異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ    作:三代目盲打ちテイク

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第三章 空を亡ぼす龍の目覚め
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 その回廊は静寂に支配されていた。時間にして深夜を回ったくらいであり、誰も彼もが眠りについている時分であろうことを考えればそれも当然のことであるが、この場所は意図的にそれが強められていた。

 ここはアンダーウッド。巨躯の水樹と、河川の隣を掘り下げて作られた地下都市。それらを総じた場所の名前。

 ここはその奥。実質的にこのアンダーウッドの代表者とも言うべき者が住まう場所であった。

 

 大樹を形成して造られた回廊は、磨き上げられた大理石にも劣らぬほどに美しい光沢を放ってる。そこには沁みや汚れなどあるはずもなく、木ということもあって不揃いであるはずの木目すらも全てが統一されて美しさを際立たせている。

 中央に敷かれた絨毯が視覚効果によってこの空間の広大さを強調していた。いや、実際にこの空間は広い。伽藍とさえいる。

 

「んん、この感じ、懐かしいねえ」

 

 神野明影はその一般の民家であれば丸ごと入ってしまうだろう横幅や、吹き抜けから降り注ぐ満天の星空の煌めきに一抹の懐かしさを覚えていた。

 自らの役割は何も変わらず、再びこのようなことになろうとは思いもしなかったと思うものの、やはり、これは予想通りなのだ。

 

 最愛の人(まりあ)がいないことだけが、悲しむべきことではあるが、それは仕方がない。今の自らはそのようなものに執着するものでもない。

 ゆえに、ひとまずはこの場の主に会いに行かなければならない。

 

 大樹を形成した回廊は終わりを告げて、そこは水晶の回廊へと移り変わる。そこに感じるのは間違いなく神聖なそれ。そんなものが醸し出されているということは主が並みの者ではないことを示している。

 かつてと同じように、ここにいるのは王族だ。それも並ではない。連綿と紡がれたまさしく伝説の血脈。かつての龍を彷彿とさせるそれは勘違いなどではないだろう。

 

 これはそういう血筋の居城。ゆえに、

 

「さんたまりあ うらうらのーべす

 さんただーじんみちびし うらうらのーべす」

 

 その居城、犯されざる聖域を黒き放射能たる彼は蹂躙する。

 堕とし、穢すことこそが全てである。億の蝿声を引きつれて、罪の魂が破滅を謳う。

 かつてと同じように、貴婦人をエスコートする紳士的な静けさで、されど、どのような強姦魔をも上回る無恥と暴食の限りを尽くす。

 

 絨毯が腐る、水晶の装飾は溶けて崩れ、彼が歩くだけで、床と壁面に亀裂が走り、そこから汚らわしい黄ばんだ粘液が染み出す。

 大樹の回廊の時に封じ込めていた邪気をここぞとばかりに吐き出す。大樹を殺すわけにはいかないという彼なりの気遣いである。

 

 アンダーウッドを残しておかなければならないのだから、仕方がない。なにより、これがあんなものの上に居城していなければこのようなまどろっこしいことをしなくて済むのだ。

 まったく面倒なことであるが、ようやく大樹ではない水晶の居城へと入ったのだ。ゆえに、吐き出す。全てを。己という全てを吐き出して穢す、汚す、ケガス。

 

 そうして塗りつぶされた意匠は一言で言えば便所だ。これ以上の言葉などありはしないし、これ以下の言葉もまた存在しない。

 そこは全ての下位。まさしく、底辺のご不浄だ。遥か高みで、民衆を導き復興を指揮してきた者の威光を演出していた空間は、一瞬にして糞尿のこびりついた腐臭を放つ便所と成り果てた。

 

 まさしく悪魔の所業。冒涜もここまでくれば神業的と言えるが、この程度の事神野明影にとっては指を動かすほどの手間ですらない。

 存在そのものが悪魔であり、冒涜という概念が姿を持った存在であるところの彼にとって、冒涜的に尊き者を穢すことなど朝飯前である。

 

 わんわんと羽音のように木霊するオラショの奔流は、明らかにキリスト教の聖歌でありながら、異形にゆがめられていることからも、彼の存在が冒涜であることの証明に他ならない。

 そんな彼の前進を止める者はいない。旅団級、下手をすればそれ以上の戦力は楽に収容できるであろう城でありながら、衛兵どころか使用人の姿すらない。

 

 かと言って罠すらもなく、大樹から直接来られることからも、鍵どころか門すらありはしない。防備という考えなどないその様は、明らかに論外でしかなく、恐れをなした者たちが総出で逃げ出したと嘲笑されたとしても仕方がない。

 しかし、事実はまったくと言っていいほどに真逆である。そんなもの必要ないという絶対的な強者。それがここにいるのだ。絶対的な強者の前に防備など必要ない。それがいる限り、危険など裸足で逃げ出すのだ。

 

「……ん?」

 

 ゆえに、それを証明するかのように、一瞬にして、腐り果てた便所のような空間は、元の神聖な荘厳さに充ちた空間へと塗り替えられる。

 悪魔の侵攻は止められた。

 

「うんうん、さすが、そうでないと逆に困る」

 

 無論のこと、神野の力が敗退したというわけではあるまい。穢れはこの男が常時垂れ流しているようなものにすぎないのだ。呼吸と同じ、無意識のものなのだから、その強さなどたかが知れている。

 だが、それだけに、裏を返せば神野の呼吸を止めたことに他ならない。それはかつてと同じ二度目のこと。ゆえに、これくらいはできなくちゃと彼は嗤う。

 そして、最後の扉を開ける。

 

「こんばんは」

 

 そして、そこにいた女に声をかけた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 オオオオォォォォォ――――

 

 木霊する、木霊する、木霊する。

 

 さして広くも感じられないような漆黒の空間。いや、あるいは宇宙空間とでも言おうか。数多の輝きがそこにはあったが、まるで狭苦しい部屋のようにそこには限りがあるようにしか思えなかった空間に叫び(イノリ)が木霊する。

 上も下もないような場所で、数多の鳥居が複雑に組み連なっている。色もさまざま、形も様々なそれが組み合わさって連なって、無秩序な構造体を形作っている。そこに二つの叫び(イノリ)が木霊していた。

 

――滅尽滅相

 

 俺はただ、一人になりたい。俺は俺で満ちているから、俺以外のものは要らない。

 

――滅尽滅相

 

 彼女を脅かすもの、彼女を一人にするもの尽く、生かして帰さん。

 

 互いの目指すものはただ一つ。己を抱きしめる気持ち悪いもの。己が愛すただ一人の女神。

 ゆえに、それらは対立している。一方にしてみれば、ただ目の前で邪魔をする塵であり、一方にしてみれば、全ての元凶たる邪悪であった。

 

 そして、一度流れ出した大輪の華を感じた両者は、かつてないほどに猛っている。

 

「アアアアア、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――――」

 

 極限の唯我、曰く第六天と呼ばれるはずだったもの。波旬。

 自らを一度でも覆った、あの忌まわしき両腕の感覚が消えてなくならない。むしろ、強まっている。ああ、気持ち悪い気持ち悪い。気持ち悪い。

 

 掻き毟る。掻き毟る。掻き毟る。ガリ、ガリ、ガリ。

 自らの身体を掻き毟る。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。流れ出す唯我は、それの存在を感じるだけで、かつての力を取り戻していく。

 

 かつて、この箱庭において、自らを抱く何かを叩き潰そうとした時と同じように。一人になるために。その渇望(唯我)が増大する。

 瞬く間に周囲を漆黒の闇に染め上げ、黒の渇望が相手を引き裂かんと溢れ出す。常軌を逸した渇望が増幅しながら圧を増し、邪の波動で相手を圧迫、外から軋ませひしゃげさせる。

 

 その最中において、血涙を流す、つぎはぎの異形は、不敵に笑っていた。かつて忘れた全て、ああ、思い出した。

 大輪の華を見たその瞬間。彼女の抱擁を受けたその瞬間に、確かに、彼は思い出した。己の名を、己の女神を。

 

 外宇宙から飛来し、ただ一人の女神を愛した男は、今、まさにその渇望(イノリ)を爆発させる。言葉に乗せて。かつて忘れ、憎悪にまみれた言葉ではなく、己のただ一つ。彼女に向けた愛の言葉を。

 

「ああ、どうか笑っていて欲しい。君に泣き顔は似合わないから。どうか笑っておくれ。俺が全てを賭けてこの悲劇を終わらせるから。

 君を縛る忌々しき呪いも、悲しみも、孤独も、全て俺が引き取るから。君が愛した全ての人もみんな幸せにしてみせるから。

 どうか笑っていて欲しい。それだけが、俺の願いなのだから。

 だから、舞台の幕を上げよう。君のために、俺は落ちて、堕ちて、墜ちて、どこまでも穢れてみせるから。

 どうか見ていておくれ、俺がこの物語をハッピーエンドで終わらせてみせる。

 それが、キミへと捧げる俺の愛だから」

 

 ゆえに、流れ出す。

 

「大きな災厄に想いが至るまで

 bis du das Unheil errätst

 

 何でも望むものを言って欲しい

 so bittet, was ihr begehrt

 

 その宝は、貴女に災いをもたらすだろう

 Zu deinem Unheil wahrst du den Reif

 

 どんなに時が経とうとも、その持ち主に死が下るように

 zu zeugen den Tod dem, der ihn trüg'.

 

 その呪いが解けたのなら

 befrein wir dich von dem Fluch.

 

 貴女は、きっと、安心するだろう

 Froh fühlst du dich dann,

 

 ならば、たとえどんなひどい呪いが織り込んであろうとも

 flochten sie wilde Flüche hinein

 

 俺が全てを斬り裂こう

 zerhaut es den

 

 そして、君を抱きしめ

 ihn zu umschlingen,

 

 君に抱きしめられたい

 umschlossen von ihm,

 

 流出

 Atziluth――

 

 寂しがり屋の愛する君の為に

 Selbstopferung Brunnhilge」

 

 かつて、アルフレードと呼ばれ、外宇宙から飛来した者は、愛する寂しがり屋の為に、己の全てを賭けて戦っていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

――チク・タク

 

        ――チク・タク

 

「――さて」

 

 男は言った。

 それは奇妙な仮面を被った男であった。

 道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。

 

 奇妙な人物。

 仮面と服装は彼をそう思わせる。

 彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。いつもの通りに。まさに容姿通りに、奇妙な男であった。

 

 しかし、存在があるという事は存在するという事である。

 男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男を示す名であった。

 

 しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。

 あるいは、砕けていないのかもしれない。砕けたものが一つになったのかもしれない。まあ、砕けているのだが。

 

――もっとも。

――彼に名前がなくとも問題はあるまい。

――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。

――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。

 

 例えば――

 最も新しき人類最終試練(ラスト・エンブリオ)たる前人未到の男とその親友と悪魔であるとか、特殊な“瞳”を持つ者たちの群体コミュニティの幹部である太陽と月の鬼であるとか、戦の真を掲げたかつての英傑たちであるとか。

 

 あるいは――

 全力を求め、破壊の慕情を抱く黄金の獣であるとか。刹那を愛し、ただ変わらぬ日常をこそ尊んだ永遠の刹那であるとか。

 

 もしくは――

 果て無き未知を求めて回帰する水銀の蛇であるとか。一人になりたくないと泣く大輪の華を愛した男であるとか。

 

 人はその仮面の名を呼ぶ。

 即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。

 

 ただ、不用意にその名前を呼んではならない。

 命が惜しければ。

 彼の仮面の奥を想像してはならない。

 命が惜しければ。

 

 あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 対面する何者かへと語り掛ける。

 

 小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。

 暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。

 

 男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。

 静謐なる内向の間と人は呼ぶ。

 

 かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男、もしくはその両方の余技にて作られた部屋。

 己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の何者かに語るのだ。

 

「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」

 

――余計なる観測の開始と。

――無意なる認識の開始を。

――そして、異なる物語の幕開けを。

 

「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。

 しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。

 今ここに、新しき舞台の幕が開けましょう」

 

 男の声には笑みが含まれている。

 対する何者かは無言。

 

「彼の地に眠る狂いし龍。切り離され、今だ、あの地にて怨嗟を吐き出し続ける魔性は、ああ、今こそはと願い願っているのです。

 唯一懸念すべきは、倒されてしまわぬかですが、まあ、それはそれで良い余興になるでしょう」

 

 男の声には嘲り我含まれている。

 対する何者かは、無言。

 

「成る程。

 そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」

 

 そうして、男は高らかに宣言する。

 

「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。

 ――全ては、ここから始まるのです」

 




第三章第一話、更新!
ようやく、出したかった人も出せたし、ここからが本番です。

さて、色々とまだまだ決めかねていることがあるので、更新はゆっくりになりそうです。

とりあえず、三巻の内容のほとんどは十六夜と椿姫の過去編になります。
アンダーウッドでの一幕は、ほとんどないかも。
そこらへんまだ決めかねているので、何か意見あれば言ってくださると嬉しいです。

では、また次回。
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