異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ 作:三代目盲打ちテイク
時は少し戻る。
春日部耀の前にはあの男柊聖十郎が立っていた。周りには木々があり、そこには五体をばらばらにされた子供が無惨に吊るされている。
そんな凄惨な光景の中で、その男はただ立っていた。何事もないかのように。いや、これで正しいのだろう。この男にとっては、自分以外など役に立つか立たないか。使える屑か、使えない屑の違いしかないのだ。
隙のない凍結した鋼のような気配を纏い、顔立ちこそ整っているが非人間的なほどその印象は温かみを感じない。
酷薄、冷厳、威圧的な容姿ながら、幽鬼のような不確かな存在感を滲ませて、ただそこにいるだけで、すべてを不安にさせられる。
身構える。ただ自然体で立つ男。いいや、自然体なのか? どういうわけか聴覚が機能しない。何かに奪われただとかそういうことではないため、おそらくはゲームの仕様という奴なのだろう。
ゆえに、それ以外。それ以外の鋭敏すぎる感覚が、男を正確に捉える。壊れたままに完成された歪で奇妙な偉丈夫を捉える。
獣の本能が叫ぶ。近づきたくない。ここから逃げたい。これは駄目だ。感じ取った。はっきりとした気配。死の気配。
ただの死の気配ではない。濃密なまでにそこにあるのは、獣がもっとも嫌がるものその物。それは病。病魔の気配だ。
死病の気配がする。一見、健常にしか見えぬ男。ただ全てを見下すかのような傲慢さをたたえた男であるが、その内情の一端を耀はその鋭敏な感覚によって捉えた。
この男はもはや手遅れなほどに病に侵されている。今はただそれに力によって蓋をしているだけであって、もしその蓋が外れれば最後、この男は死ぬのだろう。
獣は何よりも病に敏感である。自然に生きる者としてそれゆえに、この男が放つ病魔の気配に気が付いたのだ。
だが、それでも耀は己を奮い立たせる。ここで倒す。偽りの伝承。
ハーメルンの笛吹き男について諸説あるうちの一つに、130人の児童を誘拐し、「口に出して言うのも憚られる目的」に用いたという説がある。
しかし、事実と断言するこの説に対して出典を提示していないし、少なくともその120年以前から現れている物語のバージョンを無視している。
つまり、これを真実の伝承と言い張ることはできないのだ。そして、その男の象徴として
母親が顔芸しながら無駄知識を披露してきたのを覚えておいてよかったと耀は思う。
そして、拳を握るのだ。あの男を倒す。それこそが勝利のカギであると信じて。そして、何より。子供を殺したこの男が許せないから。
「おい、来るのならば早くしろ。試してやると言っているのだ。早く来い」
ならば行こう。
「はあああああ!!」
握りしめた拳を振るう。ありとあらゆる生物の力を用いて、地を割らんほどに蹴って拳を振るう。
しかし、その拳は柊聖十郎を捉えることはない。そんなことは関係ない。当てるまで、ただ拳を振るう。百発だろうが、千発だろうと関係なく。
ただ目の前の男を倒す。それだけを考えて拳を振るう。
拳の弾幕を瀑布の如く、一撃ごとに岩をも砕く威力を乗せて叩き込む。それはおそらく、この箱庭においてたたき出した最高の速度と重さを塗り替える。
ただそれでも届かない。聖十郎の身体、服にすらかすりもしない。聖十郎は一貫して棒立ちだ。構えを取っていないどころか、指の一本すら動かしていない。
決勝の舞台で見せた極限の武術はその片鱗すら感じられない。まるで、外見と性格だけ残して
棒立ちで立っているだけにも関わらず、全ての攻撃の尽くが弾かれていた。まるで、男の前面に見えない壁でもあるかのように。
紙より薄く、だが、山よりも分厚い断絶がそこにはある。それだけ、自分と男の立っている場所がかけ離れているのだと証明しているかのように。
だが、それでも諦めない。ここで諦めるような者はノーネームにはいない。
極限の戦闘の中でただ己の感覚のみを研ぎ澄ませていく。純化する。その極限の集中の中で、耀の感覚はついに、男の一端を掴み取る。
知らぬはずのそれ。だが、確かに母から聞いたはずのそれ。いつか、この木彫りをもらった時に感じたのと同じものを感じる。
つまり、これは男が夢を使っていることに他ならない。だからこそ、それを春日部耀が持つ獣の本能は感じ取った。
柊聖十郎――五常・急ノ段ニシテ極メテ危険。
ソノ邯鄲ハ逆サ磔ノ十字ヲ成シ、箱庭ニオイテモ深度甚ダ猛悪ナリ。
現状ニオケル戦力差ハ歴然ユエニ、勝機皆無ト断定スル。
戟法・楯法・咒法・解法・創法。邯鄲ニオケル五常楽、皆悉く魔人の域。
自ラノ器ト比ベルマデモナク、死ヲ覚悟シテナオ、逃ゲルコト叶ワヌ。
「ッ――!」
思わずその猛攻を止めてしまう。死を覚悟して逃げられないのだ。勝機すらない。それでなお生きているのはなぜか。
柊聖十郎がただ遊んでいるだけに他ならない。
だが、そう、それで諦められるほど良い子ではない。伊達に問題児はやっていないのだ。
相変わらず聖十郎は動かない。もはや動く意味すらないのだろう。
「あああああ――!!」
空を切る轟音を響かせて拳を振るう。速さでは傷をつけられない。ならば、重さに比重を置く。バランスをとっていた均衡を重さ一辺倒へとかえる。ただ重く、何より重い動物へと自らを変化させる。
渾身を込めて打ち出した右拳がついに見えない壁を貫いた。しかし、結果は――。
「やはり、屑は屑か。世代を経て、少しは役に立つ屑くらいはなるかと思ったが、やはり変わらんか。むしろ劣化している。序でもない塵とは、まったく、これに何が期待できるというのだ」
耀の拳を無造作に止めて、侮蔑を露わに、嘆息していた。
さして力を込めていない。なんらなにもされていないはずが、耀の全身を激痛が駆け巡る。一歩も動けなくなる。
「下らん。実に下らん。これでは、あの南瓜頭の方がよっぽどマシだ。まあ良い。わずかでも期待をかけた俺が愚かであったのだ。この茶番に幕を引くとしよう」
聖十郎の手に莫大な熱量が集まって行く。誰が見ても弾を放とうとしていることは明白であった。逃げようにも動けない。
「く、ぅ」
あれを受ければ死ぬだろう。どのように火に強い動物、幻獣の力を借りようとも。それに対して、諦めるのか? 獣の本能は既に負けを認めている。勝てない。
獣は強さに敏感だ。己よりも強きものに獣は喧嘩を売らない。弱肉強食の世界で生きるための生存術。
だが、春日部耀は人間だ。人間は死に瀕した時。求める。
「いや、誰、か」
助けを。死の回避を。救済を求める。
死を前にして、求めた。助けを、その刹那、
――雷鳴が轟く
「輝きを持つ者よ。尊さを失わぬ、若人よ。 お前の声を聞いた。ならば、呼べ。私は来よう」
――黒い襟巻棚引いて――
――閃光が迸る――
――雷鳴が轟く――
声と共に眩い光が迸る。
それは蒼色をした輝きだった。いつか見た輝きだった。
空の彼方に見えるもの。雷の輝き。
その輝きの中で腕を組む男が一人。腰には
棚引く黒い襟巻にはわずかに紫電が迸り、襟服は遠い異国の軍装と似たような意匠で。
彼は雷電だった。遠き空を駆ける光り輝く雷電であった。
――そして――
――彼の瞳、輝いて――
――周囲に浮かぶ剣、五つ――
「絶望の空に、我が名を呼ぶがいい。
――雷鳴と共に、私は、来よう」
「ハーメルンの笛吹き男の伝承。子供を攫い残虐非道の限りをつくし磔にした。これは間違いだ。そのための根拠も、裏付けもなんら示されてはいない。
ゆえに、この伝承は偽りだ」
「だから、どうした。
「ああ、そうだ。ゆえに、私はお前の前に立っている」
雷電の剣が一振りが耀の前に浮かぶ。
「そこにいると良い若人よ。お前は良くやった。あとは、私に任せるが良い。心配はいらない。輝きで溢れるこの箱庭にいる限り――私は負けない」
光と共に白い男が駆ける。聖十郎が放つ熱線は剣の一本によって防がれた。
「ゴハッ!」
放たれる拳。超常の域にて行われる高速戦闘。
救いたいからこそ、彼を慈しみ、その救えぬ性すらも肯定し受け止める聖者。白い男は己は聖者ですらない罪人というだろう。
だが、それでも、その善性はまさしく正義の味方なのだ。誰も彼もを救うというのは、つまるところ、誰も否定しないということに他ならない。
清濁併せ持つのが人だ。悪はあるだろう。外道はいるだろう。鬼畜は生まれるだろう。だが、だからどうした。
敵対した相手であろうと、自分を傷つけようとした相手であろうと、「助けて」と言われれば決してニコラ・テスラは見捨てることがない。
助けてと言われたわけではない。だが、誰よりも救いを求めている男をニコラ・テスラは見捨てない。何より、再び救えなかった不甲斐ない自分に怒っている。
「お前はここに生まれた。ならば、輝きを持っていないはずがない。生きたいと願ったお前の願いはまさしくお前の輝きだろう」
今や、全ての悪感情の先は全て己なのだ。だからこそ、聖十郎の急段が、逆十字が形作られることなどありえない。
「ワケの分からんことを、抜かすな愚図が」
放たれる聖十郎の拳。その一撃は、完成された武術のそれである。創法を用い、左手に剣を作り出す。かつて奪い取ったはずのそれ。雷電の剣をそれで弾く。
何も急段だけが、全てではない。奪い取ったものがある。それらを十二全に使いこなし、役立てることができるからこそ柊聖十郎であるのだ。
完成された武術が光を先読みする。如何に速く動こうとも、人間が可能とする攻撃動作というのは限られる。それを見切れば、光の速さだろうとも見切ることは可能だ。
放たれる拳や剣を見切り、全てを防いでいく。一瞬のうちに数十、数百の拳と剣が交差する。
もはや、耀のレベルではこの見ることすら叶わない。ただ剣に守られていることだけがわかる。
「すごい……」
どちらが追い詰められているのだろう。
どちらもが追い詰められているのだろう。
その時、全てを包み込む神威の奔流が来る。
空に咲く大輪の華。
「椿姫?」
そして、笛吹き男。まるで死神だった。
その瞬間、一つの決着がついた。
勝負の行方はひとえに、拒むか拒まないか、この差だった。
彼女の抱擁を
太極を拒むことによりそれに抗うということが必要になったために、柊聖十郎は敗北した。偽りの伝承は砕かれる。
「チィ――」
憎々しげにニコラ・テスラを睨む聖十郎。しかし、何も言わず、彼は消える。伝承が砕かれたことによって彼はこの創界に存在できなくなったのだ。
死んだわけではない。眷属は盧生が生きている間は死なない。
「いつか、またまみえるだろう。おそらく、その相手は私ではあるまい。若人よ、それまで輝き続けるが良い。ここからはお前たちの番だ」
そう言って、ニコラ・テスラは閃光となり、雷を轟かせ雷電と化して空へと駆けて行く。
創界を成す者の下へと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「偽りの伝承、偽りの伝承……」
どういうわけか眠りから覚めない白夜叉をそのままに
そもそも、今だハーメルンの笛吹き男の伝承において何が真実であるのかわからないのだ。
ジンがこの街に来て見たのは自然災害と、吊るされた子供たちであった。
「子供の誘拐と自然災害……子供の誘拐は、裏付けがないから違う」
ならば、自然災害か、と言われれば首を捻る。
“契約書類”を見返す。
「偽りを砕き、勝利条件は真実の伝承を示すこと。真実の伝承を砕けば負ける」
あまりにも勝利条件が漠然としすぎていて、成立していないように見える。
そもそも、この伝承が何が真実か決まっていないのだ。つまり、これは相手が真実だと思っていることに他ならない。
何を真実とするのか。自然災害、人さらい。他には何がある。
ジンは考える。自分にできるのはそれだけであるから。
さてさて、始まりました。
耀と聖十郎のバトル。参考は四四八との最初のバトルですね。
とりあえず、勝てませんでしたが、危ないところで72歳さん登場。
急段使わず殴り合いにて、あと太極に抗っちゃった聖十郎さんの負けで決着です。
次回は飛鳥と神野。
十六夜君はそれが終わったとにペストと戦ってもらう予定です。
ジン君は裏で謎解き中。
では、また次回。