リンネ-少女は一人、哀れに歩む-   作:影斗朔

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見知らぬ駅のホームに、一人。

 夏というのは結構な頻度で人を惑わせる力みたいなもので満ち溢れている。

 夏バテとか熱中症とかの物理的なものもあると思うけど、薄着になった異性の小麦色に焼けた地肌とか、熱に浮かされて普段より二割増しくらいにカッコいいor可愛いように見えちゃうとか、熱さから来る魔力がこれでもかと充満してるような気がする。

 

 だから身の程をわきまえずに遊び呆けている人たちは、後々意識と理性を取り戻して深く後悔することになるんだ。

 「ああ、夏だからって遊び過ぎたせいで何もできていない! 夏休みなんて人生に数少ない限られた時間なのに、無駄に過ごしてしまった!」って感じで。

 いや、(ひが)みとかじゃないけど。決して補講とか受けずに海とかプールとかで遊び耽っている友達とかが羨ましいとかじゃないけど!

 

 ……だからたぶん、今私が見ているこれもきっとそんな幻覚みたいなものなんだと思う。

 クーラーがついていないだけじゃなく風通しすら最悪な教室で、長時間勉強し続けたせいできっと頭が疲れちゃったから、こんな見たことのない駅のホームに立たされているなんて白昼夢を見ているんだ。

 

「えぇー、一番ホームにぃ電車がぁ通過します。危険ですのでぇ白線より後ろにぃお下がりください」

 

 ヤギのようにしわがれた低い声が後ろの方から聞こえてくるけど、そんなことよりマジでここはどこだろう。

 家から学校までの通学はもちろん電車だけど、この駅は私が乗車している区間のどこの駅とも違う。だって、いかにも田舎にありそうって感じの改札以外屋根すらない駅だもん。

 

「いやいや、ちょっと落ち着こう。突っ込むところはもっとスケールが大きいでしょ」

 

 テレビのチャンネルを変えるようにいきなり目の前がパッと切り替わったから、咄嗟に目についたところに突っ込んでしまったけど、それどころじゃない。ほんと、そんなちっこいことを気にしている場合じゃなかった。

 そう、そもそもここは現実の世界ではないんだから。

 

 駅の周りは建物らしきものがなくて、ひたすら夕暮れのような赤が地面に広がっている。

 空はもちろん夕日の赤だけど、太陽らしきものは見当たらない。真上に向かっていくにつれてどんどん暗さを増しているし、私の頭上なんてもう赤というよりも真っ黒な感じになっていた。

 ただ、暑さだけは現実世界と全く同じものだった。そこんとこは別に同じにしなくていい。

 

 けど、ほんとナニコレ? いまどきよく聞く"イセカイテンセイ"ってやつ? 死んだ覚えなんてないし、こんな殺風景で不気味な場所が異世界ってことある?

 なんてことをひたすらに考えているうちに、

 

「えぇー、お嬢さん。危険ですのでぇ白線より後ろにぃお下がりください」

「ぐえっ」

 

 後ろからしわがれた声の主に襟を掴まれて、思いっきり引っ張られた。

 

「ちょっと! 赤の他人に対してその態度って流石にどうなの!?」

 

 なんともみっともない、カエルが鳴いたような声が口から出ちゃったじゃん!

 しかも私は女性なんだからね! もう少し丁重に扱ってくれたっていいと思う! ……白線より前に出ちゃってたかもだけど!

 あまりにも理不尽なことをされた以上、文句の一言二言くらい言ってやろうかと振り向いて、相手の顔を覗き見る。

 そこには────()()()()()()

 

「っ!?」

 

 正確に言うなら、駅員の服装を着ている影のように真っ黒な人形が私を引きずっていた。

 ここが現実の世界じゃないってのは理解していたけど、だからってこんな得体の知れない相手に引っ張られて冷静でいられるわけもない。

 

「離して! 離しなさ、ぐえっ!?」

 

 大声をだして振り解こうとした途端、駅員の黒影は掴んでいた襟を離したらしい。

 おかげで地面に転ばされた私は、またアマガエルみたいなお世辞にも可愛くない声を口にしてしまった。

 おまけに私に興味をなくしたっぽい駅員はご覧の通り。

 

「えぇー、一番ホームにぃ電車がぁ通過します。危険ですのでぇ白線より後ろにぃお下がりください」

 

 転ばしたことを謝りもせずに、同じ言葉を繰り返して通り過ぎていった。

 何なのあいつ、気遣いとか人間らしさをカケラもなくしたロボットか何かなの?

 

「あーもう、最悪。テンション下がるわー」

 

 まあ、こんな場所に迷い込んだ時点でテンションなんてなかったようなものだけど。

 周りには手を貸してくれる誰かなんていなさそうだし、尻餅ついたままってのも癪だから右手を地面につき、立ち上がろうとして、

 

「何やってるの、シキミ。白線より内側にいたんだから怒られるのは当然でしょ?」

 

 隣の近い位置から可愛らしい猫撫で声が手を差し伸べてきた。

 なんだ、あの心なしだけじゃなくて、ちゃんと助けてくれる人もいるんじゃん。捨てたもんじゃないな、この世界。ただまあ、

 

「……あ、ありがとう……っ!?」

 

 手を差し伸べてくれた中学生っぽい学生服の女の子も、駅員と同じように地肌が影のように真っ黒で、輪郭すらぼやけているからどんな顔なのかもわからなかったんだけどね。

 まあ、親身にしてくれた相手を無碍に扱うなんてできないし? あのクソ野朗と比べて心優しいから、そこまで怖くもないし。

 そもそも、この世界では人が影法師に見えちゃうとかかもだから、遠慮なく手を借りることにした。

 

 立って並ぶと頭ひとつくらい彼女の方が小さい。私が中学一年生くらいの背丈と同じくらいだろうか。

 いやー、ほんと。見知らぬ場所に来て心細い中、気を使ってくれる人に出会えるとほっとするよねー。それが年下ならなおのことさあ。

 ……なんて和めるお気楽精神だったらどれほど良かったか。

 得体の知れない相手に自分の名前を呼ばれるなんて、怖がらない方が無理に決まってる。

 

「あなた、なんで私の名前を……?」

「あれ、そんなの当然でしょ? 考えなくてもわからない?」

「え?」

 

 女の子はわからないことがわからないとばかりに首を傾げる。かわいらしい。

 ……いやいや、そう言われてもさー。失礼だけどちょっと体を隅から隅まで眺めさせて。……うん、全くどちら様か見当がつきませんね!

 まさか、どこかで会ったことのある人だったりする? それも名前を教えるくらいに仲の良い人?

 おかしいなあ、影法師みたいな真っ黒人間に知り合いなんていないはずだけど……。

 でも、なぜか知ってる人なんだという気はする。するだけ。

 

「ま、わからなくてもいっか。ここらもじきに死んじゃうことだし」

「え? なんでそんな物騒な方向に飛躍するの?」

 

 どうってことのないようにさらりと口にしちゃってるし、下手したらどこか嬉しそうにも感じられる声だったけど、だいぶ衝撃的な発言だからね?

 そんな私の純粋な疑問も彼女にとってはどうも不思議なようで、んー? と手を組んで考えていらっしゃる。

 私にしてみたら、あなたの存在自体が摩訶不思議なんだけどさ。

 

「そうだね……。うん、シキミならそのうちわかるよ」

「投げやり! あまりにも適当すぎる!!」

 

 可愛らしさを盾に雑な考えという鈍器を勢いよくぶん回してるくらいには適当すぎる!

 ちょっとまって。この世界の人って駅員といい、この子といい、自分勝手さが強過ぎない?

 

「だって、人ってみんな自分勝手でしょ? 人を思いやることはあっても、それも自分のエゴには違いないんだし」

「ぐ、ぐうの音も出ない……」

「それに駅員さんはずっとあんな感じだよ。同じことを繰り返すばかりだから人間味がなくなっちゃってるだけ」

「そ、そう」

 

 一種の職業病というやつなのだろうか。……ああいった身勝手すぎる大人にだけはなりたくないなあ。

 

「そういうシキミもだいぶ自分勝手だよね。だから自分が望まないとたどり着けないこの世界に迷い込んじゃうんだよ?」

「…………え?」

 

 今、彼女はなんて言った? ()()()()()()()()()()()()()()()

 そうだ。あの駅員の腐った性格とかどうでもいい! 今はこの世界からの脱出方法を見つけなきゃ!

 

「ねえ、ここにたどり着く方法を知ってるのよね? だったら、ここから出る手段は何かないの!?」

「もちろんあるよ。でも、それには答えを見つけなきゃいけない」

「そんな、ざっくばらんな答えじゃなくって! もっと具体的に教えてくれない!?」

「えー」

「えー、じゃない! 早く!」

 

 彼女が人は自分勝手なものって言うのなら、私だって自分勝手に問い詰める。こんなわけのわからない場所に居続けることなんて絶対ヤだし。

 それに、ここじゃあの人に会うことなんて叶わないから。

 

「しょーがないなあ」

 

 言葉の節々にほとばしる私の熱意にようやく根負けしてくれたらしい。

 影法師のJCは渋々と言葉を発し始めて、

 

「答えというのはね、シキミの────」

 

 肝心なところに入った直後、鈍色をした急行電車がホーム内を通過した。

 

「タイミング最悪! もうちょっと大きい声で話して!!」

 

 はたして私の声は伝わったのか。……いや、伝わってないよね、これ。電車の音で彼女の声が全く聞こえないもん。

 あーもう、なんでこんなタイミングでやってくるかなあ。空気読めってーの。

 苛立ちまじりに車内を覗いてみるけど、乗客らしき人は全く見当たらないし、それなら走らせる意味はない。

 ────なんて、油断していた。

 

「………………え?」

 

 通過していく電車の中、誰一人として乗車していなさそうながらんどうな空間の中で、たった一人だけ吊革に捕まっている人がいた。

 背丈は180cmほど、短い髪に眠そうな瞳をした冴えない男性。

 だけどそのミステリアスな風貌と、時々見せる呆れたような笑みが魅力的な……私の好きな人。

 

「センセ……!?」

 

 さっきまで補講で私の相手をしてくれていた現国の先生。間違いなく彼が車内に乗っていた。

 さっき影少女が自分で望まないと来れないと言っていたこの世界に、どうしてセンセイがいるのか。

 わからない。何がなんだか、さっぱり理解が追いつかない。

 

 ……ああ、そうだ。だったら追いつけるように追いかけたらいいんだった。

 

「急かしちゃうから肝心の答えが電車に遮られちゃったね。……シキミ?」

「ごめん、私行かなきゃ……!」

「行くって、どこへ向かうの?」

「そんなの先生を追いかけるに決まってるじゃない!」

「追いかけるって言ってもね、もう終電は過ぎちゃったよ?」

「だったら歩いてでも追いかける!」

 

 電車が通り過ぎるあの時、確かにセンセイは私と目が合った。私のことに気づいてくれた。

 優しいセンセイのことだから、きっと次の停車駅で降りて私のことを待ってくれてる。

 それにこんな何者かもわからない人に頼るより、センセイの方が頼れる。頭だっていいんだしきっとこの世界からの脱出方法も知ってるはず!

 

「……そう。やっぱり、そうだよね。シキミならそっちを選択するって思ったよ」

「思わせぶりなことを言ったって無駄だよ。私はもう、センセイを追いかけるって決めたから」

 

 少女から酷く残念そうな声が投げかけられるけど、知ったこっちゃない。

 手を引いて止めてくるまでは流石にしてこないだろうとは思ったけど、どうせセンセイの後を追うんだし線路へと飛び降りた。

 幸い、さっきのが最後の電車っぽいし、線路に降り立てた以上赤い地面も実体はあるから、後ろから電車が来ても咄嗟に避けられる。

 つまり私を止められる人は誰もいない。ざまーみろ。

 

「うん、いってらっしゃい。無事に出られることを願ってるよ」

 

 ……あれ、想定外の返事が来た。

 

「止めないの? いかにも悲しそうに見えるけど」

 

 影少女はわざわざしゃがみ込んで飛び降りた私を見つめてくる。

 まあ、黒過ぎて顔のパーツがどこにあるかもわからない顔色なんて伺えないから適当だけど。

 それでも、彼女は捻くれた私の言葉を気遣いだと受け取ってくれたらしい。ありがとう、と前置き一つ、言葉を続ける。

 

「止めないわ。シキミがそう望むのなら、わたしにシキミを止める権利なんてない。それに言ったでしょ? ここはもうじき死んじゃうって」

 

 未練がありありと伝わってくるのに、彼女は死という言葉を口にしながら笑い声で私に応じた。

 そんなの、ズルい。見捨てられなくなるじゃん。

 

「だったら、あなたも一緒に……」

「それは絶対に無理。わたしの終点はここだもの」

「終点?」

「これ以上は進めない場所、と言った方がいいかな。だから、シキミは私なんかを気にせず先に進んで」

「……そう」

 

 そこまで言うなら、私は一人でセンセイを追いかけよう。

 自分勝手だと言ってまさしくその通りの行動ばかりだった彼女だけど、最後のお願いくらい叶えてあげたいし。

 

「それと何があっても、最後は必ず前を向いてね。そうじゃないと駅員さんみたいになっちゃうかもしれないから」

「え? それは絶対ヤダ」

 

 それは別にあなたのお願いじゃなくてもそうする。自分勝手だとしてもあんな大人は流石にないわ。

 

「それじゃあね、見知らぬ隣人さん」

 

 そう言って私は線路の先へと視線を移す。

 地平線まで伸びる線路はどこまで続いているのかわからないけど、永遠に途切れないことはない。

 進んでいけばそのうち最後には目的地までたどり着けるはず。

 

 そうして、私が一歩を踏み出そうとした時、少女の声が耳に届く。

 悲しみと歓喜が降り混ざった不思議な声が。

 

「うん。シキミの終点もいつか見つかるといいね」

「え?」

 

 それはどう言う意味かと問いかけようと振り返って、その言葉が彼女の最後になったと知った。

 

「駅が、消えた……」

 

 音もなく目にも見えず風すらも感じないうちに、私がさっきまで立っていた駅のホームは忽然と姿を消していた。

 これが、彼女が言っていた死なのだろうか。

 誰にも感知されないうちに、静かに消え去ってしまうことが。

 

「────進もう」

 

 そうだ、そんなことを考えるのは今じゃなくていい。

 彼女が言ってた通り、さっきまでの出来事を気にせずにただセンセイの元を目指す。

 そして、センセイと合流してこの世界から抜け出したその時に、また思い出したらいい。

 

 そう決心して、私はようやく長く苦しい道の一歩を踏み出した。

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