リンネ-少女は一人、哀れに歩む-   作:影斗朔

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さよなら、ダァリン。

 ……結果から言ってしまうと、私が迷い込んだのは単なる悪夢の世界だった。

 

「あっっっっっっづい!!」

 

 体が内側から溶け出しそうな暑さと息苦しさに跳ね起きてみると、夏真っ盛りなのに締め切った部屋で私は羽毛布団を頭からかぶっていた。

 センセイに振られたショックから記憶があやふやだけど、家に帰って一通り暴れてから手元にあった羽毛布団に八つ当たりをしているうちに疲れて寝たんだと思う。……幼稚園児かな?

 

「それにしても、あんなわけわかんない夢を見るなんて……。インフルの時に見る夢の方がまだマシだったかもしれない……」

 

 体の下に敷いていたせいで感覚がなくなっていた左手は痛いし、窓を開けても部屋の熱気はなくならないどころか夕日は眩しいしヒグラシの鳴く音がうるさいし、ほんとに散々な一日だった。

 ただまあ、

 

「……私、振られたんだよね」

 

 寝る前まで発狂してたはずなのに、口にしてみてもあまりショックはなくて、むしろ考えることが億劫になるくらいだった。

 たぶん疲れ果てて寝たことが逆によかったんだろうと思うけど……ほんの少しだけ思う。心がちょっとだけ切り替わったのかなと。

 

「単なる夢だったはずなんだけどなあ」

 

 窓枠に体を預けて迷い込んだ世界よりも全然薄い赤の空を見て私は夢に想いを馳せる。

 あの世界で感じた滲みよる恐怖や耐えがたい絶望は現実に近い気がしたけれど、それを証明する手段なんてないし、結局は自分の心の中をうろうろしていただけに過ぎない。

 

「んー……。夢かあ……」

 

 ただ、心の在り方や気持ちの持ち方はだいぶわかったような気がする。

 センセイはもう私と同じ路線を走らない。とうの昔に過ぎ去ってしまったのだから一目見ることだって不可能だし、環状線の私はセンセイの路線に入ることは許されない。

 

 だったらセンセイへ向かう終点のない環状線を崩して、新しい路線を開設しよう。

 現実の環状線だって、変化のないように思えても、走っている場所は変わらなくても、外に見える風景はどんどん変わっていくんだから、心の中だって工事できると思う。

 そうしたらいつか、あの赤い世界がどこまでも澄んだ青空に変わり、爽快な清風が吹く時が来るかもしれない。

 

「そんな日を迎えるためにも、私は大人になったんだろうなあ」

 

 誰かを愛するということ、愛を与えられず苦しむこと、それは人生という輪廻に囚われている限り決して逃れられない。

 今は絶えず二人だったころと一人になったことを思い出し続けるだろうけど、それを乗り切る日だってきっとくる。

 

「……よし、まずは謝ろう!」

 

 短い休憩程度ならまだしも、長い停滞はよくない。

 思い立ったら即行動と私はスマホを手に取る。幸い爆電は夢の中だけだったらしく、センセイへの連絡はまだ一度もしていないからちょっとだけ気が楽になった。

 

 心奥に闇を落とした行動、発言は取り返しがつかないけど、心から謝ろう。

 許されなくったっていい。それを認めて前を向いてみせる。

 何があっても最後は前を向いて歩く、そうすることでやっと先にある何かを手に入れられる。そうでしょう?

 

 いつかは終点に辿り着き、気持ちという路線を切り替えて再び終点に向けて走り出し日が来る。

 けどそれまでの間、中途半端な私の心は環状線をクルクル回り続けることだろう。あの真っ赤な世界で一人哀れに。

 

 どうやらセンセイはまだ校内にいるらしく、繋がったのは留守電サービスだった。

 これが最初で最後の挨拶になるからちゃんと口頭で伝えたかったけど、繋がらなかったなら仕方がない。

 センセイはきっと、もう一度だけなら私の声を聞いてくれるだろう。

 だから、ありったけの気持ちをふざけた口調で叩きつけた。

 

「────さよなら、ダァリン。今まで迷惑かけてごめんなさい。今日から私も大人になるよ」

 

 

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