから、彼のサーヴァントであるあなただから、可能なことだと思います』
それはどういうことか、彼女に向けて振り返った。彼女は私の眼をじぃと見ると、それから私の手を取って、何かを託すように祈った。
オルレアンで聖女と深く会話をしたのは、それが最初で最後だった。
◆
目の前に、男が倒れている。そうわかったのは、瞼を開けてから数分が経った頃であった。
その遺体は、まるで焼き尽くされたかのように真っ黒に染まり、胸の中心には弾痕のような貫通のなごりがあった。目にした直後にそれが遺体だと判断できなかったぐらいに、
そして、あたりには鼻を突きさす鉄の腐ったような臭い──何度も嗅いだことがあるからわかる。これは血の臭いだ──が漂っている。
あたりを見渡すと、そこにはいくつかの死体があった。先ほどの男よりはまだ
右手のベット──いや、あれはおそらく解剖台のようなものか──に横たわる男性は、その腹部が切り裂かれて、そこから様々な臓物が引っ張り出されてあたりに散乱している。
左手のソファに横たわる少女には、乱暴に服を破かれた形跡がみられ、股間からは血液と白い液体が漏れ出ている。そして首には絞殺の後が痛々しい痣として刻まれていた。
そして、正面。最初に見た真っ黒の男の奥には、一人掛けの椅子に縛られた女性。頭部に直径3センチほどの杭のようなものがあちらこちらに突き刺されていて、何らかの魔術的実験を行ったことがうかがえる。
私は──アルトリア・ペンドラゴンはなぜここにいるのだろうか。ふと疑問に思う。
こんな光景に覚えはない。それでも、最初の男はともかくとして、あとの3人の姿には、なにか既視感のようなものを感じた。
そんなことを思っていると、自分の背後に、何者かがいる気配がした。とっさに振り返ったとき、私はその行動を後悔することになった。
見知った顔が狂ったように笑いながら、涙を流していた。
痛々しい表情。それは間違いなく──少年の姿をしているが──自分のマスターであった。
そう気づいたとき、私はあの死体たちが彼の家族なのだと思い至った。彼はひとしきり涙を流すと、絶望したような表情で言った。
「こんな世界──ヒトも、神も、
それは慟哭であった。世界の理不尽に対する怒りであった。
そうして、彼はおもむろにその手を銃のような形にして虚空に構える。
──しかしそのとき、死んだと思っていた目の前の女性が、彼の方へと歩み寄った。
ふらふらと歩みを進めていく彼女。それをみた彼はあわてて駆け寄る。そうして彼女は抱き着くようにしてマスターにもたれかかった。
どう見ても満身創痍だ。なにがあろうと、彼女が助かることはないだろう。けれど、彼はあきらめきれないのか、先ほどまで虚空に向けていた人差し指を彼女に向けて、なにかを叫んでいた。
そんな彼を、女性は慈しむように見ていた。やがて彼があきらめたように彼女を胸にかき抱く。そうして彼女が、彼の顔を愛し気に撫でて、何かを口にしようとした瞬間。
私はその夢から目を覚ました。
◆
ネロ・クラウディウスに戦う理由を問われている自身のマスターを、私は霊体化した状態でじっと見つめていた。
盗み聞きなど言う行為は騎士として、あるいは王として、あまり褒められたことではない。しかし私はその質問にマスターがどう返答するのかを知らなければならないと思った。
「──お、れは。人類を救うために、戦っています。だって、それは正しいことだと思うから。誰に恥じることもない、胸を張れる行いだと思うから」
嘘だ、と思った。あのとき垣間見た夢の中で、彼はそんなことを思ってなどいなかった。むしろ世界の破滅を願ってすらいた。
あの時のマスターはまだ少年だった。ゆえにあの出来事から現在までの数年間で、考えを改めた可能性は決して無いとは言えない。
だが、私の直感はそんなはずはないと囁いていた。そうして私の理性もそれに同意見であった。むしろその『世界なんて滅んでしまえばいい』と叫んでいたあの光景こそが、自分たちサーヴァントに嫌悪の感情を抱かせる原因の一端に思えて仕方がなかったのだ。
彼の絶望、あるいは怒りに、同情や共感の念はもちろんあった。英霊としてではなく、一人の人間として、あのような光景にさらされた少年の痛みを想うほどに胸が締め付けられる。
──それでも。それは世界と天秤にかけるものではない。残酷なことを言うようだが、どれほどの過去であっても、それを理由に世界を滅ぼすことにはなんの正当性もないのだから。
いつのまにか、マスターは部屋を後にしていた。物思いにふけりすぎていたらしかった。
私は彼のサーヴァントだ。彼に対してどのような思いを抱えていようとも、彼が道を踏み外さない限りは、彼の剣として戦わねばならないし、盾として護らなければならない。
すぐに追いついて彼のそばにいなければ、と考えた時。
「いるのであろう、ハズムのサーヴァントとやら」
「──っ」
「顔を見せるがよい。そなたに、話したいことがあるのだ」
皇帝ネロは私の姿が見えないだろうにも関わらず、こちらに視線をよこした。
観念して霊体化を解くと、ネロは先ほどまでマスターが座っていた席に着席するように促した。
「サーヴァントとは便利なものよな。暗殺者のような心得がなくとも、あのように姿を消せるのであろう?」
──そして、盗み聞きもし放題ときた。と彼女はからかうようにいった。癪にさわる言い方ではあったが、盗み聞きが良い行いではないのは事実なので、私は努めて口を閉ざした。
「そなたのマスターは、先ほどあのように言っていたが。そなたはどう思う?」
「どう思うとは?」
「なんでもよい。感じたことを述べてみよ」
「──嘘だろうと、思いました。詳しくは話せませんが、私は、彼があのような信念を持てるような境遇にないことを知っていますから」
正直に思ったままを告げる。そうすると、ネロは私の言葉を反芻するようにしばらく考えたのち、口を開いた。
「60点といったところだな!」
「ろ、ろくじゅってん!?」
「うむ! 確かにあやつは確かに、あのような聖人じみた信念を持てる存在ではないだろう」
「そ、それならば──」
「──だが、あやつは嘘を吐いてなどおらん。あの男の中ではそれが真実なのだ」
え、と私は信じられない気持ちになった。そんなはずはない。あれほどの経験をしておいて、そんなことを思えるならば。それはきっと、精神が破綻している。
「借り物の信念というやつよな。あやつは自分という存在の中に『自分』を置いていない。誰かの言葉に突き動かされているのだ」
「……」
そう聞いた私の脳裏には、赤銅色の髪をした誰かの顔が浮かんだ。詳細は思い出せなかったが、『借り物の信念』という言葉にはなにか聞き覚えがある気がした。
「よく見ておくのだぞ」
「え?」
「そなたは従者なのであろう? ならばあやつが道を踏み外すようであれば、どのような手を使ってでも引き戻すのだ」
ネロはゴブレットの酒をちまちまと飲みながら、まくしたてるように続ける。
「リツカから聞いたが、そなたたち、サーヴァントは、英雄とのことだったな」
「ええ」
「ならば、あやつの精神を英雄から凡人へと戻すことはできん。それはおそらく別の者の役割であるが故。だからそなたは、あやつが
ネロはいつのまにかゴブレットを空にしたのか、それをテーブルにたたきつけるようにして置いた。こちらまで伝わってくる揺れが、彼女の真剣さを表しているように思えた。
「借り物の理想は、強固だが儚い。いちど壊れてしまえば、もう立て直すことはできまいて。だから、もう一度言う。よく、見ておくのだ」
そなたがあやつに、どのような思いを抱いていようとも──目を放すことだけはあってはならない。ネロはそう締めくくり、では早くあやつのもとへ行け、と追い出すように私を立ち去らせた。
そうして、第二の特異点は修復された。
◆
金糸のような髪の隙間から、いくつもの杭が飛び出している。マスターと同じ
マスターは彼女──おそらくは母親を、抱きしめていた。まるで懺悔をするような顔をしながら、「ごめんなさい」と、「おいていかないで」と、謝罪と懇願を繰り返していた。
そうしてふと、女性はマスターの頬を手のひらで撫でた。手のひらから頬にべっとりと血液が移ったが、彼はそんなことは全く気にせずに、母親のぬくもりを確かめるようにして、そこに手を添えた。すると、彼女の眼はほんの少しだけ理性の光を取り戻したようだった。
「ハズム、ハズム、ねえ、そこにいるのね?」
「うん、オレだよ。母さん、もう喋らないで。大丈夫、オレが治すから──オレは
「ねえ、ハズム、これを握って。お願いだから、ねえ良い子だから」
「しゃべらないでったら! くそ、なんで、このポンコツ! お前は
「ねえ、ハズム。もういいのよ。さあ、お願いだから握って」
「──わかったよ、母さん」
もうどうしようもないのだと、マスターは観念したらしかった。あきらめたように母親が差し出した手のひらを握る。二人の手のひらの中には、血にまみれた銀のロザリオがあった。
「ハズム、私たちの優しい息子。私たちのために怒れる子。自慢の息子。ごめんね、置いて行ってしまって」
「ねえ、やめてよ母さん、置いていくなんて言わないでよ。優しい子なんて言わないでよ。全部違う、間違いなんだって」
「ううん、あなたは優しい子よ。だって、私たちのために、こんなにも涙を流してくれる」
「~~~っ」
「ねえ、ハズム。ひどいことを言うようだけどね、誰も恨んじゃだめよ。あなたが正しい……道を……行くのが……にとって、一番……」
「──かあさん?」
「ハズム……さみしくても、つらくても……私も、お父さんも、お姉ちゃんも……か、ふっ」
「かあさん!」
「わたしは、わたしたちは、あなたを見守っているわ。きっとあなたが救われるまで」
「……」
「だからね、ほら、泣かないで──」
そうして、彼女は息を引き取った。
マスターは亡骸を抱きかかえて、ずっと泣いていた。それこそ永遠ともいえる時間涙を流して──いつしか、そっと立ち上がった。
母親から託された血まみれの十字架を首にかけて、胸元できつく握りしめる。
そうして、誓いを立てるようにつぶやいた。
「母さん、オレはきっと正しい道を歩んで見せる。見守ってくれているみんなに恥じない人生を、いつかまた会えた時に胸を張って語れる人生を歩む」
「オレは、あなたたちにとって、自慢の息子なんだから」
そうして今日も、目が覚める。
ネロの言った『借り物の信念』という言葉がようやく理解できた気がした。
そして、母親のあんなに純粋で愛に満ちた願いは──こうも簡単に歪み、呪いと化してしまうのかと、そう考えた。
インタールード?:『名付きの少女』
暗闇が無限に広がっている。
声を出そうとしても響かず、動こうとしても指先がピクリともしない。
ただ、どこかに向かって引き寄せられる感覚だけが体を支配している。
どれだけの時間が経っただろうか。食事も呼吸もすることすらなく、なぜ自分は生きていられるのだろうか。
──気が狂いそうになる。
なぜこんな空間に、一人で取り残されているのだろう。
いっそ狂ってしまえば楽なのではないかと、何度も考えた。それでも、その選択肢を選ぼうとするたびに、親友の顔が胸に浮かぶのだ。
狂ったほどに自己評価が低く、そのくせ優しいあの男の子のことを、自分はいつでも心にとめている。
そしていつか、彼を普通の人間にしてあげるのだと決意していた。
だから、自分が狂うことだけは、許容できない。
彼を
これでしばらく打ち止め!
セプテムは終了ね。
色々な伏線を回収したし、逆にまいたりもしました。
オケアノスはさらっといって、ロンドンはちょっと長くなる予定。
まあ気長にまってほしいです。
更新はやく、とか続き読みたいよう、って人はね感想くれ(告白)
最後まで読んでくれてありがとう!