ある日、陽炎型駆逐艦「陽炎」は大好きな妹の駆逐艦「不知火」と写真を撮ろうとカメラを握り締め彼女を追いかけまわす。陽炎の追跡をなんとかかわした不知火は一息つくも、それから間もなく彼女のもとに信じられない知らせが届く。

初挑戦した陽炎と不知火の物語になります。
妄想が多分に含まれる話になりますが、楽しんで頂けたら幸いです。


*轟沈描写を含みますので苦手な方はご注意ください。

*本作は、pixiv様にも投稿させていただいております

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大事な記憶は陽炎のように

 

「は、は、は……」

 

 基地の廊下を1人の駆逐艦娘が、鋭い眼光で時折後ろを振り返りつつ駆け足で進んでいく。長い時間走っていたのか、呼吸が粗く、息も絶え絶えだ。

 戦艦クラスの眼光で有名で、陽炎型駆逐艦の2番艦。名を不知火という。

 彼女は、天敵に追いかけられている獲物のように時折自身の背後を振り返りながら、前に前に、先へ先へと進んでいく。

 そして道中、扉の開いている適当な部屋の前で足を止める。

「……きていませんね」

 周辺の安全確認を行い、静かに扉を開けて中に入る。用心のため室内も確認した彼女は、ようやく一息つく。

「はあ~」

 

 

「み~つけた!」

 

 

 背後から聞こえた嬉しそうな声に、彼女ははじかれたように顔を上げる。そして声の方向に視線を一瞬だけ向けると、勢いよく扉を開け放ち、地面を蹴って再び駆けだす。

 

「っち!」

 

 それを見た声の主、不知火唯一の姉であり、想い人。陽炎型駆逐艦1番艦、陽炎が、炎のように赤い髪を揺らしながらあとを追って駆けだした。

 

 

「不知火!待ちなさい!」

「嫌だと言っているでしょう!」

「そんなに嫌がることないじゃない!」

 逃げる不知火。追う陽炎。なぜ彼女が大好きな姉の陽炎から逃げているのか。それは追ってくる彼女が手にしているものに原因がある。

 

「ですから、なぜカメラを握り締めて追ってくるのですか!そんなものは青葉さんだけで間に合っています!」

「私は青葉さんみたいなゴシップの写真じゃなくて。世界一可愛い妹との思い出が欲しいだけなの!」

 陽炎の言う欲しい思い出とは何か、彼女は走りながら叫んだ。

 

 

「私は不知火とのツーショット写真が欲しいの!」

 

 

 これが、陽炎が不知火を追いかけている理由である。

 

「嫌です!」

「なんでよ!」

「恥ずかしいからです!それに、その写真を手に、日々周囲に惚気そうじゃないですか!」

「戦艦クラスの眼光で恐れられるあなたが何言っているのよ!?」

「百歩譲って、カメラはわかります、が!」

 不知火は走りながら、陽炎の両手を見る。カメラを持つのは左手。そして、右手には……。

 

 

「その右手にもっている、縄は何に使うというのですか!?」

 

 

 そう、彼女の右手には、なぜか長い縄の束が握られていた。

 

「あ、これ?」

 

 すると、陽炎はかかった獲物をどう料理しようか考えているような、楽しそうな、怪しい笑みを浮かべる。

「これはね……」

 そして彼女は口を開け、

 

 

「不知火を捕まえて縛るために使うのよ」

 

 

 さも当然のように言い放った。

 

 

「なんで縛る必要があるのですか!」

「だって縛らないと不知火逃げだしそうなんだもん!」

「そんな不知火との写真など、撮って嬉しいのですか!」

「私は不知火が写っていればなんでもいいの!」

 ブルドーザーのごとく、暴走した陽炎は止まらない。

「とにかく、嫌なものは嫌です!いい加減あきらめてください!」

「そこで諦めたらネームシップの名が廃るわ!」

 その程度で廃れるなら廃れてしまえ、と思いつつ不知火は逃走速度を緩めない。

 逃げる不知火、追う陽炎。そんな状況が、しばらく基地の一角で繰り広げられることになった。

 

 

 

 

「もう、どこいったのよ……」

 カメラと縄を手に持つという不審極まりない姿のまま、陽炎は不知火を探して廊下を走り抜けていった。

 

「……行きましたか」

 

 そばの部屋の床板を持ち上げ、床下から不知火が顔を出した。

「助かりました、黒潮」

 不知火に続いて、妹の黒潮が顔を出した。

「ええで、気にせんでも」

 不知火が逃げている最中、突如手を引かれ、ここに引っ張り込んだのは彼女だった。

「これで基地中の追いかけっこは終わりやな」

 床下からはい出た2人は、壁を背に腰を下ろし、今度こそ一息ついた。

「……陽炎にも困ったものです。写真1枚のために、あそこまでするなど」

「そらな。けど、ガードが固くて恥ずかしがりやな不知火もたいがいやな~」

 不知火は頬を赤く染め、うつむいた。

 彼女が陽炎のカメラから逃げていた理由。それは、単純に恥ずかしかったからだ。

「陽炎はあたしら姉妹の写真を、出撃の際に持ってっとる。帰ってこられるように、お守りがわりにって」

 それは、姉妹たち全員が知っている。もっとも陽炎に限らず、戦場に想い人や姉妹の写真を肌身離さず持っていく艦娘は多い。

「でも、陽炎の撮った姉妹写真に、1人だけ写ってない妹がおる」

 黒潮は、陽炎がもっている写真に、唯一写っていない彼女に視線を向ける。

「1枚くらい、ええんとちゃう?」

「だって、もし変な状態で写ってしまったら……。それが、一生残るかもしれないのですよ」

「ええやないか?」

 不知火は目を見開き、顔を上げて黒潮に視線を向けた。

「その時は恥ずかしいかもしれへんけど、後で思い返したとき、それで話に花が咲くこともある。それだって、思い出の1つや。綺麗なものも、恥ずかしいことも、つらいことも、悲しいことも、全て、な」

 黙りこむ不知火を時折見つつ、黒潮は続ける。

「たとえ変な写真が撮れたとしても、陽炎が帰ってきたら、また新しい写真を、新しい思い出を積み重ねていけばええ。陽炎にとっては、不知火との日々、すべてが大事な宝物なんやから」

「それはそうかも、しれませんが」

 落ち度を気にする不知火のこと。写真うつりを相当気にしているのかもしれない。

 陽炎にしてみれば、そんなことはお構いなし。彼女はただ、不知火との思い出の瞬間を撮りたいだけ。それが、どんなものであれ。

「恥ずかしがらんで、ええんとちゃう?」

「……ですが、やはり」

 

「それにな、早く写真とったらんと、今陽炎が持っとるのは、青葉さんのとった盗撮写真やで」

 

 一瞬で、室内の気温が氷点下に下がった錯覚に陥る。

 

 

「……どのような写真を?」

 

 

「確か……、不知火が野良猫相手にデレデレしている写真」

 一瞬の内に頭を万力のように力を込めた両手ではさまれ、見開かれた2つの瞳から放たれる戦艦クラスの眼光を前に、黒潮は口を滑らせる。

「……ほう」

 不知火は両手の手袋をはめなおし、両目をかっと見開いた。

「……とりあえず、青葉さんを沈めにいってきます」

 不知火は殺気を全身から解放し、艤装を取りに工廠に向かって歩いて行った。

 

 それから間もなく、新聞記者気取りの重巡と、戦艦クラスの眼光を放つ駆逐艦による砲撃をまじえた追いかけっこが始まったのは、いうまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「陽炎が、沈んだ?」

 不知火は、目の前の黒潮の言葉が信じられなかった。

「嘘ですよね?黒潮。冗談にも、言っていいことと悪いことが……」

「うそや、ない」

 うつむきながら、消え入りそうな声で、黒潮は言う。

 

 先日の追いかけっこの直後、陽炎は出撃の時間となり、近海の哨戒任務へと赴いた。

 その任務の最中、突如現れた深海棲艦の大艦隊により、哨戒部隊は全滅。陽炎も例外ではなく、海の底に消えたのだった。

 

「そんな……」

 不知火はその場に崩れ落ち、地面に膝をついた。

「不知火……」

「大破でも、帰ってきてくれれば、治せます。新しい思い出だって、いくらでも作れます。でも、沈んでしまったら、もう……」

 今になって、彼女は黒潮の言葉が身に染みた。艦娘は、生と死の交錯する戦場に赴く。明日の平穏が、約束されている存在ではない。

「恥ずかしがらずに、思い出の写真の1枚くらい、撮っておけばよかった……」

 先日追いかけまわした新聞記者気取りの重巡が言った言葉を、不知火は思い出す。

 

 

 写真は、流れる時の中の一瞬を、切りとることができる魔法なのだと。川のように流れていく時間の、1秒にも満たないわずかな瞬間を、切り取ることができる。

記憶という朧気なものではなく、目に見える視覚情報として保存できる。

 たとえ死んだ者であっても、写真は保存しておいてくれる。見ることができる。記憶のように朧気で、はっきりしないことはなく、あっという間に色あせていくこともない。

 

 

 泣き崩れる不知火を、黒潮は黙って見つめる。かける言葉がなかった。どんなに後悔しても、あの元気いっぱいで、笑顔を振りまくネームシップが帰ってくることは、もうない。

 新たな思い出を作る機会を、不知火は、永遠に失ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

―――ここは?

 暗く、冷たい空間の中、陽炎は頭の中で思う。

―――そっか、私、沈んだんだ。

 彼女を包む冷たい水の中。暗く、光の届かない海の底に向かって、彼女は引きずり込まれていく。

―――あ~あ。不知火との写真、まだ撮ってなかったのに。

―――司令官が、人の記憶なんて、君の名前のように常に揺れ動いていて、はっきりしなくて、朧気なものだ、なんていうから。

―――鮮明に覚えておきたくて、青葉さんに写真を教わったのに。

―――1枚も、撮れなかったな……。

 沈みゆく中、彼女は大事な記憶を思い起こす。

―――そういえば、不知火って、どんな妹だっけ?

 陽炎は記憶を探る。でも、大事な妹のはずなのに、彼女の顔が出てこない。彼女の顔は、陽炎のように揺らめき、はっきりと思い出せない。

 

『アイタイ?』

 直接頭の中に響いたような声に、陽炎は目を見開く。でも、視界に広がるのはどこまでも広がる暗闇だけ。

―――誰?

『アイタイ?』

―――だから、誰よ?

『ドウデモイイデショ?ソレヨリ、アイタクナイ?』

―――誰に?

『キミノ、イチバンアイタイヒトニ』

 陽炎の頭の中に、最愛の妹、想い人の名が浮かぶ。

―――会いたい。

 彼女は、頭の中で念じた。

―――会いたい。もう一度、不知火に会イタイ。

『ジャア、オイデ』

 陽炎は暗闇の中、何かに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

「赤い髪の深海棲艦?」

「司令ハンから聞いたんや」

 近海の哨戒に出た不知火を含む艦娘たちは、任務を終え、基地への帰路についていた。

 先日の陽炎たちの一件があったものの、今回は無事に終われそうな様子だ。

 それに不知火にとっては、部屋にこもるより、任務に集中した方が辛いことを一時的でも忘れられるし、陽炎がいないことでわかる部屋の寒さや広さを、感じなくてすむ。

「深海棲艦といえば、みんな黒など、暗い色が普通では?」

「そうや。だから珍しんや」

 深海棲艦といえば、黒色のような白色のような、生き物とは思えない、血色が感じられない色をしているのが普通である。

「人型ということは、軽巡級か、それ以上ですか?」

「いんや、駆逐級らしいで」

 不知火は首を傾げた。駆逐級の深海棲艦といえば、一部の例外を除き、イ級などおおよそ人の姿とは程遠い。

「それだけ、強大な敵ということでしょうか」

「まあ何にせよ、警戒するに越したことはないっちゅーこっちゃ」

 

 直後のことだった。

 

「水上電探に感あり!右舷警戒!」

 先頭を行く旗艦夕張が叫んだ。

「て、敵さんですか!?」

 後ろに続く、駆逐艦五月雨があたふたと焦りだす。夕張は、艤装から電探の操作パネルを引っ張り出し、画面を注視する。

「接近中の船影確認。数は……1隻だけ?」

「はぐれでしょうか?」

「かもしれない、回避するわ。総員、進路を左舷へ」

 夕張が舵を左へ切り、不知火たちもそれに続く。

「夕張はん、敵の動きは?」

 彼女は電探の画面を注視する。

 

「敵も進路を変えた。私たちへまっすぐ向かってくる」

 

「妙な、深海棲艦、ですね」

 五月雨は若干震えながら、船影の方向を見つめる。

「……敵艦、進路変わらず。会敵は避けられそうにないわ」

 夕張は電探の操作パネルをしまい、艤装に手を伸ばす。

 

「総員、水上戦闘、用意!」

 

 妖精たちがあわただしく艤装の上を駆け回る。主砲の砲口カバーを外し、観測をもとに砲塔を旋回。戦闘の用意を始める。

「間もなく接敵。機関、戦闘速度まで増速!」

 エンジンテレグラフが鳴り、艦娘たちの足元でたつウエーキが大きさを増す。不知火たちは戦闘の準備を終え、接近してくる船影に向かって突き進んでいく。

 間もなく、進路上に人型の影が見えてくる。黒や鈍い銀色の輝きを放つものが、体の半分ほどを覆っている。

 何より、目が、揺れる炎のような輝きを放っている。それが、深海棲艦であることを物語っている。

「目標確認!砲戦用意!」

 それぞれの主砲の砲口が、深海棲艦に向けられる。

「用意。うっ」

 撃てー、と言おうとしたのを、夕張はやめた。

 不知火が最大船速で、その深海棲艦に向かっていく。

「し、不知火さん!」

「不知火ちゃん!どこ行くの!」

「不知火!まちいや!」

 彼女は振り返ることなく、全員の制止を振り切りって突き進んでいった。

 

 

 

 不知火は、一心不乱にその影へと向かっていく。鈍い輝きを放つもので体が覆われている。それは、確かに深海棲艦の特徴だった。

 でも、それはこの影の半分しか覆っていない。

 残りの半分は、不知火たちと同じく、艦娘の姿をしている。近づくにつれ、その姿の全容が、次第に見えてくる。

 不知火たち陽炎型と同じ制服、海風で揺れる頭の、赤い髪にそれを縛る黄色のリボンを見て、彼女は胸からこみあげてくるものを感じる。

「本当に、まさか……」

 近づくにつれて、姿が鮮明になる。疑問はいくつもあるが、それらが全て吹き飛ぶ。

「……げろう」

 特徴的な赤い髪に黄色のリボン、お揃いの白色の手袋。それだけで十分だった。

不知火は、もう一度呼びたかった彼女の名を、口にした。

 

 

「陽炎!」

 

 

 半分は、先日沈んだはずの、陽炎の姿そのものであった。

 不知火は撃たれる可能性など気にも留めず、陽炎らしき艦に近づく。

「陽炎、陽炎なのですか!?」

 でも、彼女は答えない。いや、何かをしゃべっている。何かを、1人でぶつぶつと、つぶやき続けている。

 

「ドコ?シラヌイは?ドコ?」

 

 不知火は確信を抱いた。この深海棲艦は、先日沈んだ陽炎に違いない。その言葉は、自分を探している、と。

 たとえ沈んでも、自分に会うために、深海棲艦になってまで、帰ってきてくれた。

「陽炎!私です!不知火です!」

 不知火は、陽炎に抱き着いた。

 たとえ深海棲艦でも構わない。もう一度、彼女に会いたかった。その不知火の願いが、適った。

「陽炎、また、会えましたね」

 想い人との再会に、不知火の瞳から雫が零れ落ちる。一方、陽炎は、不知火を見つめるが、首を傾げ、

 

 

「ダレ?」

 

 

 と言い放った。

 

 不知火は一瞬で、崖から谷底に突き落された気分になる。

「不知火です!あなたが探している、妹の不知火です!わからないのですか!?」

 必死に伝える不知火。だが、陽炎は虚ろな瞳で彼女を見つめ、首をかしげる。

「ダレ?シラヌイは、ドコ?」

 言葉が出なかった。

 陽炎の瞳から浮かぶ炎のようなものが、わずかに大きくなった。

「ジャマ、シナイデ」

 陽炎の主砲が旋回し、砲口が不知火に向けられる。とっさに気付いた不知火も主砲を旋回させる。2人の主砲が火を噴いたのは、ほぼ同時だった。

 陽炎が放った砲弾は、不知火の艤装の大部分を吹き飛ばした。そして、不知火も、陽炎の艤装の半分近くを吹き飛ばした。

 艤装の大半を失ったことで浮力が維持できなくなり、二人の体は海中に没していく。

 夕張や黒潮たちが海上で泣きながら何か叫ぶものの、その声が彼女に届くことはない。

 仲間を残し、2人は海の底へと、沈んでいく。

 

 水底へ沈む中、不知火はふと思う。なぜ陽炎が、目の前の彼女を、不知火だとわからなかったのか。

 

―――人の記憶など、朧気なもの。名前は憶えていても、不知火との写真がなかったために、沈む中、きっと私の顔を思い出せず、私を不知火だと認識できなかったのですね。

 

 沈みゆく中、深海棲艦になっても、消えなかった不知火への想いや執着。でも、陽炎の記憶に残る彼女の顔は朧気で、不知火だということに気づけなかった。

 不知火は、深海棲艦となった陽炎に手を伸ばし、彼女の顔を両手でつかみ、自分と向かい合うように向けさせる。

 

―――陽炎、不知火の顔が、よく見えますか?

―――これで、不知火のこと、忘れませんよね?間違えませんよね?

―――海の底なら、私たちは2人きりで、ずっと一緒です。

―――今度は、飽きるまで、私の顔を、見つめてくれてかまいませんから。

―――最後まで、共にありましょう。陽炎。

 

 

 二人は、光も届かない、何もない海底へと、沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「……っていうことになったら困るでしょう!?」

「妙に生々しい話をしないでください!陽炎!」

 カメラを握る陽炎の前には、椅子に縄で縛り付けられた不知火がいる。先ほどの話は、不知火を説得するための、全て陽炎の作った妄想話だった。

「だから、沈む間際であっても、顔が思い出せるように、私と写真をとってほしいの!」

「……陽炎は、沈むつもりなのですか?」

「そんな気ないわ。不知火と一緒に居たいもん!」

 どこまでもブレない陽炎の言葉に、不知火は頬を赤らめる。

 

「でも、それでも可能性は常にそこにある。だから、こういうできるときに、できることをしておきたいの!」

 

「……だからって、本当に縛りますか?」

 ほどけないようしっかり椅子に結われた様を見て、陽炎の背後にいる黒潮は苦笑する。

 

「……そんなに、嫌?」

 

 消え入りそうな声で、陽炎は言った。

 

「私との写真、そんなに嫌?」

 

 腰を下げて屈み、下からうるんだ瞳で、上目遣いでお願いされ、不知火の理性が次第に波に揺られ、傾き始める。

「っく……」

 不知火はまっすぐ見つめてくる陽炎の視線に耐えきれず、ため息を吐き出した。

「……わかりました。そこまでいうなら」

「ほんとに!いいの!?」

 途端に瞳の潤みを一瞬でひっこめ、満面の笑みを浮かべる陽炎は、椅子に縛られたままの不知火の肩に腕を回し、体を密着させる。

「黒潮、シャッターお願い」

「へいへい」

 にやにやしながらカメラを受け取った黒潮は、カメラのレンズを2人に向ける。

 

「待ってください!」

 

「なんや?」

 黒潮は不思議そうに、首をかしげる。

「あの、縄を、ほどいてもらえませんか?」

 その返事は、耳元から響く。

 

「ダ~メ」

 

 笑顔で言い放つ陽炎。

「なぜですか!?」

「写真を嫌がって逃げ回った不知火がいけないんだから、今回はこのまま」

 そう言いながら、陽炎は左腕で不知火を抱き寄せ、右手でカメラにむかってピースサインを作る。

「黒潮お願い。記念すべき不知火との初ツーショット写真だから、額縁に入れて保管しないと」

「ほう、大層な保管の仕方やな。なんて題名にする?」

「そうね……。不知火捕獲成功、かしら?」

 不知火を無視して、2人は話を進めていく。

「あ、あの、2人、とも」

「ええやんか」

 黒潮はカメラを構える。

「これだって、いつかは思い出の1ページに変わるやろし、これからもっといい瞬間を、2人で積み重ねていけばいい話や。だから……」

 黒潮の右手人差し指が、カメラのシャッターに添えられる。

 

「これは始まり。それができるよう、2人とも、必ず帰ってきーや」

 

 黒潮がシャッターを押した。フラッシュがたかれ、一瞬だけ2人は目がくらむ。

「もう数枚いくで~」

「え!」

「数枚撮ったほうが安心なんや。折角撮った1枚がピンボケなんて、いややろ?」

 不知火は言い返せず、黙り込む。

 

「お願いね~黒潮。あと50枚くらい」

 

「ちょ!陽炎!多すぎませんか!?」

 またフラッシュがたかれる。

 結局、椅子に縛られて動けない不知火はされるがまま、数十枚もの写真を撮られることになった。

 写真には、満面の笑みでピースサインをする陽炎と、頬を赤く染めながら、恥ずかしそうにする2人が、はっきりと写っていたという。

 

 

 

 

 後日、不知火が陽炎の部屋を訪問した際、1ミリの隙もなく不知火の写真で埋め尽くされている壁を見た彼女は戦慄。カメラを許したことを少し後悔したのは、仕方のないことかもしれない。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

また投稿する機会がありましたらよろしくお願い致します。

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