TS転生幼女、精霊の大地にて躍進す   作:まほさん

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第三話 直視

 8

 

 なるべく草が生えていないところや、背丈が短いところを選んで歩く。

 木の根や、苔で滑りやすくなっている地面に足を取られて何度か転びそうになった。咄嗟に体の均衡を保ったり、手をついたりしながら転倒だけは免れた。

 どれだけ歩をすすめても、同じような景色が広がっているようにしかおもえなかった。

 

 途中、こういったときには歩いてきた場所の目印をつけたほうがいいと気づき、あわてて刃物代わりになりそうな先の鋭い石を見つけて拾い、樹皮になんとか傷をつけた。途中で石で傷を作る作業に疲れ、(ロッド)を叩きつけて枝を折る方法に切り替えた。

 

 最初からこうすればよかった。無駄な労力を払ってしまったかもしれない。

 

 雷は毒づいた。じんわりと汗ばみはじめた体は、乾きを訴えている。

 

 回復薬(ポーション)を飲むべきだろうかと悩む。

 とは言っても飲んだところで、二、三口分ぐらいのしか量しか入っていないだろう。この乾いた飢を満たしてくれるとは到底思えない。一方で、脱水症状は危険だと悩む。もったいないと出し惜しみして、苦しい状態をわざわざ耐える必要性はないのではないか?

 毒かもしれないと危険性を頭が弾き出すが、雷はその可能性は低いと判断した。そこから疑ったら、黒い手帳の件でさえ信じられなくなる。「これは『精霊の贈り物』の初期状態」という前提条件があると仮定しなければ、雷は現状に関してなにひとつ情報を持っていないことになる。そんな状態はとにかく恐ろしい。

 

 雷は、願望と現状から導き出した根拠をもとに、さまざまな事柄を秤にかけて自分が選ぶべき最善を考える。

 ゲーム開始直後に持っている回復薬(ポーション)は、効果が低く、安い。ひとつで50ゴールドだった。

 気軽に買えるものを勿体ぶってとっておくのは馬鹿らしい。

 

 取るに足らない量でも、ないよりはましだろう。迷ったすえ、袋の中にある回復薬(ポーション)に手をかけようとした。同時に、間近で草木の茂みが音をたてて動いた。どきりと強く胸が跳ねるが、すぐに落ち着く。茂みの揺らめきは低いところにある。何かが出てきたとしても、それは小さな動物だろう。

 

 かき分けて進んでこようとする何かから視線をそらさず、慎重に後退する。

 距離をとったとき、それは甲高く吠えながらあらわれた。聞いたことのある鳴き声だ。これは、犬だ。

 警戒していた雷は面食らって肩の力を抜く。出てきたのはチワワのような小型犬だった。

 獰猛に吠えたてるというよりも、虚勢を張るような甲高い声を向けられる。

 

「そういや、雑魚にこんなのいたっけな」

 

 ゲームの初期に出てくる魔物の姿に酷似していた。

 

 出てきたのが非現実的な生き物でなくてよかった。

 

 雷は強張った肩の力を抜いた。

 現実世界にもいそうなごわついた毛並みの黒い小犬は、確実に雷の中に油断を生んだ。

 リードに繋がれているわけではないのだから、野放しの犬は確かに危険だろう。

 だが、つぶらな目のまなじりを釣り上げている犬は、日本の路上で散歩中のチワワに吠えられているのと変わらないように思えた。

 

 短い四肢に力を入れて立ち奮わせ、小枝のようにとがった尻尾を天にむけている。

 剥き出しされた不揃いの牙はそこそこ鋭利だ、あれに噛まれたら痛いかもしれないと弛んだ気を引き締めなおすが、万全の警戒にいたらなかった。

 

 (ロッド)を振って追い払えるだろう。見てくれが覚えのある犬に近いせいで、安易で悠長な手段を雷に選ばせた。

 

 目の前にいる獣はひとに対して敵意を向ける好戦的な魔物。

 しかし、雷の意識は見た目の先入観から小犬としか捉えなかった。

 

 雷は浅い考えで(ロッド)を手にとり、強く振った。

 気が昂っていた犬の興奮はそれによって頂点に達する。鈍そうな短い脚からは考えられないほど俊敏な動きで跳躍し、雷に挑みかかったのだ。

 なさけない声の威嚇をしてくる小さい犬など、こちらが少し脅しかければすぐ逃げ出すとたかをくくっていた雷は、その突進のような噛みつきを避けられなかった。

 適当に振り回される(ロッド)の動きなどゆうゆうと掻い潜り、犬は雷の腕に深々と牙をたてる。

 

「く、いっ!」

 

 雷は苦鳴をあげた。

 噛まれた腕から犬を離そうと、反射的に(ロッド)を叩きつける。生き物を強く叩きつける感触というのは雷にとって初めての体験で、それは奇妙な感覚だった。だが、その感慨を抱く余裕などない。躊躇していては、こちらが一方的に痛い思いが続くだけだ。

 雷が力の限り(ロッド)で殴りつけても、犬は雷から逃げなかった。むしろ顎に力をこめて犬歯をますます深くめりこませた。

 

「いってえな! くっそっこの馬鹿犬!」

 

 悪態をつきながなら腕に力をいれて遠心力で振り回し、そこら中にある樹に犬を叩きつけた。小犬はしぶとく、つい先ほどまでは可愛げがあるように見えた目をおそろしげな狂乱にぎらつかせていた。

 

 動物の剥き出しの闘争心に気圧された雷は、一瞬痛みを忘れて息を飲んだ。

 たかだかちいさな犬一匹に相手に、雷は原生的な恐怖を抱き心が負けた。

 折れた心のまま、もう家に帰りたいと状況も忘れてほんのわずかに心を飛ばず。

 雷の動きが緩慢になったのを待っていたかのように、その隙を見逃さず噛み付いた犬が前脚で爪をたてる。

 その痛みは噛みつきの比ではなかった。

 

「……!」

 

 易々と皮膚を割いて肉の中にめりこんでいく。火がついたような激痛に、雷の頭の中は真っ白になる。

 

「うわああああ!」 

 

 いたい、いたい、いたい!

 この激痛から逃れるために、雷はがむしゃらに体を動かした。

 (ロッド)に渾身の力をこめて叩く。黒い小犬はなおも腕に顎の力のみでしがみつき、前脚で容赦なく雷の腕を引っ掻いた。その爪は、毛並み以上に黒く、やけに長かった。

 

「くっそ、くっそ、はなせ!」

 

 犬に負傷を与えているのは確かなはずだ。

 だが、それは小さな犬を殺すまでに至っていない。見た目通りの小さな犬ならば、とっくに死んでもおかしくないほど、痛めつけた。

 なのに、なおも目から闘士が消えず、生命力の低下など感じさせないほど頑健な顎の力をみせている。

 ただの犬ではないのだ。雷はやっとそれを理解した。

 これが、魔物なのだ。

 

(もっと強く殴らないと、強く、強く、強く)

 

 噛みつかれた腕は爪ですでに無残な有様だ。

 裂けた傷口が、黒い服に大きく濡らし、滴った血液が地面を真っ赤に染めている。

 

 大丈夫なのかよ、これ。はやく止血しないと。だがその前に、この犬をどうにかしなきゃならない。

 

 駆け巡る血潮が耳打つ。心がそれに急かされて、ろくに頭が働かない。

 最終的に雷が求めたもののは単純なものだった。

 

 

 今までよりもずっと強烈な一撃を。

 

 

 本気で打ち付けているのに、この犬をどうにもできない。

 ならば、渾身の力をも超えた力がほしい。

 今、自分が出せる限界を超えた力。

 

 都合のいい奇跡を願った雷は、不意に手帳に書かれていた戦技(アーツ)を思い出す。

 

 《強打撃》。低い技能レベルで習得する技だからそこまで強くはないが、技の名前からして(ロッド)をただ力任せに振るよりも大きなダメージを与えられるはずだ。

 発生の仕方などわからない。

 藁にすがるおもいで雷はとにかく念じた。

 

(強打撃、強打撃、強打撃、強打撃、強打撃、強打撃、強打撃!)

 

 祈りながら、力をこめる。(ロッド)を振り下ろす。

 雷の中から急に何かが抜けていく脱力感とともに、泡のような光が(ロッド)を握った手から伝わっていった。

 くらく意識を閉ざすような虚脱をこらえ、雷は眼下の犬に集中する。

 ちいさな水泡がはじけたような音を聞いた瞬間、犬に打ち付けた木製の棒から今までにない手応えを感じ取る。肉の中にある硬いものが軋み、砕ける鈍い音が(ロッド)ごしに伝わってきた。あらぬ方向に身を曲げた犬は、叩きつけられた衝撃に耐えきれず地に落ち、ほんの少しだけ泡を履いて痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった。

 

 9

 

 きっと、戦技(アーツ)が発動した。その感動も抱く暇など、雷にはなかった。

 

 心臓がこわいくらいに早鐘を打っている。我が身に不審すら抱くほど、体が重くなった。腕を痛めつける原因から解放された安堵もそこそこに、雷は腕の痛みと疲労困憊にうめいた。

 

 やっと、小犬は死んだ。

 生き物を殺したことに後悔はない。もっと別の手段があったのではないかなんて、偽善ぶって考えてやれるほどの余裕は彼にはない。

 雷は、犬の命なんかよりも自分の身の方が大事なのだ。

 

 死体蹴りするような悪辣さはないものの、長い舌を出して血を吐いて死んだ犬に、生死の確認をすませたら雷は目をやることすらもなかった。むしろ、そんな余裕もないのだ。精神はすり減り、脱力して倒れ込みたいくらいに肉体は疲弊している。

 雷は息切れした呼吸を整える間もなく、今もなお血を流し続ける腕の治療を急ぐ。

 

(止血。その前に消毒。雑菌、洗い流さないと……。狂犬病とか大丈夫なのか?)

 

 不安と、事態への対処で焦り、まともに頭が働かない。

 犬に散々に噛みつかれ引っ掻かれた腕は、目をおおいたくなるくらいに酷い有様だった。

 

 早く手当てしなければならない。

 噛み傷よりも、爪で引っ掻かれた傷がより酷かった。

 自らの肉の断面など、はじめて目の当たりにした。 

 

 激痛でまなじりは涙でぬれた。

 病院になんて行けそうにない場所で、どうやってこの怪我を治療すればいいんだと雷は途方にくれそうになった。出血の量に気が遠くなる。このまま意識を飛ばしたら、見慣れた部屋のベッドで目を覚ませばいいのに。願いはすれど、雷は現実逃避に身を任せることはなかった。

 なにしろ絶望的痛みが気を引き戻すし、危機感はずっと彼の内側で警鐘をならしているのだから。

 

 洗い流せそうな水も近くにないし、とにかく止血しなければ。心臓よりも高い位置に腕をあげ、手でぎゅっと血管をおさえながら、傷口を抑える布をさがす。

 

 腰に下がった袋を見て、やっと回復薬(ポーション)の存在におもい至った。

 生活の中に馴染みのない道具を、雷の追い詰められた判断力はとっさの解決策として提示しなかった。

 この試験管の中にはいっている青い液体が、雷の怪我を治してくれるのだろうか。

 

 一縷の望みをかけて雷は試験管に手を伸ばした。

 歯で木栓(コルク )を軽く噛み、蓋を抜く。

 あまり中身が入っていない試験管の青い液体を傷口にかけると、さきほどの《強打撃》と同じように小さな光があふれ泡が軽快な音をたててはじける。

 

 ――果たして、奇跡は確かに起こった。

 じくじくと苛む痛みが、嘘のように軽減された。

 ちいさなシャボン玉がくっつきあったような光の泡が消えると、傷口が確認できた。

 

 噛み跡はしっかり消えた。犬が引っ掻いた赤い筋が未だ残っているが、ずいぶんと浅い傷跡になった。出血も止まっている。傷痕をさわると顔をしかめたくなる程度の疼きはあったが、つい先ほどまでの理性を奪っていくような痛みはない。

 どうすればいいのかと追い詰めれて判断能力を低下させていた雷は、ようやっと思慮を取り戻した。

 もう一本回復薬(ポーション)を使えば、傷は完全に塞がりそうだ。だが、雷は袋の中の試験管に目をやることはなかった。

 

(……回復魔法。《小回復(スモールヒール)》があったな)

 

 魔法の使用を頭に浮かべた瞬間、知らない文字と言葉で記された呪文がぽんと思い浮かぶ。最初からそれを呼吸するように知っていたように、「使える」という確信がなんだか奇妙で居心地が悪かった。

 これが本当に使えるのか。そして魔法という不思議な力が本当に使用が可能ならば、魔力が減るとはどのようなものなのか。それを確かめたほうがいい。

 

 雷はちいさく呪文を口にした。

 呼吸とともに、自分の中で何かが動いて形をつくる。しっかりとした形になると、それが抜けていく感覚があった。これが魔力なのだろう。例えるならば、一回の呼吸で息を多めに吐くようなものだった。深く息を吐き出したぶん、同じくらい吸い込まないと次の魔法が使えない気がする。言葉ではうまく説明できないが、これがいわゆる待ち時間(クールタイム)なのだろうと推察はできた。ゲームでは、連続して同じ《神聖魔法》を使えなかった。

 

 魔法が発動すると、回復薬とは別の色味の光を放ちながら、傷跡が瞬く間に消えていった。

 最初からそこに怪我などなかったように、腕はつるりとしている。犬に引き裂かれた血塗れの服の残骸だけが、負傷の深さを物語っていた。

 

 傷が消えたことに雷は深く重い息をはき、その場に腰を落として座り込んだ。

 安堵で最後の気力が緩み、もとより体力が残っていなかった体では立っていられなかった。

 その場で体をやすめると、不自然なほどに目減りした体力がゆっくりとだが回復していくのがわかった。

 

戦技(アーツ)はSP……スタミナを使ったよな。レベルが全く上がってない状態だと、一回使うのがやっとだったはずだ) 

 

 犬とのやりとりで確かに体力は使ったが、ふつうここまで肉体が困憊するものではないとおもう。《強打撃》を使った瞬間、失神寸前に体から力が抜けた。だから、この著しい消耗は戦技が原因なのだろう。

 

(ゲームではスタミナ0になっても戦技やダッシュが使えなくなっただけだが、現実じゃ0になったらまともに動ける気もまともに頭が働く気もしない)

 

 スタミナポイントのゲージは、体を激しく動かすような行動を取らなかければ、わりとすぐに回復する。通常攻撃を続けているだけでも、満タンになる。じっとして何もしていないとその回復速度はあがり、スタミナポイントの管理は楽だった。ゲームではそうだった。

 だが、この現実(・・)は違う。

 

(動き回りながら体力回復なんてできねえ。ちゃんと体を休めないと体が動かない)

 

 そんなところ現実に沿うようにしなくてもいいではないか、と雷はどくづく。

 自分にとって不利な条件が重なっていることに、雷は苛立ちを募らせた。

 雷は、ゲームでも最下級の魔物にたいして、通常攻撃を何発繰り出そうと屠れないほど、虚弱なのだ。

 敵を倒せる唯一の技は、現状のように身動きがとれなくなる危険性を孕んでいる。

 

(また、あの犬に会ったらどうする? 出会ったら即、《強打撃》を使って攻撃を喰らわないようにすればいいのか? だが、一匹だったならともかく、複数現れたらどうなる? 一回使ったら、まともに動けないものを使うのか? それよりも逃げるのに専念したほうがましか)

 

 雷は、次を考える。

 夢から覚めることを、もはや諦めていた。

 そんな自分に気づき、雷はわらった。

 

「は、ははは。はっ」

 

 雷はやっと認めた。

 これは、夢じゃない。

 物語で、夢と疑うできごとが起きた場合、痛みを与えてその成否を確かめる場面がある。たいては痛みを与えられても目が覚めず、現実だと理解するのがお約束だ。

 そのお約束通り、あんなにも激痛を与えられたというのに、雷の意識はちっとも現実へ浮上しなかった。

 

 これが夢ではなく、最初から現実だったからだ。

 

 そうとも、雷はとっくに知っていたのだ。

 バスから放り出され、何がおこったのかもわからないまま目まぐるしく視界が回転し、気づいたときには腹に太い枝が突き刺さっていた。それは命を奪う無情でぶかっこうな矛であった。

 あの一瞬の衝撃を、雷は鮮明に思い出すことができる。

 最後の瞬間まで世界を呪うように絶望していたあのとき。

 認めたくないから目を逸らしていただけで、あの事故で、己はもう死んでいた。

 

「俺は、本当に死んだんだな」

 

 独白にはわずかに涙がにじんでいた。

 

 10

 

 頭の隅で、雷はここは自分の知る世界ではなく、また夢でもないとおぼろげに理解していた。

 

 それでも最後の抵抗のように、目をつむり耳をふさぎ、その事実を目の当たりにすることを避けていた。必死に、細く突き当たりしかない道の可能性にばかりすがっていた。

 常識から完全に剥離した事象を目を背けることもできずに直視したとき、自分は無様に狂ったように泣き喚くと雷はおもっていた。

 

 しかしそうはならなかった。

 目覚めた当初、己の死を確定的に突きつけられることはなく、夢だと逃避できる余地があった。

 そして、ひとつずつ提示される夢ではないと証明する物証は、決定的な崩壊を与えるような急性さがなかった。目を背けたい真実は、ゆっくりと雷の思考の中に蓄えられていったのだ。

 そうやって徐々に与えられる事実は、雷の理性を致命的なほどではないが揺らした。平静を保てる程度に精神をじわりじわりと追い詰めていった。だが、それだけといえば、それだけだった。

 

 想像の中にいた自分よりも、拍子抜けするほどに雷は落ち着いていた。

 

 いっそのこと感情を欠壊させ泣きじゃくり、誰にぶつければいいのかわからない怒りを感情のまま叫べたらどれほど楽だろうとはおもう。 

 しかし、そのような無闇な真似はできない危険の晒された状況が、雷の冷静さをつなぎとめた。

 

 雷に残ったのは、なぜこうなったのだという強烈な疑念と、これは足掻いても仕方ない類なのだという諦観である。

 わからないことは多いが、とにかく今は、死にたくなければこの状況を受け入れて進むしかない。だれにも説明されていない、なにもわからない状況になっている不条理へ責めたて、攻撃的な感情をぶつけるのはとにかく後回しだ。

 

 あいにく、あれこれとおもい悩む暇はなかった。

 痛みだした頭に雷はちいさく舌打ちをする。気分もよくない。失血のせいなのか、脱水症状のせいなのか。どちらにしろよくない状態なのは確かだ。

 

 雷はためらわず試験管の中身を飲んだ。

 味見して喉をしめらすていどの水分を、それでも待ちかねていたように喉が嚥下する。薬は幸いなことに吐き出したいような味ではなく、鼻にくる漢方のような薬臭さはあったが、苦味はうすかった。

 

 もう一本。

 出し惜しみして、水分不足で倒れるのは愚の骨頂だ。

 

 深い傷を一瞬で癒してしまう魔法のような薬は、飲み物としても大分優秀だったようだ。

 失血して足りなくなった血液を、地球の物理法則ではありえない不思議な力で薬の力で補ったのか、はたまたコップ一杯分にもならない液体が体内の中で摩訶不思議な化学反応をおこしたのか、理由のわからぬ体調不良による気分の悪さがかなりましになった。

 

 頭の痛みもやわらぎだいぶ楽になった。雷は手をつきながらそろそろと立ち上がる。しっかりと足は大地を踏みしめる。歩くことは可能だ。だが、その安堵は束の間のものだ。この状態がいつまでもつかはわからない。

 

「進まなきゃならない」

 

 声にだして、己を励ます。

 今、自分を動かし助けられるのは、他のだれかではなく自分自身だけだ。

 

 

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