異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ 作:三代目盲打ちテイク
それは、一度は鎮められたはずであった。
神は祀り、鎮めるものであり、拝跪し、畏れ、敬うもの。
――曰く、
かつて、それは一度、忘れ去られ、腐り、美しかったはずの黄金の身を膿や毒血に濡らして、ただ忠を求めた。
そして、それは叶えられたのだ。
だが、箱庭は
ゆえに、神格でありし空ヲ亡ボス龍もまた、ここに招かれた。かつて、大震災という天災の畏れを功績として。
ゆえに、それは腐ってなければならぬ。
黄金は錆てなければならぬ。
その身を膿みと毒血に濡らして、ただ求めるだけの荒御霊でなければならぬ。
捧げられた忠は奪われる。いいや、別たれる。ただ二つに。捧げられ、浄化された黄金は地に残り、畏れとしての総体たる空亡の龍は、百鬼を引き連れ箱庭へと落とされた。
嘆きは純化する。
何たる悲劇か。ゆえに、求める忠を。我に捧げろ。
――忠、忠、忠。
浄化され黄金に輝いていたはずの我が身は腐りきっている。それが龍には耐えられない。かつて一身に受けていたはずの信仰はいつしか消えた。ここには何も残っていない。
荒ぶる御霊。それだけがここにはある。忠はない。忠は、ありはしない。
――
求める。求める。求める。
唱える真言は、その願いの全て。
病を癒やせ、その原因を祓え、御仏の慈悲を垂れろ。
つまり、病の癒しを求めている。
――癒せ、癒せ、癒せ。
もはや、その
生き残った神格がいたとして、それがどうなるというのだ。空亡を殺すことはすなわち、大地の死を意味する。
荒び、狂い、病んだ彼の龍は、それでも大地そのものである。箱庭に落とされた際、そういう風に顕現した。箱庭の大地そのものとなっているのだ。
そして、地脈は病んでいるし狂ってはいるが、その機能までも失っているわけでは決してない。
ゆえに、これを相手に「戦う」という発想自体がずれている。
もし、これを殺したのならば、それは大地の死を意味するのだ。ゆえに、殺してはならぬ。敬い、称えて、忠を捧げるのだ。
それ以外に、これを止める方法はない。
ゆえに、これは止められぬのだ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――そこにいた女に声をかけた。
神野明影は扉の向こう側にいた女に声をかけた。
「こんばんは」
「ええ、こんばんは」
最奥だと思っていた部屋の向こう側にはもう一つだけ部屋があった。そこはまるで闘技場かと見まがう程の空間であった。余計な調度品は一切なく、円形の部屋の天井は開いていて、そこから星と月明かりが降ってくる。
最低限度、調度されたその部屋はまさに闘技場であったのだろう。いや、正確に言うならば選定所というべきか。
このアンダーウッドの主に謁見する者を選定するための場所。ゆえに、目の前の女は選定官か。
背が高く、燕尾服に身を包んだ女。中性的であり、美男子にも見間違う男装の麗人。彼女は、静かに閉じていた目を開く。
その手は腰の剣にかけている。
「このような夜分に我があるじにどのような用でしょうか」
「んー、それは君に言うようなことじゃないかなあ機関人間。ボクは、君の主に話がしたくて来たのさ」
「通すとでも。あなたのようなものを我があるじに近づけると思うのならば出直してくると良い」
「そうはいかないのさ」
「ならば、力ずくでお帰り願います」
彼女は腰の剣を抜いた。細身の細剣を構えて、斬撃を繰り出す。鋭く、鋭く、何より鋭い、その剣閃。されど、その一撃は神野明影には通用しない。
斬られた先から、突かれた先から、その全ては蟲が離散するように散開し、すぐに元の形へと戻る。
だが、女は攻撃を止めることはない。鋭く、鋭く、鋭く。ただ鋭く、その一撃が届かないのであれば、届かせるとでも言うように繰り出す、繰り出す、繰り出す。
その全て通用しないとばかりに、神野明影は嗤う。こんなものなのかと、彼女を守る
女の機関で形作られた感情回路が熱をあげる。それはさながら怒りのように、剣閃はただただ鋭さを増す。
そこに譲れないものがあるから。だからこそ、守るとでも言うように、彼女の剣閃は鋭い。
神野明影は動じない。空間を、犯す。犯して、犯して、犯し尽くす。円形の部屋の半分が腐り爛れ、糞尿を撒き散らした便所のような有様へと成る。
それでも女は動じない。蟲一匹潰さずに、その中心である神野明影へと肉薄し切りさく。その鋭さは始めの比ではない。
鋭く、鋭く、鋭く。どこまでも鋭くなる剣閃。段階的に、徐々に。
神野はそれを嘲笑う。
「あ? ――――」
だから、己の首が飛んでいるのは、神野明影にとっては予想外の出来事であった。しかし、予想外なだけであって、問題はない。
「んん、少し侮っていたかな。まさか、首が飛ぶとは思わなかったよ。どうやったんだい?」
首は霧散し、元に戻る。
「…………」
女は答えない。ただ、返答の代わりに鳴るのは駆動音。機械が駆動する音が響く。
それは鼓動だった。全身を機械へと取り換えた女の脈動。それこそが彼女の生の輝き。駆動するのは、数式だった。
彼女だけに許された現象の数式。いや、より正確に言えば、彼女の与えられし権能の一つ。未だ、本気ですらない。
ゆえに、闇であり、病みである神野明影を斬れない道理はないのだ。
『サラ、良い。ここまで招け』
「はい、わがあるじ」
突如としてサラと呼ばれた女の動きが止まる。
「どうぞ、神野様」
「んー、良いのかい?」
これから楽しくなりそうだったのにと神野は残念そうに嗤う。
「はい、わがあるじがお待ちです」
「じゃあ、遠慮なくー」
神野が開いた扉の向こう側へと入る。空間は汚染されない。意図して彼がやめていたのだ。ここから先にいる者は神野にそういうことをやめさせることができるほどの人物だということ。
――そこは黒い街。
――そこは玉座の間。
――そこにいるのは紛れもない黒の王。
『用件を話せ』
燃える三眼が神野を見据える。
ここの主。アンダーウッドの真なる主。
表向きは先ほどの機関人間が主とされているが、違う。この三眼の黒い男こそが王。かつて暗き場所にて全てを統べていた王。
「では、簡単に話しましょう。ノーネームを収穫祭に招待してほしいのです」
神野は王にそう言った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「むぅ~」
さて、いきなりではあるが
「むぅ~」
それもこれも原因は数時間前に遡る。簡単に言ってしまうとアンダーウッドの収穫祭に参加することになった。だが、主力全員で行って拠点に人をおいておかないのは危ない。
甘粕や逆十字と言った危険勢力がこの箱庭に潜んでいるという状態であるからには、それ相応の戦力を残しておく必要があるのだ。
そのため、行ける主力メンバーは黒ウサギとジンを含めて四人。つまり問題児と椿姫の四人の中で誰か二人が居残りになる。
問題児と椿姫は当然のように残りたくなかった。問題児三人はそんな楽しそうなイベントに行かないという選択肢はなく、椿姫は誰とも離れたくないといった理由で揉めた。
それはもうもめにもめた。殴り合いの
仕方ないなと問題児が譲歩して他の奴らが行うギフトゲームに参加し、それによるコミュニティへの貢献の大きさによって優劣を決めて、もっとも大きな貢献をした者二名が収穫祭に最初から参加することに決めたのだ。もちろん居残り組も途中参加する。
より長く収穫祭を楽しみたい問題児たちはこぞってギフトゲームに出かけた。椿姫も離れたくないと頑張ることにしたのだ。
だが、誤算があった。魔王事件の際、開いた彼女の太極は箱庭全土を覆った。そのまさに女神の抱擁の如き太極は箱庭にいる全ての者が感じ取り、随神相もまた全ての者が目撃した。
随神相の大きさはそれだけで神格の強さを表すと言っても良い。成層圏すら突き抜けた随神相を持つ椿姫を相手にゲームをしようとするものは東区画の箱庭第七桁2105380外門にはいない。誰も負けるとわかっているゲームを挑む者はいないというわけだ。
そういうわけで、椿姫は現在参加できるゲームがなくて困っているところである。白夜叉ですら椿姫にゲームを紹介することはできないとのこと。
「むぅ」
ゆえに三度可愛らしく唸る。だが、唸ったところで誰かが助けてくれるわけではない。助けてくれる者はいないのだ。もう、ここには。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「では、飛鳥さんと耀さんが行くという事でいいですね」
「ああ、しゃーねえ」
結局、手柄を立てることが出来たのは飛鳥と耀であった。耀は農業区を耕す為のギフト、飛鳥はそれを手伝う精霊たちを仕入れて来ていた。
十六夜と椿姫はほぼ同じ理由でギフトゲームを断られたために手柄なし。順当な結果と言えた。黒ウサギは悔しがっていたが。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってくるわ」
そんなわけで黒ウサギらはさっさと行ってしまったわけである。
「さて、居残り組はどうすっかな」
数日暇となった十六夜たち。さて、どうしたもんかと十六夜は思案する。また図書室にでも籠って本を読んでもいいのだが、そういう気分でもない。
「それならば主殿の昔話でもどうだ?」
そう言うのは椿姫の膝の上に抱えられたレティシアだ。
「俺の?」
「ああ、深い知識に強大な力。そのような者の過去だ気になるものは多かろう」
「そう言って一番気になってるのは自分だろ?」
「否定はしない。暇ならば良いだろう?」
「そうだなあ。じゃあ、そうするか」
そういうわけで十六夜の昔語りの始まり。
すっかりと遅くなって申し訳ない。
さて、あまり話は進まず。一体何をやっているんだ私はと思うけど、外道共が元気そうなので私も元気です。
不定期更新で次回がいつになるかはわかりませんが、できるだけ頑張ります。
では、また次回。