ヴィラン&ピース 作:ラムレーズン
「ッフ────……ねぇ、困るよ、ヒーローさん達……俺はこれが飯の種なんだからさぁ。毎回こうやって付き纏われちゃ飯代どころか煙草銭すら覚束なくなっちゃうよ。俺が生きる為だし、殺してるのは外道だけなわけじゃん? だからさぁ、次からはやめてよね」
とある路地裏でのことだ。粘性のある液体に全身を絡めとられた男が1人と、その男を見下しながら煙草を吸う少女が1人。
男はなんとか拘束から抜け出そうともがくが、動けば動くほど粘液が男を絡めとる。
「
「俺が許すんだよ、屑野郎が相手ならね。だからあなたは殺さないであげる」
冷たく返した少女は、最後に煙草の煙を男の顔に吹き付ける。それだけで男はゲロを吐きながら地面に寝そべり、意識を失った。
「ま、服がヤニ臭くなるのはごめんなさいってことで」
少女の名はシガレット。暗殺や用心棒を生業とする
◆◇◆
換気扇の音が喧しいキッチンで、俺は何をするでもなく煙草を吸っていた。ファンに吸い込まれる紫煙を見送って、なんとなく手元の紙に目を落とす。
『巻上 煙』
なんとなく気に入っていない本名だの、生年月日だのが書かれ、右上に顔写真が貼り付けられたその紙は俺自身の願書だ。雄英高等学校ヒーロー科、それがこの願書の提出先。
俺はほんの少しの葛藤の後、ため息と共にそれを真っ二つに引き裂いてしまった。そのまま何度か重ねて裂き、最後にはグシャグシャと丸めてゴミ箱に突っ込む。
どうせ天涯孤独の身だ。咎める親なんてどこにもいない。
水滴のついたグラスを傾けながら、気まぐれに窓の外を覗く。通勤ラッシュの時間だ。それなりに都会に建つこのビルの高層階からなら、忙しない人々がよく見える。
こうして見ると、人の"個性"とは乱雑なものだ。
うさ耳生やしてる奴、デッカい尻尾引きずってる奴、全身に岩纏ってる巨人みたいな奴。上げ連ねればキリがないほどに個性豊かで、しかも普通に人間に見える奴だって何かしらの個性を持ってる。温度下げたりとか、腕伸びたりとか、そんなのだ。
全く持って、華々しくて羨ましい限りだ。俺などこの年齢では戸籍にすら登録できない個性だと言うのに。
なんとなく吐き出した煙で『
今やこの社会で"個性"というのは大きなステータスとなっている。個性が強くて便利なら周りから羨ましがられるし、個性が弱い奴は疎まれる。個性を持たない奴なんて、言うまでもない。
俺も13歳までは無個性として生きてきたのだからわかる。一般に子供の個性は早ければ幼児期、遅くても小学校低学年を抜けるころには発現する。しかし、俺の個性は中学一年生になっても現れることはなかった。
「まさか、空飛べない奴が差別される世界になるなんて、昔の人は思わなかったろうなぁ……」
周りから見下されながら、諦めと共に日々を生きてきたある日のことだ。その頃仲良くしていた先輩に勧められ、人生で初めて煙草というものを吸った。促されるままに煙を肺まで入れて、吐き出した時に気づいたのだ。
まるで煙が体の一部のように動くことに。
"肺に入れたタバコの煙を操る"それが俺の個性だった。
その時はなんだか、いっそ愉快で笑いが溢れてしまった。なるほど、それは気づかないわけだと思った。
そして練習をしているうちに、吐き出した煙を異常に濃くしたり、体を煙に溶かして動いたり、カチカチに固めてみたり、ネトネトでブヨブヨの塊に変えたりできるようになった。
我ながら悪い個性ではないと思う。カチカチになった煙は、厚さ1cm程度でもフルスイングのスレッジハンマーで傷一つ付かなかったし、塊の方は一度人を絡めとればどんな怪力の個性でもその場に貼り付けられる。
そして個性の影響なのか、俺は煙草が大好きで、同時にこの個性も好きだった。だからこの個性を仕事にしたいと思ったが、それは不可能な話だ。
個性を生かしてできる仕事といえば、ヒーローの他にない。個性を無断で使用し、犯罪に走る者を取り締まる仕事だ。この仕事に就くためには高校でヒーロー科課程を修め、プロライセンスを取る必要がある。しかし、ヒーローを育成する学校が公に未成年喫煙を認めるわけがない。20を過ぎてから通えるヒーロー学校がない現状、俺がヒーローになる術はないのだ。
ならば他に個性を使って金を稼げる仕事がないか、と考えた結果行き着いたのが……
そうして俺はコツコツと、
行き着いたやり方は、夜の街で悪い奴を探して、後をつけて、人気のないところで襲ってお財布を奪っていく方法。悪い奴って言っても指名手配犯を見つけるとかじゃなくて、ポイ捨てしてた奴とか酔った勢いでそこらの人に絡んでる奴とかだ。正義とかじゃなくてただの因縁に近いだろう。
そうやってカツアゲ行為を続けて半年程度の日だった。いつも通りに路地裏で悪人を気絶させて財布から金を抜き取っている時に、誰かが近づいてくる気配を感じた。隠れる余裕もなく、後ろから声をかけてきたそいつはこう言った。
『金を出すから用心棒をしてくれ』
どうやら俺は相当噂になっていたらしい。謎の
声をかけてきた男は最近この街に入ってきたマフィアで、今度の取引の時に相手を出し抜いて物品だけを回収し、後は高飛びの予定だと言った。その時に提示してきた金額が破格の50万円。俺は迷うことなくこの仕事を請けた。
結果として、仕事は成功。先に取引現場に潜んでいた俺は依頼者の男の合図で取引相手を絡めとり、そのままマフィア達と一緒に現場をおさらばした。
マフィア達は俺の個性が痛く(甚く。敢えて漢字にすれば)気に入ったようで、勧誘されたがこちらはお断りした。一つの組織に居続けるよりも依頼を受けて動いた方が儲かると判断したからだ。
実際、その答えは正解だった。
一度の仕事で何十万という金と怖い人たちとのコネが手に入る。闇の仕事をするならフリーランスだと後輩ができたら伝えてやろう。
そんな日々を続けていたら、ついに殺しの仕事が入ってきた。
依頼者はヤクザ組織の若頭。内容は敵対しているヤクザの組長の暗殺。報酬はなんと1000万。俺は葛藤の末にこの仕事を請けた。
難しい仕事ではなかった。体を煙に溶け込ませて屋敷に侵入し、隙を見て組長の口と鼻の周りで煙を固めて窒息死させる。意外なほど簡単に処女を捨てた俺は、その日から暗殺と用心棒の二足の草鞋を履き始めた。
次の一本を取り出し、火をつけようとした時にアラームがけたたましく鳴り響く。
「うひゃぁっ!? ……ああ、打ち合わせの時間だった……」
煩いアラームを消して、黒いパーカーとカーゴパンツに着替えて街へ繰り出す。
大通りを歩く制服を着た若者達とは逆へ、朝でも仄暗い路地裏へと歩を進めた。
後悔はない。羨望もない。
ここが、俺の住む世界なのだ。