異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ 作:三代目盲打ちテイク
何も見えなかった。何もかもがわからない。何かに呑まれたのだろうか。山崩れ、洪水。ハーメルンの笛吹き男の伝承だと、耳元で蝿声が囁いている。
偽りを砕いて真実を示せ。ただし、真実を砕くと駄目であると蝿声が言っている。
だが、今更どうしろというのだろうか。久遠飛鳥に力はない。誰も彼もを支配する忌むべき力は通用しない。
いや、それも当然か。己の性質を生のままに飲み干せない者など、誰にも勝てないのは道理。自分自身を否定する者が、自分自身を全幅に肯定し、ありのまま悪魔として存在している神野明影に勝てるはずもないだろう。
あの悪魔が言っていたことは間違いではない。
久遠飛鳥という人間はどうしようもなく、自分の力が、いいや、自分が好きではないのだ。生まれた時から恵まれた自分が。特別で、誰もが信頼を置き、誰もが、無条件で好意を抱くこんな自分が。
誰もが自分の言うことに従う。口を開くと人間であれば無条件で自分に好意を抱き、全幅の信頼を置く。一度この能力の影響下におかれた存在は、自分に対して一切の負の感情を抱かなくなり、自分の言動に対して全く疑問を持たなくなってしまう。
自分の望んだことは全て叶う。叶わないことなんてない。全てが手に入り、手に入らないものなんてない。
最初から成功が約束されている人生。
そんな人生が楽しいだろうか。幸せだろうか。
答えはどちらも否だ。少なくとも久遠飛鳥にとっては。
初めから成功が決められている人生など何が楽しいのだ。初めから成功するとわかっている。つまり、達成感がない。初めから成功するとわかっているのだ。
それは作業にしかならない。達成感もなにもない。誰かと協力して何かを行うということもそう。自分は何もしなくていいと言われ、全て他人が終わらせてしまう。
真面目にやらねばいい? 普通ならばそうだろう。だが、そうではないのだ。どんなに不真面目にやっても。最終的に何もやらなくても、最終的に全てうまくいく。勝負事ならば負けたことすらない。
まるで世界の方がそうできているように。この箱庭でもそれは変わらない。自分は戦いに負けたかもしれない、だが、最終的に勝負には全て勝っている。
いつもそう。最終的に、勝っている方に自分はいるのだ。負けもなく、ただ全てに勝ち続け、幸せだと思われる人生を歩む。
そんな自分が堪らなく嫌いだった。こんな力など望んでいない。だからこそ、全てを捨ててここに来たのだ。そして、その結果がこれだ。
必要のない力。必要とされたのはその力。自分なんて誰も見ていない。力が効かないとなれば、それは己の存在意義の消失だ。
いらない力なのに、いる力でもある。この力がなければ自分は何もできないのだ。
なんという自己矛盾か。そして、今の己は一人で孤高を気取っていた己は、今や、人とのつながりを知り、酷く弱くなっている。
何よりも怖いのは、必要とされなくなること。
そして、そんな不安を悪魔は見逃さない。
「ほんと、君ってアレだよねえ。自覚がある分、本当に酷い。自覚がなけりゃあ、まだ救いでもあったんじゃないかなあ。
でも、君は気取ってるだけ。物語のヒロイン気取りも大概にしておけよ。私だって苦しんでるの。こんな力いらないの。なんで、私を見てくれないの。
そうやって悲観し続けるのは楽しいだろうね。そんな風にヒロインぶってれば、相手から気にかけてくれるんだから。
それこそ、君が嫌うようなものだけど、それをやってるってことはさあ、君って実はまぞなんじゃない。嫌よ嫌よも好きのうちとか、そんなこと言っちゃう変態なんでしょ。
あはははは、飛鳥ちゃんはまぞ、嫌いなことをすすんでやるのが好きー」
蝿声は嗤う。
しかし、それを何かをすることはできない。もはや、身体は動かない。飲まれてただ、死を待つばかりであった。
偽りの伝承というのもわからない。戦後間もなくから来た彼女にはその知識がない。ただその知識がないことを責めることはできない。全てはただ、自分が悪いのだ。
役に立たない自分はもう、ここでいなくなってしまった方が良いのかもしれない。その方が、良いのかもしれない。特別な自分が嫌いだった。何もできない自分も嫌いになった。
自分なんて好きになれるはずがない。
「いかないで」
そんな時に、聞こえる、
抱きしめられる。行かないで、行かないでと泣き叫ぶ彼女の声。
「ああ、そうね」
自分が嫌いだ。けれど、そんな自分でさえ、好きで、いなくなって欲しくないと言ってなく人がいる。なら、自分はいなくなっては駄目なのだろう。
それくらいは、わかる。それくらいは義を通さなければならない。それくらいは知っている。
「みんな、私を見ないでー。でも、見られちゃう。嫌だ、嫌だ。嫌よいやよも好きのうちー。あははは、まーぞ、まーぞ、飛鳥ちゃんのまーぞ」
悪魔が何かを言っている。
低俗な言葉だ。聞くに堪えない。それを止めることなどできない。止めたいと思うほど悪魔にとっては、好都合。
でも、止めなければ。もはや動けない。ハーメルンの笛吹き男の伝承なんて、知らない。でも、この悪魔が真実なはずがない。だから、砕く。
「んー、これは、あの女の子かな。ああ、良いなあ、良いなあ。なんて綺麗なんだろう。こんなに綺麗なものにはさあ、糞を塗りつけたくなっちゃう。だって、ボク悪魔だもん♪」
何の力もないけれど。
けど、けど――諦めない。いかないでと言われた。
だから両手を伸ばす。精一杯。
――両腕を伸ばす。
手を伸ばす何かを掴むために。何かを、何かを。
だが、何にも届かない。己の手は既に限界まで伸ばされているから。ここには黒以外何もないから。
ここから出ることは不可能。そもそも、自身がどうなっているのかすらわからない。細腕では到底、それは不可のだった。
――かわりに――
――かわりに別の両手が伸びて――
「喝采せよ! 喝采せよ!
実に見事だ、素晴らしい!
諦めずに手を伸ばす者ほど愛おしいことはない」
どこか、遥かな暗がりの中。ただ己の創界を見下ろす大外套の男は、それを喝采する。
「人間賛歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどに」
喝采する、喝采する。
ついに、来た。この時が。待ち焦がれたとこの時が、ついにやってきたのだ! 今こそ、彼の理を超越する者の生誕だ。
そのために、続けたのだ。そのためだけに、続けてきたのだ。
「帝釈天よ、記録するが良い。
彼女は昇るぞ、黄金螺旋階段を上り、その先へと」
男は叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ。
数千の双眸が己を見つめる暗がりで、ただ魔王である人類における最終試練となったその男は、ただ、だた――。
「さあ、お前の輝きを俺に見せろ」
喝采する男がただ一人。大手を広げて、ただただ、その到来を待ちわびたとばかりに。
それは、支配者。それは箱庭における魔王そのもの。それは、敗北者。及ばなかった前人未到を踏破した者。
甘粕正彦。
彼は、今も、歩み続ける。己の全てが、彼の者に届くまで。
今も、今も。
超越を目指して、人類を劣化させぬために。
そして、天上に座す者もまた、また、この時を待ちわびていた。
「――――!」
大いなるもの。高き者。流れ出し座した者。ただただ、慟哭し次代を任せる器を待ち続けるもの。これぞ神。まさしく、正しく、箱庭の座に座る者。
偉大なりし帝釈天。
慟哭を続ける者は、ついに、ついに、待ちわびたその時を記録する。
「ついに、ついに開いたか!
待ちわびたぞ、この時を!
さあ、行け、行くのだ、尊きモノ!」
その場所に、行くのだ、と。
そうだ、そうだ。
行くのだ。開いた門の先。窮極の門の向こう側まで。
「それだけを望んだ。さあ、行け。
一にして全、全にして一となるまで。
失われたものをその手にするまで、その手を伸ばしてくれ
そうすれば、私は――」
手を伸ばす、手を伸ばす。
もはや伸ばす手すらなく、掴むものすらないというのに。
それでも、その手を伸ばそうとする。
とどかぬ、全てに慟哭しながら――。
いつの間にか土砂と水の底から這い出している。目の前にはあの黒い悪魔。
「おや?」
そして、飛鳥の代わりに別の両手が伸ばされている。
――鋼鉄で出来た腕
――飛鳥の意思に応えるように伸ばされて
暗闇を引き裂くように伸ばされる歪にゆがんだ両手。五本指の鋼。
指関節が蠢き、リュートを奏でるかのように鳴り響く。
「なんだい、それは?」
――これは、なに?
何かが飛鳥の背後にいる。
鋼は飛鳥の腕ではなく、背後にいる誰かのもの。
――飛鳥の背後、その背に鋼の彼がいた。
鋼を纏った何かいる。視力を失っている飛鳥には見えないがいることはわかった。
目を瞑り、仮面を被った鋼の鎧をまとった誰か。
それは軽く神野が放った黒爪に両手を伸ばしている。蠢くように伸ばされていく。
自由に。その手は空間を裂いて。伸びていく。
鋼色が、5本の指を蠢かせて現出する。
――分厚く鋭い黒爪が幾本も空を裂く。
――速い。目では追えない。
もとより目を失っている今、何かを見るという行為は意味をなさない。仮に見えていたとして、生身の体では避けきれまい。
鋭い反射神経や高い身体能力を備えた耀や、超常の力を持った十六夜、帝釈天の眷属であり高い力を持つ黒ウサギ以外には。
もしも爪を避けられたとしても、それにまとわりついたまとわりついた死塊の粘液に犯されて殺される。死それこそが不変の結果。
しかし、生きている。
飛鳥はまだ。
傷ひとつなく、立っている。
神野の黒爪が裂いたのは虚空のみ。
知らず、声が出る。ただ結果に対して。
「……遅いわ」
「――。あはっはは! あはははっはははは、まるで解法を受けたみたいだ。でも、ざんねーん。こんなんじゃ、ボクは死にませーん!」
ただ蝿声の男を見つめる。自分の眼ではない。自分の眼は今、見えないから。だから、鋼の彼の眼を通して。
見つめるだけで目が爛れ、脳が恐怖に侵される。見ているのだから見られている。けれど、未だ飛鳥は死んではいない。死なず、彼の眼を通して奥底を覗き見る。
「いやん、そんなにみつめて、ボクにほれちゃった? こまったなー、ボクにはこうと決めた人がだねえ」
「喚かないで」
鋼の彼の眼が教えてくれる。目の前の存在がどういうものか。
「第八等指定廃神・
極小の何かが寄り集まった群れ。その何かを定義するなら、昆虫に喩えるのがもっとも近い。
その身を構成する粒子の一つ一つが汚らわしく、同じ世界に存在するのが誰であっても許せなくなるような影であり、邪悪なエネルギーそのもの」
己にはあれを殺しきる力ない。けれど、けれど。
「彼にはある」
彼、鋼の彼。名前も知らない。けれど、わかる。彼が何をできるのか。私の想いを彼はくんでくれる。
「悪意の塊。唯一の殺害方法は、存在する可能性を奪い去り、消し去ること。
なるほど、確かに、人には貴方を倒すことはできないようね」
「んーんー? 何を言っているんだい?」
「でも、鋼の彼は人ではない。私の背後に佇む鋼の君。
私は貴方にこう言おう。
広がる腫瘍の如く、彼を殺し尽くしなさい」
―――――――――!
――死ぬ、死ぬ死ぬ――
――まるで病巣に侵されたが如く、ありとあらゆるものは死に絶える
――歪にゆがんだ両の手、それは自らを締め上げる首輪。
全てのものがもつそれは、例外なく自分自身を殺す。
自壊させる。これが彼の能力。例外などない。なぜならば鋼の彼はそんなものを認めてなどいないから。
ありとあらゆる幻想、その可能性に至るまでを自滅させる。自らの手で、存在を許さないがゆえに、存在させない。
悪魔という極限の神野も例外ではなく。砕かれて、消え去る。断末魔さえなく。
――全てが死に絶えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
十六夜は見ていた。雷鳴が轟くのを、土砂と水が全て消えるのを。
「誰かが二つ伝承を砕いたな」
「そ、そうみたいです! 私の素敵耳によれば、耀さんと飛鳥さんです! テスラ様が人さらい説を、飛鳥さんが自然災害説を砕きました」
所謂お姫様だっこ状態の黒ウサギがそういうのを十六夜は読唇術で読み取る。
「なるほど、確かにその二つは誤りだろうな」
「じゃあ、真実の伝承は、最後の魔王ですか?」
「いや、それはねえだろ。あいつがやったのは死の霧。死の霧ってことで連想できるのはおそらくは何かの病か何かだ。じゃねえと、黒い霧なんて出て来ねえ。
となると、黒死病あたりだ」
「なるほど、黒死病も確かにハーメルンの伝承でありますね」
「だが、あれも違うだろう。偽りの伝承を砕けってことは、砕けるようになってるはずだ」
黒死病はハーメルンの笛吹き男の伝承の成立時期から考えても後なのだ。ゆえに、あれも違う。そうなると、あの三人の敵と数が合わない。
つまり、真実はそれ以外にある。
「一つ可能性があるが、まずはあっちだ」
十六夜は走る。魔王の下へと。
やはり、神野に煽らせるの難しいな。特に飛鳥だからっていうのもありますが。ま、まあ、奴はまだ本気じゃないですし(震え声)。
聖十郎と甘粕はまあ、動かしやすいんですけどね。神野は世良さんいないから、どうしようもない。
てか、やってたら飛鳥がいつのまにか辰宮のお嬢様みたいになってた。しかも、なんか狩摩も交じってるし。
さあ、次回こそペストと十六夜のターン。
あと数話で終わらせる予定。そう長々とやってもあれですからね。キルラキル見たくテンポよく行きます。
ただ、明日は更新できないかもしれません。日刊更新できる人ってすごいですねと思いました。
私はこれくらいで限界ですね。
というわけで明日はお休み。明日以降は……どうなるかわかりませんが。頑張ります。