東京イカちゃん【トーキョーガール】   作:放出系能力者

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もしも公園で泣いているイカちゃんが万丈以外に保護されていたら……


トーカの場合
「ニャーニャーうっさいんだよ!」ナデナデ♥

ヨモさんの場合
「……………」ナデナデ♥

真戸呉緒の場合
「お前はいい材料になりそうだ」ナデナデ♥

亜門鋼太郎の場合
「いいんだな!? 喰種でいいんだな!?」ナデナデ♥





投入イカちゃん

 

 喰種には喰種の掟がある。欲望のままに人を殺して食らっていては、いずれ捜査官に目を付けられ殺される。警戒態勢が敷かれれば、その地域に住む全ての喰種が危険にさらされてしまう。

 

 適度な殺人頻度、食料の分配、狩場の管理。互いに助け合いながら生きていく上で必要なルールは存在する。

 

 1区から3区などはこのルールが緩く、弱い喰種は基本的に住むこともままならない弱肉強食の地域だ。それに比べればここ11区は規則こそ多いがそれなりに安全な地域である。

 

 11区を治めるリーダーはハギという名の喰種で、顔に大きな傷跡のある男だ。その傷を隠すようにフードを真深にかぶっていた。

 

「では今月の定例会を始める」

 

 ハギの招集を受けてこの地区の班長たちが集まっていた。その人数は全部で7人だ。その中には万丈の姿もあった。

 

 そしてリゼもこの場に呼び出されている。彼女はどこの班にも属せず、一匹狼を貫いていた。ハギは開口一番、リゼを問い詰める。

 

「リゼ、このひと月で何人喰った?」

 

「さあ、いくつだったかしら」

 

 リゼは目に余る大喰いだった。今月に入り、発覚しているだけでも4人。彼女による仕業と疑われる殺人は11件にも及んでいた。

 

 喰種の食事は本来、月に一人程度で事足りるものだ。リゼの食事は明らかに度を越えている。

 

 さらに悪びれる様子もなく他の喰種たちの『喰場』を荒らし、殺人現場の後片付けまでやらせている。いくつもの規則を平気で破っていた。

 

 この調子で食事が続けば捜査官が本腰を入れてくるのも時間の問題だった。そうなれば、他の喰種はさらに狩りがしにくくなる。

 

「新参者とはいえ、ここにはここのルールがある。守れないようなら他所へ行け」

 

「……ごめんなさい」

 

 リゼは表面上は反省しているように装っているが、ハギは全く彼女を信用していなかった。

 

 しかし、リゼの喰種としての強さは侮れないものがある。有事の際の戦力として手元に置いておきたいと思う一方で、懐柔できないようなら追放もやむ無しと考えていた。

 

「ハギさん、神代もまだここでの暮らしに慣れてないんスよ。幸い、まだ捜査官も動き出してないみたいだし、そこまで追い詰めなくても……」

 

 万丈がリゼをフォローするが、それによって議題の矛先は彼へと向けられる。

 

「万丈、最近お前が得体の知れない生きモンを飼い始めたと噂になってるぞ。喰種でも人間でもない何かを」

 

「いや、イカ子は悪い奴じゃ……」

 

「研究所から逃げ出したCCGの実験体とかいう話も聞く。とにかく今はリゼのせいで11区全体が危うい状況にある。目立つ行動は控えろ」

 

「す、すんません」

 

 CCGの喰種収容所に一度捕まった囚人が脱走できるはずはないので、根も葉もない噂であることは明白なのだが、そんな噂が立つほど怪しげに思われているということだろう。

 

 普段のハギならここまで重箱の隅を突くような注意をしてくることはないのだが、リゼの件で相当に気が立っているようだった。居心地の悪い雰囲気の中、会合は進行した。

 

 

 * * *

 

 

「万丈さん、帰り遅いね」

 

「リゼさんのとこに寄ってるんでしょ」

 

 ところ変わってここは万丈一味のアジトである。と言っても、住人が喰種である点を除けば至って普通のボロい借家である。

 

 一応はこの区の喰種まとめ役の一人である万丈のもとには、現在4人の子分がいた。イチミ、ジロ、サンテ、そしてイカ子の4名である。

 

 身寄りのないイカちゃんはあれから正式に万丈が引き取ることに決まった。仮の名前として万丈が『イカ子』と命名する。本人はともかく周囲からあんまりなネーミングセンスだと不評を集めたが、使われているうちに慣れたのか今ではすっかり定着している。

 

 相変わらず言葉は通じない。人間や喰種と、インクリングの発声器官の構造はかなり異なっているため、同じように発音することからして困難だった。

 

 しかし、身振り手振りや表情である程度のコミュニケーションは取れた。イカちゃんは洗濯と風呂に入ること以外は素直に皆の言うことを聞いていた。

 

 インクに潜るのならともかく、インクリングには好んで全身を真水に浸す習慣がない。風呂嫌いの猫のごとく逃げるイカちゃんをジロたちは捕まえようとしたが、ぬるぬる滑って捕獲できない。猫と言うよりはウナギだった。

 

 洗濯も駄目だ。(ギア)に染み込んだ体液が洗い流されると強化効果(ギアパワー)まで落ちてしまう。インクリングはお気に入りのギアほどクリーニングはしないものだ。だからずっと同じ服を着ていた。

 

 イカちゃんはその二つを除けば基本的に良い子である。今日も、他の三人と一緒に内職に励んでいる。

 

「今月の『在区費』もギリギリだったね……」

 

 11区には数々のルールがある。『他人の喰場を荒らさない』『ひと月に狩る人間の数はひとりまで』『喰場に喰種の痕跡を残さない』と色々だが、これらは他の区でも当たり前に敷かれている規則である。

 

 食事に気を遣うことは仕方がないが、この区にはそれ以外に重くのしかかるルールがあった。それが月の終わりに支払う『在区費』の存在だ。

 

 この区に住む喰種には一人当たり4万円、年48万円の支払い義務がある。これを多いと見るか、適切な額と見るかは立場によって異なるだろう。

 

 人間社会に潜む以上、喰種も経済活動と無縁ではいられない。身分証明、各種身体検査の偽装や殺人現場の証拠隠滅など、潜むからこそ必要となる経費は多額に上る。

 

 11区リーダーであるハギは慈善事業でこの区の管理を背負い込んでいるわけではなかった。徴収する在区費には必要最低限の経費に加えてもしもの時のプール金や彼個人の報酬も含まれている。

 

「まあ、リーダーの仕事もタダ働きじゃ大変だろうから仕方ないんだろうけどさ……経費の内訳がどうなってるのか教えてくれないところが、なんかね……」

 

 今はみんなで内職をやっている最中だった。真っ新な身分のある喰種が引き受けた仕事をさらに下請けする形で回してもらっている。

 

 小学校にも通っていないような喰種が働ける職場は限られていた。まず戸籍を持っていなければ申し込むことすらできない。必要書類に履歴書だけでなく喰種検査の診断書の同封が義務づけられている世の中だ。

 

 在区費の負担だけではなく、家賃や水道光熱費、食費も捻出しなければならない。人間だけしか食べられないので食費はかからない、というわけにはいかないのだ。

 

 普通の人間が生活しているように“見せかける”必要があった。喰種であると周辺住民に疑われるわけにはいかないのだ。出す必要のない家庭ゴミをわざわざ作って偽装工作もしなければならない。

 

 現在、万丈一味の全員分の在区費は月20万にもなる。イカちゃんが増えたことでさらに負担も増した。その大部分は万丈が工事現場の仕事で稼いでいる。

 

 そこの土建業の社長が喰種らしく、そのコネで雇ってもらえたようだ。このように喰種が事業主をやっている店や中小企業も存在するが、だからと言って安全に働けるとも限らない。摘発されれば芋づる式に職場の喰種が調べ上げられてしまう。

 

 多くの仕事は人と人とのつながりの上に成り立っている。1円でも金を稼ぐことは常にリスクと隣り合わせだ。

 

 喰種の中には人殺しのついでに家に上がり込み、金品を強盗していく者もいる。そちらの方が多数だろう。仕事をして稼ごうとするよりは遥かに楽に金が手に入る。

 

 だが、中には食事以外の目的で殺しをすべきではないと心に決めている喰種もいる。万丈もその一人だった。殺人という大罪を犯しながら何をいまさら躊躇するのかと笑われようと、心のどこかに線引きは必要だった。

 

 「このくらい許されるだろう」と、どこまでも妥協してしまえば、どこまでも深い悪へと際限なく落ちてしまう。他人から見れば滑稽だろうと守るべき基準を持たなくてはならない。

 

 その考えを他の皆も受け入れていた。だからこうしてみんなでちまちま内職の造花を作る作業も決して無駄ではないのだ。

 

「だあー! 目がしぱしぱしてきた……休憩しよう」

 

「もー、今日のノルマ終わらねぇって。ほらイカちゃんもまだ頑張ってるよ」

 

 イカちゃんは造花作りに集中していた。お嬢様だったイカちゃんだが、実はバイトの経験がある。漁船に乗って大量のシャケをシバキ回す過酷な肉体労働をハードスケジュールでこなしていた時期もあった。

 

 ただし、集中するときはひたすら集中するが、飽きたらすぐ寝てしまうのでいつも真面目というわけではない。そのあたりは一般的なインクリングと同じく熱しやすく冷めやすい性格をしている。

 

 休憩を訴えたジロはイカちゃんを抱き寄せて畳の上に寝転がる。まだその状態になっても造花を手放さないイカちゃんのほっぺにジロは頬ずりしている。

 

「あ゛ぁ゛~、このひんやりもちもち触感、癒される~」

 

「お前なぁ、ちょっと……そこ代われや」

 

「だめです。男子はおさわり禁止です。ねー、イカちゃん」

 

「マンメンミ」

 

 今でこそイカちゃんは万丈一味のペット的なポジションになりつつあるが、もともと万丈の傘下にいた三人組は当初、この奇妙な新入りに戸惑いを隠せなかった。とりあえず見た目は可愛くはあるが、喰種なのかどうかもわからない謎の生物である。

 

 しかし、万丈が連れて来た子なら大丈夫だろうという彼に対する信頼によってイカちゃんは受け入れられた。最初こそぎこちないやり取りしかできなかったが、今では万丈一味の一員として馴染んでいる。

 

「……しっ、誰か来たぞ」

 

 ジロたちがじゃれ合っていたそのとき、サンテが家に近づいてくる足音を聞き取った。喰種の感覚は総じて人間よりも鋭い。

 

 主に嗅覚が発達しており、個体差は大きいがその他の感覚に関しても鋭敏である。万丈の足音であればサンテがこのような注意を促す言い方はしない。

 

 それまでの緩んだ空気が一変し、イカちゃんを除く誰もがいつでも逃げ出せるように態勢を整えていた。常に人の目を警戒しながら生きる習慣が幼いころから染みついている彼らにとっては、もはや苦にも感じない反応だった。

 

 日中、この家を訪れてくる人間はあまりいない。いつものように居留守を決め込んでいると玄関の戸を叩く物音が聞こえてきた。

 

「おい、俺だ。落井だ。いるんだろ?」

 

 それは知った声だった。どうするかと三人組は顔を見合わせた後、イチミが玄関に向かう。

 

「……どうしたんスか、落井さん」

 

「ちょっと話があってな。邪魔するぜ」

 

 無遠慮に上がり込んできた男は、頭の禿げた中年喰種だった。汗ばんだランニングシャツ姿で清潔感はない。知り合いではあるがそれほど付き合いもない男だった。

 

 落井は1年ほど前に11区にやってきた。一時は万丈が世話を焼いていたのだが、そりが合わず別の班に移っていた。

 

 年上という理由だけですぐに偉そうにするし、働く気がまるでない。鬱屈した表情を隠そうともしない辛気臭い喰種だった。

 

 正直、関わり合いになりたくはなかったが、用件を聞かずに追い返すこともできない。居間に通してイチミとサンテが応対した。イカちゃんとジロは奥の部屋に控えている。

 

「実はな……俺はこの区を出て行こうと思ってる」

 

「はぁ……」

 

 別に珍しい話ではなかった。ハギのスタンスは来る者拒まず、去る者追わずだ。喰種が出て行けば在区費の収入は減るが、その分管理もしやすくなり区全体の食い扶持も増える。そんな管理体制が見え透いており、暮らしにくく感じている喰種は少なくなかった。

 

「別に在区費が払えなくなったわけじゃない。だが、ハギのやり方が気に食わねぇ。あいつは俺たちから集めた金で私腹を肥やして豪遊してるらしい」

 

 真偽のほどはともかくそういう噂を聞くことはあった。だが、誰もハギに逆らうことはできない。区のリーダーを任されるということは相応の強さを持つ喰種である。文句があるなら出ていくしかなかった。

 

「反吐が出るぜ。これが許せるか? お前らもそう思うだろ? 他の区の方がまだマシだ。俺は色々な区をまたいで来たからわかる。どうだ、俺と一緒にここを出て行かないか?」

  

 ハギの支配は確かに住みにくく感じるところはあるが、裏を返せば統治が行き届いている証でもある。リーダーがまともに機能していない区では喰種同士の衝突も横行し、ひどいところでは共食いまで発生することがあるという。

 

 規律がなければ喰種たちは縄張りである喰場の奪い合いを必ず起こす。それを調整するためにはトップに立ち、まとめ上げるリーダーは必要なのだ。捜査官たちの目を盗み、時には対抗措置を講じる手腕も求められる難しい立場だ。

 

 それを考えればまだ11区は、金さえ払えるなら弱い喰種でも安定して住むことができる地域である。

 

「すみませんが、俺らは万丈さんの子分なのでついて行くことはできません」

 

 11区の現状は別としても、落井の提案に乗る気はさらさらなかった。なぜわざわざこんな話をしに来たのか、落井の真意もわからない。何か裏があるような気がしてならなかった。

 

「ふん……万丈か。聞いた話じゃ、赫子も出せない“出来損ない”らしいな。まあ、そんな雑魚に付き従ってる時点でお前たちの程度も知れる。弱者は搾取されながらみじめに生きるしかないな」

 

「今、なんつったテメェ」

 

 イチミが怒りの声をあげた。自分たちが馬鹿にされるだけなら我慢できるが、万丈に対する侮辱は看過できなかった。

 

「なんだこの程度でキレるのか……最近の若者はまったく……」

 

「喧嘩売りに来たんなら最初からそう言えや、ハゲ」

 

「ハゲッ!? 俺はハゲてねぇ! ちょっと薄毛なだけだ!」

 

 激昂した落井はいきなり赫子を形成し、有無を言わさずイチミたちに叩きつけてきた。

 

「ぐぅっ! マジでドンパチやらかす気かよ……!」

 

 イチミとサンテは赫子を使って横殴りの一撃を何とか防御する。万丈と違い、彼らは赫子を使うことができた。戦闘力は普通に万丈より上だ。

 

「ほう、少しはやるようだな。だが所詮は世間知らずのガキだ。よく聞け、この世の全てには周期(サイクル)がある」

 

「な、なにを言っている」

 

「Rc細胞が『形成期』『定着期』『崩壊期』という周期を繰り返すことで力を発揮するように、全ての細胞に周期は存在する」

 

 それまでのうらぶれた中年男の様子は一変していた。竜の尾のように鋭い鱗で覆われた赫子を操るその姿には、戦士の風格が宿っていた。

 

「全ての細胞、つまりそれは……毛髪についても言えることだ」

 

 頭髪の数は一般的に10万本にも及ぶとされ、健康体でも一日のうちに100本近い数の毛が抜け落ちている。多いように感じるが、気づかないだけで抜けているのだ。

 

 抜けてはいるがそれ以上に他の髪が伸びてもいるため、頭髪全体の毛量は一定に保たれている。このように体毛には生え始めてから抜けるまでの周期が存在する。

 

 成長期、退行期、休止期を経て髪は毛根から抜け落ち、また新たに成長期を迎えた髪が生えてくる。しかし男性の場合、加齢とともに男性ホルモンの影響によってこの周期がどんどん短縮されてしまう。

 

 そのため髪が伸び始めた頃には休止期を迎えてしまい、毛が育ち切らないうちに抜け落ちてしまうのである。これが薄毛の原因である。

 

「ここまで話せばお前たちにもわかるだろう。つまり、俺の毛根はまだ死んではいない」

 

 単に周期が早まっているだけだ。髪が全く生えなくなったわけではない。まだ落井の頭には可能性が残されている。

 

「こいつ……まだ髪の話してる!」

 

「どうでもいいわ! このハゲが!」

 

 真剣に聞くべき話ではなかったことに気づいたイチミたち。浴びせられる罵声に落井の怒りは頂点に達した。

 

「一度ならず二度までも俺をハゲ呼ばわりしたな……許さねぇ……絶対許さねぇ……!」

 

 血走る赫眼を見開いて落井は赫子を繰り出した。イチミは逃げることなくあえて突撃することで威力が乗る前に敵の攻撃を封じにかかる。

 

「ぜつ!」

 

 腰のあたりから形成された落井の赫子。そのタイプは『鱗赫』である。その鱗は破壊力を最大限に引き出す構造を取り、一撃の威力に重きを置く。

 

 受け止めたイチミの赫子はヤスリに削り取られるように破損していた。しかし、落井の攻撃の手は止まる。サンテはその好機を見逃さなかった。

 

「ゆる!」

 

 隙を突いて振るわれたサンテの赫子だったが、それは落井の“二本目”の赫子で防がれた。複数の赫子を形成できる喰種もしばしば存在する。

 

 だが、そこで廊下の影に潜んでいたジロが飛び出した。戦闘が始まった当初から攻撃の機をうかがっていたのだ。

 

「あま!」

 

 そのジロの不意打ちも落井には通用しなかった。もとより敵が三人組での連携を得意とすることは知った上でここに来ている。

 

 落井は自分の赫子を支えにして宙に身をひるがえし、ジロの赫子をかわす。その俊敏な動きは明らかに戦い慣れた者の身のこなしだった。

 

 空中で体を回転させた落井は、まるで竜巻のように二本の赫子を振り回した。螺旋状の破壊痕が部屋中に刻まれていく。その渦中にいる三人組もただではすまず、弾き飛ばされる。

 

「家壊すんじゃねーよ!」

  

「こいつ意外に強いぞ!?」

 

「俺の武勇伝は散々聞かせてやっただろう。嘘だと思っていたのか?」

 

 落井はかつて捜査官とも戦った経験を持つ凶悪な喰種だった。『ポテトマッシャー』の異名を持ち、Aレートに指定されている。三人組が相手にするには少し厳しい敵だった。

 

「最初に俺が言った、この区を出ていくって話も本当だぜ。だがよ、今ちょっと金がなくてなぁ。パチンコですっちまったんだ。引っ越しするにも先立つモンが何かと要るだろ? この意味、わかるか?」

 

「……まさか、金が目的でここに来たのか?」

 

「今は大食い女のせいで人間を襲いにくい。警察連中が嗅ぎまわってるからな。だが、お前たちなら警察沙汰を心配する必要はない」

 

 喰種がCCGともつながりのある警察に被害届を出すわけにはいかない。強盗されたところで泣き寝入りするしかないだろう。

 

「おとなしく金を出せばさっきの暴言については水に流してやる。拒めばどうなるか、わかってるな?」

 

「……」

 

 落井は万丈一味があくせく働いていることを知っていた。彼らがたんまり貯蓄しているものとばかり思っている。ついでに言えばハゲ呼ばわりしたことを許す気は毛頭なく、金の在り処を吐かせた後は全員始末するつもりだった。

 

 実際は貯金などろくにない。戦闘が避けられないことは火を見るよりも明らかだった。三人組は顔を見合わせる。

 

 確かに一人一人の力では落井に及ばないが、彼らの強みは三人そろっての連携にある。万丈に留守を任された身として引き下がるわけにはいかなかった。

 

「いくぞ!」

「おう!」

「うん!」

「ハニャ!」

 

 返事がいつもより一人分多かった。ジロが奥に隠していたイカちゃんが出てきてしまったのだ。

 

「イカちゃん!?」

 

 何となく落井が敵であることはイカちゃんにもわかる。その小さな手からサッカーボール大の物体が投げ放たれた。

 

「なんだこりゃ」

 

 それは丸っこいフォルムをした緑色のロボットだった。ヒヨコのようにとてとてと歩き、落井の方へ近づいていく。ナワバリバトルにおける混戦時の強い味方、サブウェポンだ。

 

 イカたちが使うブキには『メイン』と『サブ』の構成が決められている。イカちゃんが使っている『ハイドラント』であれば、セットされているサブウェポンは『ロボットボム』だ。通称『ロボム』。

 

 手投げ爆弾の一種と考えてよい。着地点から一定範囲内に存在する敵の位置を察知し、地上を歩行して自動追尾した後、爆発する。

 

 言葉で説明するとすごそうだが、他に優秀な性能を持つボム系サブが多く存在するため、いまいちぱっとしない扱いを受けている。

 

 落井はよちよちと向かって来るロボムを赫子で叩き潰した。赫子の防御すら削り取る鱗赫の一撃を受けたロボムは床にめり込む。しかし、破壊したかに思われたその物体は傷一つない状態のまま起き上がった。

 

「な、なんだこの硬さは……」

 

 落井の脳裏にある噂が思い浮かぶ。赫子の扱いに長けた喰種の中には、赫子を肉体から分離した状態で操る者がいるという。

 

 分離型の赫子は決められた命令通りに行動する。これを使って強力な罠を張り巡らせる喰種もいると聞く。

 

 まさか目の前の物体がそれではないかと警戒を高めたが、既に遅かった。ロボムの目に位置するランプが赤く光り始め、それまでの鈍さが嘘に思えるほど俊敏な動きで落井に急接近していく。

 

 もともとのロボムの性能であればこれほど素早く動くことはできない。心なしか、そのセンサーランプの赤い輝きは喰種の赫眼を彷彿とさせた。

 

 半喰種化したイカちゃんの変化に影響を受けたのか、ブキやサブの性能も大きく変更されていた。通常であればあり得ないほど殺傷能力が高められている。ブキの構成情報に組み込まれた安全装置が完全に破壊されていた。

 

 その機械的なロボムの形状は喰種特有の赫子というより捜査官が使うクインケに近いフォルムをしていた。無意識の内に、落井は過去に戦った捜査官の記憶がよみがえり恐怖に囚われる。

 

「ひぃっ、く、くるな――」

 

 制止の声に応えるはずもない。ロボムは落井の懐に飛び込むと同時に爆発した。落井の体は手足の末端を残して木っ端微塵に破壊されていた。

 

 疑う余地もなく即死。ペースト状にされた肉片が黒墨のインクと混ざりあって爆散し、壁や床を破壊しながら死を彩るアートを描きあげていた。

 

「ス、スゲェ……イカちゃん、スゲェけど……い、家が……」

 

 家は万丈がこの後滅茶苦茶修繕した。

 

 






シアーハートロボッムに『弱点』はない……


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