TS転生幼女、精霊の大地にて躍進す   作:まほさん

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第十九話 クロエ

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 家の場所は聞いたものの、いきなり見知らぬお宅訪問は敷居が高い。

 

 ヘスから勧められてクロエと話しに来たといきなり告げて、なんだそれはと言われて追い返されないだろうか。雷は余所者だし、関わり合いになりたくないと厄介がられてもおかしくない。

 不安を抱えながら、家の扉をノックする。

 

(緊張するな。まずマリィシアに話をとおしたほうが良かったか?)

 

 彼女になにか頼みごとをすると返礼が必要そうだと横着し、真っ直ぐにクロエの家にきてしまった。

 衣服の礼もしたいし、多少の面倒ごとを頼まれてもマリィシアに仲介を頼めばよかったと雷は今更になって後悔していた。

 しかし、もうノックまでしておいて後戻りはできない。

 扉の向こうから足音が聞こえ、すぐそこにひとの気配があった。

 

「はあい。だあれ? あら?」

 

 木製のドアを開けたのは、尖った耳が特徴的な少女だった。

 星を糸にしたような白金の髪をボブカットにしていて、二重瞼の目はキリッとしていて意思が強そうだった。白い肌は輝かんばかりに健康的で、生き生きとしている。それでいて、十代前半の少女特有の瑞々しい色香を仄かにかぐわせていた。

 

 彼女は村の子供たちのような継ぎ接ぎではなく、飛び抜けて垢抜けた格好をしている。緑を基調にして仕立てられた動き易そうな衣服で、少年のような腿丈のパンツルックに黒いタイツを合わせている。革のブーツも実用性だけでなく見た目にも拘って作られた可愛らしいものだ。

 その衣服は少女の存在感を更に際立たせ、ため息をつくような美しさに仕上げている。

 

(村の住人がモブなら、この子は名前ありのキャラクターみたいな存在感の違いが)

 

 生きている人をモブ扱いは酷いとおもうが、それくらい生き物としての輝きに差があった。雷などそこそこ見れる容姿をしているが、目の前の少女に比べれば木っ端に等しい。

 

 遠目には見たことはあったが、こうやって間近にエルフと会うのは初めてだった。

 視界に及ぼす暴力は、想像していた以上。圧倒してくる生命力をたたえたその碧眼に見つめられるだけで、雷は意識が飛びそうになる。

 

「あ、おは」

 

 雷は初対面の緊張を吹き飛ばしてくる美貌に気圧されながらも、なんとか挨拶をしようとした。

 

 なぜか少女は雷の顔を見るなり、来るのはわかっていたとでもいうようにしたり顔でうんうんとうなずく。

 こちらの挨拶が終わるのを待たず、彼女は一気にまくしたててくる。

 

「はじめまして。クロエよ。見てのとおり、美少女よ!」

 

 もみあげ部分にかかっている髪を、少女はわざとらしい仕草でかきあげた。

 

「あなたのことはうわさには聞いていたわ、このわたしにちゃんとあいさつにくるなんて、わかっているみたいね」

 

(なにを?)

 

「あ、はい。はじめまして、雷です」

 

 よくわからないまま頷いてしまった。

 

「わたしは、美少女!」

 

「あ、はい。そうですね」

 

「わたし、美少女っ!」

 

「とってもおきれいですね」

 

「せっかくわたしに会いにきてくれたんだもの。どうぞいらっしゃい、家にあがっていって。おしゃべりしましょうよ」

 

 少女は快く雷を歓迎して、手招いてくれた。

 

「お邪魔します」

 正直なところ今すぐ帰りたかった。

 滞りなく家に招きいれられたが、雷は腑に落ちない。

 

(これ、ちょっと変わっているっていうレベルですむか?)

 

 ヘスの足りなすぎる説明に物申したい雷だった。

 

「どうしたの。変な顔しちゃって。まあ、わたしが美少女だから気後するのは仕方がないとして」

 

「そうですね」

 

「安心して、あなたもとっても綺麗でかわいいわよ」

 

(見た目を褒められても嬉しくないんだよな)

 

「ありがとうございます」

 

 雷はクロエからの賞賛に、無表情で礼を告げた。

 

 雷は家のダイニングテーブルに案内される。

 家自体は村長宅よりもこじんまりと小さかったが、内装は同じくらい手が混んでいた。

 室内は何かの媒体で見たことがあるような、手作りの温かみのある部屋によく似ている。壁には色とりどりの糸で織られた壁掛け。ドライフラワーで作られたガーランド。

 棚の上には丁寧に使い込まれたことで味わいのある色になっているガラスのランプ。動物を模したかわいらしい木製の置物。

 ダイニングテーブルには生成り色のリネン。椅子にはざっくりとした生地で作られたクッション。

 土間の台所にある調味料入れらしき陶器は色とりどり。瓶詰めのジャムやピクルスが置かれているだけなのに、空間をぐっとおしゃれに見せる。

 

 雷は椅子に座らされ、少女は土間にある竈門で湯をわかしはじめた。

 

「あなた、運がいいわ。森で採ったハイルング草がいい具合に乾燥したものがあるのよ。美味しいお茶をご馳走してあげる」

 

 クロエは部屋の片隅にガーランドにつるしていた草の束を手に取る。

 

(実用品か。意識高い系のインテリアかと思った)

 

 クロエが手に取ったハイルング草とやらは、雷がせっせと採取した薬草と同じものだった。

 

「それ、薬草? お茶になるんだ」

 

 おもいがけずといった体で雷はこぼしていた。

 

「ハイルング草が薬草? ううん、薬草といえば、薬草かしら。心と体を落ち着ける効果があるっていうわね。クロスのおうちでは薬に使っているけれど、うちではお茶にしているわ」

 

「落ち着く……? 傷を治すみたいな効果ではない?」

 

 雷の疑問にクロエは小さくわらった。

 

「ハイルング草にはそういった薬効はないわ」

 

回復薬(ポーション)の材料になるのに?」

 

「あら、物知りね。確かにハイルング草は五級回復薬(ポーション)の材料だわ。綺麗なお水と、瑞々しいハイルング草。そして小さな試験管。錬成具を使って〈錬金術〉を加えれば、あっという間に五級回復薬(ポーション)のできあがり」

 

 クロエは歌うようにいう。

 

「あなた、どうやら中途半端に知識を(かじ)った初心者が陥りがちな勘違いをしているみたいだから、お湯が沸く前にちょっとした講釈をしてあげるわ。ほんとうは、こういった話はクロスのほうが得意なのだけれど」

 

 うつくしい(かんばせ)を得意げに笑ませ、クロエは雷の正面にすわる。

 

「この世には二種類の回復薬(ポーション)があるの。ひとつは大陸の外でも傷薬として使えるもの。適正の差はあるけれど、知識と技術を持っていればだれでも作れるわ。

 もうひとつはこの大陸でしか傷薬にならないもの。ハイルング草を〈錬金術〉で加工して作った魔法薬。精霊の力を使って、ハイルング草の成分を抽出した溶液に回復の効果を持たせたものよ。これの肝は精霊によって付加されたものであって、ハイルング草自体にそういった効能はないってことね。だから、大陸の精霊がいない場所だと、精霊の力が減退して治癒の効果がなくなるの」

 

 雷は興味深くうなずき、真面目に話を聞く。

 

「市場で多く売られていてみんながよく使っているのは、前者の回復薬(ポーション)が多いわ。使用する材料自体に効能があって、それを決められた手順で調合することでさらに治癒の効果が高い回復薬(ポーション)ができあがる。

 だから、錬金術で作る魔法薬の回復薬(ポーション)の材料も、薬効あるものを使っているんだろうとおもわれがちなのよね。

 あなたみたいに」

 

 クロエは茶目っけのある表情でウインクをして雷を指さした。

 

「へえ、すごくためになる話だった。クロエは物知りだな」

 

 ゲームでは「作り物の世界の話なのだからそういうもの」で深く考えず済ませていた事柄が、こうやって成り立ちが肉付けされていくのを聞くのはおもしろかった。

 〈調合〉スキルだろうと〈錬金術〉スキルだろうと、薬草と水を使って最下級の回復薬(ポーション)を作っていたが、空想世界が現実になったこの場所では〈調合〉スキルを使ってできる回復薬(ポーション)と、〈錬金術〉スキルを使ってできる回復薬(ポーション)は全く別物になるらしい。

 

「もちろん、わたしはあなたよりもずっと大人だもの。たくさんのことを知っているわ。わたしは九十六歳、あとすこしで百歳になるんだから」

 

 十三、四歳にしか見えない少女が、胸をはって三桁大台に近い年齢を自慢すると違和感が酷かった。

 

 湯が沸いたので、話を一旦切り上げる。

 少女がお茶を淹れる姿を眺めながら、雷は一昨日集めたハイルング草のことを考えていた。

 

(薬草、傷薬にならないな。せいぜい、乾燥してお茶の葉っぱか)

 

 雷は錬金術が使えないから、薬草だとおもって集めたものは最初の意図通りには使えそうにない。それは少し残念だったが、勘違いをここで正されたのはありがたいことだった。

 

(クラスのこともそうだけど、俺がそうとおもいこんでいるだけで、全く違うことがいろいろとあるんだろうな)

 

 当たり前だが、自分の知らないことがたくさんある。ゲームでの知識だけでは、この世界に完全に馴染み生きていけそうにない。残りの人生、この世界で生きていかなければならない以上、早く常識と役に立つ知識を身につけたいと雷は強くおもった。

 なにせ下手をすると、本来現代日本でいきるはずだった人生の五倍も生きることになる。

 成人した雷礼央としての記憶がある以上、世間知らずの限度を超えたふるまいはしたくない。妙に浮いたりせず、そつなく生きていきたいものだ。

 

 4

 

 出されたお茶は、生のまま葉っぱを喰らっていたころの面影をまったく感じ取れない爽やかな風味と旨味があった。

 

「美味しい」

 

 雷は一口飲んで、ほうっと息を吐いた。

 

「当然でしょう。わたしのような美少女が淹れてあげたのだから、美味しさもひとしおのはずよ」

 

「そうですね」

 

 確かにクロエは美少女なのだが、ことあるごとに主張されるとどうにもげんなりしてしまう。

 雷は何かが削られていくような疲労感をおぼえる。さっさとクロエとの会話を切り上げるために、雷は用件を告げて目的を果たすことにした。

 考えてみれば、スリングショットという品をこの世界の言葉に翻訳できるのだから、ないはずがないのだ。

 

「物知りなら知ってるかもしれないし、クロエに聞きたいことがあるんだけど、スリングショットって知らないか?」

 

 期待をこめて訊くが、クロエは首を横に振った。

 

「知らないわ」

 

「片手で持てるくらいの大きさの三叉の器具に、伸縮性のある弦を貼って、小さい弓みたいに使うんだけどやっぱり見たことないかな?」

 

 名前を知らないだけという可能性も考えて形状も伝えるのが、やはりクロエは知らないという。

 

「長くこの村で生きているけれど、そういったものは見たことないわね。ごめんね」

 

(このあたりだとスリングを使わないのか?

 この言語が大陸帝国語であることを考えて、帝国本国にならあるんだろうか)

 

 雷はわずかに肩をおとした。スリングが手に入りそうにないなら、やはり投擲を鍛えたほうが良さそうだ。

 

「でも、スリングショットというのはこのあたりにないけれど、ないなら作ればいいじゃない。

 ゴムは高いから弦に使うのは難しいとして、護謨鞭蔦(ラバーヴァイン)の蔓と、頑丈な木を使えば似たような機構のものは作れそうよ」

 

 クロエがこともなげにあっさりという。

 

「あ、それもそうか」

 

 目から鱗が落ちた気分だ。

 『精霊の贈り物』でレシピが存在しなかったからといって、作れないというわけがない。ここは現実なのだから、ゲームよりもずっと自由で、おもいつく限りの手段を試せる。

 

「木は、幼生妖樹(ラルバトレント)がいいんじゃないかしら。普通の材木よりもずっと丈夫だし、素材自体が強いから耐水や耐火性をあげる加工も、普通の木よりも少なくてすむわ」

 

「へえ。なあ、ラルバトレントは村の付近にいることは知ってるんだが、ラバーバインはこのあたりにいるのか? 見たことがないんだが」

 

 護謨鞭蔦(ラバーヴァイン)は植物の魔物だ。蔓を鞭のように使ってくる魔物で、ゴブリンよりも小さいが、ちょっとだけ強かった。丸い本体に幾重にも蔦が巻きついていて、その何本もある蔦で連続攻撃をしてくる。ゴブリンが一撃で10ダメージを与える攻撃するならば、護謨鞭蔦(ラバーヴァイン)は一撃で6ダメージを与える攻撃を二回仕掛けてくる。

 

「ゴブリンが根城にしている地帯よりも、ちょっとだけ森の奥にいるらしいの。でも、 護謨鞭蔦(ラバーヴァイン)の蔦なら、日用品として市場にたくさん出回っているから手に入れるのは比較的簡単よ。摩耗して弦がだめになっても、すぐに替わりを手に入れて交換できるわ。わたしのうちにもあるしね」

 

 そういってクロエは立ち上がり、仕切りの奥にむかうと紐よりも太めな茶色の蔦を持ってきた。

 

「これは既に加工してあるものよ。千切れにくくなって、丈夫になるの。護謨鞭蔦(ラバーヴァイン)の蔓そのまま使ってもいいでしょうけれど、どうせなら加工したものを購入したほうがいいわ」

 

 ぎゅっとひっぱると、蔦はゴムのように伸び、クロエが手の力を抜くともとの長さに戻った。

 

「今日という出会いを記念して、これはあなたにプレゼントしましょう」

 

 少女の懐の広い申し出に雷は目を見開きおどろきつつも、すぐに顔色を明るくした。

 

「本当に? ありがとう。」

 

「いいのよ。あなたの保護者である竜人がこのまえ振る舞ってくれた蜜猪(シロップボア)のお肉に比べたら、安いものよ。この蔓なんて街にいけば、すぐに手に入るわ」

 

 クロエは茶色の蔓を雷に渡し、さあと玄関に雷をうながす。

 

「では、いきましょう」

 

 まるででかけることを約束していたみたいに、クロエはごくごく自然な様子でのたまった。

 

「どこへ?」

 

 突然のことに呆気にとられるのは雷だ。話についていけない。

 

「もちろん、もう一つの材料である幼生妖樹(ラルバトレント)を狩猟しにいくのよ」

 

 なにをいっているの、とクロエに不思議そうな顔をされる。察しが悪い子ね、と苦笑されるがこれは果たして自分が悪いのだろかと雷は訝しんだ。

 

「いや、待ってくれ。材料になる幼生妖樹(ラルバトレント)が必要になるのはわかるんだが、森に倒しに行かなきゃいけないのか? 交渉とか購入とかで手に入るんじゃないか。それと、なんで当たり前のようにクロエも一緒にいくことになってるんだ?」

 

 雷の頭の中は、クロエについていけず疑問符でいっぱいだ。

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

 クロエは眩しいくらいの晴れやかな笑みを浮かべる。

 

「わたしがとっても優しいすばらしい美少女だからよ」

 


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