ヴィラン&ピース   作:ラムレーズン

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#2 幸せでしょ?

 第二ラウンド開幕、まずは真後ろにいたイレイザーヘッドに殴りかかる。

 戦闘を見ていた限り、こいつが個性を消せるのは目で見ている間だけ。そして瞬きの頻度はそれなりに高い。

 ただまあ、こいつは俺の個性を消すことはできない。

 

 なぜなら、あの怪物を封じ込めているのが俺の個性だから。

 

 しかし怪物がいつまでも指示の通りに動くようにできているとしたら、最後に下された命令のままに俺を狙う筈だが、問題はその後にアレがどうなるのか。

 その場で止まるのか? 敵認定した奴を適当に襲い始めるのか? いざとなったらこいつは前者に賭けて俺の個性を消すかもしれない。

 

 

 

 だから、俺の方から個性を解除してやるわけだ。

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 驚愕するイレイザーヘッドと、俺の方へ飛び出してくる怪物。

 差し詰め、命懸けのビックリ箱ってところか? 隙をついた俺は、パーカーを脱いで片手で掴みながらイレイザーヘッドへと駆け出す。下着になるが知ったことか。

 イレイザーヘッドは先程の戦闘でも使っていた特殊な布で俺を拘束しようとするが、怪我と動揺で精彩を欠いたそれを潜り、股下をスライディングで抜けると同時に腰元に組み付き、パーカーを両手で握る。

 

 私の目的は最初から彼を怪物と私で挟むこと。ここで彼に二択が生まれる。『怪物を見る』か『俺を見る』だ。

 怪物の怪力は体由来、つまり個性を消しても攻撃力は衰えないが、そんな一撃を見ずに避けるのはあまりにも危険。そして言うまでもなく、俺を見なければ個性で固められる。

 

 これは俺の持論だが、戦闘というのは『どれだけ相手に易のない択を押し付けるか』で優劣が決する。今の場合、どちらを選んだとしても致命的なデメリットが生じるのだ。

 

「クッ……!!」

 

 

 イレイザーヘッドはというと、即座に俺を見ながら避ける方を選択した。ヒョロヒョロに見えたがヒーローなりに鍛えてはいるようで、軽いとはいえ俺という重りを抱えつつも即座に横っ跳びで攻撃を避ける。

 

 ただ、残念ながらこっちの択はハズレだ。

 なんてことはない、俺が腰に組み付いている以上怪物の大振りを避けられる肌に大きい距離を跳んで動くなら、こちらの足が先に地面につき体幹を整えられる。腰のロックを外し、両手に握ったパーカーを持ち上げ、ジャンプで身長差を埋めて頭に巻きつける。そうして即座に煙で動きを封じる。空気が入るようにしてやった分有情ってもんだ。

 

 そしたら今度は怪物の番。っていっても、突っ込んでくるだけの馬鹿力だからすぐに滅茶苦茶に包んで地面に転がしてやる。

 さて、救援が来るまで遊んでいくとしようかな? 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「さて、イレイザーヘッドは戦闘不能だ。先生不在と言うことで、俺が外部講師(ヴィラン)部門として代わりに教鞭を取ろう。まず、今の攻防を理解できた者はいるかな?」

 

 転がした怪物の上に立ち、僕たちの方を見る煙。

 皆彼女を捕まえるつもりでいたけど、先生が物の数秒でやられて萎縮してしまっている。

 黙りこくる僕らを見かねて、煙は紫煙を吐きながら口を開く。

 

 

「時間稼ぎのついでに戦闘のプロからの授業を受けられる絶好の機会だぞ。メガネの彼が走り出したのは見ていた。救援が来るまでに何人殺せるのか試したって俺は構わないんだ」

「……動揺を誘い、あの怪物とあなたの間に先生を挟むことで、あなたに隙を見せざるを得ない状況に誘導していましたわ」

「正解。君には200けむりんポイントをあげよう。では次、あの状況からイレイザーが勝つ方法はなんだったと思うかな? 2つ答えてみよう」

 

 

 時間稼ぎの為にも頭を回らせてみるが、思いつくのは『動揺をせずに捕縛をすること』のみだった。どう頑張っても二つ目は思い浮かばない。

 

「まどろっこしいことしてんじゃねぇぞ!!」

 

 堪忍袋の尾が切れ、飛び出したかっちゃん。爆発で飛んだ勢いのままに掴みかかるのかと思ったが、手を前にして爆発を起こして威力を殺し、慣性の法則で持ち上がる足で蹴りを放つ。

 しかし、それは顔色一つ変えずに吐いた煙を固めて防がれる。勢いを失ったかっちゃんが再び爆発を起こすよりも早く、四肢が固まった煙に覆われて地面へ落ちた。

 煙は怪人から降り、今度はかっちゃんを踏みつける。

 

「クソッ! てめぇ! 解けやコラァ!!」

「はい、1つ目の答えはこのように冷静に対処すること。あらゆる可能性を模索し、素早く俺を捕縛できれば、あの怪物を妨害が得意なメンバーで拘束しながら救援を待つことができた。君の氷とか、そっちの君の頭のソレ、セロハンテープを出す彼、重力を消す子が特に適任だ。そして二つ目……」

 

 言い終わる前に、煙の背後で拘束が解けた怪物が立ち拳を振り上げる。

 危ない、と声を出すよりも早くに再び拘束され、地面に寝かされる怪物。

 

「二つ目はこの通り、共倒れ狙い。今回は生徒の安全面を考慮して止めたけどね。腰に組み付いた俺を引き剥がすのは無理だから、掴みながら反転して一緒に攻撃を受けること。怪我の具合からして彼は死ぬか致命傷だろうけど、まあ俺を捕まえてるからみんなの勝ちって感じ」

「そんな……」

 

 誰もが言葉を失う思いだった。彼女が簡単に自滅を要求したことよりも、たった数秒の攻防にそこまで考えが巡らされていたことにだ。

 一体僕達と彼女の間にどれだけの壁があるのか。紛れもなく、彼女は戦闘のプロなのだ。

 それに比べて、僕はなんで不甲斐ないのか。手に入れた強個性に甘えて、彼女ほど深く考えることをしなかった。今だって、どれだけ頭を回しても彼女に勝つ方法が浮かばない! 

 

「俺が思うに、最近のヒーローというのには弱さが足りない。弱いからこそ策を巡らせて勝ちを拾うことができる。自分の必殺パターンを押し付けるだけでは勝てない相手もいるわけだ。まあ、かくいう俺も強個性だけどね」

 

 そこまで言い切ったところで音がした。

 背後で勢いよく扉が開く音だ。この音は間違いない、救援が到着した音だ。

 

 皆んなが振り向くと、そこには最強の姿があった。

 言うまでもない。トップヒーロー、オールマイトだ。

 

 

「みんな、もう安心してくれ! 私が来た!!」

 

 

 そして即座に煙の目の前に移動するオールマイト。

 

「君が今回の襲撃の犯人か?」

「どっちかっていうとそれを妨害しに来た側かなぁ?」

「そうか! まずは生徒たちの教育に悪いから服を着なさい!」

「この学校先生にミッドナイトとかいなかったっけ……? いや実は戦闘中にパーカー使っちゃってさ……」

 

 恐怖とかで完全に忘れてたけど確かに半裸だった!! 

 オールマイトはというと、取り敢えず着ていた黄色いスーツを彼女に被せていた。紳士的! 

 

「オールマイト! そいつ(ヴィラン)のシガレットです! 相澤先生がやられました!!」

「何! 君がそうなのか! ならば大人しく同行してもらうぞ!」

 

 オールマイトが彼女を掴むよりも早く、煙に溶けた彼女は逃げ出していた。拳圧で彼女を吹き飛ばそうとするオールマイトだが、彼女が横を抜ける方が早い。

 振り向いた先に僕達がいる以上、それほどの拳圧を放つパンチは打てなくなる。追いかけて打つにしても、煙に溶けて空気に混じった彼女を探し当てるのは困難極まる。

 

 

「チャイムが鳴ったし、授業もキリがいいから今日はここまで! 宿題は強くなっていること! お次の(ヴィラン)外部講師戦闘指導の時間をお楽しみにー!」

 

 

 どこからかそんな声が響いたのを最後に、煙の足取りは完全に掴めなくなった。

 最後の最後まで彼女の作戦勝ちで……まるで煙に巻かれたような思いだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「やったー! お仕事だいせいこー!! 報酬沢山! いやぁ、悪を滅して食うメシはうまいねー!!」

「おい待て、なんでうちで出前を取っているんだ」

「今回の襲撃で幼馴染から名前が割れてるから、戸籍もバレてると思うのよ。つまりちゃんとした手順を踏んで借りた俺の部屋はとっくに押さえられてる筈なわけ。だから安心してご飯を食べれる場所がここしかないんだよ」

「ヤクザの本拠地が安心か……」

 

 呆れた目でこっちを見ながらいう治崎クン。ヤクザの親玉の癖に何を言うのかこの男は。

 

「てなわけだから、早く非合法なやり方で俺の住処を提供してくれ。比較的住みやすくてコンビニ近いとこな? ここに住んでもいいけど、エリちゃん構いまくるよ? 外連れ出しまくるし愛を与えまくるよ? 例え摘み出されてもまた戻ってきて同じことするからね?」

「クソ、性質(タチ)の悪い……お前にエリを見せるべきじゃなかった……」

「治崎クンもまだまだ若いねー! 弱みは全部隠さなきゃ!」

「クソガキの癖に……1日待て、その条件で使えるところを見つけてやる」

「やったー!」

 

 待つべきものは従順な飼い主だよね! きっと俺に対しては気が回る治崎クンのことだから、家具一式も用意してくれることだろう! くれなかったらエリちゃんを可愛がってやる! 

 

「ああ、そうそう。エリちゃんから作ってるアレ、進捗はどうだ?」

「悪くない。既に実用は可能だ」

「そっかー! 実にいいことだ!」

「……アレの扱い方に反対の割には、前々から研究には賛成派だな」

 

 怪訝そうな面で聞いてくる治崎クン。

 俺と長年仕事やっててまだこんな簡単なこともわからないなんて、ちょっと失望だなぁ。

 決まってるじゃん。

 

 

「だって、道具は役に立った方が幸せでしょ?」


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