学園に戻ると、なんとオリヴィアとティナが校門で待っていた。
夜遊びに勤しむ女子生徒を除けば、皆とっくに寮の自室に戻っている時間だというのに、ずっと俺の帰りを待ち続けていたらしい。
守衛は事情を聞いていたようで、門限を破った俺を咎めることなく、あっさり門を開けた。
「エステルさん!」
オリヴィアがまた涙を浮かべて駆け寄ってきて、そのまま抱きついてくる。
「よかった──本当に、よかった」
「そんなに泣くなよオリヴィア。ちゃんと帰ってきたぞ」
泣き続けるオリヴィアの背中をさすってやると、彼女は洟をすすり上げて話し始める。
「私、ずっと今のままじゃいけないって思っていたんです。友達なのに助けてもらってばかりで、私からは何もできなくて──だから、頑張って自分の得意なこと伸ばして、エステルさんの助けになれるくらい強くなりたいって──なのに、また何もできなくて」
──自分を散々痛めつけた相手ですら助けてしまう甘ちゃんでも向上心は確かにあったらしい。
しかもその理由が俺のためともなれば──むず痒いが、いじらしくもある。
「友達なら何もかも対等でなきゃいけないってものじゃねぇよ。あんなに傷ついてまで──」
「怖かったんです。エステルさんはアンジェリカさんやアルス・ノヴァの人たちとも仲良くできて──でも、私を助けるためにいつも一緒にいるせいで、他の人と一緒にいられなくて、迷惑をかけているんじゃないかって」
甘えてばかりいてはいつか見捨てられると思っていた、ということか?
そんなの杞憂というものだ。オリヴィアを手放すなどあり得ない。
彼女には治療魔法という唯一無二の特技があるのだから。
「馬鹿だな。私がいつ迷惑だなんて言った?お前一人助けるくらい何てことねぇよ。でもお前は──ロイスとの時はともかく、今回は死んでもおかしくなかったんだぞ」
「──馬鹿でもいいです。エステルさんと友達でいられるなら」
泣きながら微笑むオリヴィアの顔がどうにも憎めなくて、その頭に手が伸びた。
「──馬鹿。でも──ありがとう」
撫でられたオリヴィアがまたぎゅっと強く抱きついてくるので、俺も抱きしめ返してやった。
気丈に振舞ってはいるが、身体は震えているのが分かる。
恐怖が去った後は温もりを感じていたいというのは、俺も身に覚えがあるので、しばらくはこうしておいてやる。
震えが治まったのを見計らって、身体を離し、寮に戻ろうと促した。
「さ、これで本当にもう大丈夫だ。寮に帰ろうぜ」
だが、オリヴィアは動かなかった。
いや、それどころか後ろから俺の服の袖をつまんで引き止めてくる。
「何だ?」
「ごめんなさい。あの──今夜だけでいいですから、一人にしないでください」
袖をつまむ手から震えが伝わってくる。
どうやらさっきまでのハグだけでは不十分だったようだ。
チラッとティナの方を見ると、少し困ったような笑みを浮かべて頷く。
「分かった。今夜は私の部屋にいるといい」
「ッ!ありがとうございます」
ほっとした顔で袖をつまんでいた手を放して、頭を下げるオリヴィア。
「いいって。元はと言えば私が巻き込んだんだからさ。さ、行くぞ。オリヴィア」
「──リビアです」
踏み出そうとしていた足が止まった。
振り返ると、オリヴィアは顔を赤らめ、少し逸らしながら上目遣いでこちらを見つめていた。
「えっと──私、実家ではリビアと呼ばれていて、その──」
なるほど。リビアというのは愛称か。
理解できない価値観だが、名前の呼び捨てでは距離を感じて寂しいのだろうか。
「分かった。これからはリビアでいいんだな?」
「はい!」
オリヴィア──リビアの顔がぱっと明るくなる。
それを見てほんの少し、羨ましいと思った。俺には愛称なんてなかったからな。
今更欲しいとは思わないが。
ただ──
「なら私のことは呼び捨てでいい。──友達だからな」
「いいんですか?」
「ああ。嫌なら今まで通りでいいぞ」
「い、いえ!嬉しいです」
リビアがまた涙を浮かべるが、今度は嬉し涙のようだ。
クリスやリオンにはとっくに許していた呼び捨てを許してやっただけだが、随分と大袈裟に喜んでくれるものである。
とまれ、これで少しはリビアの望む対等な雰囲気も出るだろう。
──雰囲気だけだけどな。
「そうか。じゃ、さっさと帰るぞ。風呂に入りたい。いや、その前に飯か」
「でも、食堂は閉まっちゃいましたね」
リビアの言う通り、門限を過ぎているということは、食堂も営業時間外である。
今更ながらそのことに思い至って、二人揃って腹が鳴ってしまった。
それを見てティナが「ふふ」と笑いを漏らしながらも、安心するように言ってくる。
「大丈夫です。お夜食のための食材ならお部屋にありますから。私がお作りしますよ」
「助かる。ありがとうな」
「すみません。私の我儘でずっとここにいたせいで──」
リビアは俺を待つのに付き合わせてしまったことをティナに謝るが、ティナはかぶりを振った。
「私も気持ちは同じでしたから、お気になさらないでください」
──やむを得なかったとはいえ、後ろめたさが湧き上がる。
今度シナモンロールでも買ってやるか。
数時間ぶりの部屋に帰り着くと、ティナが熟練の早業で瞬く間に夜食を作って出してきた。
サンドイッチと酒のつまみ用のクラッカーにチーズやパテ。
学食に比べれば貧相だが、俺のこだわりもあって高級品である。
「ティナさん、美味しいです」
リビアは夢中になってぱくついていた。
つい一時間ほど前まで誘拐されて酷い目に遭っていたとは思えない食欲。
泣き虫かと思えば妙に図太い。
「それは良かった。お風呂、入れてきますね」
ティナは風呂場に向かい、入浴の準備に取りかかっていた。
俺とリビアはしばし二人きりで夜食に舌鼓を打つ。
サンドイッチはたちまちなくなり、クラッカーもみるみる減っていく。
「足りなかったら言えよ」
「い、いえ、大丈夫ですよ。むしろごめんなさい。遠慮なしに食べてしまって──」
リビアは口を押さえて顔を赤らめる。
「遠慮なんてするなよ。むしろ安心したさ」
最後に残ったクラッカーとチーズはくれてやった。
ティナがお湯が沸いたと告げてくる。
「リビア、先に入ってきていいぞ」
一番風呂は客人に──というのは前世由来の考えだが、風呂まで一緒というのはさすがに友人のラインを超えている気がする。
リビアは一瞬残念そうな顔をしていたが、すぐに頭を下げて風呂場へと向かっていった。
部屋には俺とティナだけになる。
そのタイミングを待っていたようにティナが話しかけてきた。
「ランス様からお聞きしました。下手人は以前倒された犯罪ギルドの仲間だったと」
「ああ。奴らが自分で言っていたよ。ミンク・シンジケートといったかな」
「──どうされるおつもりですか?」
連中を、か?
そんなの決まっている。
「すぐにメンバーと根城を調べ上げて叩き潰すさ。今度こそ完全にな」
ティナはその答えを予想していたようで、やはりかという顔をする。
だが、俺の返事を確かめるためだけに訊いてきたわけではないようだった。
「そう仰ると思っていました。ですが、今回の件、腑に落ちないところがあります。潰すのは少し考え直していただけませんか?」
「なぜだ?潰すと不味い理由でもあるのか?」
いくらティナの言うこととはいえ、はいそうですかと頷ける話ではないが、まずは理由だけでも聞いてやる。
「いいえ。ですが、王立学園の女子生徒に手を出せばどうなるか、ギルドの幹部たちが認識していなかったはずはありません。私が奴隷商館にいた頃に聞いた話ですが、彼らは専属使用人ビジネスにも一枚噛んでいますから、それに影響するようなトラブルは起こしません。今回の件は下手人たちの独断による暴走だったように私には思われるのです」
「そうだとしても、そいつらの勝手を止められなかった時点で同罪だろう。連中には監督責任を取らせる。そもそも、俺はあの手合いが嫌いなんだ」
だが、ティナは最後まで聞いて欲しいと言って話を続ける。
「今回の件、むしろお嬢様がすぐに手を下さない方がむしろ効果的かと。この王都には複数の犯罪ギルドが潜み、隙あらば互いの縄張りやビジネスを奪おうと睨み合っています。今回の件で憲兵が動き出せば、彼らは商売敵を潰すチャンスと見るはずです。お嬢様が手を下されずとも、彼らが戦力を削いでくれます。そして弱り切ったところで密かにトドメを刺せば、彼らは誰がやったのか分からずに疑心暗鬼になり、結束が揺らぎ不安定になるでしょう。逆に今強引に潰せば、その間隙に別のギルドが進出してくるだけです。それに加えて彼らと繋がり、利権を持つ貴族や官憲たちからも目をつけられます。それよりは、しばらく待ってからより大きな打撃を与えた方が、労せずに犯罪ギルドの勢力を排除できます。いかがでしょうか?」
そう上手くいくものだろうかと思うが、搦手を使って相手を弱らせてから叩くという手自体は理に適っている。
オフリー家との戦争の時はそれができなくて苦労したし、オフリー家の上にいた連中はトカゲの尻尾切りで逃げられた。
ミンク・シンジケート相手に同じ轍を踏んでやる義理はない。
「いいだろう。セルカたちに伝えておこう」
「ありがとうございます」
「礼を言うなら俺の方だ。良い手を教えてくれたな。ありがとう」
ティナが微笑みつつもどこか寂しそうにするので、抱き寄せて頭を撫でてやると、目を細めて耳をピコピコさせていた。
しばらくしてリビアが風呂から上がってきたので、入れ替わりに俺が入る。
そして上がって寝ようという時になって、ちょっとした問題が起きた。
「私はティナのとこで寝るから、ベッド使えよ」
さっきと同じ理由でいつも使っているベッドをリビアに譲り、俺は殆ど使われていない専属使用人用の部屋でティナと一緒に寝ようとしたのだが、リビアが引き止めてきた。
「え?いえ、いいですよ。エステルさ──エステルのベッドなんですから。私、ソファーでもいいですから」
「いや、客人にソファーはねーよ。いいから遠慮なく使えって」
「そ、それじゃ一緒に、じゃ駄目ですか?」
──女同士だと友達でも同衾するものなのか?
前世の感覚が抜けていない俺にしてみれば、同じ部屋に泊めるだけでもだいぶ譲歩したつもりだったが──
答えに窮していると、ティナがぱっと手を打つ。
俺とリビアの視線が彼女に集まると、有無を言わさぬ笑顔でその場を決めた。
「皆一緒で。それで解決です♪」
結局俺を真ん中にして両脇にリビアとティナという川の字で寝ることになった。
そして一つ、分かったことがある。
リビアは寝相がものすごく悪かった。
朝起きたら寝間着をはだけた彼女に抱きつかれて動けず、鍛錬の時間に間に合わなかった。
酷い。
◇◇◇
数日後。
ティナの考えた搦手をセルカと情報部に伝えたら、上手くやってくれたようで、学園の掲示板にグルムたちの起こした事件のことが大きく貼り出されていた。
事情聴取のためにまた憲兵隊本部にしょっ引かれはしたが、却ってこちらが掴んだ情報を眼前に叩き付けて連中を焚き付けることができた。
犯罪ギルドの跳梁跋扈を許すという職務怠慢をしていた分際で「面倒なことをしてくれた」と言いたげな顔をしていやがった憲兵には腹が立ったが、やらなければ事の発端となった俺が責任を取って直々にケリをつけると仄めかしたら、すぐに首を縦に振ってくれた。
掲示板によれば、捕らえた犯罪ギルドの連中は摘発のために必要な情報を提供するのと引き換えに死刑を免れ、現在は尋問中とのことだ。
「こんなことが起きていたとは知らなかった。その──災難だったな。君も友人も」
いつの間にか近くにいたクリスが声をかけてくる。
「ああ、おかげでまた有名人だ」
肩をすくめて愚痴ってみせるが、今回は悪い意味ではない。
「私も助けになれたら良かったのだが──」
「いや、元はと言えば私が始めたことだしさ。気持ちだけで十分だぜ」
クリスが何か言ってくるが、あれは彼の出る幕ではなかった。
下手に巻き込んでいたら、クリスの実家をはじめ色々な所とトラブルになっただろう。
「そうか──私では頼りないかもしれないが、また何かあったら、その時は頼って欲しい。その──友人だからな」
ありがたい申し出だが、世の中はそう単純ではない。
ただ、気持ち自体は嬉しかった。
だから、そこだけは汲み取っておく。
「それは心強いな。ありがとう」
笑顔を向けてやると、クリスも微笑みを浮かべる。
それを見た周囲がざわめき出す。
「嘘、クリス様が──笑ってる?」
「うわ〜レア過ぎでしょ!」
「ね、やっぱりあの子クリス様と──」
「え〜信じられない──どうやって落としたの?」
女子たちが早速噂話を始めていて、面倒なことになりそうだったので、速やかにその場を離れることにした。
「じゃ、またな」
「ああ」
短いやり取りを残して別れたが、後ろから「あの通じ合ってる感じ、やっぱり──」とか何とか聞こえてくる。
全く、邪推し過ぎである。
昼休み。
食堂はまた何かの限定スイーツが出されて女子たちの長い列ができていた。
俺は今回は興味を引かれなかったので、テラス席から遠巻きに見ているだけ。
今の俺は気分が良いので彼女たちのことも微笑ましく思えてしまう。
「あ、いた!エステルちゃん!オリヴィアちゃん!」
不意に陽気な声が聞こえてきたので、振り返ると、そこにいたのはロイスだった。
「ロイス先輩?」
「掲示板見たよ。大変なことになってたんだね。無事に戻って来られて本当に良かったよ。あ、隣、いいかな?」
「──どうぞ」
「ありがと!」
ロイスが空いていた隣のテーブルを軽々と運んできて俺たちのテーブルに横付けし、腰掛ける。
彼女が連れている専属使用人も一緒だが、この前はいた取り巻きたちの姿が見えない。
「今日はファンの方々はいないんですね」
「ダフネスが巧く撒いてくれたの。あ、私の専属使用人のことね。それでね、ダフネスがエステルちゃんの専属使用人の子に会いたいって──」
ロイスの言葉が途切れる。
彼女が言ったダフネスという専属使用人がティナの方を見て涙を浮かべていた。
そしてティナの方も目を見開いている。
「ダフネス──さん?」
「──ああ。そうだよ。やっとまた会えたね」
次の瞬間、ティナの目にも涙が浮かんだ。
「私もずっと会いたかったです。どうして今まで気付かなかったのか──」
「それだけ仕事に真面目に打ち込んでいたってことじゃない?立派になったね」
「ッ!ありがとうございます!」
頭を下げるティナに微笑みかけたダフネスは、続いて俺の方に向き直る。
「こうしてお話しするのは初めてですね。先日はその場にいながら騒ぎを止められず、大変失礼致しました。どうか、これからもティナをよろしくお願いします」
「こちらこそ感謝したい。ティナが世話になったみたいだな?」
「はい。微力ながら、専属使用人に必要な心構えと技術を教えました」
ティナにとっては、俺にとってのニコラ師匠みたいな存在らしい。
「そうか。ティナは良くやってくれているよ。師匠が良かったんだな」
「そう言って頂けると私も鼻が高いです。実を言うと、なかなか買い手が付かなかったと商館から聞いて心配していたのですが──初めて買って頂いたのが貴女で良かったです」
「すっごい偶然だよね!それで二人がまた会えるってもう運命みたい。本当に良かったよ」
ロイスももらい泣きしながら笑っていた。
そしてティナが俺以外の主人に仕えたことがないという情報に、俺は湧き上がる歓喜と感謝を抑えられなかった。
運命──確かにそうだろう。
ティナはやはり案内人が用意してくれた最高のサポートだった。
ダフネスにもそうだが、案内人にはまた感謝しておかなくては。
俺は柄にもなく両手を組んで空へ向かって祈る。
「どうしたの?エステルちゃん、急に空なんて拝み出して」
「感謝ですよ。この素晴らしい運命に」
「そっか、じゃあ私も!」
ロイスまで俺の隣で祈り出し、ティナもリビアもダフネスもそれに付き合って手を合わせる。
俺たちの感謝よ、どこかにいる案内人に届け!
手を組んで祈るエステルたちの掌に黄金の粒子が集まり始める。
やがて集まった粒子は大きな光の玉となって掌から離れると、結合して上下に伸び、剣の形になった。
光輝く黄金の剣はくるりと回転して鋒を空に向けると、さながらロケットのように光の尾を引いて猛烈な勢いで上昇を始め、
◇◇◇
「急報!第三警戒空域に呼び掛けに応じない飛行船複数を確認!」
解読済みの暗号電文を手に駆け込んできた伝令に、部屋にいた全員の視線が集まる。
「邀撃機は?」
「間もなく発進するとのことです」
「遅い!!」
報告に対して机を叩いて怒鳴りつけたのは傷跡のある禿頭が特徴的な老騎士だった。
宮中だというのに甲冑を纏い、戦場にいるかのような雰囲気を纏っている。
実際、彼の思想は常在戦場であり、甲冑姿は正装である。
その彼が軍の対応の遅さに憤り、椅子を乱暴に下げて席を立つ。
「わしが出る。鎧の用意を──」
「困りますねぇ、黒騎士殿。貴方の出撃は許可されていません」
彼を聞き咎めたのはカイゼル髭を蓄え、煌びやかな衣服を纏った男である。
黒騎士と呼ばれた初老の男はカイゼル髭の男を睨みつけて問うた。
「これで何度目だと思っている!?今年に入ってから今までにない勢いで警報が鳴っているのだぞ。これ以上王国の奴らを図に乗らせるつもりか?」
「偵察飛行や空賊ごときを相手に黒騎士殿を動かすわけにはいかないのですよ。貴方は公国最強の騎士であり、魔笛に次ぐ切り札。切り札というのは簡単に切らないからこそ効果を持つのですから。ご理解頂けると助かりますがね?」
黒騎士の剣幕に怯みながらも、これも戦略なのだと慇懃無礼に説くカイゼル髭の男。
その男に向かって黒騎士は激昂する。
「貴様!それでも公国の貴族か!」
「貴族なればこそ、一時の恥を忍んで公国のために最善を尽くしているのですよ」
彼らが言い争う様子を天井から逆さまに立って眺めているのは案内人だ。
「うーん。実に良い具合に育ってきていますね。この調子なら、今年のうちに行動を起こせるかもしれません。こいつらをエステルにぶつけるのが楽しみですね〜」
クツクツと笑う案内人に部屋の者たちは誰も気付いていないが、背後から睨みつけている存在がひとつ。
犬の形をした光が今にも飛びかかりたいのを我慢するかのように牙を剥いていたが、ふと何かの気配に気付いて耳を立てる。
次の瞬間、屋根をすり抜けて天井から飛び出してきた黄金の剣が案内人の股に直撃した。
「ぎゃあああ!!な、何が起こった?ふがっ!?」
股から突き刺さった剣は案内人の身体を容易くぶち抜いて口から飛び出す。
身体の芯から焼け爛れていく痛みに案内人は声にならない絶叫を上げた。
(あ、熱い!痛いぃぃぃ!!何だこれは──感謝!?しかもこの縁の強さは──おのれぇぇぇ!またエステルかぁぁぁあああ!!)
必死にもがいて剣を引き抜こうとする案内人だが、剣は鋒以外の殆どが案内人の身体の中にめり込んでいて掴むところがなく、なかなかうまくいかない。
それでも僅かに飛び出た部分を掴もうとすれば、激痛が走る。
しばらくして黄金の剣は蒸発するかのように黄金の粒子を散らして消えていったが、案内人は大ダメージを負って天井から入り口近くの床に落下した。
「私の力が──せっかくここまで持ち直したというのに。許さないぞエステルゥ!」
案内人が先程の余裕を失って怨嗟の声を上げる一方で、部屋の上座からは落ち着いた声が発せられる。
「やめなさい、バンデル。味方同士で言い争っている場合ではないわ」
その言葉に黒騎士は頭を冷やし、上座に向かって頭を下げる。
「申し訳ありません、姫様」
「全く、ヘルトルーデ殿下の前で見苦しい姿を見せないでいただきたいですね」
ゲラットの嫌味を聞き流して席に着く黒騎士。
「どうやら皆少し長く座り過ぎたようですね。会議は一旦中断、一時間後に再開するのはいかがでしょう?」
ゲラットの提案に、ヘルトルーデと呼ばれた上座の少女は頷き、命令を下す。
「許す。解散せよ」
ヘルトルーデの命令により、会議に出席していた者たちは次々と席を立って退室していく。
──入り口の前に倒れていた案内人を気付かず踏みつけながら。
「ふぎゃっ!?お、おのれ!この私を足で踏みつけにするなど万死に──ぎゃあ!痛い!」
大勢に全身を踏みつけられた案内人は屈辱に歯を食い縛って涙を流した。
「く、くそぉ、これも全てエステルのせいだ。絶対に、いつか必ずこの手でぇぇぇえええ!」
案内人は腹を押さえながらフラフラと立ち上がり、新たな負の感情を求めて部屋を出ていく。
その後ろを犬の形をした光が追っていった。
次回、第三章最終話