被害報告。
久遠一久上等捜査官 殉職。
木田公子上等捜査官 殉職。
竹内憲明二等捜査官 殉職。
加藤伸次二等捜査官 殉職。
荒牧義信二等捜査官 両脚大腿部以下欠損の他、重軽傷多数。意識不明の重体。
「鈴屋辻造三等捜査官、殉職。彼の勇気ある行動を称え、二階級特進とする」
「お前、本当にそうなってもおかしくなかったんだから、少しはそこんところ自覚しときなさいよ」
「はいっ!」
「返事だけは大変よろしい……」
モグラたたきから一夜が明け、ここは1区のCCG総本部。局内のカフェテリアに二人の男がいた。
一人は色素の薄い髪をした小柄な少年で、中性的な整った容姿だが、顔や首などにいくつもの不気味な縫い痕が残されている。本人曰く、これはボディスティッチというファッションの一つである。
彼の名は鈴屋辻造。そしてその隣の席に座る大柄の男は鈴屋の
鈴屋はいちごパフェを頬張り、篠原はのんびりコーヒーを飲んでいるが、さっきまで丸一日以上ろくな睡眠もとらず現場で捜査に当たっていた。今は交替して休憩中である。
昨晩の24区捜査は予期せぬ異常事態の発生により大荒れとなった。これまでも予想を超える強力な喰種の出現により捜査官が命を落とすことは何件もあったが、今回はレベルが違う。
「新たな赫者化個体……それも完全体の発生は『骸拾い』以来か」
遭遇した清掃6班は一人を除いて全員死亡。回収されたレコーダーの映像記録や、鈴屋の証言から当時の凄惨な状況が確認された。
赫者は生まれつき有する赫包とは別にいくつものもタイプが異なる赫包を持つことがあり、普通の喰種のような明確な弱点というものは存在しない。規格外の怪物だ。
映像に一瞬だけ捉えられた敵影は、まるで深海に潜むダイオウイカだった。その巨大な肉体全てが赫子で形成された鎧である。喰種の本体はその中に包み込まれ、守られている。
その形状から識別個体名は『烏賊』と命名された。レートはSS。今後の被害拡大状況によっては最高レート
現在、烏賊は逃走中である。24区捜査は依然として継続しており、目下この喰種の行方を追っているが、影も形も捉えられずにいる。
「シノハラさん、さすがにあれをやっつけるのは今のボクのクインケでは無理というものですよ。新しいクインケください」
「今回のお前の功績が認められて正式に『サソリ1/56』の完品携帯許可が出たぞ」
「それ今使ってるヤツですよね!? あのちっこいナイフ!」
「お前が倉庫からこっそり盗み出したヤツな」
鈴屋少年が類まれなる戦闘能力を持っていることは確かだが、捜査官としてふさわしい人間性があるかと言われれば甚だ疑問が残るところだ。
今回の捜査でも与えられた命令を無視して自分の班を離れ、単独行動した後に『烏賊』と接触している。
結果的にそれが荒牧二等の命を救うことにつながり、烏賊の情報を持ち帰ることができたため今回は厳重注意で済まされていた。
「あの触手とねちょねちょを攻略するためには今の装備じゃ……絶対、エロいことになります」
「グロいことにしかならんと思うよ」
新人に持たされる汎用小型クインケでSSレートの喰種に挑むというのは狂気の沙汰だ。棒切れ一本で熊を殺せと言われた方がまだ救いがある。
SSレート討伐任務はCCGの最高戦力たる特等捜査官が数人がかりで対処することを想定している。そもそも新人が本気でこの戦いに加わろうと考えていること自体が頭おかしい。
まずそんな喰種と遭遇して生きて帰って来られたことが奇跡と言えた。その点は対策会議でも散々話し合われていた。
荒牧はもちろんのこと鈴屋についても、殺そうと思えばできたはずだ。だが、烏賊は鈴屋の登場後、まるで恐れをなしたかのように逃走している。
黒い粘液の中を泳ぐように逃げ出したかと思えば、周囲一面に広がっていたその粘液が突如として気化し始め、視界を遮る煙幕となったと言う。
遠距離から確実に弱らせた敵しか捕食対象としていない。鈴屋から不意打ちを受けた際、迷うことなく逃げの一手を取った。このことから極度に用心深く臆病な性格をした喰種ではないかと予想されている。
「ヤル気満々で来られるのも嫌だけど、こそこそ逃げ回られるのも厄介だねぇ」
「遭ってみて思った個人的な感想なんですけど」
「はいよ」
「ボクがあのイカちゃんを見つけたときは、なんか食事に夢中って感じだったんですよ。これオイシー! ハッピー! みたいな?」
「まあ、喰種ってそういうとこあるよね」
「もしかしたら人間食べたの初めてだったんじゃないかなって」
鈴屋は気配を消していたので接近しても気づかれなかった。だが、ナイフを目に食らってもまだ眼中にない様子だったのだ。よほど食事がお気に召したのか、味わうように少しずつ食べているようだった。
喰種の舌は人間の肉を最高の美味として捉えるようにできている。まさか生まれてこの方、人間を食べたことのない喰種がいるとは考えにくい。しかし、あながち鈴屋の見解は否定しきれないところがあった。
この喰種がどこからやってきたのかという疑問は他の捜査官たちも一様に感じている。これほど強大な喰種がノーマークのまま、どのようにして成長していたというのか。
捜査記録に残されている『24区の王』というワードから、この喰種の出自が地下深くにあったのではないかという仮説もあがっている。地下から上層に登るその過程で共食いを繰り返し、赫者化するに至ったのではないかと。
「もしそうだとすれば、奴はこれで人間の味を知ったことになる。気合入れてかからんとね」
烏賊が発見されれば特等捜査官である篠原も前線に立つことになるだろう。試作段階だが、対赫者戦を見据えて開発された新兵器を渡されている。
赫子に対抗するため赫子で作られたクインケが生み出されたように、赫者に対して有効な武器とは『赫者』である。クインケの開発技術は新たな時代を迎えようとしていた。
* * *
「はぁ……どうすりゃいいんだ……」
穏やかな午後の一幕。晴れ渡る空に似つかわしくない雰囲気を醸し出しながら男が一人歩いていた。
彼の名は万丈数壱。鍛え上げられた屈強な肉体は体脂肪率10%。しかし喧嘩の勝率2%。痛いのと虫が苦手な24歳だ。
一見してごく普通のチンピラだが、彼の正体は喰種である。赫眼や赫子を発現しなければ喰種も人間も見た目は変わらない。多くの喰種は人間に成りすましながら生活している。
「どうすれば……どうすればリゼさんに振り向いてもらえるんだ……」
そして喰種も人間と同じく恋をする。万丈は最近この11区にやってきた新参の女喰種、神代リゼに首ったけだった。
最初は憧れに近い感情だったのかもしれない。リゼはとんでもなく強い喰種だった。他を寄せ付けない圧倒的な強さに惹かれていた。
喰種の中には大人になってもうまく赫子を出せない者がたまにいる。万丈もその一人だ。だから必死に強さを求めて体を鍛えてはいたが、喰種の強さとはやはり赫子あってのものである。
リゼの強さと美しさ、そして周りに縛られない自由奔放な生き様は万丈の目に輝いて見えた。そんな尊敬や憧れが恋慕の情に結び付くまでそう時間はかからなかった。
ただ、万丈以外の喰種から見るとリゼは自分勝手に他人の縄張りを踏み荒らして迷惑も考えず手あたり次第に人間を食い散らかす厄介者である。そんなリゼさんも素敵に見える万丈の目は曇っていた。恋は盲目である。
「ミャ~ン! ミャ~ン!」
いかにしてリゼのハートを射止めるか、考えを巡らせながら歩いていた万丈は公園の茂みの方から猫の鳴き声がしていることに気づく。
「猫か。リゼさんは猫、好きだろうか」
脳内で猫とたわむれるリゼの姿を想像した万丈はこれだ!と閃いたような顔をして茂みの方へと向かう。
そして植木をかき分けて声のする場所にたどり着いた万丈が見たものは猫ではなかった。
「うおっ、お前は……!」
そこにいたのは一人の子供だった。学校の女子生徒のような格好をしているが、何より目に留まるのは顔につけたマスクだろう。
溶接作業時に使うような顔全体を覆う金属製マスクである。明らかに普段着のお供にチョイ足しするようなおしゃれではない。
すぐに万丈は彼女が喰種だと察した。マスクは喰種にとって特別な意味を持つからだ。
人間社会に紛れて生きる喰種は気軽に力をひけらかすことはできない。狩りの際は素性を隠すためにマスクをつけるのが一般的だ。
それは単に顔を隠せればいいというものではなく、喰種としての誇りやアイデンティティを表す装身具でもある。一つの文化と言っていい。
だから各々が個性的なデザインのマスクを用意したり、逆に所属を明確に表すため団体ごとに同じデザインのマスクを使うこともある。
だが、マスクの使い時はやむを得ず喰種として戦う時のみだ。人目に付く場所でこんな格好をしていれば自分は喰種ですと宣伝しているようなものである。
こんなところを
万丈は念のため同胞かどうかにおいを確かめてみたところ、喰種特有の体臭を感じた。何やら色々なにおいが混じっている気がしたが、おそらく喰種だろうと断定する。
「何やってんだ。そんな格好して」
「ミャ~ン!」
よく見れば少女は手の中に何かを持っているようだった。それは一杯のイカだった。
「なぜイカを……?」
それはこの近くの鮮魚店で売られていたイカだった。商店街を歩いていた少女はその光景を見て凄まじいショックを受ける。思わず店主の目を盗み、イカをかっさらって来たのであった。
「もしかして、ペットか? 飼ってたイカが死んじまったのか?」
イカを手に泣きじゃくる少女という光景を見て、それ以外に考えようがなかった。
「確かに、仲間の死ってのは悲しいもんだぜ。だが、いつまでも泣いてるわけにはいかねぇ」
喰種はいつ捜査官の手によって屠られるとも知れない生活を送っている。昨日まで元気にしていた知り合いが次の日には惨殺されているような世界を生きている。
それをペットのイカと同列に扱うのもひどい話だが、少女にしてみれば涙を流して悲しむほど辛い別れであったに違いないと万丈は同情した。
「よし、俺が墓を作ってやるよ」
見た目はチンピラだが万丈は心優しい兄貴肌の喰種である。その人柄から強さを抜きに彼を慕う喰種も何人かいる。
喰種の腕力でざくざく穴を掘った万丈は、公園の片隅にイカを埋葬した。東京湾で漁師さんが獲ったイカは11区の大地に包まれ安らかに弔われた。
万丈は墓の前で手を合わせ、黙祷をささげる。人を殺して食う血も涙もない鬼だと世間から思われている喰種だが、命を尊ぶ感情がないわけではない。
人間だって牛や豚を殺して食う。生き物は他の生き物を殺しながら生きている。喰種の場合はそれが人間であり、自分の意思でそれ以外の食べ物を選んで食べることができなかった。
喰種は多かれ少なかれ自らの食性に悩み、葛藤しながら生きている。人を殺すことをためらい、自殺者の死体を探し回って食べる者もいる。
この少女も、イカちゃんもまたそうだった。地底からの脱出は容易ではなく、何カ月もの時間がかかった。その道中で多くの喰種を食らった。
それ以外に食べ物がなかったからだ。喰種の飢えは堪えがたい苦しみを伴い、凶暴化して人格が豹変する。
空腹の限界に達したイカちゃんは我を忘れるほどの暴走状態となり、『イカ化』して地下道をさまよった。幸か不幸か、肉を求めて研ぎ澄まされた感覚がパンくずをたどるように地上への正しい道順を教えてくれた。
このとき半喰種となっていた彼女は通常のインクリングとは肉体の作りが変化していた。インクリングならばできて当たり前のイカ化が正常にできなくなり、異常発達した
正気を失っていたイカちゃんだが、彼女自身その暴走に身をゆだねていたところがあった。全てはこの薄暗い地底を抜け出すまでの辛抱だと自分に言い聞かせていた。
地上に出さえすれば、そこには自分のよく知るハイカラシティの日常が待っていると信じていた。何の確証もない予想でしかないが、そう信じることしかできなかった。
そして、ついに地上に至る。そこは地底から続く延長線上の世界でしかないことを知る。この現代にインクリングという生物は存在しない。
そのショックは計り知れなかった。生きる目的を見失いかけていた。もし喰種捜査官に見つかっていれば無抵抗のまま捕縛され、
しかし、イカちゃんは捜査官よりも先に喰種と出会う。作業を終えた万丈は墓前で手を合わせていた。彼の言動の意味はイカちゃんにとって理解できない部分がほとんどだ。しかし、伝わるものは確かにあった。
「お、ようやく泣き止んだみたいだな。お前この辺りじゃ見ない子供だが、どっから来たんだ?」
万丈は話しかけたが、イカ語しか話せないイカちゃんとは会話にならなかった。
「もしかしてお前、外国人か? すまんが俺は学校出てなくてな……エーゴはわからねぇんだ」
喰種はまともな戸籍を持っていない者が多く、学校に通えないことの方が普通だった。日本語からして、万丈は自分の名前しか書けない。
「リゼさんなら頭が良いからエーゴが話せるかもしれねぇ……って、お前なんだその体!? よく見りゃぐにゃぐにゃじゃねぇか!」
インクリングには骨がない。全身ぷにゃぷにゃの軟体生物である。
「これは……エイヨウシッチョーだな。俺も子供の頃は肉だけじゃなくちゃんと骨まで食えと怒られたぜ。たぶん骨を食えば治るはずだ。……たぶんな……」
かわいそうにろくな飯を食べていなかったのだろうと思い込んだ万丈は、この身元不明の子供喰種をとりあえず保護することにした。イカちゃんは万丈に手を引かれるまま、その後をついて行った。
万丈「俺の名前は万丈数壱だ。さあ、俺に続いて言ってみろ。バンジョウ!」
イカ「ハニャ? パンチョイミ?」
万丈「ちげーぜ! バンジョウ! バ!」
イカ「ピャ!」
万丈「ン!」
イカ「ンニュ!」
万丈「ジョ!」
イカ「チョ!」
万丈「ウ!」
イカ「ンニュ!」
万丈「バンジョウ!」
??「ムッシュ・バンジョイ!」
万丈「どちら様だァ!?」