異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ 作:三代目盲打ちテイク
その夜、ふと眠りの中から彼女は目を覚ました。絹の如き黄金の髪に真紅の宝石のような瞳の少女。箱庭の騎士と謳われた吸血鬼。即ちレティシア=ドラクレアは与えられた寝室のベッドから起き上がった。
何か予感があったわけでもない。何か約束があったわけではない。ただふと目が覚めたのだ。
「?」
何も変わらない。部屋の中は何も変わっていない。まがりなりにもギフトゲームの賞品。美しいとはいっても不埒を起こされることはないはずである。
それに侵入の気配すらない。ならば、どういうことか。
「こぉーんばんはー」
「!!」
そんな時だ。己の目の前に男が現れた。異形の男だった。漆黒の男だ。
知らず、レティシアは戦闘態勢を取っていた。ただ佇んでいるだけというのに。敵意は何一つ感じられないというのに、ただ嗤っているだけに見えるというのにレティシアの本能はここでこれを殺せと言っていた。
もとより侵入者だ。迎撃態勢を取ることに問題などあるはずはない。だが、一方で迎撃態勢など無意味であると感じてもいた。
「いやー、夜遅くにこぉっんなきれいな女の子の部屋に忍びこむなんて、僕すごーく、緊張してさあ、いや、参ったね、本当。どうやって登場してやろうか、すごく迷っちゃったよ」
そんな戯けたことを言っている男。
羽虫が、蝿が散々飛び回っているかのような否応なく嫌悪感を催す声でしゃべる男の顔は見えているはずなのに見えない。嗤っているとわかるのにわからない。
「何者だ、貴様。ここをどこだと思っている。何をしに来た」
声をかけるたび、質問をなげかける度、底なし沼に沈み込んでいくような感覚を覚える。これと長く一緒にいてはならない。それは明白だ。
なぜならば、いつの間にか空間が穢れていた。夜の静謐さなど皆無。どこもかしこも吐き気を催すかのような害虫が這いずりまわっている。辛うじてベットの上にはいないが、その外に一歩でも踏み出そうものならば生きたまま喰われてしまいそうであった。
それに男の気配自体が腐敗している。ここまで腐敗した何かに出会ったことがあっただろうか。記憶の限りない。
空間が爛れている。例えるならば大層美しい絵画に糞を塗りたくるかのようとでも言おうか。ともかくとして、目の前の存在がいる限りこの場は正常にはならない。例え帰ったところで正常になどなりはしないだろう。
これ以上の力でもない限りは。そして、現状、それができはするが、対してそれは意味を成さない。
なぜならば、この場を穢しているのは単純に彼に備わった本来の性質でしかないからだ。そこにいるだけで、その場にいるだけで全てを穢し堕とす。
まさに悪魔。魔王と自称していた己が烏滸がましいほどの邪悪だ。それでいてそんな性質を一切見せない辺りふざけが過ぎる。
「んー。何者か、さあ」
「ふざけているのか」
「いやいや、ふざけてなどいないさ。僕としては至極真っ当に答えているつもりだよ」
質問にさあ、とだけ答えるのがどこが真っ当なのか。いや、彼本人の性質を考えれば至極真っ当なのは当然なのかもしれない。
この異形はそういうものであることこそが真っ当なのだ。たとえるならば、深海魚だ。深海魚は何もかもが陸上の生物とは異なる異形だ。されど彼らにとってはそれがもっとも最適であり、もっとも当然な姿なのだ。
つまりは、これもそれと同一であるということ。ならばまともにとりあうこと自体が間違い。
「ならば、失せるがいい。私は気は長いほうではあるが、あまりおふざけが過ぎればどうなるかわからんぞ」
「おお、怖い怖い」
どの口が言うのか。嗤うその姿は怖いなどと思っているとは到底思えない。
「なに、僕は単なる演出家という奴でね、休業中だったわけだけど、この度晴れて復帰することになったのさ。いやー、久しぶりで僕、胸が高鳴っちゃうよ。ほら、ほおおら、僕の胸、どっき、どっき、してるだろ?
それでねえ、目的と言ったら、事前準備という奴だよ。いかな、僕でも事前準備もなしに演出をしようなんてマネはとてもとてもできないからね。
そして、僕が誰か、と聞かれたら、キミと同じただの奴隷だよ。主の命令に健気に尽くす忠犬というやつさ」
「…………」
どこからどこまでが事実なのか。全てうそか、全てが本当か。あるいは、その両方の混沌か。混沌。なんとも目の前の男を定義するには便利な言葉だ。
それでいて奴隷とぬかすということは何者かに隷属されているということに他ならないが、こんなのを放任している輩がまともなはずがない。ありえるならばどこかの魔王だろうか。
それが事前準備をするなど何かを起こす前触れだろう。
「あんめい、いえぞ、まりあ。というわけでぇ、キミにいい話を持ってきたよ」
「いい、話だと?」
「うん。なんと、君が心配で心配で夜も眠れないあのコミュニティに、なんと新しい人材が入りましたー! ワーワーぱちぱち」
「なんだと?!」
「新しい人材だよ。やったね、レティシアちゃん、コミュティ復興するかもよ。なにせ、神格でないのに神格を力でねじ伏せた少年が加入しちゃったんだから」
それは紛れもない福音であり、希望であった。神格を力でねじ伏せた人材の加入。それならばコミュニティの復興は成るかもしれないと
もしかしたら自身を賭けたギフトゲームに参戦し、勝利して己を取り戻そうともするだろう。
だからこそ駄目だとレティシアは思うのだ。神格を打倒した? 確かに凄まじいだろう。神格には神格という箱庭の常識を覆したのだから。
だが、その程度がなんだ。それではだめなのだ。過去に縋っても何も良いことなどない。茨の道なのだ。修羅の道なのだ。
確かに力はあるのかもしれない。だが、それがいつまで通用する。どの程度だ? かつての魔王のように蹂躙される程度では意味がない。
なにせ、今彼のコミュニティはスタート地点にすらいないのだ。いわばマイナス。三年前に魔王によって壊滅させられてしまった瞬間に彼のコミュニティは0へと堕ちた。そして、今では0どころかマイナスだ。
なぜならば名も旗印も彼らは持たないのだ。この箱庭で何よりも大事なものだ。名とは己であり、旗とはそれを外へと示すもの。
つまりは覇道の証。それがなければコミュニティはコミュニティ足りえない。名も無き者に箱庭は優しくない。
なんと無謀なことを憤る彼女に対し、さらに男は告げる。
「でも、キミがそれを見ることはない。ああ、なんて可哀想なレティシア。助けてあげてもいいんだよ?」
「なに?」
助けてくれる? 何の冗談だ。
目の前の男が人助けなどするはずがない。そんなことは幼子だろうとわかる。どちらかといえば怪我人の傷口に嬉々として唐辛子やハバネロを擦り込みそうな男だ。
それが助ける? まさか、実は優しい男なんだよとでも言うのだろうか。冗談を通り越しているとしか思えない。
「キミの持つ神格、これをねえ、僕たちに渡してくれるなら、ここから逃がしてあげられるよ」
神格。つまりは、太極。それを渡せば逃がしてやろうという。
「何が狙いだ」
「何が狙いもなにも、僕らは、純粋な好意でやっているんだよ。まあ、君がどうしても、やめてくれというのなら、帰るだけだよ」
「冗談だろう。お前のような奴がただで帰るとは思えない」
だが、神格を渡しただけで魔王から逃がしてもらえるというのならば破格だろう。それほどまでに今の自分を隷属させている魔王は強いのだから。
「まさか、僕はただ主人にお使いを頼まれた忠犬だと言っただろう? 君が、どうしても、嫌というのなら、
「…………」
自力では逃げられない。コミュニティは気になる。この取引は千載一遇のチャンスだろう。だが、
「断る。箱庭の騎士として、お前のような悪魔の取引など受けない」
「そうかい、じゃあ、僕は帰るよ。僕はね。あとは頼んだよセェェジー」
「………………」
「――――!?」
男が取り出したものを見る。それは重篤患者だった。肉は腐り、皮膚は爛れ、血は膿み黒ずんでいる。末期者。どうして生きているのかがわからないほどの憐れなものだった。ただそれでなおその眼は生を見つめていた。
生きたい、生きたい、生きたい。うらやましいんだよお前たちが。
正気ではいられないような苦痛の中でその男は、まだ生を望んでいた。
その刹那、蝿声とともに、何かが流れ込んでくる。それは記憶だった。誰かの記憶。
どこかの誰かの。
それは憎悪の記憶だった。目の前の重篤患者が彼の母を殺していた。いや、自らの妻を殺していた。
それでいて悲しまず、殺した自らの妻を創り化け物の贄とし、その前で笑っているのを見た。
それがなんなのかわからない。だが、それが目の前の重篤患者がやったことであることはわかった。
まさに外道。
「これぜーんぶ、ほんとでセージがやったことだよー。外道だね、鬼畜だね。どう思う? どう思う?」
悪魔が囁く。あんな映像嘘と断じれば済む話だった。だが、
「お前は、なぜ……」
そして、何がそうさせたのかと思った瞬間、
「ガフッ!?」
レティシアは血を吐いていた。腕が消える、足が消える。そして次々と身体の一部が消えていく。
変化は続く、肉体が消えていけば次は中身とでもいうように自身の中から何かが消失していく。
感情、精神、あるいは記憶。その一部が順々に消えていく。抵抗しようとするころにはレティシアは物言わぬ人形とかしている。
そうして、最後に己の魂の一部を奪われる。
それまで彼女が纏っていた強大な力が消えている。いや、奪われたというべきだろうか。
そして、失われた肉体を悪魔が元に戻す。これからだよ、とでもいうかのように楽しそうな笑みを浮かべて。
打って変わり、男の変化は劇的だった。重篤患者が消えている。いや、実際に消えてはいない。まだ目の前に立っている。だが、重篤患者ではなくなっていた。
隙のない凍結した鋼のような気配を纏った男だった。顔立ちこそ整っているが非人間的なほどその印象は温かみを感じない。
人間的な印象という意味では黒い男の方が幾分かはましだとすら言える。この男、決定的に人間として致命的に終わっている。
人間の方が悪魔に見えて、悪魔の方が人間らしいとはいかなるものか。ただ目の前に立たれるだけで全てを不安にさせる。
「なに、をした……ぐっ――」
「ふん、吸血鬼になる能力か。弱点が付与されるようだが、その代わり、強靭な生命力と力を得ることができる。これでようやく貴様に抱きかかえられる屈辱も終わりだ」
「あんめいぞ、ぐろぉぉぉぉぉぉりあす! アハハハハハ、いやー、親友が元気になって、僕は嬉しいよ」
目の前で起きている光景は目を疑うようなものだった。何せ、悪魔のような男が悪魔を叩き潰し、悪魔はそれを笑って受けているのだ。
「心にもないことを。わかっているのだろうな。俺に神格を奪わせたこと後悔するといい」
「是非とも、楽しみにさせてもらうよ」
「しかし、それでこの女はどうする。既に用済みだろう」
言外に殺せと言っている。奪うものは奪ったのだから。これ以上何を奪うというのか。
「いいや、セージ、早漏はいけないよ。そんなんじゃあ、女の子に嫌われるよ。まだ、彼女には使い道がある。それを我が主は所望しているのさ」
「ふん、勝手にしろ。俺は魔王を殺す。そういう契約だ。忌々しいが、今は従うしかないからな。この能力の試しついでに始末してやる。甘粕に言っておけ、その首、せいぜい磨いていろとな」
悪魔のような男が出ていき、悪魔が残る。ベッドの上で呻くレティシアを見下して、悪魔は告げる。
「わかったよー。まったく、彼も素直じゃないねえ」
響く怒号。断続的な揺れは紛れもなく戦闘のものであるとわかる。そこで振るわれている力は紛れもなく、己のものだ。
なぜならば、男の声で聞こえるのだ、己の
「んー、セージ、張り切ってるねえ。現実の身体で動けたことが、そんなに嬉しいのかねえ。さてと、用事も終わったし、僕も帰ろー。ああ、そうだ、レティシア。これで君は自由だ。好きにすると良いよ。
さんたまりあ うらうらのーべす
さんただーじんみちびし うらうらのーべす
おおぉぅ、あんめい――ぐろおおりああああす」
蝿の羽音、蟲の羽音と共に悪魔は消え失せる。だが、不浄はそのままに。爛れた部屋、膿んだ部屋はそのままに消え失せた。
あとにはただ、レティシアだけが残った。
テンション上がってかきあげました。
神野書くの楽しすぎてやばいです。正直、主人公たち書いているより楽しかったです。
箱庭に柊パパまでイン。さっそうとレティシアの太極奪っていきました。
いや、レティシアなら重篤患者見た瞬間憐れに思うのでもうカモです。
そして、レティシアですが、彼女の太極はDiesのものを使っております。吸血鬼、つまりはそういうことです。まあ、今やセージに奪われてしまいまい、原作以上の弱体化になったレティシア。果たしてどうなるのか。
更に、死病すらうつされてます。レティシアが持っているとあるギフトがなければ死んでますね。
弱体化激しいレティシアですが、私は別にレティシアが嫌いなわけではありません。むしろ、好きな部類です。
でも、好きだからこそです。これが私の愛です。
はい、そういうわけで次回は主人公サイドに話を戻して、そろそろ椿姫ちゃんを活躍させれればいいなあ、と思っています。
感想などがあれば嬉しくなって執筆早くなるかもです。
では、また次回。